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【13】買い物
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学院が建つ帝都は大きな街だ。多くの人が集まり発展し、流行の品がいち早く出回る。欲しいものはなんでも手に入るだろう。プレゼント選びには最適だ。
まずは大通りを歩きながら目的の品を定めよう。
「さて、何を買えばいいのかな」
まったくもって頼りない発言だ。ディアナは女性目線での意見を求められて呼ばれているのだから、しっかりと意見しなければならない。早急に切り上げるためにもあれこれとアドバイスを続けた。
「女性が喜ぶ祝いの品といえば、一般的には花や菓子の類が多いかと思います」
「なるほど。花というのは、ああいった?」
ユアンは花屋を指して問いかけた。
「そうですね。あの子も卒業式の日に花を貰って喜んでいましたから、きっと喜びますわ」
「きみも嬉しいの?」
「わたくしだって花は好きです。もちろんいただければ嬉しいですわ。たとえばバラの花は見た目も華やかで香りも豊か、贈り物にも重宝されています。バラに限らず、その方をイメージした花というのは喜ばれるものですよ」
「詳しいんだね」
「花をいただくことは多いですから。けれど数年越しの婚約祝いなのですから、花では少し違うようにも感じます。なんというか……ユアン様の場合、今更の花感が拭えません」
「あはは」
「笑い事ではありませんわ。レナード様は何がお好きなのですか?」
やはり好きな物を贈られた方が嬉しいだろう。兄弟なのだからレナードについてはディアナよりも詳しいはずだ。
「そうだねぇ……弟は……なんだろうね」
「しっかりして下さいな! お兄様!」
「あまりそういうことは話さないんだよね。ああ、婚約者の、あの子のことは好きなんじゃないかな」
「当たり前ですわ! まったく、頼りにならない方ですのね」
「他人にそう評価されるのは初めてだよ」
それはそうだろう。元皇帝候補の筆頭だ。先ほどから失礼な発言をしている自覚はあるが、仮にも恋人相手に不敬を問うような人間ではないだろう。いざとなれば恋人の一言で不問にしてもらうつもりだ。
「では一般的な趣味趣向ということで、お酒というのはいかがです?」
「お酒?」
「お酒でしたらレナード様も嗜まれるでしょう?」
「そうだね。時々一緒に飲んでいるよ。そういえば、あれも酒は好きみたいだ。弱いのにね」
「弱いのですか?」
「いつも弟の方が先に酔いつぶれてしまうよ」
澄ました表情を浮かべているレナードが酔いつぶれる姿を、一年苦楽を共にした同級生でありながら想像することは難しい。
「それは知りませんでした。学院ではお酒を飲む機会はありませんでしたから」
「そういえば、きみたちはみんな同級生だったものね」
「はい。楽しい学院生活でしたわ。ですがそういうことなら丁度いいのではありませんか? いつもとは違った、特別なお酒を贈るのです」
「特別って?」
「たとえば思い出に絡めたものであったり、特別な銘柄だったり、そういったいつもと違う演出がプレゼントには適しているのですわ。お酒があれば弾む話もありますし、一緒に飲めるという楽しみもあります。お酒に弱いのでしたらアルコールの弱い物や、甘い果実酒などもおすすめですわ」
「それはいいね。でもそれだと弟ばかりが喜ぶものになってしまわない?」
「二人で一つ、あるいは同じものを贈る必要はないと思います。あの子には何か別のものを考えればいいことですわ」
「それもそうだね」
「最も、二人が本当に欲しいものは、わたくしたちではプレゼントすることが難しいのですけれど」
「そんなものがあるのかい?」
まるで分からないという顔をするするユアンは恋を知らないのだろう。
「簡単な事です。二人の時間に決まっていますわ」
「きみは随分と二人のことを良くわかっているんだね」
「あの二人のというか、愛し合う二人であれば当然のことです」
「そうなのかい?」
まるで想像もしていなかったというユアンは、やはり恋をしたことがないに違いない。ディアナとて恋愛経験を問われたのなら口籠るしかないが、親友からの手紙を読めば気持ちはわかるつもりだ。
学院を卒業してからも、リゼリカとは頻繁に手紙のやり取りをしている。国を越えての手紙は届くまでに時間がかかるため、レナード宛の手紙にディアナへの手紙を添えてくれるのだ。
リゼリカからの手紙は頻繁に届く。きっとその回数だけレナードにも手紙を送っているのだろう。それほど会いたいという想いが募っているのだ。
「好きあった二人はいつも一緒にいないといけないの? 今日の僕らみたいに」
「そういう決まりはありませんが、離れていることが淋しくないはずありません。一緒にいたいからこそ、その権利を得るために恋人になるのですわ」
ユアンの言ったレナードの好きな物がリゼリカというのはあながち間違ってはいないのだろう。
「僕にはよくわからないけど、そういうものかな?」
「恋というのは、離れていてもその人のことばかり考えてしまうものなのです。傍にいるだけで幸せを感じ、好ましい。いつだってその人の事を想うのですわ。ですから一緒にいたくないはずがありません」
「成程」
「確かにあの二人は国によって結ばれた婚約ですが、わたくしは学院での生活を通じて二人が真実恋人という関係を築いていることを知っています。国も違うのですから、お互いの状況に不安を感じているはずですわ」
「恋というのは厄介だということがよくわかったよ」
そういうディアナも母親からの受け売りだ。けれどレナードにその感情を抱けなかったとこで、あれは恋ではなかったと納得してしまった。
「そういえば、きみは彼女に婚約祝いを渡したのかい?」
「わたくしがあの子と知り合った時には、婚約が決まって随分と時間が経っていましたから。それに出会った頃はとても祝福しようという気持ちには」
ディアナは不自然に言葉を切り上げる。つい余計な事まで喋りすぎてしまった。
「わたくしは、いずれ二人が落ち着いて生活出来るようになってから、改めてプレゼントを贈りますわ」
「素敵な計画だね」
褒められたディアナは素直に感謝しておいた。
「僕もそうしようかな」
「は?」
「うん。それがいい」
「そ、それ?」
どれのことだろう。ディアナはとても嫌な予感を覚えていた。
「僕もきみと一緒に送ればいいよね。名案だ」
「はい?」
まったく訳の分からない展開になっている。
「その時はディアナ。僕との連名で贈ろうね」
「な、それでは今日、この時間はなんのために……」
無駄足だと思えば、どっと疲労が襲ってきた。足は元気だが、心が疲弊しているのだ。
「無駄にはならないよ。言っただろ? 恋人の練習だって」
「確かに、一緒に歩く練習にはなりましたが……」
最初は同じ速度で歩くこともぎこちなく見えたが、会話をしているうちに自然な歩幅になった。パーティーでユアンと歩幅が合わなかったでは格好がつかないので進展はあっただろう。しかし当初の目的が消えた今、疲労の方が大きく感じる。
「やはり損失の方が大きく感じるのですが……」
「ええと、つまりきみは損失とやらを戻せればいいんだよね?」
「え? あ、あの……?」
目的地も告げず、ユアンはぐいぐいとディアナの手を引いていく。
「あのユアン様!?」
「いいからいいから」
焦ったディアナが名を呼ぶが、ユアンは気にせず歩みを止めることはない。それどころか楽しそうに道を進んで行くのだ。
まずは大通りを歩きながら目的の品を定めよう。
「さて、何を買えばいいのかな」
まったくもって頼りない発言だ。ディアナは女性目線での意見を求められて呼ばれているのだから、しっかりと意見しなければならない。早急に切り上げるためにもあれこれとアドバイスを続けた。
「女性が喜ぶ祝いの品といえば、一般的には花や菓子の類が多いかと思います」
「なるほど。花というのは、ああいった?」
ユアンは花屋を指して問いかけた。
「そうですね。あの子も卒業式の日に花を貰って喜んでいましたから、きっと喜びますわ」
「きみも嬉しいの?」
「わたくしだって花は好きです。もちろんいただければ嬉しいですわ。たとえばバラの花は見た目も華やかで香りも豊か、贈り物にも重宝されています。バラに限らず、その方をイメージした花というのは喜ばれるものですよ」
「詳しいんだね」
「花をいただくことは多いですから。けれど数年越しの婚約祝いなのですから、花では少し違うようにも感じます。なんというか……ユアン様の場合、今更の花感が拭えません」
「あはは」
「笑い事ではありませんわ。レナード様は何がお好きなのですか?」
やはり好きな物を贈られた方が嬉しいだろう。兄弟なのだからレナードについてはディアナよりも詳しいはずだ。
「そうだねぇ……弟は……なんだろうね」
「しっかりして下さいな! お兄様!」
「あまりそういうことは話さないんだよね。ああ、婚約者の、あの子のことは好きなんじゃないかな」
「当たり前ですわ! まったく、頼りにならない方ですのね」
「他人にそう評価されるのは初めてだよ」
それはそうだろう。元皇帝候補の筆頭だ。先ほどから失礼な発言をしている自覚はあるが、仮にも恋人相手に不敬を問うような人間ではないだろう。いざとなれば恋人の一言で不問にしてもらうつもりだ。
「では一般的な趣味趣向ということで、お酒というのはいかがです?」
「お酒?」
「お酒でしたらレナード様も嗜まれるでしょう?」
「そうだね。時々一緒に飲んでいるよ。そういえば、あれも酒は好きみたいだ。弱いのにね」
「弱いのですか?」
「いつも弟の方が先に酔いつぶれてしまうよ」
澄ました表情を浮かべているレナードが酔いつぶれる姿を、一年苦楽を共にした同級生でありながら想像することは難しい。
「それは知りませんでした。学院ではお酒を飲む機会はありませんでしたから」
「そういえば、きみたちはみんな同級生だったものね」
「はい。楽しい学院生活でしたわ。ですがそういうことなら丁度いいのではありませんか? いつもとは違った、特別なお酒を贈るのです」
「特別って?」
「たとえば思い出に絡めたものであったり、特別な銘柄だったり、そういったいつもと違う演出がプレゼントには適しているのですわ。お酒があれば弾む話もありますし、一緒に飲めるという楽しみもあります。お酒に弱いのでしたらアルコールの弱い物や、甘い果実酒などもおすすめですわ」
「それはいいね。でもそれだと弟ばかりが喜ぶものになってしまわない?」
「二人で一つ、あるいは同じものを贈る必要はないと思います。あの子には何か別のものを考えればいいことですわ」
「それもそうだね」
「最も、二人が本当に欲しいものは、わたくしたちではプレゼントすることが難しいのですけれど」
「そんなものがあるのかい?」
まるで分からないという顔をするするユアンは恋を知らないのだろう。
「簡単な事です。二人の時間に決まっていますわ」
「きみは随分と二人のことを良くわかっているんだね」
「あの二人のというか、愛し合う二人であれば当然のことです」
「そうなのかい?」
まるで想像もしていなかったというユアンは、やはり恋をしたことがないに違いない。ディアナとて恋愛経験を問われたのなら口籠るしかないが、親友からの手紙を読めば気持ちはわかるつもりだ。
学院を卒業してからも、リゼリカとは頻繁に手紙のやり取りをしている。国を越えての手紙は届くまでに時間がかかるため、レナード宛の手紙にディアナへの手紙を添えてくれるのだ。
リゼリカからの手紙は頻繁に届く。きっとその回数だけレナードにも手紙を送っているのだろう。それほど会いたいという想いが募っているのだ。
「好きあった二人はいつも一緒にいないといけないの? 今日の僕らみたいに」
「そういう決まりはありませんが、離れていることが淋しくないはずありません。一緒にいたいからこそ、その権利を得るために恋人になるのですわ」
ユアンの言ったレナードの好きな物がリゼリカというのはあながち間違ってはいないのだろう。
「僕にはよくわからないけど、そういうものかな?」
「恋というのは、離れていてもその人のことばかり考えてしまうものなのです。傍にいるだけで幸せを感じ、好ましい。いつだってその人の事を想うのですわ。ですから一緒にいたくないはずがありません」
「成程」
「確かにあの二人は国によって結ばれた婚約ですが、わたくしは学院での生活を通じて二人が真実恋人という関係を築いていることを知っています。国も違うのですから、お互いの状況に不安を感じているはずですわ」
「恋というのは厄介だということがよくわかったよ」
そういうディアナも母親からの受け売りだ。けれどレナードにその感情を抱けなかったとこで、あれは恋ではなかったと納得してしまった。
「そういえば、きみは彼女に婚約祝いを渡したのかい?」
「わたくしがあの子と知り合った時には、婚約が決まって随分と時間が経っていましたから。それに出会った頃はとても祝福しようという気持ちには」
ディアナは不自然に言葉を切り上げる。つい余計な事まで喋りすぎてしまった。
「わたくしは、いずれ二人が落ち着いて生活出来るようになってから、改めてプレゼントを贈りますわ」
「素敵な計画だね」
褒められたディアナは素直に感謝しておいた。
「僕もそうしようかな」
「は?」
「うん。それがいい」
「そ、それ?」
どれのことだろう。ディアナはとても嫌な予感を覚えていた。
「僕もきみと一緒に送ればいいよね。名案だ」
「はい?」
まったく訳の分からない展開になっている。
「その時はディアナ。僕との連名で贈ろうね」
「な、それでは今日、この時間はなんのために……」
無駄足だと思えば、どっと疲労が襲ってきた。足は元気だが、心が疲弊しているのだ。
「無駄にはならないよ。言っただろ? 恋人の練習だって」
「確かに、一緒に歩く練習にはなりましたが……」
最初は同じ速度で歩くこともぎこちなく見えたが、会話をしているうちに自然な歩幅になった。パーティーでユアンと歩幅が合わなかったでは格好がつかないので進展はあっただろう。しかし当初の目的が消えた今、疲労の方が大きく感じる。
「やはり損失の方が大きく感じるのですが……」
「ええと、つまりきみは損失とやらを戻せればいいんだよね?」
「え? あ、あの……?」
目的地も告げず、ユアンはぐいぐいとディアナの手を引いていく。
「あのユアン様!?」
「いいからいいから」
焦ったディアナが名を呼ぶが、ユアンは気にせず歩みを止めることはない。それどころか楽しそうに道を進んで行くのだ。
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