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ARKADIA──それが人であるということ──

Glutonny to Ghostlady──『七魔神』〝暴食〟のヴェルグラト

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「おい、起きろ小僧。貴様いつまで寝ているつもりだ?」

 不意に、そんな男の声が鼓膜を揺らした。それによって僕の意識は覚醒し、閉じられていた瞼をゆっくりと開く。

 頬の下に感じるのは、石の硬い感触。まだ寝起きで働かない頭でそれを確かめながら、初めて自分が横になっていたことを自覚した。

 ──いつ、の間に……?

 身体が妙に重い。頭が上手く回らない。僅かに頭痛がする。額を手で押さえながら、なんとか上半身を起こす。

 周囲は、薄暗かった。鼻腔を埃とカビの臭いが突く。一体、ここはどこなのだろう?

 そう思い、まだぼやける視界を巡らそうとした時だった。

「この不届き者め。この私をさて置いて、部屋の状況を確認している場合か?万死に値するぞ、愚鈍が」

 怒りと不快を少しも隠さない男の声が響くと同時に、僕の身体を重圧と衝撃が襲う。呻くことすらできず、僕は石床に顔面を押しつけなりそうにながら、その場から勢いよく吹っ飛ばされた。

「が……ッ」

 壁に背中が勢いよく激突する。しかもまだ立ち上がっていなかったため、膝から下全体を思い切り石床で擦られた。皮が擦り剥け、後から滲むような痛みが出てくる。

 ──な、なにが……起きて……!

 訳がわからない状況に、完全に頭が追いつかない。それでも改めて周囲を見渡して──僕は気づいた。

 誰かがいた。座っていた。それを認識した瞬間──バッと、部屋の至るところから光が噴き出した。

 目を潰さんばかりの、眩く荒らしい光。それを発しているのは、無数の金銀財宝。今初めて気づいたのがおかしいと感じるほどに大量の、それこそこの場所を埋め尽くすほどの金貨や宝石類があり、信じられないことにそれら全てに微弱な魔力が宿っており、それが光を発しているのだと僕は理解する。

 足全体に走る痛みを無視して、立ち上がり呆然とする僕に、あの寝室で響いた男の声が再度かけられる。

「だがまあ、大したものよ。なにせここに──この地下室に訪れることができたのは、貴様が初めてだ小僧。その点に関してだけは褒めてやろうじゃあないか」

 その声がした方向を顔を向ければ、そこには椅子があった。しかし人一人が座るには明らかに巨大で、細部にまで余すことなく黄金が使われているだろうそれは、玉座と表するべき代物である。

 そしてその玉座には──一人の男が足を組みながら、座っていた。

 短く切り揃えられた髪は、影をそのまま流し込んだかのように黒い。それと対照的にその身を包むのは純白のスーツであり、汚れはおろか微かなシミ一つすらない。

 男は、非常に──それこそ人間とは思えないほどに整った顔立ちをしていた。まるで作り物の、人形のような非生物的な美を、そこに宿している。そしてそれを裏付けるかのように、僕に向ける瞳はゾッとするほどに昏く、|生命(いのち)の温かみというものが一切感じ取れなかった。

 冒険者ランカーとしての勘が告げる。本能が喧しいばかりに警鐘を鳴らす。今、自分の目の前に座る男は────明らかに危険だと。

 息を呑むことすらできず、ただ黙る他ない僕に対して、さらに男は言葉をかける。

「そんな顔をしてどうしたのかね?もしやこの私に畏れを抱いたのか?だとすれば、実に賢しく、利口だぞ小僧。その恐怖──畏怖は正しいものだ。ああ、仕方のないことだ」

 実に傲慢極まりない、不遜な物言い。しかしそのことに対して苛立ちも、一切の不快感も抱かない。抱けない。僕の心を支配するのは、この男の言う通り純粋な恐怖だ。

 冷や汗を流し、ただ戦々恐々とする僕に、男は言う。

「ではそれに免じて、貴様に権利をやろう。偉大なる我が名をその耳にすることを。私の善意に平伏し、咽び泣き、そして歓喜にその身を震わせ拝聴しろ」

 まるで己がこの世界の頂点に座する存在モノだと言うように。己以外の存在など塵芥のクズでしかないと言わんばかりに。

 瞬間、男から魔力が溢れ出す。それはドス黒く──まるで闇そのもの。それに当てられ、堪らず僕は全身を震わせ竦み上がってしまった。

 ──む、無理だ。殺され……る……ッ。

 本能が理解する。僕は絶対に勝てない。今、目の前に存在する男からすれば、自分などちっぽけな、それこそ吹けば飛んで消える命でしかない。

 勝手に笑い始める膝を懸命に押さえる僕に──男は告げた。





「私の名はヴェルグラト。魔界を統べる『七魔神』が一柱──〝暴食〟のヴェルグラト様だ」
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