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【25】見舞い
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「きみ!」
驚くレナードの視線をたどれば頬の違和感にも気付く。いきなり泣き出したのだ。レナードが戸惑うのも無理はない。けれど泣き出したディアナにさえ自分の感情が理解出来ずにいた。
混乱していると荒々しい勢いで医務室の扉が開く。
「ディアナ!」
飛び込んできたのはユアンだった。レナードが連絡を入れたと話していたが、血相を変えて飛び込んでくるとは思わなかった。
「きみ、どうしたの?」
駆け寄るなり、痛ましそうに問いかけられる。けれど答えのわからないディアナは口を閉ざしてしまった。
「お前が泣かせたの?」
ユアンが鋭くレナードを問い詰めたことで、ディアナは自身の過ちに気付く。躊躇いを見せたことでユアンは勝手に犯人を決めてしまった。
「違います! レナード様はわくたくしを助けて下さったのですよ!」
否定は受け入れられたようだが、ユアンにはあまり興味がないようだった。
「それはありがとうと言っておかないといけないね。恋人が世話になったのだから」
「ユアン様!」
「何?」
レナードの前でも恋人の演技を続けようとするユアンに声を荒げていた。
聞こえているはずが、ユアンはディアナには見向きもせずに話を進めてしまう。
「レナード、お前はもう帰っていいよ」
何故否定をしてくれないのだろう。レナードになら打ち明けても問題はないはずだ。
それどころか有無を言わさぬ声音で告げ、部屋から追い出そうとしている。もとより兄を慕うレナードは何の不信も抱かず命令に従ってしまう。
「それではきみ。今回のことは胸に秘めておくが、くれぐれも身体を大事にな」
「待って、レナード様!」
言い募ろうとするディアナを遮り、ユアンはレナードを見送った。偽りの関係だと、口を挟む隙もない。
二人きりになるとディアナはユアンを問い詰めた。
「どうして勝手な事ばかり言うのです」
「勝手な事って?」
「レナード様にまで嘘をつく必要はないでしょう。レナード様に迷惑が掛からないよう配慮して下さったことは感謝していますが、あれでは偽りの関係だと訂正する暇もありませんでした」
「弟に誤解されると困るのかい?」
「当たり前です!」
どうしてそんなことも分からないのかとディアナは憤る。リゼリカにまで伝わってしまったら大変な騒ぎだ。親友から純粋な眼差しでおめでとうと祝福されてしまったら、あとで嘘でしたとは言い難い。リゼリカは国外にいるためユアンとの関係が伝わる事はないと油断していた。
「あとでレナード様には訂正の連絡を入れて下さい」
「きみは弟のことばかりだね。そんなに弟のことが気になる? 僕だってきみのことを心配してきたんだけど」
その通りだった。来客中にもかかわらずユアンがこの場にいるのは、恋人という関係が足枷となったせいだ。それなのにこのような対応をされては不満にもなるだろう。
「お忙しいところ、ご迷惑を掛けたことは謝ります。申し訳ありませんでした」
「いいよ、そんなことは。きみが無事ならそれでいい。倒れたと聞いたけど、怪我はない?」
「ありません」
「体調は? 気分は悪くない?」
「もう大丈夫です」
「そう。良かった……こんなことは二度とごめんだよ」
「はい……」
ユアンはまるで本当の恋人のように労ってくれる。ここが学院の施設だから演技を続けるのだ。
しかしレナードが去った部屋に人の気配はない。ユアンの心配は杞憂だろう。
「ユアン様。もういいのですよ?」
「もういいって、何が?」
「誰も見ていないのですから、過剰な演技は必要ないのです」
急いで駆けつけたふりも。心から心配しているような演技も。
そう告げればユアンは心外そうに眉をひそめた。
「これでも本気で心配していたんだけどね。きみは僕のことを恋人が倒れたと聞いて放っておくような薄情な男だと思っていたの? きみが倒れたと聞いて、気付いたら部屋を飛び出していたよ」
どうして伝わらないのだろう。自分のことで煩わせたくはないと、彼のためを思っているはずが、ユアンの機嫌は悪くなるばかりだ。
「あの方は、いいのですか?」
勇気を出して問いかける。何故か自分は苛立っているようだった。
「あの方って?」
「先ほど院長室で、一緒にいたではありませんか」
そう説明すれば、ユアンにも思い当たる人物がいたらしい。彼女のためにも早く戻るべきだと訴えた。
「彼女のことなら心配はいらないよ。恋人(きみ)の方が大切だからね」
「また……」
この人の口から恋人と言われた分だけ、嬉しいよりも虚しさがこみ上げるようになった。
「もう黙って。送るから、帰ろう」
「必要ありません。一人で帰れます」
仕事を早退する事への不満はあるが、倒れたという事実があるため休養を勧められるのは仕方のないことだ。ディアナとて甘んじて受け入れるつもりでいる。
しかしユアンに付き添われて帰宅するのは不本意だ。すでに体調は戻り歩くことにも問題はない。それでもユアンは頑なに送り届けようと言って譲らなかった。
「きみ、僕のことを無理やり寝かしつけたことがあったよね」
院長室で休めと進言した時、強引な申し出でありながらもユアンは従ってくれた。だから今度はディアナが従う番だと、同じ行動を求められている。
倒れたことは自身の過失であるため、後ろめたさからディアナは従うが、このままではいけないと焦りを抱いていた。
これ以上、この人の傍にいてはいけない。
これ以上、傍にいたら後悔することになる。
ディアナにとってもユアンは好きになりたくはない相手なのだから。
驚くレナードの視線をたどれば頬の違和感にも気付く。いきなり泣き出したのだ。レナードが戸惑うのも無理はない。けれど泣き出したディアナにさえ自分の感情が理解出来ずにいた。
混乱していると荒々しい勢いで医務室の扉が開く。
「ディアナ!」
飛び込んできたのはユアンだった。レナードが連絡を入れたと話していたが、血相を変えて飛び込んでくるとは思わなかった。
「きみ、どうしたの?」
駆け寄るなり、痛ましそうに問いかけられる。けれど答えのわからないディアナは口を閉ざしてしまった。
「お前が泣かせたの?」
ユアンが鋭くレナードを問い詰めたことで、ディアナは自身の過ちに気付く。躊躇いを見せたことでユアンは勝手に犯人を決めてしまった。
「違います! レナード様はわくたくしを助けて下さったのですよ!」
否定は受け入れられたようだが、ユアンにはあまり興味がないようだった。
「それはありがとうと言っておかないといけないね。恋人が世話になったのだから」
「ユアン様!」
「何?」
レナードの前でも恋人の演技を続けようとするユアンに声を荒げていた。
聞こえているはずが、ユアンはディアナには見向きもせずに話を進めてしまう。
「レナード、お前はもう帰っていいよ」
何故否定をしてくれないのだろう。レナードになら打ち明けても問題はないはずだ。
それどころか有無を言わさぬ声音で告げ、部屋から追い出そうとしている。もとより兄を慕うレナードは何の不信も抱かず命令に従ってしまう。
「それではきみ。今回のことは胸に秘めておくが、くれぐれも身体を大事にな」
「待って、レナード様!」
言い募ろうとするディアナを遮り、ユアンはレナードを見送った。偽りの関係だと、口を挟む隙もない。
二人きりになるとディアナはユアンを問い詰めた。
「どうして勝手な事ばかり言うのです」
「勝手な事って?」
「レナード様にまで嘘をつく必要はないでしょう。レナード様に迷惑が掛からないよう配慮して下さったことは感謝していますが、あれでは偽りの関係だと訂正する暇もありませんでした」
「弟に誤解されると困るのかい?」
「当たり前です!」
どうしてそんなことも分からないのかとディアナは憤る。リゼリカにまで伝わってしまったら大変な騒ぎだ。親友から純粋な眼差しでおめでとうと祝福されてしまったら、あとで嘘でしたとは言い難い。リゼリカは国外にいるためユアンとの関係が伝わる事はないと油断していた。
「あとでレナード様には訂正の連絡を入れて下さい」
「きみは弟のことばかりだね。そんなに弟のことが気になる? 僕だってきみのことを心配してきたんだけど」
その通りだった。来客中にもかかわらずユアンがこの場にいるのは、恋人という関係が足枷となったせいだ。それなのにこのような対応をされては不満にもなるだろう。
「お忙しいところ、ご迷惑を掛けたことは謝ります。申し訳ありませんでした」
「いいよ、そんなことは。きみが無事ならそれでいい。倒れたと聞いたけど、怪我はない?」
「ありません」
「体調は? 気分は悪くない?」
「もう大丈夫です」
「そう。良かった……こんなことは二度とごめんだよ」
「はい……」
ユアンはまるで本当の恋人のように労ってくれる。ここが学院の施設だから演技を続けるのだ。
しかしレナードが去った部屋に人の気配はない。ユアンの心配は杞憂だろう。
「ユアン様。もういいのですよ?」
「もういいって、何が?」
「誰も見ていないのですから、過剰な演技は必要ないのです」
急いで駆けつけたふりも。心から心配しているような演技も。
そう告げればユアンは心外そうに眉をひそめた。
「これでも本気で心配していたんだけどね。きみは僕のことを恋人が倒れたと聞いて放っておくような薄情な男だと思っていたの? きみが倒れたと聞いて、気付いたら部屋を飛び出していたよ」
どうして伝わらないのだろう。自分のことで煩わせたくはないと、彼のためを思っているはずが、ユアンの機嫌は悪くなるばかりだ。
「あの方は、いいのですか?」
勇気を出して問いかける。何故か自分は苛立っているようだった。
「あの方って?」
「先ほど院長室で、一緒にいたではありませんか」
そう説明すれば、ユアンにも思い当たる人物がいたらしい。彼女のためにも早く戻るべきだと訴えた。
「彼女のことなら心配はいらないよ。恋人(きみ)の方が大切だからね」
「また……」
この人の口から恋人と言われた分だけ、嬉しいよりも虚しさがこみ上げるようになった。
「もう黙って。送るから、帰ろう」
「必要ありません。一人で帰れます」
仕事を早退する事への不満はあるが、倒れたという事実があるため休養を勧められるのは仕方のないことだ。ディアナとて甘んじて受け入れるつもりでいる。
しかしユアンに付き添われて帰宅するのは不本意だ。すでに体調は戻り歩くことにも問題はない。それでもユアンは頑なに送り届けようと言って譲らなかった。
「きみ、僕のことを無理やり寝かしつけたことがあったよね」
院長室で休めと進言した時、強引な申し出でありながらもユアンは従ってくれた。だから今度はディアナが従う番だと、同じ行動を求められている。
倒れたことは自身の過失であるため、後ろめたさからディアナは従うが、このままではいけないと焦りを抱いていた。
これ以上、この人の傍にいてはいけない。
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