お妃候補は正直しんどい

きゃる

文字の大きさ
53 / 97
第七章 家宝は寝て待て

ご利用は計画的に1

しおりを挟む
 忙しいランディに代わって暇になったのが、彼の親友サーラフだった。ラウラの兄でもある彼は、実はかなり女性にモテる。男らしく精悍せいかんな顔立ちに爽やかな笑み。低く通る声ですぐに褒めるから、皇宮の貴族や女官達がたちまちその気になってしまうのだとか。

「カルザーク国の兄妹は個性が強いわね。あの国では、あれが普通なの?」

 二人のことを考えながら、私は遅い朝食を口にしていた。ラウラがなかなか起きて来なかったので、一人食堂にいるためだ。皇太子妃のブレスレットを腕に嵌め、エメラルドに合わせた若草色のドレスを着ている。

「サーラフ様に比べたら、ランディって真面目よね? それとも学生時代の彼も、かなりモテていたのかしら?」
「……教えてあげようか?」

 低い声に驚き振り向くと、背後で腕を組みサーラフが微笑んでいた。褐色の肌に白い衣装が合っていて、たっぷりの袖が目にも涼しい。だけど、いつの間にここへ?
 私は急いで席を立ち、頭を下げた。

「た、たた、大変失礼を致しました」
「何のことだろう? 俺に興味を持ってくれるとは、嬉しいね」
「いえ、決してそのようなことではなく……」

 間髪を入れずに否定する。
 私を担当する女官達に、たくさん忠告されていたからだ。

『いいですか、クリスタ様。サーラフ様と目を合わせてはいけません。彼は危険です』
『危険? どうして?』
『話しかけられるとドキドキして、いつの間にか好きになるという噂です』
『私も聞きました。姫様なら、金色の瞳を見ただけで身ごもってしまうかも』
『身ごもるって……妊娠ってこと? まさか!』

 さすがに大人だし、冗談だとわかるくらいの知識はある。

『それくらい危ないってことですよ。ご本人は気づいていらっしゃるのかどうか。でも、気をつけて下さいね?』

 気をつけるも何も、私は大丈夫。それに、もうすぐ結婚する親友の相手を口説く人は、いないと思う。
 我に返って見上げると、金色の瞳がまっすぐ私を捉えていた。

「残念だ。こんなに可愛らしいのに、君はランディ一人のものになってしまうんだね?」

 サーラフのなげくように大げさな口調を聞き、女官の言っていたのはこれか、と一人で納得する。まずいわ、話の流れを変えないと。

「け、結婚するので当たり前です。可愛らしいといえば、ラウラ様は? 体調を悪くされたのでなければ良いのですが」

 文句を言う割に、ラウラは食事の時間を楽しみにしている。この時間まで寝ているのは珍しく、呼びかけに応えないのも初めてのことだった。サーラフが顔をしかめる。

「妹のことは放っておけばいい。自分が不利になると、部屋にこもってふて寝するんだ」
「あら……」

 意外な共通点に思わず頬がゆるむ。
 ラウラったら、まさかのオフトゥン好き!?
 嫌なことがあればオフトゥンを被るなら、私と一緒だ。本人ではなく兄から情報を得られるなら、もう少し早く伺っておけば良かったわ。そうしたら、レスタードの寝具をこっそり貸してあげられたのに。

「おかしいだろう? 強気なようで、ラウラは案外打たれ弱い。だから俺はずっと……」

 妹のことを語る時、サーラフはすごく優しい顔をする。前世は一人っ子で今世では姉のいる私。兄がいたら、こんな感じなのだろうか?

「いや、何でもない。まあ要するに、偉そうにはしているが、本心ではないんだ。わかった上で付き合ってくれるとありがたい」
「もちろんですわ」

 私はサーラフに、にっこり笑いかけた。頑張ればもう少しで、ラウラの心に届きそうな気がする。喜ぶ私を見ながら、サーラフが目を細めた。何を思ったのか、彼は突然、私の頬に手を伸ばす。

「……え? あの、ここ、これって……」

 緊張して、固まってしまう。婚約者がいるのに気軽に触れさせるなんて、かなりいけないわ。だけど、相手は大きな国の王族だ。怒らせないよう距離を取るには、どうしたらいいのだろう? ぐるぐる考えていると、サーラフが手を離した。

「ああ、ごめん。頬にソースがついていたから」

 ほら、というように彼は自分の親指を見せた。そこには確かに、先ほどまで食べていたバジルのソースが付いている。私ったら、恥ずかしい上に自意識過剰だわ。
 サーラフが、そのまま当然のように自分の親指をめた。それを見て、私は激しくうろたえる。

「ご、ごご、ごめんなさい」
「ハハ。やっぱり君はラウラにそっくりだ。妹もよく、口の端に付けている」

 そっくりだと言われると、複雑な気持ちだ。ランディは、ラウラに似ていたから私を気にしたの? 血の繋がった兄でさえそう思うのなら、他人のランディはもっと似ていると感じたのでは?

 自信を失くしかけたその時、皇太子妃のブレスレットが視界に入る。私が皇国にとって重要な存在だと、皇妃は私を励ました。皇太子から頼まれているとも言って下さって……
 不意にこれを持ってプロポーズした、ランディの姿が脳裏によみがえる。

『レスタードのクリスタ王女、どうかこれを身につけて、私の妻として共に皇国を支えてほしい』
 
 彼はひざまずき、私の手の甲にキスをした。そして、ブレスレットを私の腕に通す――

 そうよ! ランディはラウラではなく、私を妻にしたいと言っていた。彼の気持ちを疑うなんて、愚かなことだわ。ランディにも悪いし、私は強くなると決めたのだ。

「どうかしたのかな? クリスタ姫」
「いいえ。似ているのは髪の色だけで、そっくりと言われるほどではありません」

 目の前のサーラフは、私が言い返すとは考えていなかったのだろう。一瞬目を丸くすると、次いで楽しそうな笑みを浮かべた。

「違いない。だが従姉妹いとこ同士だから、似ているのは当たり前だろう?」

 今度は私が目を見張る番だった。
 ああ、やっと。亡くなった母の様子が、聞けるかも知れない。

「あの、良ければ是非教えて下さい。私の母は貴国で……」

 ところがそこで、弾んだような女性の声が入り口からかかる。

「あら、兄様。そこで何をしているの?」

 ラウラだわ。明るく感じがいいので、一瞬誰だかわからなかった。見れば、濃い桃色の衣装をまとった彼女の後ろから、水色の上着を着たランディが登場した。装いに負けず華やかな二人は、見る者を惹きつける。
 どうして揃ってここへ? もしかして、二人は今まで会っていたの? 
しおりを挟む
感想 804

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

私に姉など居ませんが?

山葵
恋愛
「ごめんよ、クリス。僕は君よりお姉さんの方が好きになってしまったんだ。だから婚約を解消して欲しい」 「婚約破棄という事で宜しいですか?では、構いませんよ」 「ありがとう」 私は婚約者スティーブと結婚破棄した。 書類にサインをし、慰謝料も請求した。 「ところでスティーブ様、私には姉はおりませんが、一体誰と婚約をするのですか?」

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。