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宿の食事

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 宿の食堂で提供される食事は、普段の僕らのそれよりも少しだけ凝っていて、毎回来るたびに僕は作り方を知りたいなと思ってしまう。
 目の前で静かに夕飯を食べる彼をついつい見つめると、カチャカチャと器用にフォークを掴む手はもう僕よりも大分大きい。
 でも大人になってもゼリーのように美しい赤い瞳は変わらないし、低く声変わりしようとも僕を呼ぶその声はいつでも優しい。

「……どうした、スイ」

 じっと見つめていたら、クレナイは少し耳を赤くして問う。無口な我が子の耳の色は、彼に変わって雄弁に感情を表して分かりやすい。そう、彼は照れている。可愛くて、少しだけからかいたくなってしまう。

「うん?カッコよくなったなって」

「っ!? ごほ……、な……っぐ……っ」

「ちょっ、クレナイ大丈夫!?盛大にむせたよ!?」

 慌てて筋肉質な背中を摩るがクレナイはゴホゴホと咳き込み続けた。少し褒めただけでこんなにも動揺するなんて、体は大きくなってもこういう所が子供だなと安心する。

「ん……大丈夫」

「そ?気を付けて食べなよ? すいませんー、水を一杯お願いします」

 静かに再開される食事風景を、僕はまた懲りもせずジッと見つめてしまう。クレナイはそんな僕に気づいているだろうに、気付かないふりをしてまた黙々とフォークを口に運ぶ。 
 ぶっきらぼうに見えるけど、クレナイはいつもこうだから気にしない。それに、髪の毛に隠れていない耳が少し赤く染まっているのが見える。
 ほら、可愛くてニヤニヤしてしまう。

「いつも仲がよろしいわね、羨ましいわ。いつもご利用ありがとう」

「うん。ここの宿は食事が美味しいからね」

「まあ、お世辞がお上手。はい、このお水はサービスしちゃうね」

 クスクスと笑う給仕の女性は、この宿の娘さんだ。看板娘、というやつだろう。小さい頃から知っている彼女は何時のころからか綺麗になって、気が付けばクレナイとお似合いの年頃になっていた。いや、この場合クレナイが年頃になった、のだろうか。
 ともかく、彼女は近年こうして僕たち――いやクレナイに何かとサービスしてくれたし、それはきっと見目麗しいうちの子への好意故なんだろう。

 そう考えてざわつく自分の感情が良く分からない。最近は特にそうだ――これが、子離れできていないという事なのかもしれないけれど。

 サービスの水をごくりと飲み干し、口に入れたソテーは何故か先ほどよりもほろ苦い気がした。
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