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第七章 家宝は寝て待て
ご利用は計画的に1
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忙しいランディに代わって暇になったのが、彼の親友サーラフだった。ラウラの兄でもある彼は、実はかなり女性にモテる。男らしく精悍な顔立ちに爽やかな笑み。低く通る声ですぐに褒めるから、皇宮の貴族や女官達がたちまちその気になってしまうのだとか。
「カルザーク国の兄妹は個性が強いわね。あの国では、あれが普通なの?」
二人のことを考えながら、私は遅い朝食を口にしていた。ラウラがなかなか起きて来なかったので、一人食堂にいるためだ。皇太子妃のブレスレットを腕に嵌め、エメラルドに合わせた若草色のドレスを着ている。
「サーラフ様に比べたら、ランディって真面目よね? それとも学生時代の彼も、かなりモテていたのかしら?」
「……教えてあげようか?」
低い声に驚き振り向くと、背後で腕を組みサーラフが微笑んでいた。褐色の肌に白い衣装が合っていて、たっぷりの袖が目にも涼しい。だけど、いつの間にここへ?
私は急いで席を立ち、頭を下げた。
「た、たた、大変失礼を致しました」
「何のことだろう? 俺に興味を持ってくれるとは、嬉しいね」
「いえ、決してそのようなことではなく……」
間髪を入れずに否定する。
私を担当する女官達に、たくさん忠告されていたからだ。
『いいですか、クリスタ様。サーラフ様と目を合わせてはいけません。彼は危険です』
『危険? どうして?』
『話しかけられるとドキドキして、いつの間にか好きになるという噂です』
『私も聞きました。姫様なら、金色の瞳を見ただけで身ごもってしまうかも』
『身ごもるって……妊娠ってこと? まさか!』
さすがに大人だし、冗談だとわかるくらいの知識はある。
『それくらい危ないってことですよ。ご本人は気づいていらっしゃるのかどうか。でも、気をつけて下さいね?』
気をつけるも何も、私は大丈夫。それに、もうすぐ結婚する親友の相手を口説く人は、いないと思う。
我に返って見上げると、金色の瞳がまっすぐ私を捉えていた。
「残念だ。こんなに可愛らしいのに、君はランディ一人のものになってしまうんだね?」
サーラフの嘆くように大げさな口調を聞き、女官の言っていたのはこれか、と一人で納得する。まずいわ、話の流れを変えないと。
「け、結婚するので当たり前です。可愛らしいといえば、ラウラ様は? 体調を悪くされたのでなければ良いのですが」
文句を言う割に、ラウラは食事の時間を楽しみにしている。この時間まで寝ているのは珍しく、呼びかけに応えないのも初めてのことだった。サーラフが顔をしかめる。
「妹のことは放っておけばいい。自分が不利になると、部屋にこもってふて寝するんだ」
「あら……」
意外な共通点に思わず頬が緩む。
ラウラったら、まさかのオフトゥン好き!?
嫌なことがあればオフトゥンを被るなら、私と一緒だ。本人ではなく兄から情報を得られるなら、もう少し早く伺っておけば良かったわ。そうしたら、レスタードの寝具をこっそり貸してあげられたのに。
「おかしいだろう? 強気なようで、ラウラは案外打たれ弱い。だから俺はずっと……」
妹のことを語る時、サーラフはすごく優しい顔をする。前世は一人っ子で今世では姉のいる私。兄がいたら、こんな感じなのだろうか?
「いや、何でもない。まあ要するに、偉そうにはしているが、本心ではないんだ。わかった上で付き合ってくれるとありがたい」
「もちろんですわ」
私はサーラフに、にっこり笑いかけた。頑張ればもう少しで、ラウラの心に届きそうな気がする。喜ぶ私を見ながら、サーラフが目を細めた。何を思ったのか、彼は突然、私の頬に手を伸ばす。
「……え? あの、ここ、これって……」
緊張して、固まってしまう。婚約者がいるのに気軽に触れさせるなんて、かなりいけないわ。だけど、相手は大きな国の王族だ。怒らせないよう距離を取るには、どうしたらいいのだろう? ぐるぐる考えていると、サーラフが手を離した。
「ああ、ごめん。頬にソースがついていたから」
ほら、というように彼は自分の親指を見せた。そこには確かに、先ほどまで食べていたバジルのソースが付いている。私ったら、恥ずかしい上に自意識過剰だわ。
サーラフが、そのまま当然のように自分の親指を舐めた。それを見て、私は激しくうろたえる。
「ご、ごご、ごめんなさい」
「ハハ。やっぱり君はラウラにそっくりだ。妹もよく、口の端に付けている」
そっくりだと言われると、複雑な気持ちだ。ランディは、ラウラに似ていたから私を気にしたの? 血の繋がった兄でさえそう思うのなら、他人のランディはもっと似ていると感じたのでは?
自信を失くしかけたその時、皇太子妃のブレスレットが視界に入る。私が皇国にとって重要な存在だと、皇妃は私を励ました。皇太子から頼まれているとも言って下さって……
不意にこれを持ってプロポーズした、ランディの姿が脳裏に甦る。
『レスタードのクリスタ王女、どうかこれを身につけて、私の妻として共に皇国を支えてほしい』
彼は跪き、私の手の甲にキスをした。そして、ブレスレットを私の腕に通す――
そうよ! ランディはラウラではなく、私を妻にしたいと言っていた。彼の気持ちを疑うなんて、愚かなことだわ。ランディにも悪いし、私は強くなると決めたのだ。
「どうかしたのかな? クリスタ姫」
「いいえ。似ているのは髪の色だけで、そっくりと言われるほどではありません」
目の前のサーラフは、私が言い返すとは考えていなかったのだろう。一瞬目を丸くすると、次いで楽しそうな笑みを浮かべた。
「違いない。だが従姉妹同士だから、似ているのは当たり前だろう?」
今度は私が目を見張る番だった。
ああ、やっと。亡くなった母の様子が、聞けるかも知れない。
「あの、良ければ是非教えて下さい。私の母は貴国で……」
ところがそこで、弾んだような女性の声が入り口からかかる。
「あら、兄様。そこで何をしているの?」
ラウラだわ。明るく感じがいいので、一瞬誰だかわからなかった。見れば、濃い桃色の衣装を纏った彼女の後ろから、水色の上着を着たランディが登場した。装いに負けず華やかな二人は、見る者を惹きつける。
どうして揃ってここへ? もしかして、二人は今まで会っていたの?
「カルザーク国の兄妹は個性が強いわね。あの国では、あれが普通なの?」
二人のことを考えながら、私は遅い朝食を口にしていた。ラウラがなかなか起きて来なかったので、一人食堂にいるためだ。皇太子妃のブレスレットを腕に嵌め、エメラルドに合わせた若草色のドレスを着ている。
「サーラフ様に比べたら、ランディって真面目よね? それとも学生時代の彼も、かなりモテていたのかしら?」
「……教えてあげようか?」
低い声に驚き振り向くと、背後で腕を組みサーラフが微笑んでいた。褐色の肌に白い衣装が合っていて、たっぷりの袖が目にも涼しい。だけど、いつの間にここへ?
私は急いで席を立ち、頭を下げた。
「た、たた、大変失礼を致しました」
「何のことだろう? 俺に興味を持ってくれるとは、嬉しいね」
「いえ、決してそのようなことではなく……」
間髪を入れずに否定する。
私を担当する女官達に、たくさん忠告されていたからだ。
『いいですか、クリスタ様。サーラフ様と目を合わせてはいけません。彼は危険です』
『危険? どうして?』
『話しかけられるとドキドキして、いつの間にか好きになるという噂です』
『私も聞きました。姫様なら、金色の瞳を見ただけで身ごもってしまうかも』
『身ごもるって……妊娠ってこと? まさか!』
さすがに大人だし、冗談だとわかるくらいの知識はある。
『それくらい危ないってことですよ。ご本人は気づいていらっしゃるのかどうか。でも、気をつけて下さいね?』
気をつけるも何も、私は大丈夫。それに、もうすぐ結婚する親友の相手を口説く人は、いないと思う。
我に返って見上げると、金色の瞳がまっすぐ私を捉えていた。
「残念だ。こんなに可愛らしいのに、君はランディ一人のものになってしまうんだね?」
サーラフの嘆くように大げさな口調を聞き、女官の言っていたのはこれか、と一人で納得する。まずいわ、話の流れを変えないと。
「け、結婚するので当たり前です。可愛らしいといえば、ラウラ様は? 体調を悪くされたのでなければ良いのですが」
文句を言う割に、ラウラは食事の時間を楽しみにしている。この時間まで寝ているのは珍しく、呼びかけに応えないのも初めてのことだった。サーラフが顔をしかめる。
「妹のことは放っておけばいい。自分が不利になると、部屋にこもってふて寝するんだ」
「あら……」
意外な共通点に思わず頬が緩む。
ラウラったら、まさかのオフトゥン好き!?
嫌なことがあればオフトゥンを被るなら、私と一緒だ。本人ではなく兄から情報を得られるなら、もう少し早く伺っておけば良かったわ。そうしたら、レスタードの寝具をこっそり貸してあげられたのに。
「おかしいだろう? 強気なようで、ラウラは案外打たれ弱い。だから俺はずっと……」
妹のことを語る時、サーラフはすごく優しい顔をする。前世は一人っ子で今世では姉のいる私。兄がいたら、こんな感じなのだろうか?
「いや、何でもない。まあ要するに、偉そうにはしているが、本心ではないんだ。わかった上で付き合ってくれるとありがたい」
「もちろんですわ」
私はサーラフに、にっこり笑いかけた。頑張ればもう少しで、ラウラの心に届きそうな気がする。喜ぶ私を見ながら、サーラフが目を細めた。何を思ったのか、彼は突然、私の頬に手を伸ばす。
「……え? あの、ここ、これって……」
緊張して、固まってしまう。婚約者がいるのに気軽に触れさせるなんて、かなりいけないわ。だけど、相手は大きな国の王族だ。怒らせないよう距離を取るには、どうしたらいいのだろう? ぐるぐる考えていると、サーラフが手を離した。
「ああ、ごめん。頬にソースがついていたから」
ほら、というように彼は自分の親指を見せた。そこには確かに、先ほどまで食べていたバジルのソースが付いている。私ったら、恥ずかしい上に自意識過剰だわ。
サーラフが、そのまま当然のように自分の親指を舐めた。それを見て、私は激しくうろたえる。
「ご、ごご、ごめんなさい」
「ハハ。やっぱり君はラウラにそっくりだ。妹もよく、口の端に付けている」
そっくりだと言われると、複雑な気持ちだ。ランディは、ラウラに似ていたから私を気にしたの? 血の繋がった兄でさえそう思うのなら、他人のランディはもっと似ていると感じたのでは?
自信を失くしかけたその時、皇太子妃のブレスレットが視界に入る。私が皇国にとって重要な存在だと、皇妃は私を励ました。皇太子から頼まれているとも言って下さって……
不意にこれを持ってプロポーズした、ランディの姿が脳裏に甦る。
『レスタードのクリスタ王女、どうかこれを身につけて、私の妻として共に皇国を支えてほしい』
彼は跪き、私の手の甲にキスをした。そして、ブレスレットを私の腕に通す――
そうよ! ランディはラウラではなく、私を妻にしたいと言っていた。彼の気持ちを疑うなんて、愚かなことだわ。ランディにも悪いし、私は強くなると決めたのだ。
「どうかしたのかな? クリスタ姫」
「いいえ。似ているのは髪の色だけで、そっくりと言われるほどではありません」
目の前のサーラフは、私が言い返すとは考えていなかったのだろう。一瞬目を丸くすると、次いで楽しそうな笑みを浮かべた。
「違いない。だが従姉妹同士だから、似ているのは当たり前だろう?」
今度は私が目を見張る番だった。
ああ、やっと。亡くなった母の様子が、聞けるかも知れない。
「あの、良ければ是非教えて下さい。私の母は貴国で……」
ところがそこで、弾んだような女性の声が入り口からかかる。
「あら、兄様。そこで何をしているの?」
ラウラだわ。明るく感じがいいので、一瞬誰だかわからなかった。見れば、濃い桃色の衣装を纏った彼女の後ろから、水色の上着を着たランディが登場した。装いに負けず華やかな二人は、見る者を惹きつける。
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