お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第六章 一男去ってまた一男

公国のプリンス15

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 昼過ぎ、私はジルと共に調理場を訪ねた。
 料理長を捕まえて、お菓子のお礼とあの辺の出身者を聞き出すためだ。料理長が夜の仕込みの指示を終えたところを見計らい、私は彼に尋ねてみた。

「クリスタ様、なぜそのようなことを?」
「高齢のお母様が寂しがっておいでなの。泥に埋もれた家で、息子さんから贈られた鏡を必死に探していらして……」
「鏡? まさか!」
「料理長、マルヌさんから何か聞いていらっしゃるの?」
「聞くも何も……。そうですか、母がそんなことを」
「「母ぁ!?」」

 驚きのあまり、私とジルは大きな声を出す。側にいた料理人達が、一斉に私達に注目した。

「あちらでお話しましょうか。母がどんなご迷惑をおかけしたのか、お聞かせ願えますかな?」
「迷惑だなんて、そんな」

 私達は調理場の裏手にある料理長の書斎のような場所に案内された。乾燥した香草や料理の本などがびっしり並び、ちょっとした研究室のようだ。

「でも、料理長のお名前はマルヌではありませんよね?」
「マルヌは母の名ですよ。めったにないからと、みんなにそう呼ばせていました」
「それなら、料理長が息子さんで間違いないのね? 鏡を贈ったのも料理長ですか?」
「はい。ですが、必要ないとすぐに送り返されまして」
「え? か、返された?」

 思わずジルと顔を見合わせた。そんなはずはない。彼女は泥の中に手を突っ込んで、一生懸命鏡を探していたのだ。それともまさか、返したことすら忘れて?

「ええ。元々本当の親子ではありませんから、うとまれていたのでしょう。私の生みの親は彼女の姉で、幼い頃に亡くなったため引き取られました。料理なんて情けない男がするものだ、そんな風に育てた覚えはない、と冷たく当たられて」
「おかしいわ。彼女はすごく喜んでいたわよ?」

 自慢の息子で、皇宮で働いていると嬉しそうに語っていた。まさか、トップに上り詰めているとは、想像もしていないだろうけれど。

「信じられませんな。都で修行すると言ったら、二度と帰って来るなと母に叩き出されました。必死に働き給金を貯めて買った鏡まで、送り返して来て。その時、絶対に帰るものかと覚悟を決めたんです」
「そんなことが……」
「まあ、毎日が忙しく、のんびりする暇もありませんがね? 帰れなくもない距離ですが、あまり良い思い出がないもので」

 何でもないことのように語るけれど、料理長も苦しんだはずだ。私も前世では、実の親に見限られていた。彼の気持ちも、なんとなくわかるような気がする。
 でも、待って? 鏡といえば……
 
「良ければ教えて下さい。贈られた鏡は銀細工なのでは?」
「どうしてそれを? 確かに、鏡の裏は銀製です。高価な物でしたが、これで考えを変えてくれれば良いと願って。まあ、嫌われているらしく、無駄でしたがね」
「いいえ、逆です! そうでしょう? ジル」

 私の考えが正しければ、料理長は大きな勘違いをしている。

「もしかして、魔除まよけのことかな? 鏡にも銀にも『魔を払う』といった意味合いがあるね。持ち主を守ってくれるとか」
「やっぱり。自分はいいから貴方自身を守りなさい、と送ったものではないかしら?」
「まさか! 恥ずかしながら母は無学です。とてもそんなことを知っているとは思えません」
「いいえ。マルヌさんが知らなくても、領主や村のどなたかがご存知だったのではないでしょうか? 大事な息子さんに鏡をもらったら、嬉しくてみんなに自慢したはずですもの」
「なるほどね? 送り返したのではなく、改めて鏡を贈ったのか」

 ジルも私の言葉を肯定してくれる。

「そんな! 私はずっと、母に捨てられたと思い込んで……」

 そういえば、思い当たる節がある。人々はマルヌさんに対して、「変わり者だ」とか「ほら話だ」と揶揄やゆしていた。話すだけで一度も鏡を見せていないから、そう言わたのではないかしら? 
 返したはずの鏡を探した意味は、本人にしかわからない。けれど彼女が、鏡ではなく息子さんと仲直りするきっかけを見つけたかったのだとしたら? 

「あの、一度故郷に帰ってあげてはどうかしら? 料理長が皇宮を笑顔にしていると、わかってもらえればいい……」
「クリスタ様、それはできませんな。私はここでの仕事に責任と誇りを持っております。私的なことで急に抜けるわけにはいきませんし、母とのことは今さらどうなるものでもないでしょう。お気持ちだけで十分です」
「でも……」

 良い案が浮かばない。せっかくマルヌさんの息子さんを突き止めたのに、当の本人に断られてしまうなんて。
 廊下をとぼとぼ歩いて戻ると、ジルがある提案をした。

「ねえ、クリスタ。ランディに相談したら? 悔しいけど、彼なら良い案を思いつくかもしれないし、実行できる権限もある」
「彼は忙しいし、頼るわけには……」
為政者いせいしゃなら、多忙を理由に民をないがしろにしてはいけない。僕はそのことをわかっていなかったけど、彼は違う。それに君は皇太子を『支えたい』と言うけれど、『支え合う』が理想だよね? 頼られると、ランディも喜ぶよ」

 指摘され、目が覚める思いがした。支えたい、とは独りよがりの感情だ。夫婦となるなら、支え合って生きていかないと。

「そうか、そうよね? ありがとう、ジル。すぐに相談してみるわ!」

 私はジルに背中を押され、ランディのいる執務室を目指すことにした。



 執務室に入ると、少しだけ待たされた。その間に私は、仕事中のランディを観察する。プラチナブロンドの前髪が額にかかり、アイスブルーの瞳は手元の書類に落とされて、長い指がすごい速さで紙をめくっていく。羽のついたペンでサインをし、秘書官に次々指示を出していた。
 忙しくても疲れを見せず、素敵だなんてずるいと思う。

「待たせたね? 妖精さん。わざわざ会いに来てくれるなんて、嬉しいよ」

 ランディは大股で近づくと、私を腕の中にすっぽり納めた。気を利かせた秘書官が、部屋を出て行こうとしている。待って、違うから! いちゃつくために来たんじゃないの!

「私、貴方に相談したいことがあって……」
「何だろう? 式の延期は嫌だな。ジルのせいで中止だなんて、もってのほかだ」
「まさか!」
「ごめん、冗談だよ。未だに一緒にいられないからね?」

 式の練習は後回しでも、結婚式は四ヶ月後に決まった。昨日ドレスの採寸中に、皇妃が嬉々として教えてくれたから、あと少しの辛抱だ。

「それで、相談事って? 早く解決すれば、それだけ早く式の準備に専念できるだろう? もちろん私も協力するよ」

 ランディにそう言ってもらえると心強い。私は料理長親子の関係を、包み隠さず話すことにした。彼は目を細めて聞きながら、めまぐるしく頭を働かせているようだ。

「料理長にそんな過去があったとはね? でもまあ、全てを一度に解決する方法がある。それなら料理長も断れないだろう」
「え、もう思いついたの!?」

 ランディの提案はこうだった。
 住民にもっと元気を出してもらうため、美味しい食事を提供しよう。食材や必要な調理器具を持たせた料理人達を、皇宮から派遣する。料理長を代表とした、正式な仕事の依頼だ。料理人の半数は残すので問題ないし、皇宮のみなも賛成すると思う。

「素敵だわ!」

 それならマルヌさんにも息子さんの……料理長の素晴らしいお料理を食べてもらえるわね! 初めて口にした時の感動は、今でも忘れられない。

「もちろん君も行くんだろう? きっとジルも……。認めたくはないが、仕方ない。最後まで二人で見届けておいで」
「ありがとう、ランディ。大好きよ!」

 私は感謝を伝えるため、背伸びして彼の首にかじりつく。
 
「私の方が愛しているけどね? 今からたっぷり証明してあげようか」
「え、今? ちょっと待っ……」

 気がつけば、執務室には二人きり。
 ランディは宣言通り、私にキスの雨を降らせたのだった。
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