囚われた悪役令嬢は初恋の王子に救われる

美早卯花

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【12】悪夢

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『レジーナ様。その格好、とっても良くお似合いですよ』

 眠っていてもその声はレジーナを追い詰める。嘲笑い、暗闇から伸びた鎖が身体を縛る。

『悪役令嬢なんてお呼びじゃないのよ』

 それがレジーナの罪だとリリスは言った。違うと否定しても頭の中の声が止まない。

「いやぁっ!」

 耳に飛び込んできたのは自らの悲鳴だ。

「止めて、助けて!」

「レジーナ!」

 目を開けると心配そうに覗き込むアンセルを見上げていた。
 夢と現実が重なり錯乱する。瞬くと涙が溢れ、温かい指先が労るように後を追う。

「大丈夫だ。ここにお前を傷つける者はいない」

 ここはあのおぞましい部屋じゃない。やっと夢と現実の区別がついた。

「俺がいる」

「うっ、あ……」

 優しい声に止まっていたはずの涙が溢れる。正常な判断ができたのなら、甘えてはいけないと戒めただろう。だが悪夢に魘された恐怖がレジーナの判断を鈍らせた。広い背中に腕を伸ばし、強く抱きつく。
 助けて欲しいと願った。この人だけが自分を助けてくれたことをしっている。

 あれからアンセルは可能な限り傍にいてくれた。国王として多忙なことを指摘すれば、レジーナが心配で仕事が手に着かないと言う。そもそも優秀な部下が揃っているのでしばらく国をあけても問題ないと言われてしまった。
 しばらくしてレジーナが身体を起こせるようになると、アンセルは散歩に連れ出してくれた。レジーナが運ばれていたのは王都にあるアンセルに味方をした貴族の屋敷らしい。最初のうちは少し歩くだけで疲れてしまったが、美しい庭は傷ついたレジーナの心を癒してくれた。
 幼い頃から花が好きだった。けれどこの場所にはアンセルとの思い出の花は咲いていないようだ。それが少しだけ残念だった。

「花が好きなのか?」

 頷けば、次の日には部屋一面を埋め尽くす花を贈られた。

「今日の食事は美味しいですね」

 食べられる物が増えれば一緒に食事をすると言って傍にいてくれた。
 だがそんなアンセルにも帰国の時が迫っている。これ以上彼の重荷になりたくないとレジーナも別れの覚悟を決めていた。そんな時、アンセルは少し遠くへ行こうと提案してくれた。
 二人で馬に乗り向かうのは、思い出の地であり、レジーナにっては幽閉されていた忌まわしき城だ。
 近づくうちに身体が強張るが、いつまでも目を逸らしてはいられない。アンセルのためにも弱い自分と決着をつけよう。自分を必要だと言ってくれた人のためにもレジーナはこの世界で再び生きる決意を固めていた。

「疲れていないか?」

 ゆっくりと馬を走らせるアンセルが前に抱えたレジーナを気遣う。

「平気です。風も穏やかで、心地良いです」

「寒くなったら言えよ」

 風に混じって聞こえるアンセルの声も、見上げた先にある顔も嬉しそうだった。一緒に入られる時間を彼も楽しく感じてくれているのならいい。
 やがて城の城門に到着するが、アンセルが馬を下りることはなかった。

(どこを目指しているの?)

 不思議に思っていると、アンセルが馬を止める。

「少し歩くぞ」

 しかしそう宣言しておきながら、アンセルがレジーナを歩かせることはなかった。抱えて馬から下ろされると、横抱きにされ進まれる。

「アンセル様!?」

「しっかり捕まっていろ」

 抗議のために名前を呼べば咎められてしまった。

「なあ、覚えてるか?」

 アンセルが足を向ける先をレジーナも憶えていた。記憶の中で何度も夢に見た場所だ。混乱のせいで踏み荒らされてはいるが、かつての美しい景色と思い出が重なる。けれど二人が出会った美しい庭園は踏み荒らされていた。

「随分と荒れてしまいましたね」

「あの混乱だ。燃えなかっただけでも奇跡だな」

「本当に……」

 この庭園のように、あれからこの国は変わった。リリスの魅了によって操られていたとはいえ統治者は一新され、今後は隣国の領地として管理下に置かれる。
 オルタヌス家もリリスの魅了の標的にされており、家族はレジーナの生存を泣いて喜んだと言うが、レジーナにはまだ家族に会う決心がついていなかった。あの日見たリリスの残酷な笑みが頭から離れない。

(もっと強くならなければ)

 けれどいつかはリリスにも負けない勇気が欲しいと思う。
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