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【10】呼び出し
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とはいえ恋人契約を結んだからといってディアナは生活に大きな変化はなく、ユアンにとっても同じことだろう。自分たちはあくまで偽りの恋人なのだから、互いの生活に干渉する必要はない。もともと静かに研究を続けるための契約だ。
ユアンとパーティーに出席することを告げればディアナの父はとても喜んでくれた。しかし同時に大丈夫なのかとも同じくらい心配されてしまう。なにしろ元婚約者の兄だ。彼の隣にいることで自分がどのような目で見られるかも理解している。それでも引き受けたのは魅力の方が大きいからだ。
恋人契約を結んで二日が経つと、ようやくディアナの生活にも変化が訪れた。パーティーの打ち合わせがしたいと院長室に呼び出されたのである。
院長室へと続く扉を開けたディアナはまたも愕然とする。
「どうして先日より酷い惨状になっているの!?」
怒鳴りつければ、書類の山の向こう側でへらりとユアンが顔を出す。まるで緊張感のない態度に苛立ちが増した。
「いやあ、仕事が忙しくてね」
「誰かに片付けさせればいいことでしょう!」
「あまり他人を自分の領域には入れたくないんだよ」
「それは失礼致しました!」
「何をそんなに怒っているんだい?」
その他人が目の前にいるのに怒るなという方が無理だ。
嫌味を言われたのではなかったのだろうか?
自分は間違いなく他人の括りに入ると思う。
「そうだ。恋人のきみに片付けを頼もうかな」
「恋人という言葉は便利屋ではありません」
「手厳しいなぁ」
「あなたが緩すぎるのですわ!」
「あははっ……案外、僕たちは良いコンビなのかもしれないね」
「ふんっ!」
そんなはずはない。たとえそうだったとしても御免だと、ディアナはそっぽを向くことで否定する。利用はしてやりたいが、振り回されるのは本意ではない。
「まあ冗談はさておき」
冗談に付き合ったつもりのないディアナにとってはいい迷惑だ。
「とりあえずそこの椅子にでも座っておいで。お茶でも入れるよ」
「お構いなく。院長先生の手を煩わせるつもりはありません」
「ユアン、だろ?」
この場において二人の関係は恋人ということらしい。目敏く間違いを指摘されたディアナは大声で名を呼んでやった。おそらくあげ足をとることで自分を笑い者にしたいのだ。
「これでも形から入る主義なんだ。ほら、恋人を呼んだのだから、おもてなしくらいはしないとね」
「必要性を感じないのですが」
「きみにとっては必要のない事かもしれないけれど、僕はあまり他人に興味がなくてね。こうしてきちんと練習をしておかないと、どこかで綻びが出るかもしれない。誰も見ていないからといって手を抜いてはいけないよ」
「どうしてわたくしの方が窘められている形になったのかは疑問ですが……そういうことなら大人しくしておきます。失礼します」
長椅子を指定されたはいいが、ほとんどの面積を本が占領している。ユアンがティーセットを探しに部屋の奥へ旅立ったのを見届けてから、ディアナは慎重に本を動かした。座れというからには、動かして困るということはないのだろう。
「………………」
それにしても、ユアンが戻ってこない。
院長室は執務机の置かれている部屋と、簡単キッチンが併設されている。先ほどからがさごそと家探しをするような気配は感じているが、一向に紅茶が提供される気配はない。
このままでは打ち合わせも始まらないと、ディアナは我慢出来ずに席を立つ。
「あの、ユアン様。何を探しているのです?」
「ええと、茶葉はどこにしまったかな……」
ユアンはディアナには構わず探し物に熱中しているようだ。
戸棚を開けては閉め、引き出しを開いては探るが、一向に見つかる気配がない。先日のペンでのやり取りを思い出し、ディアナには嫌な予感が浮かんでいた。
「ああ、これかな?」
ユアンが缶の蓋を開けると中身は空っぽだ。
「あれ、空っぽだ。ええと、変えはどこにしまったかな……」
そして振出しに戻る。
訳もわからず呼び出され、意味もわからずに待ちぼうけ。ディアナは我慢の限界だった。
「もういいです。いん――、ユアン様が座っていて下さい!」
「ええ? でも」
「でもも何もありませんわ。ユアン様に任せていたら日が暮れます。というかもう夜ですね!」
ディアナが院長室を訪れたのは研究塔での職務を終えてから。つまり日が暮れてからである。
「紅茶でよろしくて!?」
「僕はなんでも構わないよ」
「ではあちらでお待ちになって下さい!」
自らのために開けた長椅子の空間を指さしたディアナは勢い任せに部屋を飛び出した。目指す先は寮の自室だ。
部屋に飛び込むなり完璧に収納された棚を漁る。丁寧にラベリングされたいくつかの缶を手に取ると、素早く院長室へ取って返す。そしてユアンの静止も訊かずに自ら紅茶を入れ出したのである。
手伝おうかというユアンからの有り難い申し出は丁重にお断りさせてもらった。もう時間を無駄にしてなるものか。
手つきは荒々しいがディアナの動きには無駄がなく、それでいて洗練されている。慣れた手つきで扱われたポットは、どことなく本来の持ち主に扱われるより誇らしそうだった。
ユアンとパーティーに出席することを告げればディアナの父はとても喜んでくれた。しかし同時に大丈夫なのかとも同じくらい心配されてしまう。なにしろ元婚約者の兄だ。彼の隣にいることで自分がどのような目で見られるかも理解している。それでも引き受けたのは魅力の方が大きいからだ。
恋人契約を結んで二日が経つと、ようやくディアナの生活にも変化が訪れた。パーティーの打ち合わせがしたいと院長室に呼び出されたのである。
院長室へと続く扉を開けたディアナはまたも愕然とする。
「どうして先日より酷い惨状になっているの!?」
怒鳴りつければ、書類の山の向こう側でへらりとユアンが顔を出す。まるで緊張感のない態度に苛立ちが増した。
「いやあ、仕事が忙しくてね」
「誰かに片付けさせればいいことでしょう!」
「あまり他人を自分の領域には入れたくないんだよ」
「それは失礼致しました!」
「何をそんなに怒っているんだい?」
その他人が目の前にいるのに怒るなという方が無理だ。
嫌味を言われたのではなかったのだろうか?
自分は間違いなく他人の括りに入ると思う。
「そうだ。恋人のきみに片付けを頼もうかな」
「恋人という言葉は便利屋ではありません」
「手厳しいなぁ」
「あなたが緩すぎるのですわ!」
「あははっ……案外、僕たちは良いコンビなのかもしれないね」
「ふんっ!」
そんなはずはない。たとえそうだったとしても御免だと、ディアナはそっぽを向くことで否定する。利用はしてやりたいが、振り回されるのは本意ではない。
「まあ冗談はさておき」
冗談に付き合ったつもりのないディアナにとってはいい迷惑だ。
「とりあえずそこの椅子にでも座っておいで。お茶でも入れるよ」
「お構いなく。院長先生の手を煩わせるつもりはありません」
「ユアン、だろ?」
この場において二人の関係は恋人ということらしい。目敏く間違いを指摘されたディアナは大声で名を呼んでやった。おそらくあげ足をとることで自分を笑い者にしたいのだ。
「これでも形から入る主義なんだ。ほら、恋人を呼んだのだから、おもてなしくらいはしないとね」
「必要性を感じないのですが」
「きみにとっては必要のない事かもしれないけれど、僕はあまり他人に興味がなくてね。こうしてきちんと練習をしておかないと、どこかで綻びが出るかもしれない。誰も見ていないからといって手を抜いてはいけないよ」
「どうしてわたくしの方が窘められている形になったのかは疑問ですが……そういうことなら大人しくしておきます。失礼します」
長椅子を指定されたはいいが、ほとんどの面積を本が占領している。ユアンがティーセットを探しに部屋の奥へ旅立ったのを見届けてから、ディアナは慎重に本を動かした。座れというからには、動かして困るということはないのだろう。
「………………」
それにしても、ユアンが戻ってこない。
院長室は執務机の置かれている部屋と、簡単キッチンが併設されている。先ほどからがさごそと家探しをするような気配は感じているが、一向に紅茶が提供される気配はない。
このままでは打ち合わせも始まらないと、ディアナは我慢出来ずに席を立つ。
「あの、ユアン様。何を探しているのです?」
「ええと、茶葉はどこにしまったかな……」
ユアンはディアナには構わず探し物に熱中しているようだ。
戸棚を開けては閉め、引き出しを開いては探るが、一向に見つかる気配がない。先日のペンでのやり取りを思い出し、ディアナには嫌な予感が浮かんでいた。
「ああ、これかな?」
ユアンが缶の蓋を開けると中身は空っぽだ。
「あれ、空っぽだ。ええと、変えはどこにしまったかな……」
そして振出しに戻る。
訳もわからず呼び出され、意味もわからずに待ちぼうけ。ディアナは我慢の限界だった。
「もういいです。いん――、ユアン様が座っていて下さい!」
「ええ? でも」
「でもも何もありませんわ。ユアン様に任せていたら日が暮れます。というかもう夜ですね!」
ディアナが院長室を訪れたのは研究塔での職務を終えてから。つまり日が暮れてからである。
「紅茶でよろしくて!?」
「僕はなんでも構わないよ」
「ではあちらでお待ちになって下さい!」
自らのために開けた長椅子の空間を指さしたディアナは勢い任せに部屋を飛び出した。目指す先は寮の自室だ。
部屋に飛び込むなり完璧に収納された棚を漁る。丁寧にラベリングされたいくつかの缶を手に取ると、素早く院長室へ取って返す。そしてユアンの静止も訊かずに自ら紅茶を入れ出したのである。
手伝おうかというユアンからの有り難い申し出は丁重にお断りさせてもらった。もう時間を無駄にしてなるものか。
手つきは荒々しいがディアナの動きには無駄がなく、それでいて洗練されている。慣れた手つきで扱われたポットは、どことなく本来の持ち主に扱われるより誇らしそうだった。
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