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しおりを挟む夜も明けきらない程の早朝、俺は慣れ親しんだ屋敷へと帰り着いていた。
(まさかこんなに早く帰ることになるとはな…。)
重たい門扉を開き、玄関へ続くアプローチに足を踏み入れた瞬間、あまりの人気の無さにおもわす苦笑する。 雨が降ろうが悪路だろうが、構わず馬を走らせ家路へと急いだせいで、随分と早い時間に着いてしまった。
本来なら、その場には馬を受け取る下男が待ち構えているのだが、まさかこんなに早く帰宅するとは誰も想像もしなかったのだろう。
先触れを出さなかった自分が悪いのだ。
仕方なく静まり返った庭園を抜けて、自らの手で厩舎に馬を繋ぐ。
散々走り回されて疲れきった愛馬に水を与え、労いながらふと奥まった場所にある部屋を見上げた。
小さな小窓にあるカーテンは締め切れられていて、少しの灯りを洩らすこともない。きっと部屋の主は深い眠りにでもついているのだろう。
(セツ………。)
その部屋の主を想い、自然と口元が綻んでいる自分に気づく。
討伐を終えてから数日、ろくに休憩も取らず帰りを急いだのには理由がある。
セツに早く会いたかったからだ。
セツを引き取った当初、俺はこの世界の事情に巻き込まれただけの憐れな少年を保護する……。それだけのつもりだった。
彼にこの世界での生き方を教育し、暮らしの目処がつけば、誰も彼のことを知らないぐらいの田舎で働き口を見付けてやる筈だった。
だが、今彼を手離せと言われてもそんなつもりは更々ない、彼が俺に依存しているように、おれ自身も彼に依存しているのだ。
それこそ遠征中、どんな時でも傍らにセツの温もりを感じる。
そう錯覚する程、彼のことが頭から離れなかった。
(そういえば……。)
遠征前にセツと話していたことを思い出す。
遠征が終わったらすぐに顔を見せると約束していた。
だが、ぐっすりと眠っているであろう彼を起こすのは可哀想だ。
約束を破ることになるが、会いに行くのは夜が明けてからにしよう。
やさしい彼なら怪我もせずに帰ってきたことで許してくれる筈だ。
彼の待つ家に帰ってきたという、喜びを胸に抱き、広いエントランスに足を踏み入れる。が、そこにも本来出迎えるべきである使用人の姿はなく静まり返っていた。
帰宅を知らせる呼び出しのベルを鳴らそうとし、その手を止める。
大した遠征ではなかったが長時間の移動はそれなりに疲れるものだ。
ちやほやと世話をやかれるよりはこのまま自室に戻り、一眠りしたい。帰宅の旨はそれから執事にでも報告すれば良いだろう。
そう思い自室に向かおうとベルを置くと、背後から声を掛けられた。
「旦那様――。」
見回りをしていたのだろうか、小さな灯りを手にした執事がそこには立っていた。
「お帰りなさいませ。もう遠征からお戻りで。」
「ああ、今回は殊更早くことが片付いてな。」
「それは良うございました。先触れを出してくだされば出迎えの準備をいたしましたのに。」
「こんな早朝にわざわざ皆を起こさなくても、自分の身の回りの世話くらい自分で出来る。騎士団ではそれが当たり前だ。」
「左様でございますか。あの、お食事は如何なさいますか?」
そこで執事の様子がおかしいことに気づく。いつもと同じように冷静に話をしているが、こちらを見ようとせず、どこか緊張感を漂わせている。
「…留守中に何か変わりはあったか?」
「いいえ何も…。」
「そうか、食事は良い。少し一眠りする。」
そう言うと執事の緊張が緩むのがわかった。何かはあったのだろが見逃そう。
執事が報告する必要がないと判断したのなら大したことではないのだろう。もしかしたら主人の留守中に羽目を外す使用人でもいたのかもしれない。
執事に荷物を預けると自室に足を向けた。その途中、セツの部屋の前に差し掛かると、どうにも彼に会いたくなってきた。
(起こすのは可哀想だがそっと寝顔を見るくらいなら――。)
自室に向けていた足を彼の部屋へと向ける。
音を立てないように慎重に部屋のドアを開くと、気配を殺してベッドへと近づく。
可愛らしく寝息を立てている彼を想像し、頬を緩めるが―――…。
「……セツ?」
そこに彼の姿はなかった。
眠れず本でも読んでいるのかと続きの間に行くがそこにも彼の姿はない。それどころか彼がいつも本を読むのに使っていた机の上には埃が積もっていた。
寝室に戻り部屋の様子をもう一度確認するとベッドやランプにも埃が積もっていた。
この部屋が暫く誰にも使われていないのは明白だ。
一体どういうことだ。部屋が気に入らず変えてもらったのか?
だが埃が気になる他には特に不具合などは感じないし、遠慮深い彼がそんなことを言うとも思えない。
執事を起こして状況を確認するべきだ。
そう思い扉を振り返ると、そこにはとうの昔に去った筈の執事が青い顔をして立っていた。
簡素な石作りの小屋は、朝方になると随分と冷え込み、いくら身体に毛布をぐるぐる巻きにしても床からしんしんと上がってくる冷気は避けようもない。
こんな環境で熟睡できる筈もなく、少しでも暖をとる為に身体を擦り合わせるのが日が昇るまでの僕の過ごし方となっていた。
「今日は特に寒いなぁ。」
かじかむ指を擦りながら誰に聞かせるでもない言葉を呟く。
誰とも顔を合わせる事のないこの空間では、独り言でも話さないと声の出し方を忘れてしまいそうだ。
「ジュークのいる所はもっと寒いのかな、そうじゃないと良いんだけど…。」
ジュークが遠征に向かってからまだ10日程しか経っていない。もう遠征地には着いたのだろうか、それとももう帰路に着いているのか、この世界の地理には明るくない僕にはそれが分からない。
早く帰ると約束したけれど、それは守れなくても良い。
怪我をしないで無事に帰ってくれればそれで良かった。
「神様お願いします。どうかジュークが無事に帰ってきますように。」
両手を組んで、もうすっかり日課となったお祈りをする。
こうやって過ごしていると不思議とジュークが護られているような気がして安心できた。
『……!』
「?」
お祈りに集中していると、小屋の入り口で誰かが言い争うような声が聞こえた。
ここに近づくのは食事係のメイドくらいだ。だが、食事の時間には早すぎるし、どう考えても女性の声には聞こえない。
不思議に思いお祈りを中断して、そっと扉の方に耳を澄ます。
すると、ここにいないはずの声が僕の耳に飛び込んで来た。
「こんな所に彼を閉じ込めたと言うのか!」
「!!」
ジュークの声だと直ぐにわかった。あれだけ帰りを待ち望んだ相手の声だ。聞き間違える訳がない。
「…そこにいるのはジュークですか?」
逸る気持ちを抑え、扉の向こうにいる彼に問いかける。
「ああ、セツ!俺だ!直ぐに出してやるから。」
肯定の言葉が聞こえガチャガチャと鍵を開ける音がした。
その直後、乱暴に扉が開かれる。
「セツ!!」
ジュークの顔が見えたと思った瞬間、強い力で掻き抱かれる。
「こんなに冷えてッ、すまない、本当にすまない。」
急な抱擁と謝罪に驚く。一体何に対する謝罪かわからない。
それよりも彼の無事を確認したいのに、ぎゅうぎゅうに顔を胸へと押し付けられ、彼の姿を見ることができなのがもどかしい。
「一体何の謝罪なんですか??それよりあの、少し力を緩めて、顔を見せてください。」
僕の言葉にジュークは力を緩める。両手を彼の胸について距離を取るとその顔を確認した。
少し疲れているように見えるが怪我はしていない。そのまま視線を下に下ろし、彼の手を握る。良かった、手も怪我はしていない。身体も大丈夫だ。
「お帰りなさい、良かった。無事に帰って来てくれて。」
ようやく安心出来て、自分の顔が緩むのがわかった。きっと僕は情けない顔をしているのだろう。
ジュークが困ったような顔をしてこちらを見ている。
「セツ、俺のことより君のことだ。こんな場所に閉じ込められていたなんて…。」
さっきの謝罪の理由に合点がいく、自分が不在の時に僕か受けていた仕打ちに対して謝罪していたのだ。
(そんなこと気にしなくて良いのに…。)
ジュークの方が大変だった筈だ、ただここでお祈りをしていただけの僕とは違って、ジュークは命をかけて戦っていたのだから。
「僕は大丈夫です。何も不自由なんてありませんでした。それより怪我をしないという約束を守って下さって、ありがとうございます。」
一瞬ジュークの目に涙が浮かんだような気がした。が、すぐにまた強く抱き締められ、それを確認することはできなかった。
ただ、耳元で何度も呟かれる謝罪の言葉が震えていて、彼が泣いているような気がして、僕は心配でしょうがなかった。
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