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第七章 家宝は寝て待て
ご利用は計画的に4
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私がそう口にした途端、サーラフが顔を歪めた。ラウラの肌は白い。今でも褐色の肌が良いとされるなら、彼女は自分の国でどんな扱いを受けているの?
サーラフは首を振って表情を消した後、まっすぐ私に向き直る。真剣な金色の瞳を見て、私も思わず姿勢を正す。
「話したかったのはここからだ。是非、聞いてほしい」
どんな話を聞かされるのかと、私は身構える。彼は淡々と語り出した。
「先ほども話したが、肌の色による差別は、宮中ではまだ色濃く残っている」
「そう、ですか」
嫌な予感が当たってしまった。
王女のラウラは、どんな思いで毎日を過ごしているのかしら?
「訳あって、ラウラは別の場所にいた。母親の失踪で一人残された彼女は、三歳で発見されたんだ。その時、妹は哀れに痩せ細り、泣く元気すらなかったらしい」
「まあ! 王族なのに?」
「王族だからだ。異国出身だという彼女の母親は、王家の悪習を知らなかったのだろう。覚悟もなく、情を通じた。母親は逃げればそれで済むが、残された子供はそうはいかない。王宮に引き取られて一緒に暮らすことになったが、ラウラはそこでいじめにあう」
胸が痛い……今の元気なラウラからは想像もつかないけれど、カラザークにいる時の彼女は肩身の狭い思いをしているようだ。
「父王は表立っては庇えない。言い訳にしかならないが、子供の数が多すぎて、一人の味方をするとさらにその子が悪意を受けてしまう。俺も兄としてできるだけ気にかけてはいたが、それでも限界はある」
「他に、ラウラ様の味方は?」
「君の母上、マリアをよく知る使用人だけ。彼女がいた当時は、心優しく健気なマリアに多くの者が同情していた。たぶんマリアの姿をラウラに重ねているのだろう。だが、世代交代が進んだ今は少数派で、俺の兄とその母を恐れるあまり、ラウラと会話をするくらいだ。味方と言えるかどうか」
「そんな!」
気軽にラウラの話し相手や世話役になると、意気込んでいた自分が恥ずかしい。もしかして、彼女はわざと我儘を言い、私を試していたのではないだろうか?
「小さなラウラにも救いはあった。それが、さっき言った君の母上――マリアの肖像画だ」
「母の絵、ですか?」
「ラウラは、自分を捨てた母親をよく覚えていない。記憶の中から閉め出したかったのだろう。父は、マリアの絵を別棟に飾らせている。ラウラは階段の踊り場にあるその絵を、飽くことなく何時間も見ていた。茶色の髪と白い肌、金色の瞳……自分と同じ特徴のマリアを母のように慕うことで、心の平安を保っていたのかもしれない」
何も言えなかった。引っ込み思案でいじけていたにも関わらず、私はレスタードで大切に育てられている。だけどラウラは両親からの愛情も与えられず、寂しさに耐えていたのだ。
「肖像画の前から動かないラウラを見て、このままではいけないと考えた俺は、留学を機に国外へ連れ出すことにした。様々な人種が行き交う皇都での生活は、妹に強烈な印象を与えたようだ。ラウラは少しずつ明るくなり、時々笑顔を見せるようになった。その時、ランディと出会う」
ランディの名前が出た瞬間、胸が締め付けられるように痛む。気さくなランディは、初対面のラウラにも親しく話しかけたはずだ。兄のサーラフを除けば冷たい人しか知らなかった彼女にとって、白い肌の異国の少年は、特別な存在に思えたことだろう。孤独なラウラがランディの優しさに触れ、彼に憧れる……
気持ちはわかるけど、だからといって彼を譲ることなどできない。
「今回、ランディの婚約にラウラはショックを受けていた。選定の儀が上手くいかなかったと聞き、喜んでいたから余計に」
『お妃候補を辞退したい』と口にして、一旦は故郷に戻った私。その軽率な行動のせいで、傷つく女性がいた。次年度に持ち越されれば、ラウラにも参加資格ができる。今度こそ自分が……と、期待したのかもしれない。
「それでも最初は、祝福する気であったと思う。だが、相手がマリアの娘だと知り、母親と好きな人を同時にとられた気分になったのだろう。偉そうな態度はそのせいだ。すまない、妹が迷惑をかけている」
サーラフは妹の様子を知っていたらしく、私に向かって頭を下げた。私は慌てて手を伸ばす。
「とんでもありませんわ。お顔を上げて下さい。迷惑だなんてちっとも……」
とまではいかないけれど、少しくらいの迷惑なら、かけられても構わない。サーラフの話を聞き、心からラウラの力になりたいと思ったからだ。
「あの……サーラフ様?」
そのままの姿勢を見て、私は戸惑う。妹のことを謝るにしたって、長すぎないかしら? すると彼は突然、私の手を自分の両手で握り、整った顔を近づけて来た。
「クリスタ姫。図々しいとはわかっているが、頼みがある。できれば妹のため……」
「二人きりで、そこで何を?」
サーラフの真剣な声音は、闖入者により妨げられてしまう。この声は……?
私は握られた手を、すぐに振りほどく。ランディだと思って顔を上げた私の目に、彼ではなくジルが映る。ジルは従者や女官の制止を振り切り、東屋に入ってきたようだ。ジルは腕を組み、怒ったような声を出す。
「皇宮で女性達に騒がれているのは、貴方ですよね? 婚約者のいる女性にまで手を出そうと?」
「違う! 話をしていただけよ!」
私は焦って否定した。東屋に二人きりでいたため、誤解を与えたらしい。でも、手を出すって、ジルが言っちゃダメなんじゃあ……まあ、今は友人だからいいのかな?
サーラフはジルの言葉に全く動じず、肩を軽く竦める。
「君は確か……ユグノ公国の王子だったか。初対面の相手に対する態度ではないと思うが?」
「それは失礼。ですが、わざわざ人払いをして、女性と二人きりになる態度もどうかと」
「従妹殿と親交を深めていただけだ。邪推されるようなことは何も」
「当たり前でしょう! その気がなくとも、周りがどう取るか。ランディが心配するわけだ」
「ほう?」
サーラフが面白そうに眉を上げる。一方私は、ランディが心配していたと聞くだけで、心が躍った。でも彼は、今何を?
サーラフは首を振って表情を消した後、まっすぐ私に向き直る。真剣な金色の瞳を見て、私も思わず姿勢を正す。
「話したかったのはここからだ。是非、聞いてほしい」
どんな話を聞かされるのかと、私は身構える。彼は淡々と語り出した。
「先ほども話したが、肌の色による差別は、宮中ではまだ色濃く残っている」
「そう、ですか」
嫌な予感が当たってしまった。
王女のラウラは、どんな思いで毎日を過ごしているのかしら?
「訳あって、ラウラは別の場所にいた。母親の失踪で一人残された彼女は、三歳で発見されたんだ。その時、妹は哀れに痩せ細り、泣く元気すらなかったらしい」
「まあ! 王族なのに?」
「王族だからだ。異国出身だという彼女の母親は、王家の悪習を知らなかったのだろう。覚悟もなく、情を通じた。母親は逃げればそれで済むが、残された子供はそうはいかない。王宮に引き取られて一緒に暮らすことになったが、ラウラはそこでいじめにあう」
胸が痛い……今の元気なラウラからは想像もつかないけれど、カラザークにいる時の彼女は肩身の狭い思いをしているようだ。
「父王は表立っては庇えない。言い訳にしかならないが、子供の数が多すぎて、一人の味方をするとさらにその子が悪意を受けてしまう。俺も兄としてできるだけ気にかけてはいたが、それでも限界はある」
「他に、ラウラ様の味方は?」
「君の母上、マリアをよく知る使用人だけ。彼女がいた当時は、心優しく健気なマリアに多くの者が同情していた。たぶんマリアの姿をラウラに重ねているのだろう。だが、世代交代が進んだ今は少数派で、俺の兄とその母を恐れるあまり、ラウラと会話をするくらいだ。味方と言えるかどうか」
「そんな!」
気軽にラウラの話し相手や世話役になると、意気込んでいた自分が恥ずかしい。もしかして、彼女はわざと我儘を言い、私を試していたのではないだろうか?
「小さなラウラにも救いはあった。それが、さっき言った君の母上――マリアの肖像画だ」
「母の絵、ですか?」
「ラウラは、自分を捨てた母親をよく覚えていない。記憶の中から閉め出したかったのだろう。父は、マリアの絵を別棟に飾らせている。ラウラは階段の踊り場にあるその絵を、飽くことなく何時間も見ていた。茶色の髪と白い肌、金色の瞳……自分と同じ特徴のマリアを母のように慕うことで、心の平安を保っていたのかもしれない」
何も言えなかった。引っ込み思案でいじけていたにも関わらず、私はレスタードで大切に育てられている。だけどラウラは両親からの愛情も与えられず、寂しさに耐えていたのだ。
「肖像画の前から動かないラウラを見て、このままではいけないと考えた俺は、留学を機に国外へ連れ出すことにした。様々な人種が行き交う皇都での生活は、妹に強烈な印象を与えたようだ。ラウラは少しずつ明るくなり、時々笑顔を見せるようになった。その時、ランディと出会う」
ランディの名前が出た瞬間、胸が締め付けられるように痛む。気さくなランディは、初対面のラウラにも親しく話しかけたはずだ。兄のサーラフを除けば冷たい人しか知らなかった彼女にとって、白い肌の異国の少年は、特別な存在に思えたことだろう。孤独なラウラがランディの優しさに触れ、彼に憧れる……
気持ちはわかるけど、だからといって彼を譲ることなどできない。
「今回、ランディの婚約にラウラはショックを受けていた。選定の儀が上手くいかなかったと聞き、喜んでいたから余計に」
『お妃候補を辞退したい』と口にして、一旦は故郷に戻った私。その軽率な行動のせいで、傷つく女性がいた。次年度に持ち越されれば、ラウラにも参加資格ができる。今度こそ自分が……と、期待したのかもしれない。
「それでも最初は、祝福する気であったと思う。だが、相手がマリアの娘だと知り、母親と好きな人を同時にとられた気分になったのだろう。偉そうな態度はそのせいだ。すまない、妹が迷惑をかけている」
サーラフは妹の様子を知っていたらしく、私に向かって頭を下げた。私は慌てて手を伸ばす。
「とんでもありませんわ。お顔を上げて下さい。迷惑だなんてちっとも……」
とまではいかないけれど、少しくらいの迷惑なら、かけられても構わない。サーラフの話を聞き、心からラウラの力になりたいと思ったからだ。
「あの……サーラフ様?」
そのままの姿勢を見て、私は戸惑う。妹のことを謝るにしたって、長すぎないかしら? すると彼は突然、私の手を自分の両手で握り、整った顔を近づけて来た。
「クリスタ姫。図々しいとはわかっているが、頼みがある。できれば妹のため……」
「二人きりで、そこで何を?」
サーラフの真剣な声音は、闖入者により妨げられてしまう。この声は……?
私は握られた手を、すぐに振りほどく。ランディだと思って顔を上げた私の目に、彼ではなくジルが映る。ジルは従者や女官の制止を振り切り、東屋に入ってきたようだ。ジルは腕を組み、怒ったような声を出す。
「皇宮で女性達に騒がれているのは、貴方ですよね? 婚約者のいる女性にまで手を出そうと?」
「違う! 話をしていただけよ!」
私は焦って否定した。東屋に二人きりでいたため、誤解を与えたらしい。でも、手を出すって、ジルが言っちゃダメなんじゃあ……まあ、今は友人だからいいのかな?
サーラフはジルの言葉に全く動じず、肩を軽く竦める。
「君は確か……ユグノ公国の王子だったか。初対面の相手に対する態度ではないと思うが?」
「それは失礼。ですが、わざわざ人払いをして、女性と二人きりになる態度もどうかと」
「従妹殿と親交を深めていただけだ。邪推されるようなことは何も」
「当たり前でしょう! その気がなくとも、周りがどう取るか。ランディが心配するわけだ」
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