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第五章 急がば回れん
いざ皇国へ4
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「恥ずかしい話なんだけどもよ。おらんとこの娘は親に似ずぺっぴんで、『春の女神』に選ばれたんだわ」
「女神……というと、祭りの主役の?」
「主役? ええっと、おめでとうございます」
ランディに引き続きお祝いを言う。何だろう、自慢したい気分なのかしら? それにしては、暗い顔をなさっているけれど。
「いや、全然めでたくねーんだわ。あ、いや、おめでたなんだけど」
話がよくわからない。
レオナール様も首を捻っている。
ただ一人、ランディだけは彼の言いたいことを理解したようだ。
「つまり、妊娠したせいで『春の女神役』ができなくなったということだね? この祭りは、子供のいない未婚の者が女神に選出される、だったかな?」
「そう、そうなんだ。黙っていた娘を、おらが怒鳴ったばかりなんだが……」
「あのね。本物の女神が嫉妬しないよう、フルゴール村の『春の女神』は未婚かつ子供のいない者と限定されているんだ。お腹の中にいる子にまで女神が怒るかどうかはわからないけれど、村人達はとにかく信心深い」
ランディが私に説明してくれた。
村や祭りのことに詳しいのはレオナール様だけかと思ったら、そうでもないみたい。
「それで? 大体予想はつくけれど、こうなったら最後まで聞いておこうか」
ランディが先を促した。
村人は頷くと、続きを話し始める。
「この村に若い女性は少ねぇんだ。未婚となるとほとんどいない。あ、いや。おらの娘はもうすぐ結婚するし、ぺっぴんなのは本当だがよ。それでも今から探すとなると……」
私達に探すのを手伝ってほしい、ということね? ところが、目を細めたレオナール様が、男性に意外な質問をする。
「女神役は村の者でなくても構わない、ということですか?」
「騎士様! 話が早くて助かるよ。何年か前にも他所から借りて来たんだ。そん時も成功したから、どうこう言う者はいねぇ。で、ここからが本題だけどもよ。娘さん、結婚してないなら『春の女神』になんねぇか?」
「ええっ!? わ、わたわた、私?」
いけない、緊張すると未だにどもってしまう。
「そっちの兄さんでも似合いそうだけんど、さすがに男じゃなぁ……」
ランディを見ながら、村人が頭を掻く。困ったようなその姿に、レオナール様が勢いよく噴き出していた。確かにランディなら、女装しても色っぽくて素敵だと思う。
「失礼しました」
「レオナール、しっかり覚えておこう。で? 妖精さんはどうしたい?」
「え? わた、私? 急だし、と、泊まるところもないし」
「そんならおらの家に泊まればいい。娘とケンカしたばかりだし、その方が助かる」
「で、でも……」
お嬢さんが心配だわ。楽しみにしていたはずの『春の女神』を他所者に取られてしまっていいのかしら? それに、何をするのかわからないけれど、そんな大役私に務まるの?
「春の女神か。妖精さんにピッタリだね」
「素敵な思い出になることでしょう」
「ありがとう! 良かった、助かったよ!」
村人は飛び上がって喜んでいる。
おかしいわ。どうして私以外みんな乗り気なの?
「あ、あああの……」
「あー良かった。一時はどうなることかと思ったよ。じゃあ、早速衣装を合わせねぇとな」
「ま、ままま待」
「クリスタには私が付き添う。レオナール、後は任せた」
「かしこまりました」
「わ、わたわた私」
「何だい、妖精さん。これからは妖精じゃなく女神と呼ぼうか?」
いえ、どっちもダメだから。
もしかして、本人の意見を聞かずに決まったってこと!?
「本当に助かった。騎士様と一緒にいたから、ためらったけんど、声をかけて良かったよ。あ、おらの家はこの先だ」
「クリスタが春の女神か。楽しみだな。美し過ぎて、集まったみんなの目を奪ってしまうね?」
「ち、ちち違……」
歩きながら話しかけられるけれど、確実にそんなことはないと思う。ギョッとして目が離せない、というならわかるのに……っていけない。自分を卑下しないと決めたんだわ。
祭りを見学したかっただけなのに、何だか女神役を引き受ける流れになってしまった。ランディも喜んでいるし、誰かの役に立てるなら嬉しいけれど、本当に私でいいのかしら?
案内された家は広場近くの一軒家で、この辺りではごく普通の大きさだ。扉を開けて出てきた女性が、村人の言っていた娘さんだと思われる。緩やかに波打つ金髪と、すらっとした体型の持ち主だった。
「父さん? 急に代役を探すだなんて、やっぱり無理……あら」
その女性は父親の言う通り、整った顔立ちをしていた。小柄な私に比べると背が高く、目が細くスッキリしたタイプの美人さんだ。彼女は私の姿を見るなり眉根を寄せる。
「あなた……が?」
「い、いえ。その、わわ私……」
緊張して初対面だと、やはりどもってしまうらしい。図々しいと言われたらどうしよう? そんな私に、ランディが後ろから助け舟を出してくれた。
「初めまして。君がお嬢さんだね? たまたま歩いていたら、彼女がお父さんに春の女神役をやらないかと声をかけられたんだ」
ランディを見上げたその女性は、彼に見惚れて頬を染め、ポーッとなっている。何だか苦しくなった私は、一生懸命声を絞り出す。
「わ、私、クリスタと申します。初めまして!」
「ああ、ごめんなさい。私はミラ。父さんったら、貴女みたいな可愛い子を連れて来るなんて、なかなかやるじゃない」
「か、可愛い?」
ミラと名乗ったその女性の方が綺麗だし、落ち着いている。彼女は女神役ができなくなることを気にしていないのかしら?
「こんな所で立ち話もなんだから、中へどうぞ。もちろん、貴女のいい人もね?」
ランディも私も気軽な恰好だったせいか、親し気にウインクまでされてしまう。家の中へ通された私達は、お茶をご馳走になりながら、祭りの話を聞く。
ミラはさっぱりとした性格で、なんと私と同い年! 話しやすくとても気さくな性格で、なんだか楽しい。お茶の間にすっかり意気投合した私達は、女神の衣装を合わせるために二人で隣の部屋へ移動することに。
「ねえ貴方、彼女が可愛いからって着替えを覗いちゃダメよ」
ミラがランディに向かって釘を刺す。
彼がこの国の皇太子だってこと……言った方がいいのかしら?
「女神……というと、祭りの主役の?」
「主役? ええっと、おめでとうございます」
ランディに引き続きお祝いを言う。何だろう、自慢したい気分なのかしら? それにしては、暗い顔をなさっているけれど。
「いや、全然めでたくねーんだわ。あ、いや、おめでたなんだけど」
話がよくわからない。
レオナール様も首を捻っている。
ただ一人、ランディだけは彼の言いたいことを理解したようだ。
「つまり、妊娠したせいで『春の女神役』ができなくなったということだね? この祭りは、子供のいない未婚の者が女神に選出される、だったかな?」
「そう、そうなんだ。黙っていた娘を、おらが怒鳴ったばかりなんだが……」
「あのね。本物の女神が嫉妬しないよう、フルゴール村の『春の女神』は未婚かつ子供のいない者と限定されているんだ。お腹の中にいる子にまで女神が怒るかどうかはわからないけれど、村人達はとにかく信心深い」
ランディが私に説明してくれた。
村や祭りのことに詳しいのはレオナール様だけかと思ったら、そうでもないみたい。
「それで? 大体予想はつくけれど、こうなったら最後まで聞いておこうか」
ランディが先を促した。
村人は頷くと、続きを話し始める。
「この村に若い女性は少ねぇんだ。未婚となるとほとんどいない。あ、いや。おらの娘はもうすぐ結婚するし、ぺっぴんなのは本当だがよ。それでも今から探すとなると……」
私達に探すのを手伝ってほしい、ということね? ところが、目を細めたレオナール様が、男性に意外な質問をする。
「女神役は村の者でなくても構わない、ということですか?」
「騎士様! 話が早くて助かるよ。何年か前にも他所から借りて来たんだ。そん時も成功したから、どうこう言う者はいねぇ。で、ここからが本題だけどもよ。娘さん、結婚してないなら『春の女神』になんねぇか?」
「ええっ!? わ、わたわた、私?」
いけない、緊張すると未だにどもってしまう。
「そっちの兄さんでも似合いそうだけんど、さすがに男じゃなぁ……」
ランディを見ながら、村人が頭を掻く。困ったようなその姿に、レオナール様が勢いよく噴き出していた。確かにランディなら、女装しても色っぽくて素敵だと思う。
「失礼しました」
「レオナール、しっかり覚えておこう。で? 妖精さんはどうしたい?」
「え? わた、私? 急だし、と、泊まるところもないし」
「そんならおらの家に泊まればいい。娘とケンカしたばかりだし、その方が助かる」
「で、でも……」
お嬢さんが心配だわ。楽しみにしていたはずの『春の女神』を他所者に取られてしまっていいのかしら? それに、何をするのかわからないけれど、そんな大役私に務まるの?
「春の女神か。妖精さんにピッタリだね」
「素敵な思い出になることでしょう」
「ありがとう! 良かった、助かったよ!」
村人は飛び上がって喜んでいる。
おかしいわ。どうして私以外みんな乗り気なの?
「あ、あああの……」
「あー良かった。一時はどうなることかと思ったよ。じゃあ、早速衣装を合わせねぇとな」
「ま、ままま待」
「クリスタには私が付き添う。レオナール、後は任せた」
「かしこまりました」
「わ、わたわた私」
「何だい、妖精さん。これからは妖精じゃなく女神と呼ぼうか?」
いえ、どっちもダメだから。
もしかして、本人の意見を聞かずに決まったってこと!?
「本当に助かった。騎士様と一緒にいたから、ためらったけんど、声をかけて良かったよ。あ、おらの家はこの先だ」
「クリスタが春の女神か。楽しみだな。美し過ぎて、集まったみんなの目を奪ってしまうね?」
「ち、ちち違……」
歩きながら話しかけられるけれど、確実にそんなことはないと思う。ギョッとして目が離せない、というならわかるのに……っていけない。自分を卑下しないと決めたんだわ。
祭りを見学したかっただけなのに、何だか女神役を引き受ける流れになってしまった。ランディも喜んでいるし、誰かの役に立てるなら嬉しいけれど、本当に私でいいのかしら?
案内された家は広場近くの一軒家で、この辺りではごく普通の大きさだ。扉を開けて出てきた女性が、村人の言っていた娘さんだと思われる。緩やかに波打つ金髪と、すらっとした体型の持ち主だった。
「父さん? 急に代役を探すだなんて、やっぱり無理……あら」
その女性は父親の言う通り、整った顔立ちをしていた。小柄な私に比べると背が高く、目が細くスッキリしたタイプの美人さんだ。彼女は私の姿を見るなり眉根を寄せる。
「あなた……が?」
「い、いえ。その、わわ私……」
緊張して初対面だと、やはりどもってしまうらしい。図々しいと言われたらどうしよう? そんな私に、ランディが後ろから助け舟を出してくれた。
「初めまして。君がお嬢さんだね? たまたま歩いていたら、彼女がお父さんに春の女神役をやらないかと声をかけられたんだ」
ランディを見上げたその女性は、彼に見惚れて頬を染め、ポーッとなっている。何だか苦しくなった私は、一生懸命声を絞り出す。
「わ、私、クリスタと申します。初めまして!」
「ああ、ごめんなさい。私はミラ。父さんったら、貴女みたいな可愛い子を連れて来るなんて、なかなかやるじゃない」
「か、可愛い?」
ミラと名乗ったその女性の方が綺麗だし、落ち着いている。彼女は女神役ができなくなることを気にしていないのかしら?
「こんな所で立ち話もなんだから、中へどうぞ。もちろん、貴女のいい人もね?」
ランディも私も気軽な恰好だったせいか、親し気にウインクまでされてしまう。家の中へ通された私達は、お茶をご馳走になりながら、祭りの話を聞く。
ミラはさっぱりとした性格で、なんと私と同い年! 話しやすくとても気さくな性格で、なんだか楽しい。お茶の間にすっかり意気投合した私達は、女神の衣装を合わせるために二人で隣の部屋へ移動することに。
「ねえ貴方、彼女が可愛いからって着替えを覗いちゃダメよ」
ミラがランディに向かって釘を刺す。
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