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RESTART──先輩と後輩──
おんぶ
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「か、簡単なものですが……その、朝食です」
「おう。あんがと」
予期せぬ不慮の事故の後、それぞれ着替えも済ませた僕と先輩は食卓へと着いていた。椅子に座る先輩の前に、音を立てぬようそっと皿を置く。
そして僕も自分の分の朝食をテーブルの上に置いてから、先輩と向かい合わせに座った。そしてやや気を憚れながらも、僕は口を開いた。
「……では、いただきます」
「いただきます」
食事前の挨拶も済ませ、僕と先輩の朝食の時間が始まる。会話らしい会話も挟まない、ただ時折フォークとナイフの先が皿を突く、硬い無機質な音だけが小さく響く静かな朝食が。
──……。
昨日、話し合わなければと決めたはずなのに。これからについてどうしなければならないのか、それを相談しなければならないというのに。
味もわからない、喉も通らない朝食を無理矢理進めながら。僕は幾度となく声をかけようとした。今、目の前に座って食事を共にする先輩に、話しかけようとした。
だが、その度に──────
『本当に、そう思ってんのか?今の俺が……先輩だって、お前は本気で思えんのか?』
──────その言葉とあの光景が、僕の脳裏を過って。呼ぶことすらも、ままならないでいる。先輩と口に出すことを、躊躇ってしまっている。
──……駄目、だな。
心の中でそう呟いて、心の中で自嘲する。自分はなんてどうしようもない程に意気地なしで、不甲斐なくて、そして情けない奴だと罵る。
言わなければならない時に、行動しなければならないいざという時に、僕は口も開けなければ何もできないでいる。……僕は、そういう人間だったんだ。そういう、最低な人間なんだ。
自己嫌悪が進む程、目の前が薄暗くなっていく。皿もその上にある料理も、徐々に見えなくなっていく。そして全て、見えなくなる────直前。
「クラハ」
思いもよらぬ音が──声が不意に僕の鼓膜を打って震わせた。
ハッといつの間にか俯かせていた顔を上げると、先輩が申し訳なさそうに、心配そうに僕を見ていた。僕が顔を上げたのを確認して、先輩はゆっくりと口を開く。
「……まあ、その。あん時は俺も変になってたっていうか何ていうか……と、とにかくだな。別にそうまでになって気にしなくていいし、俺のことも好きに呼べばいい。……お前を追い詰めるみたいなことして、悪かった」
「…………」
先輩のその言葉は、僕にとっては予想外も予想外で。だからどう反応すればいいのか、どう返事すればいいのかわからず僕は詰まってしまう。そんな様子の僕を見兼ねたのか、先輩は依然気まずそうにしながらも言葉を続ける。
「だから、さっさと朝飯食っちまえよ。美味いのに、冷めたら不味くなるぞ。……それに、俺とお前でこれからどうすんのかも話し合うんだろ?」
──あ……。
ややぎこちない微笑みと共に紡がれた先輩のその一言に、沈んでいた僕の心が洗われるような、そんな不思議な感覚で包まれる。そして、気がつけば。
「そ、そうですね。……先輩」
僕はまた、その言葉を口に出すことができていた。
──────という、今朝の記憶を振り返りながら。僕はヴィブロ平原の近くにあるこの森の中を、ゆっくりと歩き進んでいた。
──……今日だけでも、色々あったな。
早朝のトイレでのハプニング。アルヴス武具店での一幕。ヴィブロ平原での先輩とスライムによる死闘。そして────デッドリーベアとの遭遇。
日記の内容には困らない程に、本当に色々なことがあった。……と言っても、そもそも僕は日記など書いていないが。
それと、思わぬ課題──というよりは問題も発見してしまった。
言わずもがなそれは────先輩の弱体化度合い。いやまあ、確かに。依然とは天と地の差という言葉ですら足りない程に、それはもう比べようもないくらいに弱体化してしまっていることは承知していたのだが。
……まさか、最弱の魔物の代表格でもあるスライムと満足にも渡り合えず、あそこまで終始翻弄されるなんて……流石の僕も予想外である。というか誰だってこんなこと予想できないだろう。
まずはスライムを相手に戦闘経験を積み重ねると共に剣の扱いに慣れてもらい、そこから段々と戦う魔物の強さを上げていく────という僕の計画が出鼻から物の見事に挫かれてしまった。さて……どうしよう。本当にどうしよう。
とりあえず、ここは誰かに頼ることとしよう。僕なんかよりも人生経験が豊富な────『大翼の不死鳥』の我らがGM、グィンさんとかに。デッドリーベアの件も報告しなければならないのだし……。
──…………。
とまあ、今の今まで僕は考えていた。そういった小難しい思考で頭の中を埋め尽くそうと、できるだけの努力をしていた。
何故僕がそうしなければならなかったのか。実に簡単で、単純なことである。そう、僕は少しでも気を紛らわせたかったのだ。ほんの僅かでもいいから、意識を逸らそうと。意識をしないようにとしたかったのだ。
……だが、やはりと言うべきか。そんなものではどうしようもなかったと、どうすることもできないのだと。僕はつくづく思い知らされた。
そう、最初から気を紛らわせることなんて。意識を逸らすことなんて。土台無理な話だったのだ────僕が、男という性に生まれ落ちた、その時から。
今、僕と先輩がどういう状況なのか簡潔に説明しよう。僕は、先輩を背負っている。背負って、オールティアを目指して森の中を歩いている。
おんぶ────それは一人がもう一人を己の背中に担ぐ行為。この日この瞬間、僕はこの行為を年頃の、それも男女ですべきことではないと、これでもかと思い知らされる羽目になった。
──迂闊だった……本当に、迂闊だった……!
そう心の中で僕は激しく後悔するが、もう遅い。賽は投げられた。自ら、投げ打ってしまったのだから。
──とにかく堪えろ。堪えるんだ、僕。
十数分前の自分を全力で殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られながらも、今さらどうこうできないと無理に自分に言い聞かせて諦める────その時だった。
「……なあ、クラハ」
不意に。何故か僕がおんぶしてから今の今まで黙り込んでいた先輩が、その閉じていた口を開いた。
「はッ、はいィっ?どど、どうしましたか先輩っ!?」
…………先輩自身にその気はなかったのだろうが、僕が背負っている体勢上その声は僕のすぐ耳元で聞こえた訳で。それがまるで囁き声のようだと僕は思わず錯覚してしまった訳で。
その今までに体験したことのない、こそばゆい未知の感覚に堪らず、思い切り上擦って素っ頓狂な声色で僕は返事をしてしまった。瞬間、訪れる沈黙。
「……い、いや。その、重くねえのかなって……」
数秒それを経てから、戸惑った様子で先輩が僕に訊ねた。
「え、ええ?いや、そんな全然!重くないです!これっぽっちも重くなんてないですよ!ええ、はいっ!」
「でも、何か……様子がおかしいじゃんかお前。さっきも今も、声変だったし」
「き、気の所為ですよ先輩。僕は大丈夫ですから。平気へっちゃらですから」
「本当か?クラハ、お前誤魔化そうとしたり、無理してる訳じゃねえんだな?」
「そんな滅相もありません!だから、どうか先輩は僕の背中でゆっくりと身体を休めてください!」
「…………わかった」
長い沈黙を挟みつつ、未だ納得はしていない様子ではあったが、それでも先輩はそう言って、それ以上何か言うことはなかった。そのことに僕は心の中でホッと安堵する。
……まあ、一応。一応ではあるが、僕は言っておこうと思う。先程の僕の言葉に嘘偽りなどない。そう、先輩は重くない。全く重くなんてない。むしろ軽い。軽過ぎる。軽過ぎて、逆に心配になってくる程に。
だが、しかし。
──その割に、妙に肉付きが良い。
本当のことなので何度でも言わせてもらうが、先輩の身体は軽い。まるで羽毛が如きだ。
その癖、太腿は程良くむちむちとしているし。臀部も可愛らしい丸みを帯びた、やや小振りな代物ではあるが。だからといって別に肉が薄い訳ではなく、確かな質量と男の僕とはまた違ったもちもちの感触を併せ持つ、見事な代物である。
そして中でも極めつけは────今、僕の背中に触れているこの先輩の胸、だろう。
服の上からでも見てわかるその大きさ。その存在感。それが今、僕の背中に触れている。触れてしまっている。
お互いに服越しで、先輩に至っては下着越しでもあるというのに。それでも十二分に伝わってくる────その柔らかな感触。
──刺激が、強い……!
侮っていた。たかが背負うだけ、たかがおんぶと僕は侮っていた。大したことはないだろうと、高を括っていた。
このままではまずい。具体的に何がとは言わないが、このままでは非常にまずい。一刻も早く、この状況から脱しなければ、僕は……僕は……ッ!
──か、考えなければいいんだ。意識しなければいいんだ。無心に、無に……。
だが、それは儚くも無駄な抵抗であると、僕は無情にも思い知らされる。
気にしない、考えない、意識しない────そう、心がける程に。決意を固め深める程に。それを嘲笑うかのように、鮮明にはっきりと伝わってくるのだ。感じ取ってしまうのだ。
この背中越しに伝わる熱を、豊かでたわわな二つの膨らみの感触を。
それに、それだけではない。腰に密着するむちっとした太腿の感触。腕に伝わるもちっとした臀部の感触。時折首筋にかかる、ほんのりと温かい吐息。
静寂に満ちた森の雰囲気も相まって、過剰過ぎるくらいに敏感に、僕はそれらを感じ取ってしまう。
そして、不意に僕は悟った。
──あ、駄目だ。
何故、あの時何の考えなしに、気軽に背負いますよと言ってしまったのだろう。おんぶしますよと提案してしまったのだろう。
瞬く間に頭の中に浮かぶ、邪念。胸の内に広がる、劣情。その最低最悪で醜悪極まりない二つが、入り混じって僕の身体の下へ────下腹部の先へ突き進む。
このままでは、数分としない内に。僕は臨戦態勢に移ってしまう。一人の男として、反応してしまう。それも、よりにもよって先輩相手に。
それは駄目だ。それだけは超えてはならない一線だ。阻止しなければならない。ラグナ=アルティ=ブレイズの後輩として、絶対に。
だから、僕は。限りなく頂点に近い緊張感で、乾きに乾き切った口を開いた。
「先ぱ────
が、その前に。僕が言葉にするよりも前に。
ギュ──突如、先輩が僕の首に細く華奢なその両腕を絡めて。そして、己の身体を僕の背中へさらに密着させた。
────ぃ……ッ?!」
むにゅぅ、という擬音が実に似合いそうな。この世のものとは思えない、まさに極上と評すべき柔らかな感触が押し潰れて広がりながら、僕の背中にはっきり過ぎる程に伝わった。それと同時に首筋にかかる僅かな吐息も、仄かな熱すらも感じ取れる程に近づけられた。
一瞬にして身体が固く強張り、口から出した声も引き攣って掠れる。そこから先は言葉を続けられず、僕はただ絶句するしかなかった。
先輩の行動は、あまりにも予想外だった。こんなにも密着してくるとは、こんな風に抱きついてくるとは思いもしなかった。
急に一体、どうしてしまったというのか。真っ白になった頭の中で、ただそれだけを考えて。そして咄嗟に僕が喉奥から声を絞り出そうとした、その直前。
──…………え……?
僕は気づいた。先輩の身体が────僅かばかりに震えていることに。
「おう。あんがと」
予期せぬ不慮の事故の後、それぞれ着替えも済ませた僕と先輩は食卓へと着いていた。椅子に座る先輩の前に、音を立てぬようそっと皿を置く。
そして僕も自分の分の朝食をテーブルの上に置いてから、先輩と向かい合わせに座った。そしてやや気を憚れながらも、僕は口を開いた。
「……では、いただきます」
「いただきます」
食事前の挨拶も済ませ、僕と先輩の朝食の時間が始まる。会話らしい会話も挟まない、ただ時折フォークとナイフの先が皿を突く、硬い無機質な音だけが小さく響く静かな朝食が。
──……。
昨日、話し合わなければと決めたはずなのに。これからについてどうしなければならないのか、それを相談しなければならないというのに。
味もわからない、喉も通らない朝食を無理矢理進めながら。僕は幾度となく声をかけようとした。今、目の前に座って食事を共にする先輩に、話しかけようとした。
だが、その度に──────
『本当に、そう思ってんのか?今の俺が……先輩だって、お前は本気で思えんのか?』
──────その言葉とあの光景が、僕の脳裏を過って。呼ぶことすらも、ままならないでいる。先輩と口に出すことを、躊躇ってしまっている。
──……駄目、だな。
心の中でそう呟いて、心の中で自嘲する。自分はなんてどうしようもない程に意気地なしで、不甲斐なくて、そして情けない奴だと罵る。
言わなければならない時に、行動しなければならないいざという時に、僕は口も開けなければ何もできないでいる。……僕は、そういう人間だったんだ。そういう、最低な人間なんだ。
自己嫌悪が進む程、目の前が薄暗くなっていく。皿もその上にある料理も、徐々に見えなくなっていく。そして全て、見えなくなる────直前。
「クラハ」
思いもよらぬ音が──声が不意に僕の鼓膜を打って震わせた。
ハッといつの間にか俯かせていた顔を上げると、先輩が申し訳なさそうに、心配そうに僕を見ていた。僕が顔を上げたのを確認して、先輩はゆっくりと口を開く。
「……まあ、その。あん時は俺も変になってたっていうか何ていうか……と、とにかくだな。別にそうまでになって気にしなくていいし、俺のことも好きに呼べばいい。……お前を追い詰めるみたいなことして、悪かった」
「…………」
先輩のその言葉は、僕にとっては予想外も予想外で。だからどう反応すればいいのか、どう返事すればいいのかわからず僕は詰まってしまう。そんな様子の僕を見兼ねたのか、先輩は依然気まずそうにしながらも言葉を続ける。
「だから、さっさと朝飯食っちまえよ。美味いのに、冷めたら不味くなるぞ。……それに、俺とお前でこれからどうすんのかも話し合うんだろ?」
──あ……。
ややぎこちない微笑みと共に紡がれた先輩のその一言に、沈んでいた僕の心が洗われるような、そんな不思議な感覚で包まれる。そして、気がつけば。
「そ、そうですね。……先輩」
僕はまた、その言葉を口に出すことができていた。
──────という、今朝の記憶を振り返りながら。僕はヴィブロ平原の近くにあるこの森の中を、ゆっくりと歩き進んでいた。
──……今日だけでも、色々あったな。
早朝のトイレでのハプニング。アルヴス武具店での一幕。ヴィブロ平原での先輩とスライムによる死闘。そして────デッドリーベアとの遭遇。
日記の内容には困らない程に、本当に色々なことがあった。……と言っても、そもそも僕は日記など書いていないが。
それと、思わぬ課題──というよりは問題も発見してしまった。
言わずもがなそれは────先輩の弱体化度合い。いやまあ、確かに。依然とは天と地の差という言葉ですら足りない程に、それはもう比べようもないくらいに弱体化してしまっていることは承知していたのだが。
……まさか、最弱の魔物の代表格でもあるスライムと満足にも渡り合えず、あそこまで終始翻弄されるなんて……流石の僕も予想外である。というか誰だってこんなこと予想できないだろう。
まずはスライムを相手に戦闘経験を積み重ねると共に剣の扱いに慣れてもらい、そこから段々と戦う魔物の強さを上げていく────という僕の計画が出鼻から物の見事に挫かれてしまった。さて……どうしよう。本当にどうしよう。
とりあえず、ここは誰かに頼ることとしよう。僕なんかよりも人生経験が豊富な────『大翼の不死鳥』の我らがGM、グィンさんとかに。デッドリーベアの件も報告しなければならないのだし……。
──…………。
とまあ、今の今まで僕は考えていた。そういった小難しい思考で頭の中を埋め尽くそうと、できるだけの努力をしていた。
何故僕がそうしなければならなかったのか。実に簡単で、単純なことである。そう、僕は少しでも気を紛らわせたかったのだ。ほんの僅かでもいいから、意識を逸らそうと。意識をしないようにとしたかったのだ。
……だが、やはりと言うべきか。そんなものではどうしようもなかったと、どうすることもできないのだと。僕はつくづく思い知らされた。
そう、最初から気を紛らわせることなんて。意識を逸らすことなんて。土台無理な話だったのだ────僕が、男という性に生まれ落ちた、その時から。
今、僕と先輩がどういう状況なのか簡潔に説明しよう。僕は、先輩を背負っている。背負って、オールティアを目指して森の中を歩いている。
おんぶ────それは一人がもう一人を己の背中に担ぐ行為。この日この瞬間、僕はこの行為を年頃の、それも男女ですべきことではないと、これでもかと思い知らされる羽目になった。
──迂闊だった……本当に、迂闊だった……!
そう心の中で僕は激しく後悔するが、もう遅い。賽は投げられた。自ら、投げ打ってしまったのだから。
──とにかく堪えろ。堪えるんだ、僕。
十数分前の自分を全力で殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られながらも、今さらどうこうできないと無理に自分に言い聞かせて諦める────その時だった。
「……なあ、クラハ」
不意に。何故か僕がおんぶしてから今の今まで黙り込んでいた先輩が、その閉じていた口を開いた。
「はッ、はいィっ?どど、どうしましたか先輩っ!?」
…………先輩自身にその気はなかったのだろうが、僕が背負っている体勢上その声は僕のすぐ耳元で聞こえた訳で。それがまるで囁き声のようだと僕は思わず錯覚してしまった訳で。
その今までに体験したことのない、こそばゆい未知の感覚に堪らず、思い切り上擦って素っ頓狂な声色で僕は返事をしてしまった。瞬間、訪れる沈黙。
「……い、いや。その、重くねえのかなって……」
数秒それを経てから、戸惑った様子で先輩が僕に訊ねた。
「え、ええ?いや、そんな全然!重くないです!これっぽっちも重くなんてないですよ!ええ、はいっ!」
「でも、何か……様子がおかしいじゃんかお前。さっきも今も、声変だったし」
「き、気の所為ですよ先輩。僕は大丈夫ですから。平気へっちゃらですから」
「本当か?クラハ、お前誤魔化そうとしたり、無理してる訳じゃねえんだな?」
「そんな滅相もありません!だから、どうか先輩は僕の背中でゆっくりと身体を休めてください!」
「…………わかった」
長い沈黙を挟みつつ、未だ納得はしていない様子ではあったが、それでも先輩はそう言って、それ以上何か言うことはなかった。そのことに僕は心の中でホッと安堵する。
……まあ、一応。一応ではあるが、僕は言っておこうと思う。先程の僕の言葉に嘘偽りなどない。そう、先輩は重くない。全く重くなんてない。むしろ軽い。軽過ぎる。軽過ぎて、逆に心配になってくる程に。
だが、しかし。
──その割に、妙に肉付きが良い。
本当のことなので何度でも言わせてもらうが、先輩の身体は軽い。まるで羽毛が如きだ。
その癖、太腿は程良くむちむちとしているし。臀部も可愛らしい丸みを帯びた、やや小振りな代物ではあるが。だからといって別に肉が薄い訳ではなく、確かな質量と男の僕とはまた違ったもちもちの感触を併せ持つ、見事な代物である。
そして中でも極めつけは────今、僕の背中に触れているこの先輩の胸、だろう。
服の上からでも見てわかるその大きさ。その存在感。それが今、僕の背中に触れている。触れてしまっている。
お互いに服越しで、先輩に至っては下着越しでもあるというのに。それでも十二分に伝わってくる────その柔らかな感触。
──刺激が、強い……!
侮っていた。たかが背負うだけ、たかがおんぶと僕は侮っていた。大したことはないだろうと、高を括っていた。
このままではまずい。具体的に何がとは言わないが、このままでは非常にまずい。一刻も早く、この状況から脱しなければ、僕は……僕は……ッ!
──か、考えなければいいんだ。意識しなければいいんだ。無心に、無に……。
だが、それは儚くも無駄な抵抗であると、僕は無情にも思い知らされる。
気にしない、考えない、意識しない────そう、心がける程に。決意を固め深める程に。それを嘲笑うかのように、鮮明にはっきりと伝わってくるのだ。感じ取ってしまうのだ。
この背中越しに伝わる熱を、豊かでたわわな二つの膨らみの感触を。
それに、それだけではない。腰に密着するむちっとした太腿の感触。腕に伝わるもちっとした臀部の感触。時折首筋にかかる、ほんのりと温かい吐息。
静寂に満ちた森の雰囲気も相まって、過剰過ぎるくらいに敏感に、僕はそれらを感じ取ってしまう。
そして、不意に僕は悟った。
──あ、駄目だ。
何故、あの時何の考えなしに、気軽に背負いますよと言ってしまったのだろう。おんぶしますよと提案してしまったのだろう。
瞬く間に頭の中に浮かぶ、邪念。胸の内に広がる、劣情。その最低最悪で醜悪極まりない二つが、入り混じって僕の身体の下へ────下腹部の先へ突き進む。
このままでは、数分としない内に。僕は臨戦態勢に移ってしまう。一人の男として、反応してしまう。それも、よりにもよって先輩相手に。
それは駄目だ。それだけは超えてはならない一線だ。阻止しなければならない。ラグナ=アルティ=ブレイズの後輩として、絶対に。
だから、僕は。限りなく頂点に近い緊張感で、乾きに乾き切った口を開いた。
「先ぱ────
が、その前に。僕が言葉にするよりも前に。
ギュ──突如、先輩が僕の首に細く華奢なその両腕を絡めて。そして、己の身体を僕の背中へさらに密着させた。
────ぃ……ッ?!」
むにゅぅ、という擬音が実に似合いそうな。この世のものとは思えない、まさに極上と評すべき柔らかな感触が押し潰れて広がりながら、僕の背中にはっきり過ぎる程に伝わった。それと同時に首筋にかかる僅かな吐息も、仄かな熱すらも感じ取れる程に近づけられた。
一瞬にして身体が固く強張り、口から出した声も引き攣って掠れる。そこから先は言葉を続けられず、僕はただ絶句するしかなかった。
先輩の行動は、あまりにも予想外だった。こんなにも密着してくるとは、こんな風に抱きついてくるとは思いもしなかった。
急に一体、どうしてしまったというのか。真っ白になった頭の中で、ただそれだけを考えて。そして咄嗟に僕が喉奥から声を絞り出そうとした、その直前。
──…………え……?
僕は気づいた。先輩の身体が────僅かばかりに震えていることに。
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