お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第七章 家宝は寝て待て

皇都にて4

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 屋敷の窓に注目していた私は、ラウラの声に引き戻される。

「もういいわ。クリスタ、連れてきてくれてありがとう。いつまでも過去にこだわってはいけないわね?」

 微笑むラウラの表情は、ランディへの想いを断ち切ろうとしているかのようだ。帰国する兄の手前、無理して明るく振る舞っているのだろうか?
 ラウラを思うと胸が痛む。けれど、下手な同情はしない方がいい。私は気づかないふりをして、彼女に話しかけた。

「どういたしまして。じゃあ、そろそろ次に移動してもいい?」
「それなんだけど。実は私、他にも行きたい所があって……」

 サーラフの留学時代、ラウラの幼い頃の思い出の地が、他にもあるのかしら? 私が場所を知らなくても、連れてきた女官や護衛ならわかるかもしれない。サーラフが覚えているなら、御者に伝えてくれるだろう。今日の私は、二人をとことんもてなすと決めている。

「どこかしら? それなら、遠慮せずに言ってちょうだい。希望に応えられるよう頑張ってみるわね」
「あの……私、クリスタとランディが式を挙げる大聖堂が見たいわ」
「まあ!」

 ラウラは私とランディとの結婚を、自分なりに受け入れようとしているらしい。健気な心が嬉しくて、胸の奥がジンとなる。熱くなった胸の前で手を握ると薄紫の袖が揺れ、母にも祝福されたような気がした。

「そうだな。残念ながら俺は、親友の式には参加できそうにない。今のうちに見ておくのもいいかもしれん」

 ラウラに続きサーラフまで乗り気だ。大聖堂の見学は、私にとっても嬉しい。忙しいランディを待っていると、練習は式直前の一度だけ、という事態にもなりかねないから。皇都に来たついでに下見をしておく、というのは良い考えに思われた。ラウラ、その案乗ったわ!

「それなら、見学したいと伝えておくわね」

 あと二ヶ月半で私とランディが式を挙げる大聖堂は、皇都の中心にあり、ここからだと街を通っていかなければならない。街にある店をのぞいた後に大聖堂へ、というコースが良さそうだ。

 ヴェルデ皇国も私の故郷のレスタード国も、前世のキリスト教に似た同じ教義を信仰している。サーラフやラウラのいるカラザーク国は、土地の神をあがめる別の宗教。だからといって対立があるわけではなく、大陸全土が宗教には比較的寛容だ。そのため別の教義を信仰していても、大聖堂への立ち入りが許されていた。

 といっても向こうにも都合はあるし、急な見学は嫌がられる。私は護衛のうちの二人を、許可を取るため先に派遣しようと考えた。お忍びといいながら、現在一人につき二人、計六人の屈強な護衛がついている。これに私の女官とサーラフとラウラの従者を合わせると計九名、私達を入れると十二名の大所帯だ。ぞろぞろ歩くと全然忍んでないような……

 街を案内してもらうため、女官は外せない。だとすれば、身体が空くのは私に付いている護衛だけ。どうせ団体行動なので、四人も兵士がいれば十分だ。

「ですが、我々は……」
「せっかくだから、希望を叶えてあげたいの。栄えある職務の方に、伝言を頼んでごめんなさい。必ず合流するから、先回りして危険はないか調べておいて下さる?」

 大聖堂が危ないとは思えない。けれど、一般の民も容易に立ち入れる場所なので、万が一ということもある。賓客を連れて行くにあたり、少しのミスも許されないのだ。司祭達に怪訝けげんな顔をされても困るし。

「かしこまりました。お気を付けて」
「あちらでお待ちしております」
「ええ。お願いね」

 

 残る私達は街で一旦馬車を降り、お店を見て回ることにした。皇都はいろんな国の人や物であふれている割には、兵士が巡回していて治安がいい。計画的に作られたと思われる町並みは、大通りを中心にいくつかの通りがあり、石畳で整備された道に沿って店や住居が並んでいる。
 武器や防具は鍛冶屋街、薬屋は診療所の近く。パン屋や肉屋、野菜売りなど食品を扱う店は市場の周りにまとまっており、買い物もしやすいようだ。花屋と土産物屋は広場の側で、旅館兼食堂の隣にはカフェのようなしゃれた店がある。ここから先はレストラン街といったところかしら?

 同行した女官がいろいろ教えてくれるので、私の気分は観光客。でも実際には案内する側なので、余裕があるフリをしなくてはならない。

「暑いし冷たい飲み物はいかが? この辺に美味しいお店があるの」

 サーラフとラウラに言いながら女官を横目で見ると、コクコク頷いてくれた。良かったわ、本当にあるのね?

「賛成だ。休憩した後、買い物しようか」
「そうね。兄様に何を買ってもらおうかしら?」
「約束した覚えはないが?」

 軽口を交わしながら、二人とも楽しそうに笑っている。今のところ、おもてなしは順調ね。
 女官一推しの店は、青い屋根に白い柱が涼しげなオープンテラスのカフェだった。店内からは、焼きたてパンの香りが漂い、ちらっと見えた柔らかそうなお肉も食欲をそそる。お腹が空くと思ったら、もうすぐお昼だわ。
 
 通りの見える端の席に案内された私達は、そこで昼食をとることにした。もちろん身分は明かさない。すると、私達の衣装とサーラフを見た店員が外国人だとわかったらしく、大陸語で書かれたメニューを渡された。この辺皇国は進んでおり、貴族より民の方が異国の人々への理解があるみたい。

 サーラフは、香ばしい鶏肉のオレンジソースがけにマッシュポテトが添えられた一品を。ラウラは子羊のローストにデミグラスとバジルのダブルソースがかかった料理を頼んでいた。私はホタテ……がなかったので、白身魚のムニエルをお願いすることに。それぞれにサラダと焼きたてパンが付いているらしく、ちょっと得した気分だ。

「ラウラ、口元にソースが付いている」
「……え?」
「ほら、ここ。お前は相変わらずだな」

 サーラフが笑いながらラウラに手を伸ばし、口の端に付いたソースを指で拭う。そのまま当然のようにペロッとめた……って、この前の私と同じじゃない! 見ているだけでドギマギするけれど、当の本人達は平気な顔。それどころか、さらにイチャついているような?

「兄様のお肉、美味しそうね」
「ああ、これ? そうだな、さっぱりして食べやすい。ほら」

 なんとフォークに刺した鶏肉を、ラウラの口元に。ラウラが赤い唇を開き、パクッと食べた。

「本当。ほどよい酸味が鶏肉に合って、美味しいわ!」

 微笑み合う二人に私は目を丸くした。皇国では信じられないマナーだけど、カラザークではこれが普通なの? 今のはどう見ても、恋人同士の「はい、あーん」「美味しい」、よね? なんだか私の方が照れてしまう。
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