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1巻

1-3

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「――こちらでございます。では……頑張がんばってください」

 そう言ってメイドは扉を開けた。
 俺はアンナをその場に残し、一人、部屋に入る。
 既に父は来ていたらしく、長い机の向こう側に堂々と座っていた。

「――来たな、クラウス」
「はい……お久しぶりです、父上」

 まあお久しぶりと言っても、俺自身は初めましてなんだが。
 父はあごひげをたっぷりとたくわえた、威厳のある風貌ふうぼうをしていた。
 髪の毛は俺と同じ赤髪で、黒い目だ。
 筋肉質な体つきで、ムキムキにきたえられていた。
 特に目力が強くて、今にもひるんでしまいそうになる。
 ちなみに、クラウスの母親は体調を崩して、長いこと遠方で療養りょうようしているそうだ。父の容姿を見た感じ、俺は母親似だろうか。
 以前の俺の父との接し方についてはアンナに聞いてあるので、そこで違和感を持たれることはないと思う……多分。
 というか、アンナに不審そうな顔をされたほうが地味に傷ついたけど。
 まあでも、クラウスの中に全くの別人が入っているなんて、誰もそんなこと思わないだろう。逆にそんな疑いを俺にかけるほうが、大丈夫かと頭を疑われてしまうよな。
 現実逃避とうひ気味にそんなことを考えていると、父がゆったりと口を開いた。

「さて……今日はお前から話があるそうだな」

 いきなりすぎる。
 家族の団欒だんらんもないんかい、と思ったが、貴族ってやっぱりそういうもんなのかな?
 まあ雑談しようにも、俺にはこの一家に対する知識が足りなすぎる。
 ボロが出ないとも言えないので、これはこれでありがたいことだった。

「はい、父上。今日は体重計、というものについて打診しに来ました」
「……うむ。アウルからおおよそのことは聞いているが……その体重計とはなんだ?」
「体重計というのはその名の通り、体重を計る装置のことでございます」
「体重を計ることに、何かメリットはあるのか?」

 父の鋭い眼光に射抜かれ、俺は冷や汗をかきながら説明を続ける。

「はい。健康に関する部分で、大きなメリットがあります。人は痩せすぎでも太りすぎでも健康を害するので、体重を数値化することで状態を分かりやすくできます」
「ふむ、確かにそうだな。でも別に見た目で判断すればいいのではないか? 今までも人々はそうしてきたわけだしな」

 その反論はとても鋭い。
 確かにちゃんとした数値を計る必要はあまりないのかもしれない。
 でもここで折れたら、おそらく父に見放されてしまうだろう。
 しかしだな――ブラック企業でつちかったプレゼン能力をなめるなよ。
 そんなことを思いながら、俺は父を全力で説得にかかる。

「数値化することには、大きく二つのメリットがあります。一つは自分の肥満度ひまんどを客観的に見られるようになること。それによって、俺はまだ大丈夫だろう、と慢心することがなくなります。そして二つ目、それは他人と競い合うことができるようになる、という点です。自分の体重を数値化して競い合わせれば、様々な人が健康を意識するでしょう……もちろん、競うために無理に痩せて健康を害するようなことにならないよう、注意をする必要がありますが」

 一気に全てを言い終えた俺は、父の様子をうかがう。
 しばらくジッと考えていた父だが、いきなりふっと表情を緩め笑みを浮かべた。

「……やはり変わったというのは本当らしいな。弱冠じゃっかん十歳でここまで考え、提言できるとは、賞賛に値することだ。一時期は将来も危ぶむほどだったが……」

 そう言われ、俺はほっと心の中で安堵あんどのため息をつく。
 あぶねー、ブラック企業時代の経験が役に立ったよ……
 しかし俺、まだ十歳だったんだ。
 見た目から子供だってのは分かっていたが、ちゃんと自分の年齢は知らなかった。流石にそれをアンナに聞くのは変だし。
 まあ確かに十歳にして、ここまで言えるのはなかなかいないだろう。

「よし、いいだろう。体重計の製作を許可する。クラウス、構造などは考えているのか?」

 そう聞かれ、俺は焦らずに上着のポケットに手を突っ込む。
 そして用意しておいた、簡単な図面を取り出した。
 こんなこともあろうかと、魔道具とか、それに付随ふずいして魔力のことを事前に調べておいてよかった。
 魔力というのは、空気や自然の中にある変換可能なエネルギーのことだ。
 そのエネルギーを物質に作用させ、何らかの効果を生み出せるようにしたのが、魔道具ってわけだ。
 ちなみに、魔力について調べているときに分かったことだが、この世界には、ゲーム通りにステータスも存在していた。
 このステータスは、人間なら誰しもが持つ、祝福のような力を持っているらしい。
 それは自前の筋力や体力などを数値化し、さらには底上げしてしまうものなんだとか。
 ステータスを見るのには教会に行って正式な手続きをまないといけないらしく、俺は自分のステータスを把握はあくしていない。
 そのステータスの中には魔力の記載きさいがあるそうだが、この数字は、ゲームでよくあるみたいに、体内の魔力量を示している……というわけではない。
 あくまでも、どれだけ体の外の魔力を取り込んで使うことができるか、という数字なんだとか。
 ステータスのことといい魔力や魔道具のことといい、そこらのゲームとは違う部分が多くてなかなか面白い。
 ともかく、今回ははかりの魔道具の設計図が手に入ったので、それを参考にして、地球の体重計の構造とかをイメージしながら、自分で図面を作ってみた。
 実は俺は元々、中古屋で壊れたパソコンを買ってきて修理するのが趣味しゅみだった。それ以外にも機械工学に色々と興味があって、体重計の仕組みなんかも知っていたのが役に立ったんだよな……まあ、かなりざっくりとした知識だけど。
 その図面を父に見せる。

「……私は図面が読めないからな。おい、アウス。うちで雇っている学者を呼べ」
「かしこまりました」

 父はいつの間にか控えていたアウスのほうを向き、学者を呼んでくるように言った。
 それからしばらくして、彼が学者を連れてくる。

「お呼びでしょうか、ガイラム様」

 ボサボサ頭で眼鏡めがねをかけた女性が、この部屋に入ってきた。
 うん、本物の学者って感じの風貌をしている。

「ああ、こいつの書いた図面を見てほしいのだ」

 そう言われたその学者の女性は、胡乱うろんげに俺のほうを見る。

「大丈夫なんですか? クラウス様ですよ?」

 この人には遠慮とかそういった言葉が存在しないらしい。
 ズバズバと言ってくれる。
 彼女の疑問に、父は鷹揚おうように頷いた。

「ああ、もちろん。それでダメだったらそれまでだ」
「なるほど、そういうことですか。分かりました、見てみましょう」

 そう言って彼女は図面をジッと眺め始める。
 するとどんどんと顔色が変わっていった。

「……これは本当にクラウス様が書いたのでしょうか?」
「どういう意味だ、それは?」

 学者の質問に、父は意味が分からないと言いたげに首をかしげた。
 彼女はすっかり興奮した声で、父の疑問に答えていく。

「これはすごいですよ! ここら辺とか、私たちじゃ絶対に思い浮かばない構造をしています!」
「そうらしいが、どうなんだクラウス」

 父がそう言って俺のほうを見てきた。
 いや、どうなんだって言われてもな、この世界の魔道具の常識なんて知らないし。

「う、うわあ……これは凄い……流石は子供の柔らかいのうってことなんですかね」

 よく分からないが、この世界の常識を一つ壊してしまったらしい。
 でも子供だからってふうに認識してくれてよかった。

「ガイラム様! これはぜひ私たちに作らせてください!」

 前のめりでそう言う彼女に、若干引き気味で父が答える。

「あ、ああ。もちろんクラウスが構わなければ俺は問題ないが」

 すると学者は今度は俺のほうを向いて、ギラギラした目を向けてくる。

「クラウス様、いいでしょうか!? いや、ダメって言っても作ります!」
「ああ、大丈夫だ。というより、こちらからお願いしたいくらいだ」

 俺がそう言うと、彼女はぱあっと顔を明るくして、大事そうに図面を抱えた。
 絶対にもう誰にも渡さないぞって気概きがいに満ち満ちている。

「それじゃあ私はこれにて失礼します! やるべきことができてしまったので!」

 それだけ叫んで、彼女はすごい勢いでどこかに行ってしまった。
 残された俺と父は呆気あっけにとられていたが、すぐに我に返ると父が言った。

「……クラウス」
「はい、なんでしょうか、父上」
「もう……私を失望させるなよ」

 そう言った父の表情は、どこかうれいを帯びていた。
 ちゃんと息子に対する愛があったみたいだ。
 よかったよかった。
 俺が転生しなければ、父の期待を裏切って、こいつはどんどん堕落だらくしていったんだろうな。

「はい、父上。もう俺は大丈夫です」
「――それじゃあ今日の会食はお終いだ。お前もいったんは離れに戻るといい」

 いったん? ってことはもう一度この屋敷に戻ってきていいってことだろうか?
 だとすれば順調に死亡フラグを回避かいひしていっているってことになる。

「では――失礼します」

 そう言って俺は部屋を出て離れに戻るのだった。


  ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 その日の夜、俺はアンナと話をしていた。

「……クラウス様、おめでとうございます。これでお屋敷に戻れますね」

 そう言う彼女は、なぜかどこかさみしそうだった。

「ああ、そうだな。まあ、また失望されないように頑張るよ」
「はい、頑張ってください。私も遠くから応援してますから」
「……遠くから? どういう意味だ、それは?」

 彼女の言葉に俺は首を傾げる。
 アンナはまださみしそうにしながら、口を開いた。

「だって、クラウス様があちらのお屋敷に戻れば、私よりも優れたメイドがたくさんつくことになるのでしょう」
「……そうかもな」
「だとすれば、使えない私は解雇かいこされるに違いありません。なので、遠くからと言いました」

 俺は、そう言ってうつむく彼女に、ちょっと強めの口調で言う。

「誰が、誰がお前を解雇するんだ?」
「それは、クラウス様でございます……」
「……今の俺が、そう簡単に解雇にすると思うか?」

 俺が言うと、彼女は顔を上げてハッとした表情になる。

「クラウス様……?」
「俺の専属メイドはずっとアンナだ。それはこれから一生、変わることはない」
「……本気で言ってるのでしょうか?」

 そう聞かれ、俺は真剣な表情で頷いた。
 その俺の反応を見た彼女は、ジワジワと泣きそうになる。

「わっ、私なんかでいいのでしょうか……?」
「いいに決まってる。というかアンナがいいんだ、アンナじゃなきゃダメなんだ」

 まだ俺としての付き合いは一週間程度だ。
 でも彼女の境遇とか、思いとかはちゃんと伝わってきた。

「まあ要するにさ、俺はアンナに大切にされたから、そのお返しがしたいってだけなんだ」
「ありがとうございます、本当にありがとうございますっ!」

 うわぁっと涙を流しながら彼女はそう叫んだ。
 まあそうだよな、彼女はここで捨てられたら、そこれそ餓死してしまうだろうし。どんなによくても、奴隷どれい落ちとかスラム生活とかだ。
 そりゃ不安にもなるし、泣いてしまうのも仕方がないよな。
 俺は静かに彼女のそばに寄ると、優しく頭をでてあげた。

「これからもよろしくな、アンナ」
「はい、よろしくお願いします……」

 こうして俺の新しい世界での生活は順調に進んでいくのだった。



 第三話


 それから一ヶ月が経った。
 ロッテとの約束通り、パッと見ただけで痩せたと分かるくらいには減量した。
 まあまだ太ってはいるほうだが、ポッチャリ程度までは落ちただろう。
 以前以上のペースで痩せられたのだが、理由がある。
 それはこの期間に、俺は《スキルの書》の使い方も少し学習したからだ。
 それがなぜ、痩せたことにつながるかというと……《スキルの書》に書かれた文章をタップすると、その能力を無効化できるらしいことを発見したのである。
 このおかげで、《惰眠》の熟練度2「睡眠中、大量のエネルギーを吸収できる」を無効化できたので、寝ながらエネルギーを蓄えて太っていく……なんてこともなくなった。
 さらに最近は、うちの領地の騎士団長であるムーカイの指導も受けている。
 ムーカイは黒い短髪で黒目のおっさんだ。
 いかにも騎士団長らしく、ガタイがよく顔もいかついが、落ち着いた立ち振る舞いのおかげか、粗野そやな印象はなかった。まあ、騎士だから民に威圧感を与えるような見た目ではいけないんだろうけど。
 俺はまだメインの屋敷ではなく離れのほうに住んでいるのだが、彼は毎日離れまで来て、剣術の座学と鍛錬をしてくれている。
 そのおかげで、《剣術》スキルの経験値がグングンと上がっている。
 もう少しでレベル2になるので、そこで解放される能力が楽しみだった。

「クラウス様ッ! 太刀筋たちすじが鈍っておりますぞ!」

 まあ――なかなかに厳しい訓練で、毎日筋肉痛に悩まされているのだが。
 ムーカイはマジで俺を殺そうとするくらいの威力で、木剣を振るってくる。
 ――ガキッ!
 鈍く木と木がぶつかる音が響き、俺の小さな体は吹き飛ばされた。
 ゴロゴロと芝生を転がり、体中をすりむきながらなんとか止まる。
 ムーカイは俺に向かって歩いてくると、手を差し伸べてきた。

「ふむ、今日はこのくらいにしておきますか」
「いや。まだ、まだいける」
「ダメです。体力と集中力が落ちてきているので、これ以上やったら明日に響きます」

 確かにムーカイの言う通りだった。
 正直なところ、既に限界ギリギリだ。
 でもこの状態で訓練を続ければ、上達するという確信がある。
 俺は体重が減っていく快感や、剣術が上達する快感を知ってしまったのだ。
 この快感を知ってしまったらもう戻れない。

「そこを何とか……」
「…………はあ、分かりました。あと一回打ち合ったら終わりですよ?」

 そう言ってムーカイはバックステップで俺から距離をとると、再び木剣をまっすぐに構えた。
 その途端とたんに、先ほど以上の気迫が襲ってくる。
 今度こそ、一撃であきらめさせるつもりなのだろう。

「では――行きますよ」

 そんな言葉と共に、ダンッと地面をる音が聞こえる。
 次の瞬間には、ムーカイは俺の目の前まで来ていた。
 俺は辛うじてその動きを目で追いつつ、何とか木剣を頭の上に構えて防ぐ。
 ――その瞬間、頭の中に文字が浮かび上がった。


 《剣術》(レベル2:0/500)
     熟練度2:剣術スキル《疾風斬しっぷうぎり》を使えるようになる。


 それは《スキルの書》で見るのと同じ書体で、本を開いていないのにその言葉がぱっと浮かんで消えた。
 どうやら今、ムーカイの一撃を防いだことで《剣術》スキルのレベルが上がり、熟練度2が解放されたらしい。
 俺が使えるようになったのは、疾風斬りという技のようだ。
 どういうわけか、俺はそのスキルの使い方をなんとなく察していた。

「――疾風斬り」

 俺はムーカイの剣の威力を殺しきれずに吹き飛ばされて地面を転がるが、ぽつりとそう呟き、スキルを発動させる。
 途端に、俺の持っていた木剣が青白く光を帯びた。
 そして俺の意思とは別に、体が勝手に動き出し――
 ものすごい勢いで俺は飛び出すと、ムーカイに向かって斬り上げる。
 ――ブンッッッ!!
 ムーカイは驚いた表情で木剣を握り直すと、そのまま俺の木剣を防ぐ。
 すると……
 ――ボキィ!
 木の折れる鈍い音が聞こえてくる。
 そしてムーカイの持っていた木剣が、根元から折れていた。

「……クラウス様、今のは?」

 自分の持っている折れた剣を見ながら、ムーカイが問いかけてくる。

「なんか勝手に頭の中に浮かんできたんだ」

 俺が隠さずにそう言うと、彼は少し思案するように指先をあごに当てる。

「おそらくですが、クラウス様はノーマルスキルをお持ちなのでしょう。スキルは特別な人にしか与えられないものです。クラウス様がスキルを持たれているのでしたら、早めにガイラム様に報告したほうがいいかと思います」

 考え込みながら言葉をつむぐムーカイに、俺はふと気になって訊ねてみる。

「なあ、ユニークスキルとノーマルスキルって何が違うんだ?」
「……ユニークスキルは本当に英雄レベルの人が持つものです。百年に一人いたらいいとか、それくらい貴重なものですね」
「そ、そうか……」
「しかし、なんでユニークスキルのことを?」
「い、いや、英雄譚えいゆうたんで読んだんだ」

 まさか持っているとは言えないのでそう誤魔化すと、ムーカイは納得したように頷いた。
 うん、ユニークスキルのことは隠していたほうがよさそうだな。バレたらとんでもない騒ぎになりそうだ。
 幸い、スキルを無効化する方法は分かっている。
 それで無効化しておけば、教会なんかで調べるって話になっても、隠せる……と思う。
 俺が内心冷や汗をかいていると、ムーカイがまっすぐに見つめてきた。


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