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第3章 学園のアイドルと過ごす日々

第39話 完全なる決別

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 ……は?

 何言ってんだこいつ?
 突然の事態に、俺は困惑を隠しきれないでいた。

「紺野くんさえ良ければもう1回やり直せないかなって……」
 しかし葛谷はというと、いたって真面目な調子でそんな風に言ってくるのだ。

「ははっ。正直言って、いきなりそんなこと言われる理由も意味も分からないんだけど」
 あまりに突拍子もない話すぎて、俺の口からは乾いた笑いがこぼれ出てしまう。

「理由は……あるよ。紺野くんは私にすごく優しかった。私がわがままを言っても、しょうがないなって言いながらいつも笑顔を向けてくれて」

「全部もう過去の話だろ。終わった話を蒸し返すなよ。それどころか、終わらせたのは他の誰でもない葛谷じゃないか。俺の気持ちを踏みにじっておいて、いけしゃあしゃあとこんなことを言ってきて、まさか俺のこと馬鹿にしてるのか?」

「本当にごめんなさい、心の底から反省してる。でも聞いて? 私、やっとそのことの大切さが分かったの。紺野くんの優しさがかけがえのないものだって理解できたの。だから私もう一度、そんな優しい紺野くんの彼女になりたいの……だめ、かな?」

「…………」

 一体なんなんだ?
 本当になんなんだよこのクソみたいな展開は?
 俺は悪い夢でも見ているのか?

「どう……かな?」
「どうかな、とか言われてもな」
 
「もう紺野くん以外の――蒼太以外の男の人は見ないから。絶対に蒼太のことだけを見るから。だから私たち、もう1回やり直せないかな?」
「…………」

 葛谷はどこか甘えたように言うと、俺を抱きしめていた両腕にぎゅっと強く力を入れる。
 女の子特有の柔らかい感触をさらに強く感じさせられる。

 だけど俺の頭はいたって冷静だった。
 冷静にこの状況を分析していた。

 葛谷があのイケメン医大生から、イケてない俺のところに敢えて戻ってくる理由があるとすれば、答えは簡単だ。
 というか1つしかない。

 あのイケメン医大生と上手くいっていないのだろう。
 それ以外に俺が選ばれる理由はありえない。
 やるだけやられて手ひどく捨てられでもしたのだろう。

 ただまぁ、彼女を寝取られたから悪く言うわけじゃないんだが。
 あのイケメン医大生は同性の俺から見たら、女の子をトロフィーかコレクションとでも思っていそうな高慢な感じがプンプンしていて、なんともいけ好かいヤツだった。
 とても女の子を大切にするような人間には見えなかった。

 だからこの展開は正直さもありなんだし、どうして葛谷が今の今までそれに気付けなかったのかが不思議でしょうがなかったりもする。

 何があったのかを詳しく聞いてみたくもあったけど、深入りして変に同情してしまうのもしゃくだったので、湧き上がる疑問を俺は心の中で飲み干した。

 俺の沈黙を迷っているとでもとったのか、葛谷は少し嬉しそうに言葉を続ける。

「この場所、覚えてる?」
「そりゃ覚えてるよ」

「良かった、覚えててくれたんだね」
「忘れるはずがないだろ」

「うん、紺野くんが私に告白してくれた場所だよ」
「……」

 ここは一年と少し前。
 俺にとって圧倒的に高根の花だった葛谷詩織に、清水の舞台から飛び降りるような強い気持ちで、玉砕覚悟のアタックをした場所だった。

 なにより告白の結果がまさかのオーケーだったこともあって、忘れようにも忘れられるはずがない場所だったのだから。

 もちろん全ては過去の話だが。

「だったらさ? もう一度ここから2人でやり直さない? 私、今度は紺野くんに尽くすから。紺野君にしてもらってみたいに今度は私も優しく尽くすから。だから――」

 俺を抱きしめる両腕にさらに力が入る。
 葛谷の身体全体がこれでもかと密着してくる。
 だけど俺はもうその行為に対して、付き合っていた頃のような嬉しいとか気恥ずかしいとか、そういったプラスの感情を抱きはしなかった。

「ごめん。俺にやり直す気はないよ。葛谷とよりを戻す気持ちはさらさらない」

 そうはっきりと告げた俺の脳裏にはもう既に、別の一人の女の子の顔が浮かんでいた。

 言うまでもない、それは優香の顔だった。
 そうだ、俺は優香のことが好きなんだ。
 優香のことが好きで好きでたまらないんだ。

「もしかして姫宮さん? 最近よく一緒にいるよね? 付き合ってるの?」
「付き合ってはいないよ」

「蒼太は優しくて素敵だけど、でもさすがにあの子は無理だよ。どんなハイスぺ男子からの告白も全部断ってるって話は知ってるよね? あの子は絶対に手が届かない雲の上の存在だよ」

「ま、普通に考えて俺じゃ無理だろうな」

「だったら――」
「だったらなんなんだ?」

「――え?」
「優香はたしかに雲の上の存在だろうよ。でもそんなのとは関係なしに、そもそも俺の心の中にもう葛谷の居場所はないから」

「――ッ」

 元カノから突然の復縁を迫られたことで、改めて自分の気持ちについて考えたこと俺は、今そのことを強く強く実感していた。
 俺は優香が好きだということを。

 そしてそう感じた以上、俺はもうこうやって葛谷とくっついたままではいられない。

「もう話は終わりにしよう。じゃあな」
 俺は払いのけるようにして強引に葛谷の身体を振り払うと歩き出した。

「ぁ……、待って――」

 背後から捨てられた子犬のようなか細い葛谷の声が聞こえて来るが、俺は振り返る素振りすら見せることなくこの場から立ち去った。

 こうして俺と葛谷詩織との関係は、今度こそ完全に終了した。
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