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【12】誘い
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「僕も明日は暇なんだ。これって珍しい事なんだよ。というわけで、買い物に付き合ってほしいんだ」
「何故と、伺っても?」
ディアナは引きつりそうになる唇でなんとか問いかける。
「きみに頼みたい仕事があってね」
「研究塔への依頼でしたら窓口を通すよう、お願いしています」
講義の依頼や研究の依頼があれば、学院の窓口を通してディアナたち研究員に告げられる。順序は守ってもらいたい。
「講義の依頼でも研究の依頼でもないよ。一緒に買い物に行ってほしいんだ」
「はい?」
ユアンと話すようになってから、突拍子もない発言を受けてばかりだと、つくづく思う。
「何故わたくしが院長先生と買い物に行かなければならないのです?」
「これは院長としてではなくユアンとしてのお願いだよ。可愛い弟と、未来の義妹に婚約祝いの一つも渡していないことを責められていてね」
つまり婚約祝いの品を見繕いたいということか。
「それは理解しましたが、わたくしが同行する理由がありませんわ」
「僕は贈り物を選ぶのが苦手でね。何を選んで良いかさっぱりで、今日まで放置してしまったというわけさ」
どうりで二人の婚約が決まってから年単位で経過しているのに今更というわけである。
「せっかくきみという素晴らしい恋人が出来たことだし、手伝ってほしいんだ」
真っ先に浮かんだのは使いの者に選ばせればいいという案だ。けれど大切な人のプレゼントを自分で選びたいという気持ちはディアナにもわかる。
「ですが、わたくしがいたところで力になれるとは思えません」
「そんなことはないよ。頼もしい限りさ。なにしろ未来の義妹はきみの大親友だろう? 弟からそう聞いたよ。きみだって親友が変なプレゼントに悩まされるのは嫌だよね」
自分より年下である親友に、姉のような気持ちを抱いているのも確かだ。大切な親友、そして妹のような存在が反応に困る姿は見たくない。だが……
「あの子を盾に取るなんて卑怯ですわ!」
「どうせ贈るのなら喜んでもらえた方がいいだろ?」
「そういった考えは、嫌いではありませんが……」
てっきり皇子なのだから人任せにしているのかと思った。けれどユアンは自ら選びたいと思っている。だからこそ今日までプレゼント選びが引き延ばされてしまったのだろう。
「……分かりました。引き受けます」
「きみは……」
「何か?」
引き受けたというのにユアンは不思議そうだ。
「誰かに任せれば良いとは言わないんだね」
そう言われると思っていたのか、あるいは誰かにそう言われたのかもしれない。
「大切な人のプレゼントを自分で選びたいというのはおかしなことではないと思います。自分の目で見て判断したいと思うのは当然のことですわ」
リゼリカへの想いはとにかく、ユアンが弟を大切にしている事は初めて会った時に嫌という程痛感させられている。
「きみって案外話の通じる人間なんだね」
ユアンの口調は感心しているようだった。
「いったいわたくしはなんだと思われていたのです?」
「ははっ」
明らかに笑って誤魔化されている。おそらくユアンはお嬢様が自分でプレゼントを選ぶとは思っていなかったのだろう。
「いいですか。これはあの子のためですからね!」
しっかりと前置きをして、引き受けることを告げた。
「助かるよ。それにこれは練習も兼ねているんだ」
「練習?」
「いきなり本番だと不安があるからね」
あのユアンにも不安なことがあるのだろうか。それがディアナにとっての不安である。
しかし話を聞いてみればとんでもない理由だった。
「きみのことをちゃんと恋人扱い出来るか、練習させてほしいんだ」
ディアナはぴくりと動いた表情筋を落ち着かせる。そうしなければ全力で嫌な顔をしていただろう。
お前はあくまで恋愛の対象ではない。思い上がるなと釘を刺されているのだ。
そんなことは言われるまでもなく、引き受ける前から理解している。
「わかっています」
「うん?」
ユアンの疑問を無視してディアナは背を向ける。今度こそ長居はしたくないと、逃げるように部屋を後にしていた。
もしかしたら自分はとんでもなく大変な相手を恋人役に選んでしまったのかもしれない。ディアナは早速後悔していたが、気付いた時には遅いというのが後悔の常である。
翌日、約束の時間より少し早めに待ち合わせ場所に向かえば、ユアンがひらりと手を振って出迎えた。
「ユアン様。見たところお一人のようですが、護衛はどちらに?」
ディアナも護衛の専門家ではないため、本職の人間が隠れていたのなら見抜くことは難しい。しかしユアンの返答は予想外のものだった。
「恋人との逢瀬に護衛を引き連れるなんて野暮はしないよ」
「は?」
目を白黒させるディアナにユアンは余裕たっぷりに微笑んだ。
「何かな。愛しい人」
「な、何かなじゃありませんわ!」
確かに皇子が一人で外出してはいけないという決まりはない。しかし普通はいるだろう。護衛もしくは従者が。それなのに堂々と一人で立っているは何故だ。
「大丈夫だよ。これでも魔法には自身があるし、自分の身は守れる」
「それは、そうかもしれませんが」
確かに帝国の魔法学院、そのトップに君臨する院長に勝てる人間はそういないだろう。
「大丈夫だよ。ちゃんときみのことも守るから」
ただの恋人であれば素直にお礼を言うべき場面だ。しかしディアナは偽りの恋人。ただ皇子に守ってもらう立場にはない。
「仕方ありませんね……もしもの時はわたくしが守りますわ」
これでも在学中は主席で卒業したリゼリカと、常にライバル関係にあった。早く終わらせてしまえばいいことだと、ディアナはさっさと歩き出す。
「僕の恋人はせっかちなんだね」
当たり前だ。
「早く帰りたいのですわ!」
こうして偽りの恋人たちの休日は始まった。
「何故と、伺っても?」
ディアナは引きつりそうになる唇でなんとか問いかける。
「きみに頼みたい仕事があってね」
「研究塔への依頼でしたら窓口を通すよう、お願いしています」
講義の依頼や研究の依頼があれば、学院の窓口を通してディアナたち研究員に告げられる。順序は守ってもらいたい。
「講義の依頼でも研究の依頼でもないよ。一緒に買い物に行ってほしいんだ」
「はい?」
ユアンと話すようになってから、突拍子もない発言を受けてばかりだと、つくづく思う。
「何故わたくしが院長先生と買い物に行かなければならないのです?」
「これは院長としてではなくユアンとしてのお願いだよ。可愛い弟と、未来の義妹に婚約祝いの一つも渡していないことを責められていてね」
つまり婚約祝いの品を見繕いたいということか。
「それは理解しましたが、わたくしが同行する理由がありませんわ」
「僕は贈り物を選ぶのが苦手でね。何を選んで良いかさっぱりで、今日まで放置してしまったというわけさ」
どうりで二人の婚約が決まってから年単位で経過しているのに今更というわけである。
「せっかくきみという素晴らしい恋人が出来たことだし、手伝ってほしいんだ」
真っ先に浮かんだのは使いの者に選ばせればいいという案だ。けれど大切な人のプレゼントを自分で選びたいという気持ちはディアナにもわかる。
「ですが、わたくしがいたところで力になれるとは思えません」
「そんなことはないよ。頼もしい限りさ。なにしろ未来の義妹はきみの大親友だろう? 弟からそう聞いたよ。きみだって親友が変なプレゼントに悩まされるのは嫌だよね」
自分より年下である親友に、姉のような気持ちを抱いているのも確かだ。大切な親友、そして妹のような存在が反応に困る姿は見たくない。だが……
「あの子を盾に取るなんて卑怯ですわ!」
「どうせ贈るのなら喜んでもらえた方がいいだろ?」
「そういった考えは、嫌いではありませんが……」
てっきり皇子なのだから人任せにしているのかと思った。けれどユアンは自ら選びたいと思っている。だからこそ今日までプレゼント選びが引き延ばされてしまったのだろう。
「……分かりました。引き受けます」
「きみは……」
「何か?」
引き受けたというのにユアンは不思議そうだ。
「誰かに任せれば良いとは言わないんだね」
そう言われると思っていたのか、あるいは誰かにそう言われたのかもしれない。
「大切な人のプレゼントを自分で選びたいというのはおかしなことではないと思います。自分の目で見て判断したいと思うのは当然のことですわ」
リゼリカへの想いはとにかく、ユアンが弟を大切にしている事は初めて会った時に嫌という程痛感させられている。
「きみって案外話の通じる人間なんだね」
ユアンの口調は感心しているようだった。
「いったいわたくしはなんだと思われていたのです?」
「ははっ」
明らかに笑って誤魔化されている。おそらくユアンはお嬢様が自分でプレゼントを選ぶとは思っていなかったのだろう。
「いいですか。これはあの子のためですからね!」
しっかりと前置きをして、引き受けることを告げた。
「助かるよ。それにこれは練習も兼ねているんだ」
「練習?」
「いきなり本番だと不安があるからね」
あのユアンにも不安なことがあるのだろうか。それがディアナにとっての不安である。
しかし話を聞いてみればとんでもない理由だった。
「きみのことをちゃんと恋人扱い出来るか、練習させてほしいんだ」
ディアナはぴくりと動いた表情筋を落ち着かせる。そうしなければ全力で嫌な顔をしていただろう。
お前はあくまで恋愛の対象ではない。思い上がるなと釘を刺されているのだ。
そんなことは言われるまでもなく、引き受ける前から理解している。
「わかっています」
「うん?」
ユアンの疑問を無視してディアナは背を向ける。今度こそ長居はしたくないと、逃げるように部屋を後にしていた。
もしかしたら自分はとんでもなく大変な相手を恋人役に選んでしまったのかもしれない。ディアナは早速後悔していたが、気付いた時には遅いというのが後悔の常である。
翌日、約束の時間より少し早めに待ち合わせ場所に向かえば、ユアンがひらりと手を振って出迎えた。
「ユアン様。見たところお一人のようですが、護衛はどちらに?」
ディアナも護衛の専門家ではないため、本職の人間が隠れていたのなら見抜くことは難しい。しかしユアンの返答は予想外のものだった。
「恋人との逢瀬に護衛を引き連れるなんて野暮はしないよ」
「は?」
目を白黒させるディアナにユアンは余裕たっぷりに微笑んだ。
「何かな。愛しい人」
「な、何かなじゃありませんわ!」
確かに皇子が一人で外出してはいけないという決まりはない。しかし普通はいるだろう。護衛もしくは従者が。それなのに堂々と一人で立っているは何故だ。
「大丈夫だよ。これでも魔法には自身があるし、自分の身は守れる」
「それは、そうかもしれませんが」
確かに帝国の魔法学院、そのトップに君臨する院長に勝てる人間はそういないだろう。
「大丈夫だよ。ちゃんときみのことも守るから」
ただの恋人であれば素直にお礼を言うべき場面だ。しかしディアナは偽りの恋人。ただ皇子に守ってもらう立場にはない。
「仕方ありませんね……もしもの時はわたくしが守りますわ」
これでも在学中は主席で卒業したリゼリカと、常にライバル関係にあった。早く終わらせてしまえばいいことだと、ディアナはさっさと歩き出す。
「僕の恋人はせっかちなんだね」
当たり前だ。
「早く帰りたいのですわ!」
こうして偽りの恋人たちの休日は始まった。
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