偽り聖女に優しい恋を

美早卯花

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【32】偽り聖女と思い出★

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「きみがここに運ばれた理由なんだけど、実は国王陛下の計らいなんだ」

「私もこれが最後と伺ったのですが、何か関係があるのでしょうか?」

「前にも言ったけれど、きみはもう自由だ。きみがこの塔で過ごすのは今日が最後。聖女の肩書きはこの場所に残すことになるけれど、明日からは俺の妻として生きてもらわないとね」

 その申し出が真実であるようように、扉にも鍵が掛かっていなかったのだろう。

「それで、陛下が最後にここで思い出を作ってはどうかと提案されてね。勝手にお膳立てしてくれたってわけさ」

「思い出……」

 告げられたリエーベルの脳裏にはアロイスと初めて出会った瞬間が浮かび上がる。
 始めは笑う事さえ躊躇わせる相手だったというのに、今思い出すと過去の自分に気恥ずかしさを覚えるのだから運命とは不思議なものだ。けれどその運命は偶然ではなくアロイスが引き寄せてくれたものである。彼が見放すことなく寄り添おうとしてくれたおかげでこの瞬間があるのだ。
 胸を温かくする恋人の姿にリエーベルは微笑んだのだが、何故かアロイスの表情は険しいままであった。

「またこんなところに閉じ込められて、きみが喜ぶわけないのにね」

 彼はどこまでも優しい人だった。何よりもリエーベルの心を気遣おうとしてくれている。

「聖女の身が危険だから保護したというのなら俺の元に連れ帰ってほしかった。それなのに、風邪がうつるだとか言い訳を並べて……だいたい、きみを妻にもらうための条件だってそうだ。揉め事の調停に、功績を挙げろ、次から次へと口うるさく要求してくる。まったく陛下ときたら……」

 途中からは不満へと擦り替わっていたが彼の口調は本気で怒りを感じさせるものではなかった。そのためリエーベルは軽口を叩きあえる二人は仲が良い、と判断することにする。ありのままを指摘すれば、やはりアロイスが本気で嫌悪することはなかった。

「まあ、きみと面会する許可をくれたのは陛下だからね。その点については何よりも感謝するべき相手だとは思っているよ」

「はい! けれどアロイス様、アロイス様は一つ誤解をされていますわ。私はこの場所に戻ってくることができて嬉しいのですよ。確かに望んで足を踏み入れた場所ではありませんでした。ですが私はここでアロイス様に出会えたのですから」

 望む望まないは別としても三年間暮らしていた場所だ。多少なりとも思い入れはある。そうして振り返ることができるのも全てはアロイスのおかげなのだ。

「きみは純粋だね」

 瞬くリエーベルの瞳には困り顔のアロイスが映っていた。

「なんだか俺の思考ばかりが汚れているように思えてくるよ」

 リエーベルの肩に顎を乗せながらアロイスは呟く。どこか拗ねたような感想でもあり、それを合図に触れる手付きが一変した。
 優しい手付きであることは変わりないけれど、それは明らかに触れ合いを意識させようと動いている。腰を撫でられたリエーベルは今度こそアロイスの意図を察していた。
 つまり、彼の言う思い出とは……

「アロイス様。ま、まさか、とは思うのですが……」

 背筋には冷ややかなものが伝い、それを打ち消すかのように彼の手が後を追う。まるでリエーベルの思考を塗り替えようとしているようだ。
 熱の籠った瞳を向けられて理解が及ばないほど子どもではない。彼の言うよに無邪気なままで振る舞えたらどんなに良かっただろう。自分はもう、彼に求められる喜びをとっくに知っている。

「やっとわかってくれたみたいだね。まったく、国王陛下には困ったものだよね」

 吹っ切れたのか、アロイスは爽やかに告げてくる。あまりの潔さに動揺させられたのはリエーベルであった。

「このドレスって、コルセットはしていないんだね?」

 下着を介さず、ドレスの布を隔てただけの触れ合いは心許ない。くすぐったいような、もどかしいような、そんな触れ合いが何度も繰り返されると冷静ではいられない。身体の奥には熱が燻りだしていた。

「ああ、ここにリボンがあるのか」

 アロイスは手際よくドレスの背にあるリボンを見つけたようだ。一刻も早く静止しなければ今にも解いてしまいかねない勢いである。

「お、お待ちください! ほ、本当に、本当にこのような場所でなさるのですか!?」

 リエーベルが真剣に抗議をすると、ふっと息を吐いて笑う気配がした。

「こんな場所だからだよ。もう正直に言ってしまうけれど、ずっとね。この手で脱がせてみたかったんだ。だからかな? 陛下に苛立っていたはずが、きみを前にしてからは許してもいいかという気分になってきたよ」

 笑顔を向けられているはずなのに、告げられたのは欲望交じりの赤裸々ものである。告げたアロイスは堂々としており、慌てふためく自分の方が可笑しく思えてきた。

「俺は、きみが欲しい」

 欲しいと言うのなら力任せに奪えばいい。非力な自分の力などアロイスは簡単に組み敷けるはずだ。このまま長椅子に押し倒し、乗り上げてしまえば身動きは取れない。けれど彼はあくまで選択肢を与えてくれる。いつだって、この部屋にいる時のアロイスは紳士だった。
 過去を思い返した時点でリエーベルの負けは決まっている。いつかは恋人の求めに応じたいと、この部屋で何度も決意を固めてきたのだから。

「ドレス、脱がせてもいい?」

 言葉に詰まりながらも一つ頷くと、すぐに胸の締め付けが緩められた。留め具がなくなればこのドレスがどうなるか、答えは簡単だ。下に落ちる。つまり胸がむき出しになるのだ。
 胸を隠そうと手を動かせば、腕ごとすっぽりと身体を抱きしめられてしまった。軽く持ち上げられて異動させられたのは彼の膝の上である。

「アロイス様!?」

 隣に座っていたはずが、胸に気を取られているうちにアロイスの膝へと抱えられていた。彼の腿を跨ぎ、めくれ上がったドレスに自分はみっともなく脚を晒している。

「そんなに怯えなくても大丈夫だよ」

 ぽんぽんと、軽く背を叩かれた。寝かしつけるような仕草ではあるが、おそらく夜は長いのだろう。触れ合いはまだ始まったばかりだ。
 アロイスは楽しそうに脚の感触を楽しんでいるが、リエーベルの心境は困惑を極めている。彼に抱えられたことはあるが、とはいえ自分はとても羽のような軽さとは形容し難い身なのだ。せめて負担にはならないようにと、必死に脚に力を入れて身体を浮かせようとする。もっとも理由はそれだけではないのだが……。
 ぴったりと秘部を密着させてしまうと主張し始めたアロイスの欲望を意識してしまうのだ。優しく諭しておきながら布越しの熱は芯を持ち、表情は完璧な貴公子でありながら瞳に隠された意思は欲深い。その不釣り合いな姿にさえ、たまらない愛しさが込み上げる。
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