お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第七章 家宝は寝て待て

ご利用は計画的に3

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 忙しい皇太子に代わって庭園を案内するという名目で、私はランディの親友であるサーラフと、連れ立って歩いている。後ろから、私の担当女官と彼の従者が続く。サーラフは白地に金の刺繍ししゅうの衣装で、見た目も爽やかだ。彼は前身ごろにリボンの付いた私の若草色のドレスも、きっちり褒めてくれた。女性に人気があるのも、納得がいく。

「慎ましやかで可愛らしい。控えめな色が、姫には似合うね」
「ありがとうございます。サーラフ様は何色でもお似合いですわ」

 褐色の肌で顔立ちがはっきりしているため、彼は何を着ても映えるだろう。もちろん端整な顔立ちでスタイルのいいランディも、どんな恰好でも素敵だ。

「それは光栄だね。綺麗な人に褒められると、やはり嬉しい。さて、前置きはこのくらいにして、本題に入ろうか?」

 気づけばいつの間にか、庭園の一角にある東屋あずまやに案内されていた。白い支柱とドーム型の屋根の東屋は、手入れされた薔薇園の中にあり、中からでも広く庭が見渡せる。
 サーラフは昔からランディを知っているだけあって、皇宮のことにも詳しいみたい。彼は私を中に導くと、自分の従者に下がるよう命じた。私の女官は戸惑った表情で、どこまで近寄ろうかと思案している。

「済まないが、親族に関わる内密の話をしたい。少し外してくれないか?」
「ですが……」

 まだ若い二人の女官が不安に満ちた目を私に向けてくる。ほとんどの女性が夢中になるという、サーラフの噂を知っているからだろう。ベテランのマーサがいればその場で判断してくれるけど、今は私が指示を出さなくてはならない立場だ。悩んでいると、苦笑したサーラフが、女官達に告げた。

「大丈夫。いくら姫が可愛くても、俺も自分の立場はわきまえているよ? それでも心配なら、目を離さずにいるといい。そのために、見通しの良いここを選んだのだから」

 こうまで言われてしまっては、さすがに「残って」とも頼めない。私は女官に向かって頷くと、安心させるように微笑んだ。

「サーラフ様のおっしゃる通りに。用がある時は大声で呼ぶわね?」

 意図するところは、危なくなったら大声を出すからよろしくね、だ。なるべく失礼にあたらないように言ってみた。けれどサーラフの理解は早く、面白そうに目を細めている。妹のラウラのように、すぐ怒り出すということはない。
 女官はサーラフをチラチラ見ながらお辞儀をすると、私達から離れていった。



 東屋にはとうとう、私とサーラフの二人きり。腰を下ろしたサーラフにならい、私も彼の対角線上に座る。

「クリスタ姫、いや、マリアの子。そんなに警戒しなくても平気だ」

 低く耳に心地よい声が私の母の名を口にしたため、私は彼を凝視する。

「といっても、マリアのことは肖像画でしか知らないが。茶色の髪と金の瞳で、我が国にしては白い肌の美しい女性だったと聞いている」
「母の……肖像画があるのですか?」
「ああ。我が国の王家は子供が多い。だが、絵はきちんと残っている」
「そう、ですか」

 考えてみればサーラフはランディと同い年で、私と一つしか違わない。姉のクローディアは三つ上だから、彼が生まれた頃にはもう、母はカラザークを出てレスタードで暮らしている。母のことを聞こうにも、よく知らないのは当然だ。

「俺の知る限りで良ければ話すが、聞きたいかい?」
「ええ。それはもう!」

 母に関わることなら、どんなことでも知っておきたい。私は物心つく前に母を亡くしたため、顔もよく覚えていなかった。国王である父によれば、顔立ちは姉に似て、髪の色は私に似てるという。母のことを話す時の父は、どこか懐かしそうな、それでいて悲しそうな表情をする。そのため子供心に遠慮して、姉も私もあまり尋ねないようにしていたのだ。

「わかった。でも、ここからでは遠いな」

 言うなりサーラフは、私の隣に移動した。失礼だとは思いつつ、私は横にずれて彼から距離を取る。

「そう来たか。だが、その方が噂も出ないだろう」

 彼は苦笑し、肩をすくめた。皇宮での自分の噂を知っているのね?  私の態度を許してくれるあたり、意外に真面目な人かもしれないわ。
 サーラフは金色の瞳で遠くを見つめると、話し始めた。

「我が国は南にあり、髪の色が濃く褐色の肌であることが普通だ。金色の瞳は王族にのみ現れる」
「だから母も……」

 亡くなった母の瞳は金色で、レスタードにいる父は、緑に近い青い瞳。私の緑の瞳は、どちらかというと父親譲りだ。

「ああ。だが、肌の色は一目でわかるため、差別の対象になりやすい」
「差別?  そんな噂は聞いたことがないわ」
「庶民はそうでもないが、宮中では根強く残っている。表に出ないように必死に隠してはいるが」

 私の肌は真っ白。父は北国で白いけど、母も元々白かったそうだ。それなら母は……

「当時の王家で色が白いのはマリアだけ。そのせいで彼女は、相当苦労したと聞いている」
「苦労……」
「君の母のマリアは俺の父――現カラザーク王のすぐ下の妹だ。長男の父には他にも四人の弟妹がいる。父とマリアは母親が同じだが、異国の者とは聞いていない」

 突然肌の白い子供が生まれて、両親もびっくりしたことだろう。

「色が白いだけでなく、マリアは飛び抜けて美しかった。浮気を疑われた彼女の母――俺の祖母は、父に優しくマリアにつらく当たったそうだ。それを見て、他の夫人や弟妹達も彼女を邪険に扱った。兄である父は、庇ったと言うが」
「そんなことがあったの」

 若い頃の母を思い、涙が出そうになる。我が子を一番に庇うべきはずの親に、母は否定され続けていたのだ。北国で私の髪は目立つけど、父も姉も周りもみな、私をバカにはしなかった。けれど母は、たった一人で苦しみに耐えていたのね?

「マリアは芯が強く、つらい境遇にも負けなかったそうだ。我が王宮でも、優しい彼女を慕っていた者は多い。たまたま我が国を訪れた君の父上と一瞬にして恋に落ち、国を出た」
「それは……知らなかったわ」

 両親のめをランディの親友から聞かされる、というのも変な話だ。だけど国王の妹なら、私の母はサーラフにとって叔母に当たる。生前の様子を聞かされ、記憶していたのだろう。

「俺の父、カラザーク王は妹のマリアを気にかけていた。今でも彼女をしのび、肖像画を飾っている」
「でしたら、カラザークに行けば見られるってこと?」
「そうなるな。でも、レスタードには?」

 貧乏な我が国で、絵師を雇う余裕はない。それとも父か母が絵を嫌ったのだろうか? 私はレスタードで、母の絵を見た記憶がなかった。

「残念ながら、母の絵は遺されていないようです」
「そう、か。だが、あの絵は……」

 言葉をにごすサーラフを見ながら、私は母の故郷を思う。恵まれた大国で王家の後継ぎも大勢いるのに、心は貧しい。肌の色で差別をし、寄ってたかっていじめるなんて。
 そこで私はハッとする。

「肌の色! それなら、祖国でのラウラ様は?」
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