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【11】紅茶
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「まさかきみが紅茶を淹れられるなんて驚いたよ」
ティーセットを手に戻ったディアナを見上げて、まずは一言。
「本当だ。任せろと言うだけあって美味しいね」
そして興味深そうに紅茶を飲み干しての言葉である。
「初めて飲む味だけれど、きみが好んで取り寄せているものかい?」
「これはわたくしがブレンドしたものです」
「きみが?」
ユアンの視線が紅茶に注がれる。
「研究で薬草を使うこともありますから、余った葉を何かに使えないかと試行錯誤して、この結果にたどり着きました」
「成程。繊細な調合はお手の物というわけだね」
「皇子殿下の口にあえば光栄です」
城で振る舞われる高級な茶葉や、一流の教育を受けた侍女には劣るだろう。しかしユアンははっきり美味しいと言ってくれた。嘘を嫌うユアンのことだ。おそらく本心だろう。まさか紅茶で認められるとは思わなかったが、ユアンに褒められるというのは案外気持ちのいいものだった。
しかし続く言葉に気分を台無しにされる。
「きみって案外庶民的なんだね」
「は?」
褒められたかと思えば、喧嘩を売られていたようだ。
「もっとプライドの高い傲慢なお嬢様だと思っていたよ」
思い当たる節のあるディアナは口を噤ぐ。これだからユアンは苦手だ。
「確かに、昔はそうだったのかもしれません」
けれどもう、自身の非を認められない人間ではない。あの頃とは変わったのだから。
「わたくしはもう、何も出来ないお嬢様ではありません。寮ではきちんと自立した生活を送っているのですよ」
「うん。きみは凄いね」
わかっているのかいないのか、のんびりとした口調でユアンが頷く。けれど答えなんてどうでもいいと、ディアナは先を急がせた。
「それで、わたくしは何のために呼ばれたのです?」
「そうだったね。ええと、確かあれは……どこへやったかな……」
あろうことかまたもユアンの探し物が始まろうとしている。
またあれを繰り返すのかと思うと、ディアナの苛立ちが限界を突破するのは早かった。
「もういいです。あなたが他人をどう思おうが知りません。この部屋、わたくしがきっちり掃除して差し上げますわ!」
「え? いいよ、そんなの」
「ちっとも良くありませんわ! 呼び出されるたびに余計な待ち時間をくわされるわたくしの身になりなさい!」
白衣を脱ぎ捨て袖をめくり、ポケットから取り出したリボンで髪を一纏めにした。
「ユアン様、いいえ。院長先生は大人しく座って仕事でもしていなさい!」
強引に執務机に追いやると、ディアナは散らかった書類の整理に奔走した。広い上げてはユアンに重要性を確認し、内容ごとにまとめていく。当たり前のことだが本は本棚へ戻し、項目ごとに並べてみせた。
「まったく、少し話に来ただけで大変な目に遭いましたわ」
髪をほどいたディアナは呆れたように言った。
「お疲れ様」
「まったく、わたくしがいなければどうなっていたことか」
「きみは院長秘書にもなれると思うな。推薦しておこうか?」
「わたくしは片付けではなく魔法の研究をしていたいのですわ。まったく……さあ、今度こそ本題に入っていただけます?」
話しを聞きに来たはずが、いつの間にか主導権はディアナが握っていたようだ。
「ええと、まずはドレスについてかな。僕から送らせてもらうにあたって希望を聞きたくてね」
ユアンの手には発掘された流行りのデザイン画が握られている。そのうちのどれかをディアナに用意してくれるようだ。
話しを聞いてみればそんなことかとディアナは拍子抜けしていた。
「わたくしはどのようなドレスでも構いません」
「そう?」
かつてのディアナのあれば喜々としてドレスから宝石までを指定していただろう。自分の身を着飾るものが大好きだった。
けれど今は、どうだっていい。最低限の体裁さえ整っているのなら、必要以上に着飾る必要はないと思ってい。特別に見せたい相手もいないのだから。
「どんなドレスであろうと着こなせる自信があります」
言葉通り、自信に溢れた答えだった。ユアンは満足そうだ。
「なら、赤にする? ああでも、それだと卒業パーティーの時と同じになってしまうかな」
「え……?」
思わずディアナは会話を止めていた。
「ユアン様、どうしてわたくしが卒業パーティーで赤いドレスを着ていたことを知っているのです?」
「そりゃあ知っているよ。僕もあの場にいたからね」
「それは、知っていますけれど……」
もちろんディアナも会場でユアンの姿を目にしているが。どうやら訊き方を間違えたようだ。どうして覚えているのかと問うべきだった。
「どうして覚えているのですか?」
「うーん……どうしてだろうね」
「はい?」
この人は質問に答える気があるのか。それどころかユアンは本気でわからないという態度だ。
「きみが誰より目立っていたからじゃない?」
「何を言い出すかと思えば……。あの日、あの会場で、誰よりも注目を集めていたのはわたくしの親友と、あなたの弟さんでしょうに」
言われて思い出したのか、ユアンは納得したようだ。長きに渡る前院長の不正を暴き、危険魔法の実験を見事に阻止した英雄たち。自分はせいぜいその親友という位置付けだ。おそらくリゼリカの傍にいのでたまたま認識していたのだろう。
「話は終わったのですね? 用が済んだのならわたくしは研究塔に戻らせていただきますわ」
会話を終わらせようとしたディアナを引き止めたのはやはりユアンだった。
「まだだよ」
「まだですの!?」
そういえば、まずはといっていたような気がする。
「それにしてもこれから研究塔に戻るなんて、きみはよほど研究が恋しいんだね」
「経過を観察している研究があります。そもそもわたくしがこの契約を引き受けた理由は研究をしていたいからですわ」
「うんうん。ところできみはよほど仕事が好きみたいだけれど、明日も仕事なのかい?」
「いえ、明日は……さすがに学院の休日には従っています。といっても仕事が休みなのでしたら寮で研究日誌でもつけています、けれど……まさか……」
ユアンの表情を見ていると、想像が現実であることを感じてしまう。
ティーセットを手に戻ったディアナを見上げて、まずは一言。
「本当だ。任せろと言うだけあって美味しいね」
そして興味深そうに紅茶を飲み干しての言葉である。
「初めて飲む味だけれど、きみが好んで取り寄せているものかい?」
「これはわたくしがブレンドしたものです」
「きみが?」
ユアンの視線が紅茶に注がれる。
「研究で薬草を使うこともありますから、余った葉を何かに使えないかと試行錯誤して、この結果にたどり着きました」
「成程。繊細な調合はお手の物というわけだね」
「皇子殿下の口にあえば光栄です」
城で振る舞われる高級な茶葉や、一流の教育を受けた侍女には劣るだろう。しかしユアンははっきり美味しいと言ってくれた。嘘を嫌うユアンのことだ。おそらく本心だろう。まさか紅茶で認められるとは思わなかったが、ユアンに褒められるというのは案外気持ちのいいものだった。
しかし続く言葉に気分を台無しにされる。
「きみって案外庶民的なんだね」
「は?」
褒められたかと思えば、喧嘩を売られていたようだ。
「もっとプライドの高い傲慢なお嬢様だと思っていたよ」
思い当たる節のあるディアナは口を噤ぐ。これだからユアンは苦手だ。
「確かに、昔はそうだったのかもしれません」
けれどもう、自身の非を認められない人間ではない。あの頃とは変わったのだから。
「わたくしはもう、何も出来ないお嬢様ではありません。寮ではきちんと自立した生活を送っているのですよ」
「うん。きみは凄いね」
わかっているのかいないのか、のんびりとした口調でユアンが頷く。けれど答えなんてどうでもいいと、ディアナは先を急がせた。
「それで、わたくしは何のために呼ばれたのです?」
「そうだったね。ええと、確かあれは……どこへやったかな……」
あろうことかまたもユアンの探し物が始まろうとしている。
またあれを繰り返すのかと思うと、ディアナの苛立ちが限界を突破するのは早かった。
「もういいです。あなたが他人をどう思おうが知りません。この部屋、わたくしがきっちり掃除して差し上げますわ!」
「え? いいよ、そんなの」
「ちっとも良くありませんわ! 呼び出されるたびに余計な待ち時間をくわされるわたくしの身になりなさい!」
白衣を脱ぎ捨て袖をめくり、ポケットから取り出したリボンで髪を一纏めにした。
「ユアン様、いいえ。院長先生は大人しく座って仕事でもしていなさい!」
強引に執務机に追いやると、ディアナは散らかった書類の整理に奔走した。広い上げてはユアンに重要性を確認し、内容ごとにまとめていく。当たり前のことだが本は本棚へ戻し、項目ごとに並べてみせた。
「まったく、少し話に来ただけで大変な目に遭いましたわ」
髪をほどいたディアナは呆れたように言った。
「お疲れ様」
「まったく、わたくしがいなければどうなっていたことか」
「きみは院長秘書にもなれると思うな。推薦しておこうか?」
「わたくしは片付けではなく魔法の研究をしていたいのですわ。まったく……さあ、今度こそ本題に入っていただけます?」
話しを聞きに来たはずが、いつの間にか主導権はディアナが握っていたようだ。
「ええと、まずはドレスについてかな。僕から送らせてもらうにあたって希望を聞きたくてね」
ユアンの手には発掘された流行りのデザイン画が握られている。そのうちのどれかをディアナに用意してくれるようだ。
話しを聞いてみればそんなことかとディアナは拍子抜けしていた。
「わたくしはどのようなドレスでも構いません」
「そう?」
かつてのディアナのあれば喜々としてドレスから宝石までを指定していただろう。自分の身を着飾るものが大好きだった。
けれど今は、どうだっていい。最低限の体裁さえ整っているのなら、必要以上に着飾る必要はないと思ってい。特別に見せたい相手もいないのだから。
「どんなドレスであろうと着こなせる自信があります」
言葉通り、自信に溢れた答えだった。ユアンは満足そうだ。
「なら、赤にする? ああでも、それだと卒業パーティーの時と同じになってしまうかな」
「え……?」
思わずディアナは会話を止めていた。
「ユアン様、どうしてわたくしが卒業パーティーで赤いドレスを着ていたことを知っているのです?」
「そりゃあ知っているよ。僕もあの場にいたからね」
「それは、知っていますけれど……」
もちろんディアナも会場でユアンの姿を目にしているが。どうやら訊き方を間違えたようだ。どうして覚えているのかと問うべきだった。
「どうして覚えているのですか?」
「うーん……どうしてだろうね」
「はい?」
この人は質問に答える気があるのか。それどころかユアンは本気でわからないという態度だ。
「きみが誰より目立っていたからじゃない?」
「何を言い出すかと思えば……。あの日、あの会場で、誰よりも注目を集めていたのはわたくしの親友と、あなたの弟さんでしょうに」
言われて思い出したのか、ユアンは納得したようだ。長きに渡る前院長の不正を暴き、危険魔法の実験を見事に阻止した英雄たち。自分はせいぜいその親友という位置付けだ。おそらくリゼリカの傍にいのでたまたま認識していたのだろう。
「話は終わったのですね? 用が済んだのならわたくしは研究塔に戻らせていただきますわ」
会話を終わらせようとしたディアナを引き止めたのはやはりユアンだった。
「まだだよ」
「まだですの!?」
そういえば、まずはといっていたような気がする。
「それにしてもこれから研究塔に戻るなんて、きみはよほど研究が恋しいんだね」
「経過を観察している研究があります。そもそもわたくしがこの契約を引き受けた理由は研究をしていたいからですわ」
「うんうん。ところできみはよほど仕事が好きみたいだけれど、明日も仕事なのかい?」
「いえ、明日は……さすがに学院の休日には従っています。といっても仕事が休みなのでしたら寮で研究日誌でもつけています、けれど……まさか……」
ユアンの表情を見ていると、想像が現実であることを感じてしまう。
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