魔法学院の偽りの恋人

美早卯花

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【24】元婚約者

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 目覚めるなり、ディアナは自分がどこかに寝かされていることを知った。
 見慣れぬ天井は白く、肌に触れる寝具は清潔だが、どこか薬品臭い。そもそも最後の記憶は自身に与えられた研究室のはずだ。

「気が付いたが」

 傍で安堵の声が聞する。先ほどの女性と違って覚えのあるものだが、彼が学院にいるはずがないと耳を疑った。すると本人から直々に顔を覗かれる。

「レナード様?」

 かつての婚約者、そして現在は親友の婚約者。この国の未来の皇帝陛下がそこにいた。

「どうしてレナード様が……」

 学院時代は友人関係にあったとはいえ、自分たちは既に学院を卒業した身だ。研究員として学院に残ったのならともかく、目の前にレナードがいるはずはない。

「今日は付き添いでな。俺とて母校を訪問することもある。リゼリカからの手紙を渡そうと研究塔を訊ねたが、きみが倒れていて驚いたぞ。医務室まで運ばせてもらったが、勝手を知る学院で良かったと心から思わされた」

「そうだったのですか」

 リゼリカはレナードへの手紙にディアナへの手紙を同封することがある。国を越えてのやり取りの場合、レナードを経由させる方が早く届くのだ。
 来校予定のあったレナードはわざわざ手紙を渡すためにディアナを訊ねてくれたらしい。ところが研究室では過剰な反応を示した薬品が暴走し、誤って吸引したディアナが倒れていたというわけである。
 状況を把握すればいつまでも横になっているのは失礼だ。ディアナはせめて身体を起こそうと腕をつく。

「無理をすることはない」

「平気です。まだ少しだるさは有りますが、自分の開発していた薬のことは誰より理解していますから。有毒なものではありませんし、もう大丈夫です」

 それよりも身体より失敗に気付けなかったことへのダメージが大きい。

「お騒がせしてすみませんでした」

 レナードはリゼリカの婚約者だ。あまり大袈裟に寝込んでいてはリゼリカにまで話が伝わってしまう。

「きみが無事で良かった。医師の判断では安静にしていれば問題は無いらしい。後は安静にするようにと言われた」

 製作者としてレナードの言葉も医師の判断も正しいと思った。有毒物質を掛け合わせたものではないため少し休めば回復するだろう。その限界を見誤ったことが研究員としての失態だ。

「ありがとうございます。ところでレナード様」

「どうした」

「勝手ばかりで心苦しいのですが、リゼリカにはこのことを内緒にしてもらえますか? 余計な心配をかけたくないのです」

「彼女は余計だとは思わんぞ」

「それでもです。あの子は大変な時期なのですから、わたくしの不始末で邪魔をしたくはありません」

 心の優しい親友だ。今回のことを知ったのなら、真っ先に自分の身を案じるだろう。そして教えなければ、露見した時に何故教えてくれなかったと責められる。自分がリゼリカの立場でも同じことを言うだろう。たとえ国は違えど、離れていてもお互いのことを想う親友だ。
 それでも頑なに秘密を貫こうとするのは、彼女がどれほどの苦労に身を置いているかを知っているからだ。
 リゼリカは祖国に戻り、レナードを支えるための勉強を重ねている。学院の勉強なら得意だというリゼリカも、慣れないことには苦労をしていると手紙には書かれていた。だからこそ自分の失態で不安を与えたくはない。
 レナードを共犯者にすることは申し訳ないが、必死に頼みこめばわかってくれたらしい。

「俺にとってもきみは友人だ。それがきみの望みというのなら頷く他あるまい」

「ありがとうございます」

 当たり前のように友と呼ばれることが嬉しい人だった。学院で過ごした日々にはリゼリカだけでなくレナードとの思い出も多い。お互いに元婚約者としての未練はなく、対等な友人として渡り合うことが出来ている。

「しかし兄上には連絡を入れさせてもらったぞ」

「ユアン様に?」

 何故だと見つめれば、レナードは不思議そうにしていた。

「何がおかしい」

「何故ユアン様に知らせる必要が?」

「きみは兄上の恋人なのだろう?」

「え……」

 身体が凍る。どうしてレナードが知っている? あのパーティーにレナードは出席していなかったはずだ。

「驚いたぞ。久しぶりに学院を訪れてみれば、馴染みの者に教えられてな」

 勝手知ったる学院の弊害だ。卒業したとはいえ教師は顔馴染みばかりである。真面目なレナードが挨拶をしていないはずがない。
 いつかはレナードの耳にも届くだろうと思っていた。しかしこんなに早いとは想定外である。それも本人から、面と向かって指摘されるとは予期していなかった。せめてレナードには偽りの関係だと真実を話しておくべきだったのかもしれない。

「兄上は立派な方ではあるが、何分正直過ぎる傾向がある。そのせいか誤解されることも多くてな。どのような女性と付き合うのか、そのような日が訪れるのかと危惧していたが、成程。きみならば納得がいく。どうか兄上をよろしく頼みたい」

「れ、レナード様!」

 かつての婚約者がその兄を頼みたいと自分に頭を下げている。その光景はあまりにも目に毒で、ディアナは罪悪感に苛まれた。

「レナード様、違うのです!」

 あの人は自分のことなんて好きではない。
 頼まれたところで無理なのだ。

「あの方はわたくしのことなんて……」

 好きにはなりたくないと言っていた。

「あの方は……」

 わたくしのことなんて好きじゃない。

 思い出すだけで制御できないほど心が揺さぶられる。声にならず、言葉が出ない。じわじわと涙ばかりが溢れていく。
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