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第三章:少年期 学園編

第33話「悪質勇者と対決」

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 カイトとその従者二人に囲まれている状況で、俺は冷静にジッと彼らを観察していた。
 ここは王都との路地、つまり誰かが通れば止めてくれるだろうが。
 それまでは耐えなければならないし、まずこの道は人通りがあまりない。


「くくくっ、絶体絶命のピンチだなァ! どうするよ!」


 そう狂ったように笑う彼に俺は何も答えず、静かに突っ立ったままだった。
 そのことが余計に彼のヒンシュクを買ってしまったのだろう。
 カイトは青筋を立てながら俺をにらみつけると、さらに言葉を続けた。


「頭を地面に擦りつけながら謝れば許してやるぞ? まあ、そのロッテは俺が貰うがな」


 ニチャニチャと気色の悪い音を立てながら彼はそう言った。
 しかしそんなことするはずもなく、俺は平坦な声でようやく言葉を紡いだ。


「なあ……カイト。今の俺と勝負するのか?」


 慌てず冷静にそう言う俺に少し疑問を覚えたのだろう。
 彼は訝し気にこちらを見るが、すぐにニヤリと笑みを浮かべて言った。


「ふんっ、そんなハッタリに俺が騙されるとでも? 内心ではビクビクしてるくせによォ!」
「どうだか。内心でビクビクしていたらこんな態度をとれると思うか?」


 そう言うと彼はチッと舌打ちをして腰からぶら下げていた剣を引き抜いた。


「殺すのだけはやめておいてやる。しかし一生動けない体にしてやるからな」


 そんな彼に対して、俺も同じく剣を引き抜く。
 そして剣を同時に構えて、対峙した。


「もう謝っても許さないからなッ!」


 瞬間、カイトは地面を蹴って飛び出してきた。
 今の俺には確かにメチャクチャ速かったし、動きに追いついていけるはずがない。


 ――こともなく、俺は難なく彼の攻撃を避けた。


「何ッ!」


 攻撃を避けられ、彼は前のめりになりながらそう叫んだ。
 俺はそんな彼の首筋に思いきり剣の腹を叩き込んだ。


「うがっ!」


 しかし力強さが足りず、気絶するには少々威力が足らなかった。


「今日は力不足でな。ちょっとばかし拷問気味になるかもしれないが、許してくれ」


 俺はそう言うと、彼の攻撃を避けながら何度も剣の腹を叩きつけるのだった。



   ***



 彼らがしっぽを巻いて逃げた後、俺はロッテから不思議そうに訊ねられた。


「どうしてあそこまで圧倒出来たんですか? ステータスは制限されてますよね?」
「ああ、そのことか。それは単純に戦闘の経験の差だな。それにステータスが下がったとはいえ、カイトは元が低いから大きな差になることはなかったし」


 飄々とそういう俺に、ロッテは驚いたようにこちらを見て言った。


「最初からそのことは見抜いていたんですか?」
「もちろん。当たり前だろ。そうじゃなきゃ、あそこまで冷静になれない」


 彼らの連携が異常に上手いとか多少の博打要素はあったが、それでも勝てる見込みがあったからあの態度をとれたのだ。
 本当にピンチなら俺だってもう少しは慌てるさ。
 そう言うと、彼女は納得したような感心したような表情になって頷いた。


「流石はクラウス様ですね。私は絶体絶命のピンチだと思ってしまいました」
「こればっかりは経験だからな。ロッテももう少し経験を積むしかないな」
「そうですねっ! 私もクラウス様に追いつけるようにもっと頑張りますっ!」


 両手を体の前で握りしめる彼女を微笑ましく見ながら、俺たちは帰路を歩く。
 しかし今後はこういうことがないように、ちゃんとムーカイとかの護衛をつけないとな。
 王都だからって安心してはいけないのだ。


「では私はこちらですので」
「いや、ちゃんと家まで送るよ。ほらさっきのこともあるしさ」
「……そうですね。お願いします」


 そして俺はロッテを家まで送ってから、自分の屋敷に戻るのだった。



   ***



 屋敷に入ると、ワクワクした様子のアンナが待ち構えていた。


「どうしたんだ、アンナ? 何かあったか?」
「あっ! クラウス様! 何かあったか? じゃないんですよっ! ようやくあれが出来ました!」
「あれ……? あれって?」
「もう忘れちゃったんですか! あれですよ、温泉ですっ!」


 その言葉を聞いて、思わず先ほどまでの疲れが吹っ飛び目を輝かせてしまった。


「おっ! ようやく温泉が完成したかっ!」


 といってもこの地下にお湯が眠っていたわけではなく、なんちゃって温泉だが。
 それでも雰囲気だけは日本古来から伝わる露天風呂になっていた。


「な、なあ! 早速案内してくれよ!」
「はいっ! 案内しますね!」


 俺はアンナの後に続き廊下を歩き、露天風呂の建設予定地だった場所に向かう。
 そこにはちゃんと竹の壁に囲まれた和風の露天風呂が作られていた。


「おお……これは凄い。流石は王都一の建築家に頼んだだけはある」


 その代わりに白金貨2枚も取られてしまったが。
 しかしその金額に見合うほどの出来栄えがそこには広がっていた。


「お、俺はすぐに入るから。ほら、出ていってくれ」
「……はぁい」


 そして俺はこれまた和風な脱衣所で服を脱ぎ、露天風呂に恐る恐る足を踏み入れる。


「あぁ~、これだよこれ。やっぱりこの露天風呂じゃなきゃ日本人は満足できないよ」


 それからしばらく露天風呂を楽しんでいたら、何故か脱衣所からゴソゴソと音が聞こえてきた。
 そして露天風呂に姿を現したのは、タオル一枚姿のアンナだった。


「なっ……! あ、アンナ……」
「かっ、体を洗います! 私はクラウス様の専属メイドですので!」


 顔を真っ赤にしながら彼女は、そう言って露天風呂に近づいてくるのだった。
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