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第四章 4
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痴漢被害に遭ったその日は、結局午前中で仕事切り上げ、早退することになった。午後一時過ぎの地下鉄のホームは、美鈴が思った以上に閑散としていた。案内放送に続いて列車がホームに到着すると、美鈴は一両目に乗り込んだ。窓際の席に腰掛け溜め息を吐く。暫くすると列車が動き出した。
疲れていた所為か、列車が走り出して直ぐ美鈴は微睡みの中に引き摺り込まれた。遂うとうとしていると、ドアが開く気配を感じ、一気に覚醒へ向かった。乗降客をぼんやりと見やりながら、美鈴はバッグからスマホを取り出し、液晶画面を操作し始めた。ドアが閉じ、再び列車が動き出した。スマホに夢中になる。
「沢村先生は、そういうのがご趣味だったんですか?」
聞き覚えのある嗄れ声がし、ハッと我に返り美鈴は顏を上げた。
「ど、どうしてぇ……!?」
突然のことに驚き、青褪めた人妻女教師は最早二の句が続かなかった。
真横に座っている人物は、あの変態紳士横井だった。
「どうしてって失礼ですね、先生も。パチンコの帰りですよ、パチンコの。まあ負けちゃいましてけど」
「私に近寄らないで、離れ下さい」
「つれないな、お互い裸を見せ合った仲じゃないですか……?」
「嫌ぁっ」
美鈴は慌ててかぶりを振り、茶道具が映っていた液晶画面を消した。
「どうです先生。この先の珈琲が美味しいお店で、お茶などしませんか?」
「しません。結構です」
毅然と告げ、席を立とうとする美鈴を、横井が引き留めた。
「いいんですか、そんなこと仰っても」
「どういう意味ですか?」
少し不安になり、美鈴はもう一度座った。
「僕はいいですけど、残りの三人がね、特に一番下品な友田君が……」
「友田?」
美鈴は馬面の男の顔を思い出し、怪訝気味に顔を顰めた。
「小耳に挟んだ情報ですけど、彼、沢村先生、あなたの自宅を調べようとしているそうです」
「えっ!?」
美鈴は慄然となり、思わず手のひらで口を押えた。
「嘘でしょ!?」
「嘘じゃありませんよ、沢村美鈴先生」
「フ、フルネームで……よ、呼ばないで」
美鈴は、横井からフルネームで呼ばれたことに困惑し、真っ赤に染めた顏を伏せた。
「悪いようにはしません。僕が何とかして友田君を止めますから……ご心配なく」
横井が馴れ馴れしく彼女の肩に手を掛け、耳元で囁く。
「何とかって……?」
「彼があなたに付き纏わないように、僕の口からいい包めます」
「ほ、本当ですか……?」
「はい、ただし条件があります」
横井は悪辣な笑い顏を見せた。
「条件?」
美鈴は訝しく思い眉根を寄せる。
(どうせ、私の身体っていうんでしょ……)
「そんな怖い顔せずに」
「放っておいて下さい。それより早く条件っていうのを教えて下さい」
人妻女教師はツンケンした態度でいう。
「お茶ですよ、お茶。僕とお茶して下さい。ただそれだけですよ」
意外な言葉だった。美鈴は唖然となった。
「お茶ですか……?」
「はい、先程申し上げた通り、この先に美味しい珈琲を淹れる店がありましてね」
横井は進路方向を見ながらいう。つられ美鈴も目を向けた。
「珈琲くらいなら……」
卑劣極まりない横井という変態紳士が一体何を企んでいるのか分からなかったが、取り敢えず美鈴としてはこの男の誘いに乗ることにした。
自宅マンションに近い最寄り駅の二つ手前の駅で地下鉄を降り、美鈴は自分を凌辱した男とともに珈琲専門店に入った。地下鉄の駅から一筋離れた裏通りにひっそりと建つ隠れ家的な店だった。店内には、十人程度客がいた。その殆どが男性客ばかりだった。
二人はカウンター席ではなく、窓際の席に座った。歩道を歩く人からは店内が丸見えになってしまう。もし知り合いにでも観られてしまったら、それこそ噂になるだろう。そのため美鈴は一刻も早くコーヒーを飲み干して、席を立ちたい気分だった。
女性給仕係が、美鈴と横井が注文したコーヒーを運んで来た。この店の常連客である横井はスペシャルブレンドを頼み、美鈴も彼の勧めで同じ物を頼んでいた。
カップの縁に唇をつける。高級な珈琲豆独特のフルーティーな甘い香りが口いっぱいに広がった。
「美味しい……」
美鈴の口から自然とその言葉が出てしまった。
「でしょ」
と横井が満足気に笑みを溢した。
自宅の近くにこんな美味しい珈琲を淹れる専門店があったことを今まで知らなかったことが、美鈴には不思議でならなかった。
コーヒーを心行くまで味わったあと、人妻女教師がお手洗いのために席を離れようした瞬間、横井は彼女にそっと耳打ちした。
「あちらのカウンター席に座り、読書に夢中になっている青年をナンパして下さいな、先生」
「……はぁっ!?」
美鈴は忽ち顔色を変え、その青年を見やった。白いTシャツにジーンズを穿いた好青年だ。遠目から見ている限りでは、今風のイケメンだった。
「ど、どういうつもりなんです。ただコーヒーに付き合ってくれと仰ったじゃないですか?」
「まあまあ、そう怒らずに……」
薄笑いを浮かべいいながら、横井はカップに残ったコーヒーを飲み干した。
「お手洗いが済んだら私帰らせて頂きます」
唇を尖らせていうと、美鈴はトイレに向かった。
個室トイレのドアを開け、中から鍵を掛けると、洋式便座に座った。朝一番に横井たちに、一番敏感なところを執拗に責められた所為で、未だむず痒さが解消されないままだった。クロッチにはいやらし染みが出来ている。溜め息を吐きながら用を足すと、美鈴はトイレットペーパーを巻き取り、デルタゾーンを丁寧に拭き取った。最後にレバーを倒し、水を流すとトイレを離れた。
店内に戻ってみると、横井はまだ窓際の席に座ったままだった。その席には戻らず、人妻教師は自分の分だけコーヒー代を支払って店から出ようと思い、レジに足を向ける。
すると案の定横井に呼び止められた。
「沢村先生」
「はぁ、何ですか。お約束通りコーヒーだけお付き合いしたんですから、もう充分でしょ」
素っ気ない態度でいうと、美鈴はハンドバッグの中から長財布を取り出した。
「先生……いいんですか、このままお帰りになっても」
横井はスマホを手に持ち、ニンマリとしながら近寄って来た。
「はぁ……一体何がいいたいんですか、あなたは……ん!?」
人妻女教師は目を細め、横井が手にするスマホの画面を凝視する。
「こ、これは……!? い、一体いつの間にぃっ!?」
卑劣な痴漢師が手にするスマホの液晶画面には、全裸のままでⅯ字開脚の状態となり潮を吹き捲くる美鈴の痴態が映っていたのだ。今朝、あの駐車場で撮影された動画だった。
辺りをキョロキョロと見回しながら、周囲の客の視線を気にする。しかし、誰も美鈴には無関心で、皆コーヒーの味を堪能したり、スマホや読書に夢中になったりしている。
「さあ、先生。あの男性をナンパして来て下さい。僕は先日と同じホテルで待ってますから」
いいながら、横井はレジの前に進み、財布を取り出した。
「…………」
人妻女教師は憮然とした表情になると、嘆息を吐き無言で頷いた。
そして、カウンター席でコーヒーを啜りながら読書に耽る青年の許に足を向けた。
疲れていた所為か、列車が走り出して直ぐ美鈴は微睡みの中に引き摺り込まれた。遂うとうとしていると、ドアが開く気配を感じ、一気に覚醒へ向かった。乗降客をぼんやりと見やりながら、美鈴はバッグからスマホを取り出し、液晶画面を操作し始めた。ドアが閉じ、再び列車が動き出した。スマホに夢中になる。
「沢村先生は、そういうのがご趣味だったんですか?」
聞き覚えのある嗄れ声がし、ハッと我に返り美鈴は顏を上げた。
「ど、どうしてぇ……!?」
突然のことに驚き、青褪めた人妻女教師は最早二の句が続かなかった。
真横に座っている人物は、あの変態紳士横井だった。
「どうしてって失礼ですね、先生も。パチンコの帰りですよ、パチンコの。まあ負けちゃいましてけど」
「私に近寄らないで、離れ下さい」
「つれないな、お互い裸を見せ合った仲じゃないですか……?」
「嫌ぁっ」
美鈴は慌ててかぶりを振り、茶道具が映っていた液晶画面を消した。
「どうです先生。この先の珈琲が美味しいお店で、お茶などしませんか?」
「しません。結構です」
毅然と告げ、席を立とうとする美鈴を、横井が引き留めた。
「いいんですか、そんなこと仰っても」
「どういう意味ですか?」
少し不安になり、美鈴はもう一度座った。
「僕はいいですけど、残りの三人がね、特に一番下品な友田君が……」
「友田?」
美鈴は馬面の男の顔を思い出し、怪訝気味に顔を顰めた。
「小耳に挟んだ情報ですけど、彼、沢村先生、あなたの自宅を調べようとしているそうです」
「えっ!?」
美鈴は慄然となり、思わず手のひらで口を押えた。
「嘘でしょ!?」
「嘘じゃありませんよ、沢村美鈴先生」
「フ、フルネームで……よ、呼ばないで」
美鈴は、横井からフルネームで呼ばれたことに困惑し、真っ赤に染めた顏を伏せた。
「悪いようにはしません。僕が何とかして友田君を止めますから……ご心配なく」
横井が馴れ馴れしく彼女の肩に手を掛け、耳元で囁く。
「何とかって……?」
「彼があなたに付き纏わないように、僕の口からいい包めます」
「ほ、本当ですか……?」
「はい、ただし条件があります」
横井は悪辣な笑い顏を見せた。
「条件?」
美鈴は訝しく思い眉根を寄せる。
(どうせ、私の身体っていうんでしょ……)
「そんな怖い顔せずに」
「放っておいて下さい。それより早く条件っていうのを教えて下さい」
人妻女教師はツンケンした態度でいう。
「お茶ですよ、お茶。僕とお茶して下さい。ただそれだけですよ」
意外な言葉だった。美鈴は唖然となった。
「お茶ですか……?」
「はい、先程申し上げた通り、この先に美味しい珈琲を淹れる店がありましてね」
横井は進路方向を見ながらいう。つられ美鈴も目を向けた。
「珈琲くらいなら……」
卑劣極まりない横井という変態紳士が一体何を企んでいるのか分からなかったが、取り敢えず美鈴としてはこの男の誘いに乗ることにした。
自宅マンションに近い最寄り駅の二つ手前の駅で地下鉄を降り、美鈴は自分を凌辱した男とともに珈琲専門店に入った。地下鉄の駅から一筋離れた裏通りにひっそりと建つ隠れ家的な店だった。店内には、十人程度客がいた。その殆どが男性客ばかりだった。
二人はカウンター席ではなく、窓際の席に座った。歩道を歩く人からは店内が丸見えになってしまう。もし知り合いにでも観られてしまったら、それこそ噂になるだろう。そのため美鈴は一刻も早くコーヒーを飲み干して、席を立ちたい気分だった。
女性給仕係が、美鈴と横井が注文したコーヒーを運んで来た。この店の常連客である横井はスペシャルブレンドを頼み、美鈴も彼の勧めで同じ物を頼んでいた。
カップの縁に唇をつける。高級な珈琲豆独特のフルーティーな甘い香りが口いっぱいに広がった。
「美味しい……」
美鈴の口から自然とその言葉が出てしまった。
「でしょ」
と横井が満足気に笑みを溢した。
自宅の近くにこんな美味しい珈琲を淹れる専門店があったことを今まで知らなかったことが、美鈴には不思議でならなかった。
コーヒーを心行くまで味わったあと、人妻女教師がお手洗いのために席を離れようした瞬間、横井は彼女にそっと耳打ちした。
「あちらのカウンター席に座り、読書に夢中になっている青年をナンパして下さいな、先生」
「……はぁっ!?」
美鈴は忽ち顔色を変え、その青年を見やった。白いTシャツにジーンズを穿いた好青年だ。遠目から見ている限りでは、今風のイケメンだった。
「ど、どういうつもりなんです。ただコーヒーに付き合ってくれと仰ったじゃないですか?」
「まあまあ、そう怒らずに……」
薄笑いを浮かべいいながら、横井はカップに残ったコーヒーを飲み干した。
「お手洗いが済んだら私帰らせて頂きます」
唇を尖らせていうと、美鈴はトイレに向かった。
個室トイレのドアを開け、中から鍵を掛けると、洋式便座に座った。朝一番に横井たちに、一番敏感なところを執拗に責められた所為で、未だむず痒さが解消されないままだった。クロッチにはいやらし染みが出来ている。溜め息を吐きながら用を足すと、美鈴はトイレットペーパーを巻き取り、デルタゾーンを丁寧に拭き取った。最後にレバーを倒し、水を流すとトイレを離れた。
店内に戻ってみると、横井はまだ窓際の席に座ったままだった。その席には戻らず、人妻教師は自分の分だけコーヒー代を支払って店から出ようと思い、レジに足を向ける。
すると案の定横井に呼び止められた。
「沢村先生」
「はぁ、何ですか。お約束通りコーヒーだけお付き合いしたんですから、もう充分でしょ」
素っ気ない態度でいうと、美鈴はハンドバッグの中から長財布を取り出した。
「先生……いいんですか、このままお帰りになっても」
横井はスマホを手に持ち、ニンマリとしながら近寄って来た。
「はぁ……一体何がいいたいんですか、あなたは……ん!?」
人妻女教師は目を細め、横井が手にするスマホの画面を凝視する。
「こ、これは……!? い、一体いつの間にぃっ!?」
卑劣な痴漢師が手にするスマホの液晶画面には、全裸のままでⅯ字開脚の状態となり潮を吹き捲くる美鈴の痴態が映っていたのだ。今朝、あの駐車場で撮影された動画だった。
辺りをキョロキョロと見回しながら、周囲の客の視線を気にする。しかし、誰も美鈴には無関心で、皆コーヒーの味を堪能したり、スマホや読書に夢中になったりしている。
「さあ、先生。あの男性をナンパして来て下さい。僕は先日と同じホテルで待ってますから」
いいながら、横井はレジの前に進み、財布を取り出した。
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