お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第五章 急がば回れん

いざ皇国へ3

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 涙を我慢しみんなと笑顔でお別れできたのは、皇国の皇太子であるランディが、私にこう約束してくれたおかげだ。

『妖精さんの故郷は素晴らしかった。また一緒に来ようね』

 そんな彼は今、長い足を組んで私の隣に座っている。実は乗り込む直前、上級騎士のレオナール様にこれでもか、というほどからかわれていた。

『おや、おかしいですね。自分で馬を駆る方が好きだとおっしゃっていませんでしたか?』
『自分が細君と会えないからって、ひがむのはやめてもらいたい』
『ひがんでなど……。クリスタ様、お気を付けください。身の危険を感じたら大声を出して下さいね』
『え? 馬車ってそんなに危ないんですか?』

 皇国の馬車はしっかりした造りで、安全だと思っていたのに。向こうで働きたいと希望した若い侍女も同乗しているから、危険だと困るわ。

『馬車は安全です。危ないのはランドルフ様かと。まあ、ご自分の立場は重々ご承知でしょうが』
『あのなぁ』

 ランディは髪をかき上げ、苦笑していた。話を聞く限り、彼とレオナール様はかなり仲がいいみたい。正面に座る侍女も、笑いをこらえているようだ。私もつられて笑ってしまい、楽しい旅への期待に胸を躍らせる。
 
 今回はレスタードで購入した自分のオフトゥンも忘れずに持って来ているから、途中の宿でもぐっすり眠れることだろう。普通のオフトゥン――ベッドでも十分だけど、快適な睡眠は大事だ。
 お土産として、皇帝陛下と皇妃様には大きなサイズの上掛けと敷布を、向こうで私の世話をしてくれた大好きな女官のマーサには、夏用の柔らか掛け布団……上掛けを用意しているから、喜んでくれると嬉しいな。
 オフトゥンのことを考えてにんまりしていると、ランディが私の顔をのぞき込んで来た。

「どうしたの? 妖精さん。故郷を離れて悲しんでいるかと思ったら、そうでもなさそうだね?」
「え? ええ。少し寂しいけれど、悲しくはないわ。だって貴方と一緒なんですもの」

 アイスブルーの瞳を見つめて、正直な気持ちを口にした。するとランディは、片手で口元をおおっている。

「可愛すぎて反則だ。認めたくはないが、レオナールの方が正しい……のか?」

 隣にいるので、くぐもった声でも聞こえてしまう。
 可愛いと言われて顔が火照ほてった私は、両手を頬に当ててうつむいた。出発してすぐこれでは、心臓がいくつあっても足りないかもしれない。旅の間は褒め言葉と色気を乱発しないよう、ランディにお願いしておかなくちゃ。

 皇国の馬車は立派で乗り心地も良く、地味なレスタードの物とは大違い。金狼の紋章は有名なので、行く先々の宿や店が到着するなり歓迎してくれた。どの宿でも一番良い部屋を用意されるため、ランディは今日も私に妖しく囁く。

「せっかくの広い部屋だし、私一人では寂しい。クリスタ、一緒に使おうか。ベッドもふかふかだよ?」
「ま、まま、まさか!」

 確かに大きなベッドは上質な物で、持って来た私のオフトゥンを使えば素晴らしい寝心地が約束されるだろう。だけど、私達は婚姻前だし皇国での正式な婚約もまだなので、相部屋なんてとんでもない!

「む、無理です。お一人が嫌なら、レオナール様とご一緒にどうぞ」

 今回も全力で拒絶する。肩を落としたランディを見て、上級騎士のレオナール様が遠慮なく大笑いしているのが印象的だった。



 ランディが私に「一刻も早く婚約し、結婚したい」と言ったのは本気のようで、皇国に向かう馬車は毎日、脇目も振らずに街道を走っていた。レスタードではまだだけど、南下するごとに春の陽気が花の香りを運んで来る。デイジーにパンジー、この香りはフリージアかしら? 

 ヴェルデ皇国に入ってすぐのある村では、家の軒下のきしたや窓、塀や街路脇などにたくさんの花が飾られていた。可愛らしい絵葉書のような景色を見て、私は思わず微笑む。と同時に、観光できないことが少しだけ残念に感じられてしまう。
 けれど、私の個人的な願いで大国の騎士達の足取りを止めるわけにはいかない。ただでさえレスタードに長く引き留めてしまったせいで、帰りがひどく延びている。私は窓からの景色で楽しむつもりだ。
 こっそりため息をついていると、ランディが声をかけてきた。

「どうしたの、妖精さん。そんなにこの村が気になる? それならここで休憩しようか」
「え、いいの? あ、いえ、その……」

 つい勢いよく答えてしまう。
 合図をしたランディが一行の動きを止め、「その辺を散歩してくる」と口にする。騎士達はこれから休憩に入るらしく、上級騎士のレオナール様だけが私達に付き添うことになった。
 旅装姿のランディは黒髪のかつらを被る。私は地味だしこのままで。レオナール様は皇国騎士の制服を着ているから、安全だろう。上級騎士はこの村のことにも詳しいようで、歩きながら説明してくれた。

「ここはフルゴール村。聞くところによると、春を祝う『早春祭』が明日から開催されるそうです。至るところに春の花が飾られているのは、そのためでしょう」
「素敵だわ!」
「ちょうど祭りと重なるとは、さすがは春の妖精さんだね?」

 いや、全く関係ないってば。
 それにランディ、私を「妖精」と呼ぶのはそろそろやめにしてほしい。本物の妖精の怒りを買って、逆襲されたらどうするの?

 村の広場は色とりどりの布や、たくさんの花で飾り付けをされていた。荷車の上にも薔薇やチューリップ、水仙などが所狭しと並んでいる。また、木でできた屋台には大きな鍋が運び込まれているようで、翌日の美味しい料理を予感させ、自然にワクワクしてしまう。
 別の店では鮮やかな色の壁掛けや、木彫りの人形が置かれている。髭の店主が先ほどから配置に悩んでいるみたい。男の子が女の子に花束を渡す人形が、特に可愛らしかった。
 店に気を取られる私とは違い、ランディとレオナール様は打ち合わせをしているようだ。

「祭りの開催時期ですと、宿を取るのは難しいでしょう。我々は慣れているので野宿でも構いませんが、クリスタ様は……」
「少人数なら何とかなるだろう。レオナール、半数を先に帰して我々だけ残るというのはどうかな?」
「それでも難しいかと。一応村人に確認してみましょうか?」
「そうしてくれ」
「いいえ、お気持ちだけで結構です。私の我儘わがままで、みなさまにご迷惑をおかけするわけにはいかないもの。それに、この辺を歩いて雰囲気を味わうだけでも楽しいわ」

 私は慌てて口を挟む。
 もう少しで皇都に着くのに、祭りを見たいからとの理由でさらに遅らせてはいけない。

「そうですか? でも……」
「妖精さんは、もっと我儘を言っていいんだよ?」

 黙って首を横に振る。
 私を気遣うランディの優しさだけで十分だ。
 その時、向こうの方から村人が走ってやって来た。ランディがとっさに私を腕の中に引き寄せてくれるけど、中年の男性は構うことなく大声でまくし立てる。

「あんたら、もしかして祭りを見に来たのか? それなら是非、協力してくれ!」
「協力? どういうことだ?」
「詳しくご説明願えますか?」

 私達三人は思わず顔を見合わせる。
 観光客に気軽に声をかけた、というわけではないらしい。
 男性は被っていた帽子を脱ぐとその手に握り締め、弱ったように頭をポリポリき出した。
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