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第七章 家宝は寝て待て
ご利用は計画的に2
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そう考えたのは、私だけではなかったみたい。妹とランディを見て、サーラフも苦虫を噛み潰したような顔をしている。妹のラウラのことを心配して?
私達に目を留めたランディは、近づくなり口を開く。
「これはこれは。私の婚約者に手を出すな、と念押ししたはずだが?」
「そっちこそ。俺の妹と何を?」
「何って? たまたまそこで会っただけだ。疑われるとは心外だな」
「そうよ。兄様ったらおかしいわね」
クスクス笑うラウラは、とても機嫌が良さそうだ。ランディが隣にいるせいで? そのランディは、口元を皮肉っぽく歪めてサーラフに返答した。
「たまたま時間が空いたから、昼食をとりに来たんだ。聞けば、ラウラも昼食がまだだと言うから」
いえ、ラウラは朝食もまだのはずよ?
ランディに遅く起きたとバレるのが嫌で、昼食だと言い張ったのかしら? ……ってダメね。他人を貶すなんて、一番やってはいけないことだわ。ランディとラウラの親しげな姿を見ただけで嫉妬するとは、私もまだまだだ。
「クリスタもいるならちょうどいい。みんなで一緒に食べようか?」
「賛成!」
「ああ」
「……ええ」
ためらいがちに同意する。すかさず給仕の女性が飛んできて、私達の席を用意した。正面奥にランディで、その横に親友のサーラフ、反対側は私の席……のはずが、ラウラがちゃっかり座ってしまう。仕方なく私は、ラウラの隣に腰掛ける。するとサーラフが席を立ち、私に譲ろうとしてくれた。
「ごめん、クリスタ姫。俺と妹が席を取ってしまって……」
「いえ、どうぞそのままで」
この場はそう言うしかないと思う。ラウラは澄ました顔だし、ランディは席順など気にもしていないようだ。食事をしながらはしゃぐラウラに、ランディは笑顔で相槌を打っている。ようやく話ができると思ったら、客人をもてなすのに忙しい。
大丈夫だとわかっていても、楽しそうなランディとラウラを見ると、なんだかモヤモヤしてしまう。会話が耳を通り過ぎ、美味しいはずの食事もほとんど味がしなかった。まあ、さっきまで食べていたから、お腹がいっぱいというのもあるけれど。こんなことなら断って、部屋に戻れば良かったのかも。
「どうした? クリスタ。何か心配事でも?」
「いいえ、何も」
私は首を横に振り、ランディの問いかけを慌てて否定する。彼の力になるって決めたのに、気を遣わせるようではいけないわ。元気を出すため、腕に嵌めた皇太子妃のブレスレットに目を落とす。私はもうすぐ、ランディの妃となるのだ。証が腕にある限り、私は平気。
ランディは、ゆっくりお昼を食べる暇もないみたい。呼びに来た秘書官に「会議のお時間です」と告げられ、あっさり退室してしまう。がっかりしてため息をつく私に比べて、ラウラは意外に元気だ。以前のお妃候補達のように皇太子がいなくなった途端、猫を脱ぎ捨てる……ということもなく、まともに料理を食べている。ランディと話せたからなのか、すごく愛想もいい。
私ったらまただわ。ラウラの良いところを探して親しくなると決めたのに、悪いところを見つけようとしてどうするの? 食堂には、兄妹の明るい声が響いている。
「それでね、さっきランドルフ兄様が語った都のことだけど。子供の頃とは、きっと随分違っているわよね?」
「ああ。俺にべったりだったラウラが彼に懐いたのも、あの時だったか」
「懐く、だなんて私をペットみたいに言わないで。憧れる、と訂正してほしいわ。だって、兄様と同じくらい頭が良くて強い人、初めて見たんだもの」
ライバルと認め合うだけあって、ランディとサーラフは実力も拮抗していたようだ。少年時代のランディも、今のように色気があったりして。おかしな想像に笑い出しそうで、私はうつむく。
「クリスタ姫、すまない。俺達の昔の話は退屈だろう?」
妹と違い、兄のサーラフは私のことも気にかけてくれた。一方ラウラは私に話しかける兄を見て、ムッとしている。
「いいえ。以前のお姿が目に浮かび、楽しいですわ」
実際、私の知らないランディの様子が聞けるのだ。小さなランディは、皇国の未来をどんな風に思い描いていたのだろう? どういう女性をお妃に選ぶと考えていたの?
思わず隣のラウラを見ると、視線がかち合う。すぐ逸らされてしまったけれど、垣間見えたあの表情は……寂しさ、それとも悲しみ?
想う人と結ばれず、ラウラはとってもつらいだろう。いつかは自分が……と考えていたなら、余計に悔しいはずだもの。私を嫌い文句を言うのは、ある意味仕方がない。ただ、ラウラ自身のためにも、態度を改め皇国の人々を大切にし、王女らしく振る舞った方がいいと思う。
あら? でも……
ランディが好きだと匂わせながら、どうしてラウラは彼のいる皇国を否定するような真似ばかりしているの? 好きな人が皇太子なら、普通はその国を理解し受け入れようと努力するはずよね?
何かがおかしい。私は彼女の真意を推し量ろうと、一生懸命考えた。兄と嬉しそうに会話するラウラを見ても、答えは出てこない。考え過ぎかしら?
無理して笑みを顔に貼り付けていたため、食堂を出る頃にはすっかり強張っていた。この分では、明日は顔面が筋肉痛かもしれないわ。頬に両手を当て、ほぐしているとサーラフが近づいた。妹のラウラに聞こえないよう、屈んでそっと耳打ちする。
「母君の話の続きだけど。気になるならこの後、庭においで?」
「……え?」
移動せず、別にこの場でいいのでは? ラウラがいても、問題ないはずよね。
聞き返そうと思っても、サーラフはもういない。よく見れば、妹と話しながらだいぶ先を歩いていた。
今のはどういう意味だろう。お庭を見たいから? 部屋だと変な噂が立つかもしれないと、ランディの婚約者である私に気を遣ってくれたの?
私達に目を留めたランディは、近づくなり口を開く。
「これはこれは。私の婚約者に手を出すな、と念押ししたはずだが?」
「そっちこそ。俺の妹と何を?」
「何って? たまたまそこで会っただけだ。疑われるとは心外だな」
「そうよ。兄様ったらおかしいわね」
クスクス笑うラウラは、とても機嫌が良さそうだ。ランディが隣にいるせいで? そのランディは、口元を皮肉っぽく歪めてサーラフに返答した。
「たまたま時間が空いたから、昼食をとりに来たんだ。聞けば、ラウラも昼食がまだだと言うから」
いえ、ラウラは朝食もまだのはずよ?
ランディに遅く起きたとバレるのが嫌で、昼食だと言い張ったのかしら? ……ってダメね。他人を貶すなんて、一番やってはいけないことだわ。ランディとラウラの親しげな姿を見ただけで嫉妬するとは、私もまだまだだ。
「クリスタもいるならちょうどいい。みんなで一緒に食べようか?」
「賛成!」
「ああ」
「……ええ」
ためらいがちに同意する。すかさず給仕の女性が飛んできて、私達の席を用意した。正面奥にランディで、その横に親友のサーラフ、反対側は私の席……のはずが、ラウラがちゃっかり座ってしまう。仕方なく私は、ラウラの隣に腰掛ける。するとサーラフが席を立ち、私に譲ろうとしてくれた。
「ごめん、クリスタ姫。俺と妹が席を取ってしまって……」
「いえ、どうぞそのままで」
この場はそう言うしかないと思う。ラウラは澄ました顔だし、ランディは席順など気にもしていないようだ。食事をしながらはしゃぐラウラに、ランディは笑顔で相槌を打っている。ようやく話ができると思ったら、客人をもてなすのに忙しい。
大丈夫だとわかっていても、楽しそうなランディとラウラを見ると、なんだかモヤモヤしてしまう。会話が耳を通り過ぎ、美味しいはずの食事もほとんど味がしなかった。まあ、さっきまで食べていたから、お腹がいっぱいというのもあるけれど。こんなことなら断って、部屋に戻れば良かったのかも。
「どうした? クリスタ。何か心配事でも?」
「いいえ、何も」
私は首を横に振り、ランディの問いかけを慌てて否定する。彼の力になるって決めたのに、気を遣わせるようではいけないわ。元気を出すため、腕に嵌めた皇太子妃のブレスレットに目を落とす。私はもうすぐ、ランディの妃となるのだ。証が腕にある限り、私は平気。
ランディは、ゆっくりお昼を食べる暇もないみたい。呼びに来た秘書官に「会議のお時間です」と告げられ、あっさり退室してしまう。がっかりしてため息をつく私に比べて、ラウラは意外に元気だ。以前のお妃候補達のように皇太子がいなくなった途端、猫を脱ぎ捨てる……ということもなく、まともに料理を食べている。ランディと話せたからなのか、すごく愛想もいい。
私ったらまただわ。ラウラの良いところを探して親しくなると決めたのに、悪いところを見つけようとしてどうするの? 食堂には、兄妹の明るい声が響いている。
「それでね、さっきランドルフ兄様が語った都のことだけど。子供の頃とは、きっと随分違っているわよね?」
「ああ。俺にべったりだったラウラが彼に懐いたのも、あの時だったか」
「懐く、だなんて私をペットみたいに言わないで。憧れる、と訂正してほしいわ。だって、兄様と同じくらい頭が良くて強い人、初めて見たんだもの」
ライバルと認め合うだけあって、ランディとサーラフは実力も拮抗していたようだ。少年時代のランディも、今のように色気があったりして。おかしな想像に笑い出しそうで、私はうつむく。
「クリスタ姫、すまない。俺達の昔の話は退屈だろう?」
妹と違い、兄のサーラフは私のことも気にかけてくれた。一方ラウラは私に話しかける兄を見て、ムッとしている。
「いいえ。以前のお姿が目に浮かび、楽しいですわ」
実際、私の知らないランディの様子が聞けるのだ。小さなランディは、皇国の未来をどんな風に思い描いていたのだろう? どういう女性をお妃に選ぶと考えていたの?
思わず隣のラウラを見ると、視線がかち合う。すぐ逸らされてしまったけれど、垣間見えたあの表情は……寂しさ、それとも悲しみ?
想う人と結ばれず、ラウラはとってもつらいだろう。いつかは自分が……と考えていたなら、余計に悔しいはずだもの。私を嫌い文句を言うのは、ある意味仕方がない。ただ、ラウラ自身のためにも、態度を改め皇国の人々を大切にし、王女らしく振る舞った方がいいと思う。
あら? でも……
ランディが好きだと匂わせながら、どうしてラウラは彼のいる皇国を否定するような真似ばかりしているの? 好きな人が皇太子なら、普通はその国を理解し受け入れようと努力するはずよね?
何かがおかしい。私は彼女の真意を推し量ろうと、一生懸命考えた。兄と嬉しそうに会話するラウラを見ても、答えは出てこない。考え過ぎかしら?
無理して笑みを顔に貼り付けていたため、食堂を出る頃にはすっかり強張っていた。この分では、明日は顔面が筋肉痛かもしれないわ。頬に両手を当て、ほぐしているとサーラフが近づいた。妹のラウラに聞こえないよう、屈んでそっと耳打ちする。
「母君の話の続きだけど。気になるならこの後、庭においで?」
「……え?」
移動せず、別にこの場でいいのでは? ラウラがいても、問題ないはずよね。
聞き返そうと思っても、サーラフはもういない。よく見れば、妹と話しながらだいぶ先を歩いていた。
今のはどういう意味だろう。お庭を見たいから? 部屋だと変な噂が立つかもしれないと、ランディの婚約者である私に気を遣ってくれたの?
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