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第五章 急がば回れん
いざ皇国へ14
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「皇太子殿下、クリスタ様、バンザーイ!」
「ご婚約、おめでとうございまーす」
「皇太子様~、クリスタ様~!!」
「姫ー、可愛い~~」
口々に叫ばれているけれど、いいのかしら? 婚約どころか皇帝陛下や皇妃様にも、まだお目にかかっていないのに。
戸惑う私の横で、ランディが笑みを浮かべている。
「母らしいな。クリスタを相当気に入っていたからね」
「え? 皇妃様?」
「ああ。逃げられないよう……いや、戻ったついでに、民に周知させようとしているのだろう」
「で、でも。正式な婚約もまだなのに、こんなことって……」
「大丈夫。マーサに外出許可を出したのも、恐らく母だ。それにクリスタを連れ帰らなければ、私まで皇宮を追い出されてしまう」
どうしてそんな冗談を?
さすがにそれはないと思うの。
「そうかしら? 私のことを、お二人が許して下されば良いけれど」
「自信を持って、クリスタ。私の相手は君だと、みんなが認めているんだ」
ランディが背中を押してくれるから、私はいつだって前を向ける。自信がないならつければいい。妃になりたいのなら、皆に受け入れてもらえるだけの強さや優しさを、努力し身につければ良いこと。
下を向いては見えないものも、顔を上げると見えてくる。一生に一度しか味わえないこの景色を、私は今、この目に焼き付けたい!
窓の外に広がる光景――熱のこもった歓迎ぶりに、私は涙ぐむ。
泣いてはいけない、こんな時は笑わなければね? 私は微笑むと、隣に座るランディの真似をして片手を上げた。すると突然、耳をつんざく程の大歓声が上がり、思わず手を引っ込めてしまう。村の祭りとは規模も人数も違うため、びっくりしてしまったのだ。
すぐにランディが、背後から覆い被さるようにして私の手を握り、一緒に大きく動かしてくれた。途端に、先ほど以上の声や拍手が辺り一帯に鳴り響く。一部キャーッという悲鳴も上がっていたような。
ランディと密着していて恥ずかしい。何人かにはきっと、呆れられているわよね?
「どうしたの? 妖精さん。慣れてもらわないと、成婚後はこんなものではないよ?」
私の肩に顎を乗せたランディが、色気たっぷりの声で囁く。彼の唇が私の頬をかすめるから、一気に顔が熱くなる。これでは昨日の二の舞なので、手を振ることに集中しなくちゃ。だってヴェルデ皇国では、結婚した後パレードするってことでしょう?
「も、もう大丈夫。一人でも平気よ」
前にいるのは皇国の民で、後ろは皇国の狼。どう考えても前の方が安全そうだわ。
「それは残念だな。妖精さんが私のものだと、世界中に自慢したいのに」
こんなに大勢の前でベタベタするのは、どうかと思うの。ただでさえ、注目されて緊張しているのに、これ以上私をドギマギさせてどうするつもり?
「あ、あの……」
「ごめんね? じゃあ、結婚後のお楽しみということで」
不意にランディが、身体を離す。彼もようやく皇太子としての立場を思い出したようだ。
お楽しみって何? もしかしてランディは、手を振ることが好きなのかしら? それとも彼は私の緊張をほぐそうと、軽口を言っただけ?
だからといって、いつまでも彼の優しさに甘えてはいけない。少しずつ自分にできることを積み重ねていこう。
私は姿勢を正すと窓の外に向き直り、積極的に手を振ることにした。
「皇太子殿下~、クリスタ様~」
「皇国万歳!」
「お幸せに~」
うららかな春の日の皇宮へと続く道。
沿道に集まったたくさんの人が、嬉しそうに笑い、はしゃぎ、喜びの声を上げている。金狼の国旗が風に揺られ、ようこそと書かれた垂れ幕がはためく。紙吹雪が頭上を舞い、家や街路樹には色とりどりのリボンが飾られていた。
私は涙をそっと拭う。
人々の期待に応えたい。道のりはたとえ厳しくても、自分で選んだことだから。
賑わう都の華やかなこの光景を、私は生涯忘れない――
興奮冷めやらぬまま、皇宮の敷地に入り馬車を降りると、私達は侍従に声をかけられた。
「皇太子殿下、クリスタ様、ご無事のお戻りをお喜び申し上げます」
「ああ、ありがとう」
「ただいま戻りました。またお世話になりますね」
挨拶していると、見知った顔が周りに次々集まってきた。私は一人一人に頭を下げる。
「クリスタ姫、またお会いできて嬉しいです」
「私も。ご心配をおかけして、ごめんなさい。これからも、どうぞよろしくお願いします」
「そんな! もったいないお言葉です」
「お顔を上げて下さい」
「そうですよ、姫様。もっと偉そうにしないと」
「偉そう? 難しいから、無理だわ」
「ブハッ。妖精さんらしいね」
傍らのランディが、噴き出している。
おかしいわ、変なことを言ったつもりはないのに……
兵士や女官、庭師に文官などいろんな方から声をかけられるので、嬉しくなってしまう。と同時に、皇宮に帰って来たという思いが強くなる。皇太子への想いを諦め、妃にはなれないとレスタードに戻った私。そんな私を、みんなが温かく迎え入れてくれたのだ。
大好きな人達と言葉を交わす私を、ランディがにこにこしながら見守ってくれていた。
レスタードの旅に関わった全員が、皇帝陛下に報告するため、大広間に案内された。白い壁に光り輝くシャンデリア、豪華な広間はあの日のままで、壇上の皇帝や皇妃もお元気そうだ。ここから見る限り、変わった様子は見られない。
「皇帝陛下、並びに妃殿下。ランドルフ=ヴェルデュール以下二十余名、ただいま戻りました」
「うむ。長の旅、ご苦労だった」
「元気そうじゃな。クリスタ嬢もよくぞ戻られた」
皇妃に早速話を向けられて、ドキッとしてしまう。けれどもう、おどおどしていた以前の私とは違うのだ。深呼吸した私は、皇妃の菫色の瞳をまっすぐ見つめた。
「皇帝陛下、皇妃様におかれましてはご機嫌麗しく、喜びに堪えません。また、この度はレスタードへ多大なお心遣いをいただき、感謝しております。皇国の方々のご温情のおかげで、多くの民が救われました。国王である父に代わり、心より御礼申し上げます」
つっかえずに言えたわ!
ホッとしたため頬が緩む。
私は慌てて顔を伏せると、深く膝を折る。
「ホホ、相変わらず可愛らしいこと。じゃが、クリスタ=レスタード嬢。そなたに言っておきたいことがある」
皇妃が壇上から、私に直接声をかけた。
何を言われるのかしら?
私は緊張で強張りながら、頭を下げる。
「ご婚約、おめでとうございまーす」
「皇太子様~、クリスタ様~!!」
「姫ー、可愛い~~」
口々に叫ばれているけれど、いいのかしら? 婚約どころか皇帝陛下や皇妃様にも、まだお目にかかっていないのに。
戸惑う私の横で、ランディが笑みを浮かべている。
「母らしいな。クリスタを相当気に入っていたからね」
「え? 皇妃様?」
「ああ。逃げられないよう……いや、戻ったついでに、民に周知させようとしているのだろう」
「で、でも。正式な婚約もまだなのに、こんなことって……」
「大丈夫。マーサに外出許可を出したのも、恐らく母だ。それにクリスタを連れ帰らなければ、私まで皇宮を追い出されてしまう」
どうしてそんな冗談を?
さすがにそれはないと思うの。
「そうかしら? 私のことを、お二人が許して下されば良いけれど」
「自信を持って、クリスタ。私の相手は君だと、みんなが認めているんだ」
ランディが背中を押してくれるから、私はいつだって前を向ける。自信がないならつければいい。妃になりたいのなら、皆に受け入れてもらえるだけの強さや優しさを、努力し身につければ良いこと。
下を向いては見えないものも、顔を上げると見えてくる。一生に一度しか味わえないこの景色を、私は今、この目に焼き付けたい!
窓の外に広がる光景――熱のこもった歓迎ぶりに、私は涙ぐむ。
泣いてはいけない、こんな時は笑わなければね? 私は微笑むと、隣に座るランディの真似をして片手を上げた。すると突然、耳をつんざく程の大歓声が上がり、思わず手を引っ込めてしまう。村の祭りとは規模も人数も違うため、びっくりしてしまったのだ。
すぐにランディが、背後から覆い被さるようにして私の手を握り、一緒に大きく動かしてくれた。途端に、先ほど以上の声や拍手が辺り一帯に鳴り響く。一部キャーッという悲鳴も上がっていたような。
ランディと密着していて恥ずかしい。何人かにはきっと、呆れられているわよね?
「どうしたの? 妖精さん。慣れてもらわないと、成婚後はこんなものではないよ?」
私の肩に顎を乗せたランディが、色気たっぷりの声で囁く。彼の唇が私の頬をかすめるから、一気に顔が熱くなる。これでは昨日の二の舞なので、手を振ることに集中しなくちゃ。だってヴェルデ皇国では、結婚した後パレードするってことでしょう?
「も、もう大丈夫。一人でも平気よ」
前にいるのは皇国の民で、後ろは皇国の狼。どう考えても前の方が安全そうだわ。
「それは残念だな。妖精さんが私のものだと、世界中に自慢したいのに」
こんなに大勢の前でベタベタするのは、どうかと思うの。ただでさえ、注目されて緊張しているのに、これ以上私をドギマギさせてどうするつもり?
「あ、あの……」
「ごめんね? じゃあ、結婚後のお楽しみということで」
不意にランディが、身体を離す。彼もようやく皇太子としての立場を思い出したようだ。
お楽しみって何? もしかしてランディは、手を振ることが好きなのかしら? それとも彼は私の緊張をほぐそうと、軽口を言っただけ?
だからといって、いつまでも彼の優しさに甘えてはいけない。少しずつ自分にできることを積み重ねていこう。
私は姿勢を正すと窓の外に向き直り、積極的に手を振ることにした。
「皇太子殿下~、クリスタ様~」
「皇国万歳!」
「お幸せに~」
うららかな春の日の皇宮へと続く道。
沿道に集まったたくさんの人が、嬉しそうに笑い、はしゃぎ、喜びの声を上げている。金狼の国旗が風に揺られ、ようこそと書かれた垂れ幕がはためく。紙吹雪が頭上を舞い、家や街路樹には色とりどりのリボンが飾られていた。
私は涙をそっと拭う。
人々の期待に応えたい。道のりはたとえ厳しくても、自分で選んだことだから。
賑わう都の華やかなこの光景を、私は生涯忘れない――
興奮冷めやらぬまま、皇宮の敷地に入り馬車を降りると、私達は侍従に声をかけられた。
「皇太子殿下、クリスタ様、ご無事のお戻りをお喜び申し上げます」
「ああ、ありがとう」
「ただいま戻りました。またお世話になりますね」
挨拶していると、見知った顔が周りに次々集まってきた。私は一人一人に頭を下げる。
「クリスタ姫、またお会いできて嬉しいです」
「私も。ご心配をおかけして、ごめんなさい。これからも、どうぞよろしくお願いします」
「そんな! もったいないお言葉です」
「お顔を上げて下さい」
「そうですよ、姫様。もっと偉そうにしないと」
「偉そう? 難しいから、無理だわ」
「ブハッ。妖精さんらしいね」
傍らのランディが、噴き出している。
おかしいわ、変なことを言ったつもりはないのに……
兵士や女官、庭師に文官などいろんな方から声をかけられるので、嬉しくなってしまう。と同時に、皇宮に帰って来たという思いが強くなる。皇太子への想いを諦め、妃にはなれないとレスタードに戻った私。そんな私を、みんなが温かく迎え入れてくれたのだ。
大好きな人達と言葉を交わす私を、ランディがにこにこしながら見守ってくれていた。
レスタードの旅に関わった全員が、皇帝陛下に報告するため、大広間に案内された。白い壁に光り輝くシャンデリア、豪華な広間はあの日のままで、壇上の皇帝や皇妃もお元気そうだ。ここから見る限り、変わった様子は見られない。
「皇帝陛下、並びに妃殿下。ランドルフ=ヴェルデュール以下二十余名、ただいま戻りました」
「うむ。長の旅、ご苦労だった」
「元気そうじゃな。クリスタ嬢もよくぞ戻られた」
皇妃に早速話を向けられて、ドキッとしてしまう。けれどもう、おどおどしていた以前の私とは違うのだ。深呼吸した私は、皇妃の菫色の瞳をまっすぐ見つめた。
「皇帝陛下、皇妃様におかれましてはご機嫌麗しく、喜びに堪えません。また、この度はレスタードへ多大なお心遣いをいただき、感謝しております。皇国の方々のご温情のおかげで、多くの民が救われました。国王である父に代わり、心より御礼申し上げます」
つっかえずに言えたわ!
ホッとしたため頬が緩む。
私は慌てて顔を伏せると、深く膝を折る。
「ホホ、相変わらず可愛らしいこと。じゃが、クリスタ=レスタード嬢。そなたに言っておきたいことがある」
皇妃が壇上から、私に直接声をかけた。
何を言われるのかしら?
私は緊張で強張りながら、頭を下げる。
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