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【6】日常
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国立魔法学院の研究員となり、教壇にも立つことのあるディアナの朝は早い。
実家では起床に着替え、食事の支度までを侍女に世話されていたディアナだが、現在はその全てを自らこなすようになった。
昨夜のうちに用意しておいた服は動きやすさを重視したもので、一人でも簡単に着替えることが出来る。これに白衣を羽織れば研究員姿の完成だ。
ディアナの華やかな顔立ちは、豪華なドレスをまとうのに向いている。着飾ざればたちまちパーティーの主役になれるだろう。実際、そうして遊び歩いていた時期もある。
しかし現在は、街中にいる誰もが着ているような装いを選び、見事な金髪はかるく背に流すだけだ。令嬢として最低限の身なりを整えたものといえる。いつからか、美しさよりも機能性を重視するようになっていた。
研究員となったディアナが働くのは学院の敷地内に建つ研究塔という施設だ。ここに所属する研究員は学院で働く者とみなされ、研究予算の提供と、学院の誇る最新鋭の設備を扱うことが許される。当然給料も発生し、優れた研究にはそれなりの対価が発生する仕組みだ。研究員たちは学院で講義をすることも求められるため、優れた研究員を抱えることは学院にとっても利益に繋がる。
ディアナの専門は魔法薬の研究だ。魔法薬と一口に言ってもその用途は様々で、新薬の開発は勿論、生活の向上、美容への貢献。身体機能の回復、呪いの解呪など、様々な面でディアナの知識が必要とされている。女性の研究員は少なく、あの状況下でも学院に残ったディアナの存在は学外からも注目を集めているところだ。
研究員として勤め始めるより以前も同学院で寮生活をこなしていたため、ディアナの振る舞いは手馴れたものである。
素早くエプロンを身に着けるとフライパンにベーコンと卵を落とし、こんがりと焼き上げた。手作りのベーコンエッグを皿に移すと、カップには自らブレンドした紅茶を注ぐ。カゴには昨日のうちに買っておいたロールパンが用意されており、とても名家の令嬢とは思えない手際の良さである。
「いただきます」
テーブルの半分は書類や本に占拠されているが、一人で食事をする分には問題ない。大臣の娘として幼い頃からマナー教育を施されているため、そこが寮の一室であろうとディアナの仕草は洗練された令嬢のものだ。
食べ終えると自ら食器を片付け身なりを整える。出かける前にはベランダで育てている薬草に水をやる事も忘れない。
時計を確認したディアナは寮を出るべく準備を始めた。
「ああ、これを忘れてはいけないわね」
机の上に置きっぱなしになっていた封筒を手に取る。今日中に院長のサインを貰わなければ明日から新たな研究に着手することが出来ないのだ。
前院長の事件から、研究には明確な説明を要求されるようになった。何人もの人間が確認を行い、最終的に院長の許可が下りて初めて着手することが許されるのだ。
忘れてはいけないと、しっかりと手に持ち直してから寮を出る。
今日は朝から学院で講義の予定が入っている。授業が始まるにはまだ早いが、学舎に向かう前に研究塔に寄り魔法薬の経過を観察しておきたい。
研究員と教員の両立は大変ではあるが、ディアナは充実した毎日を過ごしていた。まさに順風満帆。そんなディアナに悩みがあるとすれば、それはあれだけだ……。
朝から講義を行い、放課後には研究塔で経過観察に明け暮れていたディアナは、あたりが暗くなってから寮へと辿り着く。
部屋に戻る前には管理人室に寄り、自分宛ての荷物を受け取ってから部屋に帰ることが一日を終える前の日課だ。そのためディアナは今日もいつもと同じように重い荷物を抱えて部屋までの階段を上る羽目になった。
「これはないわよ!」
届いた荷物をテーブルに置けば、それは今日よりも前に届いた物と重なり、山のように威圧感を増していく。疲れを助長させるそれは、ディアナを憂鬱な気分にさせた。
立派な表紙から、それは一見本の様にも見えるだろう。しかし中を開いて現れるのは男性の姿絵であり、対のページには名前と略歴が記されている。すなわち縁談のすすめであった。
結婚適齢期を過ぎておきながら、未だ仕事に生きる娘を案じて両親からの贈り物である。しかし帰宅するたびに出迎えられるのがこれでは取れる疲れも取れない。
「結婚ね……」
適齢期を過ぎておきながらも縁談の申し込みが途絶えないのは、お節介な両親と、魔法大臣の娘と繋がりを持ちたい家が多いためである。たとえ一度婚約が破棄されていようと、ディアナの価値は未だ健在だ。
「わたくし当分の間は結婚するつもりがないと言っておいたのよ」
幼い頃のディアナは政略結婚でありながら仲睦まじい両親を見て育ったため、結婚さえすれば、もっと言えば良い相手と婚約さえ出来れば幸せになれると信じていた。
しかしこうして研究員として生きてみた結果、ディアナはその奥深さにはまってしまった。今は恋愛よりもこちらの方が夢中になれるとさえ思っている。
ところが両親は、やはり娘には身を固めてほしいらしい。娘の身を案じてくれるのは有り難いが、この量は規格外だ。そんなことより自分は研究をしていたいと正直に告白しているが、それでもお節介が止まる気配はない。
ディアナは一番上の姿絵に添えられていた両親からの手紙に手を伸ばす。
手紙は働く娘の身を案じる文面から始まり、父親を始めとする家族の現状が記されていた。そして緊張の走る文面で、いよいよ遠回しに本題が綴られようとしている。
――先日の会議ではお前の名を耳にした。呪いに有効な新薬を開発したらしいな。
親として、とても誇らしい思いだ。お前の研究は人々の生活や医療の発展にも貢献していると聞く。お前が研究員になってから解呪に成功した呪いは多いとも話題になっていた。こうして離れた場所で娘の名を訊くのは実に誇らしいことだな。
そう、私はお前が仕事に生きがいを見出し、誠心誠意職務に励んでいることを知っている。ちゃんと理解しているのだぞ。
しかし、しかしだな……
私も娘のことが心配なのだ。
過去のこともあってお前が結婚に前向きではないことも理解している。だがな、だからこそ母さんはお前に幸せになってほしいと願っている。もちろん私もだ。
母さんを安心させるためにも、せめて次のパーティーには誰かパートナーを同伴させてはくれないか。くれぐれも、くれぐれも、頼んだぞ。
「家族からの手紙は嬉しいけれど、後半は複雑ね。返信に困るわ」
差出人は父レスター・フランセとなっているが、母親からの願いも切実に伝わてくる。
実家では起床に着替え、食事の支度までを侍女に世話されていたディアナだが、現在はその全てを自らこなすようになった。
昨夜のうちに用意しておいた服は動きやすさを重視したもので、一人でも簡単に着替えることが出来る。これに白衣を羽織れば研究員姿の完成だ。
ディアナの華やかな顔立ちは、豪華なドレスをまとうのに向いている。着飾ざればたちまちパーティーの主役になれるだろう。実際、そうして遊び歩いていた時期もある。
しかし現在は、街中にいる誰もが着ているような装いを選び、見事な金髪はかるく背に流すだけだ。令嬢として最低限の身なりを整えたものといえる。いつからか、美しさよりも機能性を重視するようになっていた。
研究員となったディアナが働くのは学院の敷地内に建つ研究塔という施設だ。ここに所属する研究員は学院で働く者とみなされ、研究予算の提供と、学院の誇る最新鋭の設備を扱うことが許される。当然給料も発生し、優れた研究にはそれなりの対価が発生する仕組みだ。研究員たちは学院で講義をすることも求められるため、優れた研究員を抱えることは学院にとっても利益に繋がる。
ディアナの専門は魔法薬の研究だ。魔法薬と一口に言ってもその用途は様々で、新薬の開発は勿論、生活の向上、美容への貢献。身体機能の回復、呪いの解呪など、様々な面でディアナの知識が必要とされている。女性の研究員は少なく、あの状況下でも学院に残ったディアナの存在は学外からも注目を集めているところだ。
研究員として勤め始めるより以前も同学院で寮生活をこなしていたため、ディアナの振る舞いは手馴れたものである。
素早くエプロンを身に着けるとフライパンにベーコンと卵を落とし、こんがりと焼き上げた。手作りのベーコンエッグを皿に移すと、カップには自らブレンドした紅茶を注ぐ。カゴには昨日のうちに買っておいたロールパンが用意されており、とても名家の令嬢とは思えない手際の良さである。
「いただきます」
テーブルの半分は書類や本に占拠されているが、一人で食事をする分には問題ない。大臣の娘として幼い頃からマナー教育を施されているため、そこが寮の一室であろうとディアナの仕草は洗練された令嬢のものだ。
食べ終えると自ら食器を片付け身なりを整える。出かける前にはベランダで育てている薬草に水をやる事も忘れない。
時計を確認したディアナは寮を出るべく準備を始めた。
「ああ、これを忘れてはいけないわね」
机の上に置きっぱなしになっていた封筒を手に取る。今日中に院長のサインを貰わなければ明日から新たな研究に着手することが出来ないのだ。
前院長の事件から、研究には明確な説明を要求されるようになった。何人もの人間が確認を行い、最終的に院長の許可が下りて初めて着手することが許されるのだ。
忘れてはいけないと、しっかりと手に持ち直してから寮を出る。
今日は朝から学院で講義の予定が入っている。授業が始まるにはまだ早いが、学舎に向かう前に研究塔に寄り魔法薬の経過を観察しておきたい。
研究員と教員の両立は大変ではあるが、ディアナは充実した毎日を過ごしていた。まさに順風満帆。そんなディアナに悩みがあるとすれば、それはあれだけだ……。
朝から講義を行い、放課後には研究塔で経過観察に明け暮れていたディアナは、あたりが暗くなってから寮へと辿り着く。
部屋に戻る前には管理人室に寄り、自分宛ての荷物を受け取ってから部屋に帰ることが一日を終える前の日課だ。そのためディアナは今日もいつもと同じように重い荷物を抱えて部屋までの階段を上る羽目になった。
「これはないわよ!」
届いた荷物をテーブルに置けば、それは今日よりも前に届いた物と重なり、山のように威圧感を増していく。疲れを助長させるそれは、ディアナを憂鬱な気分にさせた。
立派な表紙から、それは一見本の様にも見えるだろう。しかし中を開いて現れるのは男性の姿絵であり、対のページには名前と略歴が記されている。すなわち縁談のすすめであった。
結婚適齢期を過ぎておきながら、未だ仕事に生きる娘を案じて両親からの贈り物である。しかし帰宅するたびに出迎えられるのがこれでは取れる疲れも取れない。
「結婚ね……」
適齢期を過ぎておきながらも縁談の申し込みが途絶えないのは、お節介な両親と、魔法大臣の娘と繋がりを持ちたい家が多いためである。たとえ一度婚約が破棄されていようと、ディアナの価値は未だ健在だ。
「わたくし当分の間は結婚するつもりがないと言っておいたのよ」
幼い頃のディアナは政略結婚でありながら仲睦まじい両親を見て育ったため、結婚さえすれば、もっと言えば良い相手と婚約さえ出来れば幸せになれると信じていた。
しかしこうして研究員として生きてみた結果、ディアナはその奥深さにはまってしまった。今は恋愛よりもこちらの方が夢中になれるとさえ思っている。
ところが両親は、やはり娘には身を固めてほしいらしい。娘の身を案じてくれるのは有り難いが、この量は規格外だ。そんなことより自分は研究をしていたいと正直に告白しているが、それでもお節介が止まる気配はない。
ディアナは一番上の姿絵に添えられていた両親からの手紙に手を伸ばす。
手紙は働く娘の身を案じる文面から始まり、父親を始めとする家族の現状が記されていた。そして緊張の走る文面で、いよいよ遠回しに本題が綴られようとしている。
――先日の会議ではお前の名を耳にした。呪いに有効な新薬を開発したらしいな。
親として、とても誇らしい思いだ。お前の研究は人々の生活や医療の発展にも貢献していると聞く。お前が研究員になってから解呪に成功した呪いは多いとも話題になっていた。こうして離れた場所で娘の名を訊くのは実に誇らしいことだな。
そう、私はお前が仕事に生きがいを見出し、誠心誠意職務に励んでいることを知っている。ちゃんと理解しているのだぞ。
しかし、しかしだな……
私も娘のことが心配なのだ。
過去のこともあってお前が結婚に前向きではないことも理解している。だがな、だからこそ母さんはお前に幸せになってほしいと願っている。もちろん私もだ。
母さんを安心させるためにも、せめて次のパーティーには誰かパートナーを同伴させてはくれないか。くれぐれも、くれぐれも、頼んだぞ。
「家族からの手紙は嬉しいけれど、後半は複雑ね。返信に困るわ」
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