魔法学院の偽りの恋人

美早卯花

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【8】提案

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「わたくしのせいでこの部屋の惨状が目も当てられなくなったと言われては困ります。もちろんわたくしの目に入れても問題ないものであればの話ですが」

 仮にも院長室であれば、機密に関わる資料もあるだろう。

「構わないよ。たくさんありすぎて、いつの間にか山になって、困っていたんだ。せっかくだし、お願いしようかな」

 そう告げたユアンはどこか疲れを感じさせるものだった。一体何が彼を疲弊させているのか。それを拾い上げたディアナは目を丸くする。

「これは……姿絵?」

 ドレスに身を包んだ美しい女性の姿が画かれている。ご丁寧にプロフィール付きでだ。その用途にはディアナ自身も物凄く覚えがあった。

「院長に就任してから一年。最初の一年は仕事が忙しいと袖にも出来たけど、時が経てばみんな忘れてしまうのかな。このところは姿絵が毎日送られてくるんだ」

「大変なのですね」

 それだけは本当に心の底から飛び出した言葉だった。

「おや? これはきみだね」

 たまたま開いたページに目をやれば、ドレスで着飾ったディアナが画かれている。
 自分のところにも同じものが届いていただけに驚く事はない。

「ということは、きみもかい?」

 年頃の令嬢であれば誰しも避けては通れない道である。隠しても仕方のないことだ。

「否定はしません」

「お互い大変だね」

 同じ境遇という事もあって、張りつめていた空気が和らいだように思う。姿絵を拾いながらも、ぽつぽつと会話が進んでいた。

「僕が言えたことではないけれど、きみは結婚しないのかい?」

「わたくしは仕事が恋人なのです。家族は結婚をしてほしいようですが、わたくしは……今はまだこの仕事を続けていたいのです。ようやく学院の運営も軌道に乗ってきたところですもの」

「そう言って貰えると嬉しいな。学院に残ってくれたきみたちのためにも頑張らないといけないからね」

 過去の行いとこの部屋の惨状を覗けば、ディアナもユアンを素晴らしい院長と認めてはいる。

「感謝しています。院長先生」

「まさか、きみから感謝される日が来るとは思わなかったよ」

 心底驚いているような口調にディアナは眉を吊り上げた。

「わたくしが感謝するのはそれほどおかしなことですか? わたくしだって、他の職員たちと同じように院長先生には感謝しているのです」

 皇帝に最も近い場所に在りながら、地位を捨ててまで学院を守ってくれた人のことを。
 多くの職員が、そして多くの未来ある若者たちが感謝している。自分もそのうちの一人にであることに異論はない。

「嬉しいことを聞いてしまったな。おかげでまた頑張れるよ。ああ、それは見える所に頼むよ」

 まとめ直した姿絵を机から避難させようとしたディアナは動きを止める。

「この山をですか? お言葉ですが、この様子ではまた同じことを繰り返すだけですよ」

「そうなんだけどね。今度のパーティーにはせめてそこの誰かを隣に置けと言われているんだ」

「院長先生も大変なのですね」

 つい口が滑ってしまったのは、どこかで聞いたような理由だったからだ。

「ということは、やっぱりきみも?」

「お恥ずかしながら」

 またしても同じ会話の繰り返しである。こんなに長居をして、あまつさえ会話をするつもりはなかったというのに。
 ディアナとしてはこのあたりで会話を切り上げるつもりでいたが、ユアンはさらに会話を続けるようだ。

「きみはもう誰かを選んだのかい?」

「わたくしは誰も選びません」

「どうして?」

「まだ結婚をするつもりがないからです。このようなことに時間を費やしている暇はありません。それよりも、時間は研究のために使いたいのです」

 両親には申し訳ないが一人で出席するつもりでいた。あの姿絵は後でまとめて送り返すつもりだ。
 書類を拾っていたディアナは軽やかな笑いに顔を上げる。

「まさか、きみと意見が合うとは思わなかったよ」

 院長として学院の経営に奔走するユアンにも、まだ結婚をするつもりはないらしい。意見が合うとは思わなかったが、その気持ちはディアナにも理解出来た。

「けど、きみのご両親は大変だろうね。一人娘には早く身を固めてほしいだろうに」

 ユアンもまた、机の下に散らばっていた紙を拾い上げる。

「そんなきみに一つ提案があんだけど、僕と付き合わない?」

「どちらへお付き合いすればよろしいのです?」

 院長命令だ。ここは素直に従っておこうとディアナは了承する。
 ところが許諾したというのにユアンは苦笑していた。

「ええと、確かにそうなんだけど。ちょっと違うかな。きみが出席しろと言われているのは学院の経営者が主催するパーティーだろ?」

「そうです」

「そのパーティーに僕の恋人として出席してほしいんだ」

 ここは散らかった院長室。
 ディアナの装いは仕事帰りの白衣を脱いだワンピースだ。
 ユアンは仕立ては上品だが書類仕事で皺の寄った服を着ている。
 ムードも何もない、物のついでに発せられた恋人の誘いであった。
 当然ディアナの反応は冷たくなる。そもそも親しさの欠片もない間柄だ。

「わたくしたちは恋人どころか友人だった記憶さえありませんわ」

「だから都合がいいんじゃないか。お互いまだまだ仕事に忙しいだろう? でも周囲は僕らを放っておかない。きみは帝国魔法大臣の娘。そして僕は、こんなのでもまあ、一応皇子だからね。弟が婚約しているのだから僕もという声が煩わしいんだ」

 ディアナはすぐにユアンの意図を理解した。

「わたくしを虫よけにしようというのですね」

 ディアナの聡明さにユアンは喜びを見せる。

「静かに仕事を続けたい者同士、丁度良いんじゃないかな」

 ユアンは偶然そこに都合の良い人間がいたから声を掛けたのだろう。けれどディアナにとっては長年のわだかまりがある相手だ。それも仮とはいえ恋人の誘いである。簡単に頷けるものではなかった。

「そうですね。あなたはわたくしのことなんて好きでもないのですから、丁度良いのでしょうね」

「きみだって僕のことを嫌っているだろ」

 皮肉を告げれば、ユアンは自らの立場を理解しているようだった。そして何より驚かされたのは、ユアンが自分に嫌われている自覚があるということだ。上手に隠していたつもりでいたが、まさか言い当てられるとは思わなかった。嫌われていると自覚しておきながらディアナを望むのは、よほど恋愛をしたくないこと意思の表れだろうか。

「もちろん僕のことも利用してくれて構わないよ」

「利用……」

 その言葉はとても魅力的なものとしてディアナの心を震わせていた。
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