ストーリー・フェイト──最強の《SS》冒険者(ランカー)な僕の先輩がクソ雑魚美少女になった話──

白糖黒鍵

文字の大きさ
371 / 478
ARKADIA──それが人であるということ──

Glutonny to Ghostlady──闇、全てを呑みて

しおりを挟む
「【五連闇魔弾フィフス・ダークスフィア】」

 淡々とした少女の呟きに続くようにして、前に突き出された手から五つの黒い球体が放たれる。それは大気を震わせ、抉り、そして侵しながら真っ直ぐに、正確に──床に倒れ伏す先輩の方へと、向かっていく。

 そんな光景を目の当たりにしながら、気づいた時にはもう僕の身体は動いていた。握っていた剣を放り出し、床を蹴りつけ、無我夢中で駆け出していた。

 なにも考えられなかった。他のことを考える余裕など、持ち合わせることができなかった。ただ必死に、あの魔力の塊が先輩の身体を吹き飛ばす前に、自分が辿り着くことしか、頭になかった。

 球体が先輩に迫る。昏倒し、これ以上になく無防備となっている先輩に、人の命を散らすには充分過ぎるほどの威力を秘めた球体群が迫る。

 僕は先輩に向かって、無意識に手を伸ばし、そして──────









「……まさか、本当に助けるなんて、思いもしなかったわ」

 奇妙とも、感心とも取れるような声音で少女が言う。そんな彼女の言葉を、ぼんやりとする意識の中で、僕は辛うじて聞き取った。

 結論から先に述べるなら、先輩は無事だ。見た限り、傷一つとない。それを確認し、背後に向けていた顔を、ゆっくりと僕は前に戻す。

 自分でも信じられなかった。咄嗟に駆け出せたとはいえ、正直な話──間に合うとは思っていなかった。

 だが、ギリギリ──本当のギリギリ、間に合った。飛来する【五連闇魔弾】から、横たわる先輩を庇うことができた。

 その事実を、現実を頭が受け入れた瞬間──全身を砕くような激しい鈍痛に危うくその場で倒れそうになった。

 すぐにも崩れかけている膝を、ありったけの根性となけなしの気力でなんとか支える。そして背後の先輩を隠すように、僕は両腕を広げ、少女を睨めつけた。

「…………」

 一瞬でも気を抜けば、失神するだろう僕を、少女は黙って見つめる。蒼い瞳が、じっと静かに、こちらのことを見据える。

 両者互いに、口を閉ざす。沈黙が寝室を満たし──数分。先にそれを破ったのは、僕だった。

「…こ、の……人、には」

 たったそれだけのことを言うのに、かなり手間取った。何度も噛みそうになるのを必死に隠して、絶対の意志を込めながら僕は彼女に告げる。

「指、一本……触らせない……ッ!」

 もう、僕に余力は残されていない。こうして立つだけで、精一杯である。とてもではないが戦えない──それでも、そう言わずにはいられなかった。

 虚仮威しでしかない僕の言葉を、少女はどんな風に受け取ったかはわからない。僕の虚勢を前に、彼女は嘲笑うこともなく、恐怖することもなく、ただ依然として黙ったまま──ゆっくりと、その場から歩き出した。

 もう一歩も動くことができない僕は、身構えることしかできない。そして身構えたとしても、その先からなにができる訳でもない。けれど決して退かず、ゆっくりとした足取りで迫る少女を睨みつけた。

 数分かけて、少女は僕の目の前にまで歩いてきた。そして彼女は──唐突に、両腕を静かに振り上げた。

 思わず身体を強張らせる僕に、少女の手が伸びる。それは首筋に近づき──そっと、指先で撫でた。こそばゆい感触に、堪らず足が震えた。

 ──な、なんだ!?

 てっきり喉笛でも掻っ切るつもりだと思っていただけに、僕は驚くを隠せない。そんな僕を他所に少女はそのまま両手を上げて──なんの冗談か、僕の頬に添えた。

 予想だにしていなかった行動に、僕の頭は混乱を極める。なにをしているんだと、僕をどうするつもりだと訊きたいのに、上手く口が動かせない。

 そんな僕を少女はやはり黙ったまま、見つめる。サファイアのような蒼い瞳に、たじろいでいる僕の顔が映り込む。

 再度訪れる沈黙──しかしそれはまたもや破られる。が、言葉によってではない。

 今度の沈黙を破り裂いたのは────突如として、その蒼い瞳から流れた、一筋の涙だった。

「っ?!」

 ギョッとする僕に、まるで信じられないように、頬に触れる手をわなわなと震わせながら、少女が閉じていた口を開く。

「嘘、でしょう……?こんなの、見たことない。ないわ……」

 呆然としながら、少女が続ける。

「何処までも澄み渡った、青空みたいに綺麗な心……なのに、どうして?ねえ、どうしてなの?」

 少女の声に、もはや憎悪は少しも込められていない。全く躊躇することなく顔を寄せて、彼女は僕に純粋な疑問をぶつけてくる。

「あなたの心には、亀裂がある。それも大きな、深い亀裂。普通ならもうとっくに砕けているはずなのに……どうしてまだ正気かたちを保っていられるの?あなたの心を、なにが支えているの?」

「…………」

 その問いに、僕はどう答えればいいのかわからなかった。ただでさえこうして立っているだけでもやっとなのに、心だとか、亀裂だとか急に言われても、それに対して答えを返すなど、できる訳がない。いやたとえ平常時であっても、無理だろう。

 ……しかし、たった一つだけ、少女の言葉の中に心当たりがある。それは────





『なにをしている、アリシア』





 ────唐突に、寝室に声が響き渡った。若い、男の声だった。

「ひっ…!」

 その声に、少女が微かな悲鳴を漏らす。そしてよろよろと、僕から数歩後退ずさる。

 ──きゅ、急にどうしたんだ?いやそれよりも、さっきの声は誰だ?

 周囲を見渡しても、今この部屋には僕と先輩、そして少女の三人しかいない。僕は男だが、言うまでもなくさっきの声の主ではない。

『そいつはもう動くことすらままならん。殺すのは容易いことだろう──だというのに、なにを手間取っている。アリシア?』

 またしても、寝室に姿の見えない男の声が響く。その声に少女──アリシアの顔が、みるみる青ざめていく。

「い、今!今すぐに殺します!」

『ならば、さっさと殺せ』

「は……はい!」

 男の声に急かされて、アリシアが再び僕に詰め寄る。いつの間にか、その手にはナイフが握られていた。

 顔面蒼白のまま、アリシアは僕の目の前に立つ。その時──彼女の背後で、真っ黒なものが蠢いた。

 それはまるで濃霧のように宙を漂い──かと思えば、素早い動きで僕に殺到する。それが僕の身体に纏わりついた瞬間、全身が固まった。

「っ!?……ぁ……!」

 指一本、全く動かせない。微動だにしない。まるで水中にいるみたいに全身が重い。呼吸が上手くできず、息苦しい。

 なにが起きたのかわからず、混乱する僕を他所に、あの男がまた響く。

『これならば確実に殺せるだろう。さあ、殺れ。アリシア』

 アリシアは、腕を振り上げる。ぶるぶると激しく震えており、手に握るナイフの切っ先が絶えず揺れていた。

 彼女は浅く荒い呼吸を繰り返し、僕を見つめる。その蒼い瞳は、懊悩するかのように揺れている。

 やがて、アリシアの腕の震えが止まった。

「……ッ、あ、あぁ…ッ!」

 それは苦悩の呻き。彼女が僕を殺すことを躊躇しているのは、明らかだった。そんな彼女の背中を押すように、男の声が響いた。



『父を、救いたいのだろう?』



 その言葉に、ハッとアリシアは瞳を見開かせる。そして、覚悟を決めたようにスッと細めた。

「………………ごめん、なさい」

 それだけ言って、アリシアは────ナイフを振り下ろした。















「……い」

 嗚咽混じりの、声。どうしようもなく震えた、その声が続ける。

「殺せ、ない……!もう、私はこの人を殺せない……ッ!」

 アリシアの悲痛な声が、静かに響く。彼女の振り下ろしたナイフは、空を切っていた。

「こんなに綺麗な心の持ち主を殺すなんて、私にはできない……!」

 アリシアの蒼い瞳から、止め処なく涙が溢れ零れ落ちていく。彼女の手からナイフが滑り落ち、床に突き刺さる直前、やはりそれは霧のように霧散した。

『………………そうか』

 男の声は、明らかに落胆しているようだった。次の瞬間、僕の身体に纏わりついていた感触が消え失せた。

 フッと身体が軽くなり、僕は前のめりに倒れそうになって、なんとか踏み止まる。呼吸も正常に戻り、肺に充分な酸素を取り込むために、何度も息を吸っては吐くのを繰り返す。

 そして顔を上げ────呆気に取られた。

「……え?」

 間の抜けた声が、無意識に僕の口から漏れる。ただ、そうすることしか、できなかった。



『残念だよ、アリシア。実に……残念だ』



 先ほど僕の身体に纏わりついていたのは、それだったのだろう。濃い靄のような、霧のような、濃淡のある影とも思える闇。その闇は不気味に蠢き、脈動しながら──アリシアの身体を貫いていた。

 彼女の腹部から生え出た闇が大きく揺れる。その光景を黙って見ることしかできない僕に、今にも消え入りそうな声でアリシアが力なく言う。

「ごめんなさい……どうか、逃げて……」

 それが、最期の言葉だった。アリシアから突き出た闇が一際大きく震えたかと思うと、次の瞬間爆発を起こしたかのように増大した。アリシアの身体が瞬く間に黒く染められ、呑まれていく。

 それだけでは終わらない。氾濫した川のように闇は寝室に溢れ、僕と先輩をも呑み込まんとする。

「せ、先ぱ──

 荒れ狂う闇に抗いながら、僕は先輩にへと手を伸ばす。しかし、未だ眠りから覚めぬ先輩の身体は──無慈悲にも、僕の目の前で闇に沈んだ。

 ──っ、ぁ」

 頭の中が、一瞬で真っ白に染まる。なにも考えられず、ただ虚空に手を伸ばしたまま──やがて、僕の視界は黒で満たされた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...