殺人遊戯 マーダーゲーム 殺人犯捜査第四係比嘉可南子

繁村錦

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CHAPTER2

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 代々木中央署でひき逃げ事件の情報を掴んだあと、二人は捜査本部がある渋谷中央署を素通りして、A大青山キャンパスへ向かった。
 来客用の駐車場に車を停め、校舎に向かって歩き出す。
 緑に取り囲まれたまさに白亜のキャンパスといった感じだ。構内は数多の学生で溢れていた。

「僕の卒業したT大とは、ちょっと雰囲気が違いますね……」

「私が出た国立Y大とも違うわ。でも、流石私学よね。学生さんたちも皆いいところのお坊ちゃんお嬢様って感じだし」

 正門から入った二人は、真っ直ぐ八号館二階庶務部へと向かった。
 警視庁捜査一課の刑事であると告げ、文学部仏文科の学生桜井心音を呼び出してもらうことにした。
 数分後、庶務課前の通路に、数人の女子大生が現れた。

「桜井心音さんは、どなたですか?」

 可南子が女子大生たちに訊ねると、

「おばさん、誰っ?」

 と逆に質問が返って来た。
 可南子の頬がヒクヒクと引き攣った。彼女の左隣に立つ高山が苦笑する。

 ――おばさんって、行き成り、なんなのこの子たち……、失礼しちゃうわ。

 可南子は蟀谷辺りを痙攣させ、怪訝気味に小娘たちを見詰める。

「警視庁捜査一課四係の比嘉と申します。こちらの彼は、渋谷中央署の高山警部補」

 警察手帳を提示し、身分を名乗る。

「ヤダ、このおばさん、刑事さんだってさぁ。どうしよう、この間の援交、バレたのかな? それとも彼氏と美人局して現金十万ほど巻き上げたあのハゲおやじが訴えたのかな?」

 少し小柄な猫目ギャルが、可南子を挑発するように甲高い声を上げた。

「援交に美人局て……」

 嘘だとわかっていても呆れて言葉が続かない。

「何、そんな怖い顔して睨んでるのかな? 冗談よ、冗談。冗談に決まってるじゃない、お・ば・さ・ん。マジウケるんですけど」

「……」

 可南子は、大人の女性として耐え、少女たちの挑発を無視する。

「ねえ、桜井心音さんはどなた」

 恐ろしく低い声で訊ねる。

「……私ですけど。その、どういったご用件でしょうか」

 四、五人の女子大生グループの中の一番右端に立つ、一際大人しそうな少女が、比嘉を見た。
 色白の瓜実顔。パッチリとした二重瞼に、流行のまつ毛のエクステ。鼻筋は通っている方だ。唇はやや薄く、オレンジ系のリップを引いている。胸の辺りまで伸びた長い髪を茶色に染め、身長は一六五センチ前後か、割りと細身だ。そのボディラインを強調するかのような白地にプリント柄のピチTと、ローライズのジーンズ。
 可南子は、その少女を観察するように鋭い視線を注ぐ。
 少女が目を逸らした。

「ねえ桜井さん。あなた、先々週の水曜日、十四日、午後七時四十五分頃、どこに居たの?」

 問われた瞬間、心音の顔が引き攣った。目敏い可南子はそれを見逃さない。

「答えなさい。彼氏と一緒じゃなかったの」

 問い掛ける可南子の語尾が強い。

「いいえ、その日は、サークル活動もなく……ファミマでバイトしていました」

 と答える口調がたどたどしい。

「バイト? どこのファミマ」

 問い詰める。

「と、富ヶ谷、い、一丁目……」

 心音は可南子に顔を背けたまま告げる。

「……富ヶ谷一丁目店って、またあの店か? ねえ、桜井さん、その日の午後七時四十五分頃、店の裏の通りで、ひき逃げ事故が発生したの、知っているでしょ。店の直ぐ近くで起こったのだから知っていて当然よね」

「は、はい……」

「事故を起こして、被害者をそのまま放置して現場から逃げた車、あなたの彼氏が所有していたフェラーリ458スパイダーってことも知っているよね?」

 可南子の目付きが尖る。
 問い詰められ、心音は無言で頷く。
 傍から見れば、まるで蛇に睨まれた蛙のように心音は怯えていた。事情を全く知らない者からすれば、グリム童話『白雪姫』に出て来る意地の悪い魔女が、清楚なお姫様を虐めているようにも見える。

 ――よしっあと一押しだ。この娘、落ちるぞ……。

 可南子は確信を得た。
 その次の瞬間だった。
 高山のスマホが、突然、ど派手な着信音を奏でた。
 緊張したこの場の雰囲気をぶち壊すかのように、耳障りなコンピューター音が通路に鳴り響いた。
 どうしたものか? と訴えるような眼差しで高山は可南子を見る。

「出なさいよ」

 眉間に皺を寄せた険しい表情でいう。
 可南子に促され、高山は内ポケットから最新機種のスマホを取出し、発信者の名前を確認する。

「細川さんからだ……」

 高山は、可南子に一礼し、断りを入れてからスマホに出た。

「はい高山です。何かありました?」

 細川と会話しながら、その場を離れる。
 可南子は遠ざかる高山の背中を目で追いつつ、

「桜井さん。ひき逃げ事故があった十四日、水曜日当日の、あなたの彼氏遠山清志さんの行動に付いて、二、三訊ねたいんだけど……」

 と心音に問い掛けた。

「任意ですか?」

「ええ、まあ任意だけど……」

 可南子の目には、心音が少し迷っているかに見えた。

「ここじゃ何だから、警察署の方で、詳しいこと訊かせて頂戴」

 更に押してみる。

「あの……、私、その……」

「どうしたのぉ!?」

 語尾がキツイ。

「済みません。実は……」

 と心音が語り始めたまさにそのタイミングで、高山が戻って来て、

「比嘉さん。たった今、本件被疑者と思われる中国籍の男性の他殺体が、井の頭公園の中で発見されたそうです」

 と言葉を被せた。

「えっ!?」

 可南子は上擦った声を上げ、目を剝き出しにした。
 高山が無言で頷き、 

「死体で発見された男性は、所持していた旅券から、中国籍の劉磊彪と判明したそうです。吉林省白山市出身の四十三歳で、中国政府が国際刑事警察機構ICPOを通じ指名手配していた中国マフィアの大物林恩秀の従弟です」

 と詳しく説明する。

「で、どうしてその中国籍の男が、本件の被疑者だとわかったのぉ?」

 可南子は唖然とする学生たちに一礼し、高山を誘い出すようにしてこの場を離れた。

「犀川邸で奪われたと思われる預金通帳、印鑑、クレジットカード、そして玄関の鍵を所持していました」

 高山は歩きながら答える。

「……何だか、他殺体で発見されたその男が犯人ですよって、取って付けたみたいね」

 可南子は憮然として溜め息を吐いた。

「同感です」

 高山が力なく頷いた。
 それとほぼ同時に、可南子のスマホのバイブレータ機能が作動し、派手な着うたを奏でた。
 可南子はスマホを取出した。

「ジュンちゃんか……」

 発信者は、可南子の部下、緒川順次巡査部長だった。
 確認すると可南子はスマホを耳に当てた。

「はい比嘉」

《主任、井の頭公園で、男性の他殺体……》

「その件なら知ってる。遂さっき、所轄の細川刑事から情報が入った」

 可南子は緒川の言葉に被せるように答えた。

《ご存知でしたか……》

「で、ジュンちゃん、要件はそれだけ?」

《五係の連中が、現場へ向かってます。四係うちはどうします?》

「あんた、現在いま、どこにいるの?」

《松濤二丁目、T大駒場キャンパス前です》

「私はA大青山キャンパスだから、あんたの方が近いね。先行して現場へ向かってくれる?」

《了解しました》

 一旦スマホを切った後、可南子は改めて電話を掛け直した。相手は、あの東海林だ。

《はい東海林です》

「東海林、井の頭の件、連絡入った?」

《はい、たった今、森さんから連絡受けました》

「ジュンちゃんを向かわせた。そっちも行ける?」

《緒川さんが現場へ……。自分は現在、埼玉県草加市八幡町〇○○にいます》

「埼玉の草加ぁ? 何でまた、そんなところにいるの?」

《以前、三課の連中から聴いた情報で、例の国際窃盗団のアジトがこの周辺にあるということで……》

「そっか、じゃあ無理ね……」

比嘉班うちからは、徳丸と千尋を向かわせます》

「了解。私も今から井の頭へ向かうから」

《主任は、今、どこにおられるのですか?》

 東海林の質問に対し、一瞬、答えるのを躊躇した可南子は、何気なく傍らで聞き耳を立てている高山の顔をチラリと見た。
 一瞥したあと、

「例のひき逃げの事故の件で、A大青山キャンパスに来ている」

 と小声で告げた。

《ひき逃げって、主任、まだ、そんなモノ追っているんですか?》

 東海林の呆れ顔が脳裏に浮かぶ。

「……ええ、でも、今回井の頭で発見された男が、国際窃盗団の一味で、犀川一家四人殺害の実行犯の一人だったら、ひき逃げ事件とは関係なさそうね」

 自嘲気味に伝える。

 ――私の勘も鈍って来たか……。

《当然ですよ。最初からひき逃げ事件とは一切関係ありません。今朝、一番の会議で松原管理官もそう仰ってたでしょっ!》

 東海林に蔑むようにいわれた。

「じゃあ、そういうことで……」

 可南子は項垂れつつスマホを切り、内ポケットにしまった。
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