お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第五章 急がば回れん

いざ皇国へ15

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「はい、皇妃様。何なりと」

 平静を装いそう答えたものの、内心は恐怖でいっぱいだった。みんなの前で話しておきたいってことは、やっぱり怒っていらっしゃるのかしら? 不安な気持ちの私は、胸の前で手を組んだ。この場にいる皇国騎士や女官、文官達も微動だにしない。

 皇妃は立ち上がると、壇を下りて私のすぐ目の前に立つ。お妃選びの時だってここまで近づいた記憶はなく、驚いてしまう。息子によく似たプラチナブロンドの髪、皇妃の息を呑む程の美しさに、私は魅入られ動けない。

「クリスタ嬢、最終選考でわらわに言ったことを覚えておるか?」
「はい、もちろんです。皇妃様」
 
 ええ。それはもう、とてもよく。
 ブレスレットを探すことが課題の一つだと知り、私はあの日皇妃にこう訴えたのだ。

『……わざと嘘をついてまで、試す必要があるのでしょうか? 大切な物を失ったと言わせたり、大勢の者の善意を利用しもてあそんだりするのはどうかと思います!』
もてあそぶ? 皆に特別手当を与えれば済む話じゃ。大したことではない。言いたいことはそれだけか?』

 その言葉にショックを受けた私は、皇国で生きていく自信を急速に失い、お妃候補を辞退したいと申し出た。愛するランディを振り切って、翌日レスタードに帰っている。

 今思えば、間違っていた。
 自信がないなら努力すればいいし、その考え方は間違っているとはっきり言えば良かったのだ。私のせいで我が国は皇国に助けを求められず、多くの無駄な時間を費やして民を苦しめた。しかも私は、皇太子本人をレスタードまで、わざわざ迎えに来させている!
 私は深く膝を折り、謝罪の言葉を口にした。

「その節は、大変申し訳なく……」
「いや、謝るのはわらわじゃ。お妃選びの時は悪かった」

 なんと、皇妃が私に頭を下げている! 
 大広間がざわつき兵の間に動揺が走るけれど、止める者はいなかった。隣にいるランディも静観しているようだ。大国の皇帝の妃が小国出身の王女に謝るなんて、あってはならない。私は慌てて手を伸ばす。

「あ、あ、あの! お顔を上げて下さいっ」
「嫌じゃ。そなたの口から許す、という言葉を聞くまでは」
「も、もも、もちろんです。いえ、許すというより、私の方こそ申し訳ありません。皇妃様は、私の覚悟を試されたのでしょう?」
「ほう? 気づいておったか」

 皇妃は口の端に笑みを浮かべると、あの時の真意を語り出した。

「ジルの力になろうと、そなたは必死にブレスレットを探していたな。けれど、上辺だけのものやもしれぬ。あえてひどい言葉をぶつけることで、わらわはそなたを試したのじゃ」
「そう、でしたか」

 皇国をうれう皇妃が、民に心ない態度を取るわけがない。すぐに気づけなかった私は、その場で反論してしまった。

「そなたはここで働く者のため、本気でいきどおっておったな? 彼らにはできる範囲で、お妃候補の頼みを優先するよう申しつけてあったというのに」

 だからみんなは、私に協力してくれたの? 
 善意ではなく仕事で? 
 違うような気がするけれど……
 眉根を寄せる私を見て、皇妃は一層笑みを深めた。

「できる範囲で、と言った。特別手当というのは嘘じゃ。もちろん断っても構わぬが、大勢がそなたのために喜んで動くとは思わなんだ」

 ああ……皇宮の方々は、やはり心から親切にして下さったのね! 私もいつか彼らの役に立ちたい。

「しかし、わらわの暴言に何も反応しないようでは、妃として失格じゃ。物を言えないお飾りの妃は要らぬ。そう考えて試したわけじゃが……済まなかったな」 
「皇妃様、とんでもございません!」

 皇妃が悪いわけではない。長く一緒に過ごしたのに皇妃の真意をはかれず、尻尾を巻いて逃げ出したのは、私の責任だ。

 後からこっそり告げれば良いものを、皇妃は皆がいる前で私に謝罪した。高貴な身分でありながら、自らの非を認める堂々とした態度は尊敬できる。
 だからこそ私は、この先教えを請う立場として、彼女を悪者にしてはいけない。私は広間を見渡すと、懸命に声を張り上げた。

「皇帝陛下、皇妃様。並びに皇国の皆様方に深くお詫び致します。浅はかだったせいで真のお心に思い至らず、ご迷惑をおかけいたしました。寛大な心でお許しいただき、今後も未熟な私を教え導いて下さいますよう、切にお願い申し上げます」

 最後に私は、皇妃に向かって深く頭を下げた。彼女がなんと言おうとも、皇帝陛下の妃であり、私の義母となる方の顔を潰してはならない。

「ふふ。さすがじゃな、クリスタ=レスタード。息子の相手として歓迎するぞ」
「皇妃様! あ、ありがとうございま……」

 感激のあまり、言葉に詰まる。
 ランディを見上げると、彼も私と視線を合わせて嬉しそうに微笑んでくれた。
 そんな私達に、壇上から皇帝陛下のお声がかかる。

「仲の良いことだな。だが、『皇太子妃選定の儀』が廃止された以上、謝罪の必要はない。私も二人の婚約を認める。本日は早めに休み、旅の疲れを取るが良かろう」

 皇妃に続き、皇帝まで!
 喜びに震えながら礼をすると、皇帝はかすかにうなずいて下さった。



 旅の詳しい報告はまた後日ということになり、大広間を退出した騎士達は、それぞれの持ち場に戻るらしい。レスタードから一緒に来た侍女は、ここで働き技能を身につけると大いに張り切っている。早速別の女官に伴われ、挨拶回りに行ってしまった。

 マーサが私を新しい部屋に案内してくれる。
『お妃選び』が廃止されたため、以前の小さな部屋がある場所は、現在改装中だとか。用意されたのはレスタードの三倍はある豪華な部屋で、皇妃のすぐ横だった。
 ちょっぴり緊張するけれど、マーサ曰く「壁が厚いため、中の声は滅多に聞こえない」そうだ。私のお妃教育を強化しようという、皇妃の意向なのかしら?

 ありがたいことに、私の担当は引き続きマーサとなった。いえ、皇太子の婚約者と認められたため、マーサだけでなく、総勢二十名程の女官が私の世話をするという。そんなに多くの方の手をわずらわせるのは申し訳ないし、一度に紹介されたので覚えるまでが一苦労だわ。

「クリスタ様、こればかりは慣れていただかないと。本当は二十名でも少ないくらいです」
「そ、そうなの? でも、私はマーサがいれば十分……」
「お気持ちはありがたいのですが、妃となる自覚を持って行動して下さい」

 厳しくも優しいマーサは、私に適切な助言をしてくれる。

「そうね、その通りだわ。ありがとう」
「ですが、ご心配は要りません。我々は慣れておりますので、ランドルフ様がいらしたあかつきには、人払いを命じて下されば」
「人払い?」
「はい。すぐに姿を消します」
「え? マーサ、それってどういう意味?」
「そのままの意味ですよ。残念ながら、お隣の皇妃様が阻止してしまわれるでしょうが」

 マーサにしては珍しく、口元が弧を描いている。
 どうして笑っているの?
 よくわからないけれど、いろいろと大変そうな気がしてきたわ。
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