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第七章 家宝は寝て待て
ご利用は計画的に5
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「それで? 手の放せない彼に代わって、君が様子を見に来たのか」
「いけませんか? 親友と言いながら、結婚前の彼に無理難題を押しつけているのは貴方でしょう?」
ジルの言葉に黙り込むサーラフを見ながら、私は別のことを考えていた。
そうか。まだ忙しいなら、今日もランディと会うのを我慢しなくてはいけないのね? 式の準備やサーラフとラウラのこと、皇宮の人々の様子や天候など他愛のないことまで。何でもいいから彼に会って話がしたい。
「行こう、クリスタ。君はもっと、自分の行動に気をつけないと」
「ジル! でも……」
今度はジルに腕を取られ、立たされる。
私が振り返ると、サーラフは苦笑しながら頷いた。
「今日はこの辺で。騎士がうるさいようだから、続きはまた後日」
「……ええ」
「うるさい? 貴方こそ、誤解される行動は慎むべきです」
ジルの言葉に真顔のサーラフが、いきなり立ち上がる。
「ジル!」
私は驚き、慌ててジルを止めた。サーラフは体格が良く、背もジルよりゆうに頭一つ分は高い。本気で怒らせれば、ひとたまりもないだろう。
「失礼します。また、食事の時にでも」
私は頭を下げ、ジルを引っ張り逃げるように東屋を出た。ジルは納得がいかない様子で、顔をしかめたまま。バラ園を出ると、外で待ち構えていた女官達が私達に気づき、駆け寄ってくる。
「姫様! ご無事でしたか?」
「公国の王子殿下が間に合って、ようございました。口説かれていたのでしょう?」
「いいえ? どうしてそんな……あ」
私の隣に座ったサーラフ。最後はにじり寄り、真剣な顔で私の手を取った。遠目には確かに、口説かれているように見えたかも。女官達はジルを制止するどころか、けしかけていたようだ。でも、サーラフの名誉のためには、疑いをきっちり晴らしておかないと。
「貴女方の勘違いよ。私が口説かれるはずないでしょう? カラザーク出身の私の母のことを教えていただいたの。王家の人間だからか、サーラフ様も語りに熱が入ってしまったみたい」
嘘は言っていないわよね? 半分は本当に母のことで、後半はラウラのこと。けれど、彼女の秘密は勝手に話して良いものではない。
「そう、ですか? まあ、姫様がそうおっしゃるのなら」
「サーラフ様に、ドキドキしたってことはありませんか?」
「まさか!」
ラウラの話でそれどころではなかったし、私にはランディがいる。彼以上に胸をときめかせる存在など、あり得ないわ。女官の隣で腕を組むジルにも、しっかり訂正しておかなくちゃ。
「ジルも……誤解を与えてごめんなさい。でも、迎えに来てくれてありがとう」
私が微笑みかけるとジルは一瞬目を見開き、すぐに逸らす。お礼を言われるとは、思っていなかったのね?
「安心しましたわ~」
「姫様がご無事で何よりです」
「大げさね」
女官達と会話をしながら、皇宮に向かって歩く。女性に優しく人気があるだけなのに、サーラフったらひどい言われようね? 彼のことを考えた時、私はふと気づいた。サーラフが最後に言いかけたことって、何かしら? あの後に何が続くの?
『できれば、妹のため……』
ランディを譲ってほしい?
まさか、ね。いくら妹のためだとはいえ、人の心を無視してはいけない。また、そうだとすれば、とんでもないシスコンの疑いがある。……って、いけないわ。私ったらよく知りもせず、相手を疑うなんて。
腕に嵌めたブレスレットに手を触れた。ランディの近くにいられない分、最近はこれが私の心の支えになっている。ジルはそんな私を見た後、用事があると厩舎の方へ歩いて行った。
皇宮に戻った私がランディのいる執務室の前を通った時、ちょうど扉が開く。彼の姿が見られるかもしれないと、胸が期待に震える。ところが、出てきたのは違う人物だった。
「あら。貴女、どうしてここに? ランドルフ兄様は……お疲れみたい。私を呼んでおきながら、今度にしよう、ですって」
何が……何を今度にするの?
ラウラの言葉に胸が重苦しくなっていく――ランディ、どうして? 私とは会う時間がなくても、ラウラのためには時間を裂くの?
唇をすぼめて肩を竦めるラウラ。紅潮した頬の彼女は、唇の紅も取れかかり、茶色の髪も乱れている。まさかランディ! 違うでしょう?
「ちょっと、何よ」
「姫様!」
私はラウラを押しのけた。
彼女の狂言だとしたら、中には誰もいないはず。
部屋に入った私が見たものは――
「クリスタ? どうした、何かあったのか?」
「そんな!」
私は絶望に駆られた。
執務室の中には窓を背にした大きな机、その横の本棚の前には輝く金の髪。ランディは立ったまま、自分の秘書官と話していたようだ。
私はさらに目を走らせる。見れば、長椅子の上のクッションが床に落ちていた。考えたくはないけれど、この上で彼女と……?
痛む胸を抑えながら、私は懸命に声を絞り出す。
「どうして……」
私には忙しいと言いながら、ランディは今までラウラと会っていたの? 式まで三ヶ月を切ったのに、練習すら出来ていない。それなのに、ラウラのためなら時間を作ると?
「どうして、とは?」
ランディは眉根を寄せ、私を見た。次いでアイスブルーの瞳を私の後ろに向ける。
「何だラウラ、まだいたのか。今度だと言っただろう?」
ランディが、困ったように髪をかき上げた。彼の言葉で、私はラウラが嘘をついていないことを知る。たまらず皇太子妃のブレスレットを掴むと、彼の視線が吸い寄せられた。
ランディ――それでも私は、貴方を信じている。まさか外せ、なんて言わないわよね?
胸の前で手首を掴んでガタガタ震える私を見て、ランディは執務室の扉を閉めた。秘書官にも退出を命じたため、部屋には今、ランディと私の二人きりだ。ランディは私に近づき、手を伸ばす。
「嫌っ!」
思わず彼を突き飛ばし、後ろに逃げた。信じられないと見開かれた彼の目を見て、私は激しく後悔する。
「ご、ごご、ごめんなさい」
「妖精さん。もしかして、嫌な思いでもさせられた? サーラフと二人で会っていたんだろう?」
「あ、貴方知って!」
「執務中でも報告は受けているからね?」
私がサーラフと会っていたから? だから自分もラウラと?
「いけませんか? 親友と言いながら、結婚前の彼に無理難題を押しつけているのは貴方でしょう?」
ジルの言葉に黙り込むサーラフを見ながら、私は別のことを考えていた。
そうか。まだ忙しいなら、今日もランディと会うのを我慢しなくてはいけないのね? 式の準備やサーラフとラウラのこと、皇宮の人々の様子や天候など他愛のないことまで。何でもいいから彼に会って話がしたい。
「行こう、クリスタ。君はもっと、自分の行動に気をつけないと」
「ジル! でも……」
今度はジルに腕を取られ、立たされる。
私が振り返ると、サーラフは苦笑しながら頷いた。
「今日はこの辺で。騎士がうるさいようだから、続きはまた後日」
「……ええ」
「うるさい? 貴方こそ、誤解される行動は慎むべきです」
ジルの言葉に真顔のサーラフが、いきなり立ち上がる。
「ジル!」
私は驚き、慌ててジルを止めた。サーラフは体格が良く、背もジルよりゆうに頭一つ分は高い。本気で怒らせれば、ひとたまりもないだろう。
「失礼します。また、食事の時にでも」
私は頭を下げ、ジルを引っ張り逃げるように東屋を出た。ジルは納得がいかない様子で、顔をしかめたまま。バラ園を出ると、外で待ち構えていた女官達が私達に気づき、駆け寄ってくる。
「姫様! ご無事でしたか?」
「公国の王子殿下が間に合って、ようございました。口説かれていたのでしょう?」
「いいえ? どうしてそんな……あ」
私の隣に座ったサーラフ。最後はにじり寄り、真剣な顔で私の手を取った。遠目には確かに、口説かれているように見えたかも。女官達はジルを制止するどころか、けしかけていたようだ。でも、サーラフの名誉のためには、疑いをきっちり晴らしておかないと。
「貴女方の勘違いよ。私が口説かれるはずないでしょう? カラザーク出身の私の母のことを教えていただいたの。王家の人間だからか、サーラフ様も語りに熱が入ってしまったみたい」
嘘は言っていないわよね? 半分は本当に母のことで、後半はラウラのこと。けれど、彼女の秘密は勝手に話して良いものではない。
「そう、ですか? まあ、姫様がそうおっしゃるのなら」
「サーラフ様に、ドキドキしたってことはありませんか?」
「まさか!」
ラウラの話でそれどころではなかったし、私にはランディがいる。彼以上に胸をときめかせる存在など、あり得ないわ。女官の隣で腕を組むジルにも、しっかり訂正しておかなくちゃ。
「ジルも……誤解を与えてごめんなさい。でも、迎えに来てくれてありがとう」
私が微笑みかけるとジルは一瞬目を見開き、すぐに逸らす。お礼を言われるとは、思っていなかったのね?
「安心しましたわ~」
「姫様がご無事で何よりです」
「大げさね」
女官達と会話をしながら、皇宮に向かって歩く。女性に優しく人気があるだけなのに、サーラフったらひどい言われようね? 彼のことを考えた時、私はふと気づいた。サーラフが最後に言いかけたことって、何かしら? あの後に何が続くの?
『できれば、妹のため……』
ランディを譲ってほしい?
まさか、ね。いくら妹のためだとはいえ、人の心を無視してはいけない。また、そうだとすれば、とんでもないシスコンの疑いがある。……って、いけないわ。私ったらよく知りもせず、相手を疑うなんて。
腕に嵌めたブレスレットに手を触れた。ランディの近くにいられない分、最近はこれが私の心の支えになっている。ジルはそんな私を見た後、用事があると厩舎の方へ歩いて行った。
皇宮に戻った私がランディのいる執務室の前を通った時、ちょうど扉が開く。彼の姿が見られるかもしれないと、胸が期待に震える。ところが、出てきたのは違う人物だった。
「あら。貴女、どうしてここに? ランドルフ兄様は……お疲れみたい。私を呼んでおきながら、今度にしよう、ですって」
何が……何を今度にするの?
ラウラの言葉に胸が重苦しくなっていく――ランディ、どうして? 私とは会う時間がなくても、ラウラのためには時間を裂くの?
唇をすぼめて肩を竦めるラウラ。紅潮した頬の彼女は、唇の紅も取れかかり、茶色の髪も乱れている。まさかランディ! 違うでしょう?
「ちょっと、何よ」
「姫様!」
私はラウラを押しのけた。
彼女の狂言だとしたら、中には誰もいないはず。
部屋に入った私が見たものは――
「クリスタ? どうした、何かあったのか?」
「そんな!」
私は絶望に駆られた。
執務室の中には窓を背にした大きな机、その横の本棚の前には輝く金の髪。ランディは立ったまま、自分の秘書官と話していたようだ。
私はさらに目を走らせる。見れば、長椅子の上のクッションが床に落ちていた。考えたくはないけれど、この上で彼女と……?
痛む胸を抑えながら、私は懸命に声を絞り出す。
「どうして……」
私には忙しいと言いながら、ランディは今までラウラと会っていたの? 式まで三ヶ月を切ったのに、練習すら出来ていない。それなのに、ラウラのためなら時間を作ると?
「どうして、とは?」
ランディは眉根を寄せ、私を見た。次いでアイスブルーの瞳を私の後ろに向ける。
「何だラウラ、まだいたのか。今度だと言っただろう?」
ランディが、困ったように髪をかき上げた。彼の言葉で、私はラウラが嘘をついていないことを知る。たまらず皇太子妃のブレスレットを掴むと、彼の視線が吸い寄せられた。
ランディ――それでも私は、貴方を信じている。まさか外せ、なんて言わないわよね?
胸の前で手首を掴んでガタガタ震える私を見て、ランディは執務室の扉を閉めた。秘書官にも退出を命じたため、部屋には今、ランディと私の二人きりだ。ランディは私に近づき、手を伸ばす。
「嫌っ!」
思わず彼を突き飛ばし、後ろに逃げた。信じられないと見開かれた彼の目を見て、私は激しく後悔する。
「ご、ごご、ごめんなさい」
「妖精さん。もしかして、嫌な思いでもさせられた? サーラフと二人で会っていたんだろう?」
「あ、貴方知って!」
「執務中でも報告は受けているからね?」
私がサーラフと会っていたから? だから自分もラウラと?
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