お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第七章 家宝は寝て待て

皇都にて8

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「だが、バハルは残虐ざんぎゃくな性格だ。第一夫人の寵愛ちょうあいをいいことに、逆らう者は手下を使って処分する。今まで王族には手を出さなかったが、異国の地では安心できない。能力もないのに野心だけは人一倍の、愚かな男だ。交渉を引き延ばし、助けを待つしか方法はないだろう」

 サーラフが縛られた手で、ごわごわしたシーツを器用にめくる。私を無言で見つめるから、この中にくるまっておけ、ということかしら? オフトゥンは好きだけど、汚れの目立つシーツは嫌い。だけど、今はそんな贅沢を言っている場合ではなくて……

 手足を縛られたままでは動きにくいものの、何とかシーツの中にもぐり込むことに成功した。サーラフが上からシーツをかけてくれるから、私の考えは当たっていたようだ。
 粗末なベッドは所々がすり切れているため、肌に当たって痛い。レスタード産の『最高級ロイヤル羽毛オフトゥン』とは、雲泥うんでいの差だわ。
 
 とはいえ、我が身をなげいている暇はない。助けを待つ間、私にできることはないかしら?
 バハルという人は、残虐なのに第一夫人に気に入られているという。いえ、気に入られたから性格が変わってしまったの? さっき会話の中で、カラック語の『情夫』――愛人という言葉も聞こえてきたため、彼は国王の正妃が夢中になるくらい、見目麗しい男性なのだろう。

 自分に自信がある人なら、なんとか油断させて……って、寝たふりをしたまま話すことは不可能だ。それに、本物のラウラならまだしも、私に男性の気を引く会話ができるとも思えない。やはり、全てをサーラフに任せるしかないのかしら?



「姫、済まない。奴らが戻って来たようだ」

 サーラフの言葉に、私はシーツの中で戸口に背を向け、息を殺す。直後に扉が開き、想像していたよりも低い男性の声が聞こえてきた。

【おや、話し声がしたと思いましたが……気のせいですかな?】
【バハル! お前、こんなことをしてただで済むと思っているのか】
【これはこれは、サーラフ様。我がアジトへようこそ。招待していませんがね?】

 間延びした嫌味っぽいしゃべり方に、神経を逆撫でされてしまう。動いてはいけないと思うと余計に、身体がムズムズしてきたような。チクチクして痛いけど、このままの状態で我慢しなくてはならない。

【連れて来たのはお前達だろう? 他国でこんなバカなことを……】
【サーラフ様、言葉遣いに気をつけて下さいよ? 私はもうすぐ宰相となるのです。片や貴方は落ちぶれた王子。いえ、王子でもなくなりますが】

 随分な言いようだけど、権力欲しさに誘拐したと、自ら認めているわね? 第一王子が関わっているというのは、本当なのだろう。

【兄が一人で計画したとは思えない。あの女の仕業しわざか?】
【私が答えると思いますか? それにしても、カラザークの色男が台無しだ。ふてぶてしく眠る妹は、無傷なようですがね】

 ここにいるのがサーラフの妹でないと知ったら、バハルという名の男はどんな反応をするのかしら?

【ですが、そろそろ起きてもらいませんと。妹のことになるとサーラフ様はなんでも言うことを聞く、ともっぱらの噂ですからね。まあ、使えない部下が失敗したとはいえ、貴方がここにいるから話は早い】
【一応聞いておこうか。バカなお前達は、何を企んでいる?】
【貴様、さっきから言わせておけば!】

 バハルとは別の声がする。先ほどの男達は、すぐ近くにいるようだ。金属の音がしたから、武器を持っている……とか?

【おやおや。いいのですか? そんなに偉そうな態度だと、彼らが何をするかわかりませんよ? 嫁入り前の貴方の妹に、うっかり手を出してしまうかもしれませんねえ】
【何だと?】
【おお、怖い。そんなに怒らなくても良いではありませんか。だって、直系の王族でもないラウラ様に、ほとんど価値はありませんからね?】

 ……え? 直系では、ない?
 私は驚きのあまり、動いてしまう。
 その様子を、バハルがめざとく見つけた。

【ああ。やはりラウラ様も起きていましたか。ご自分の話は無視できないようだ】
【バハル、その情報はどこからだ? 誰がそんなデマを?】

 サーラフが彼の気をらそうと、話しかけている。
 どうしよう? どうすればごまかせる?

【デマ? まさか。ファラーシャ様はなんでもご存知です。あのお方に仕えることこそ、無上の喜び】
【腹黒い年増女に入れあげるとは、お前も相当ひど……ぐっ】
 
 シーツの中で震えながら、私は鈍い音を耳にした。サーラフが、誰かに殴られたの? 彼は大丈夫なのかしら?
 ここで出て行けば、私をかばおうとする彼の努力が無駄になってしまう。けれど、首謀者を挑発し続ければ、彼の身が危ない。どうしたらいいの?

【言葉遣いに気をつけて、と言ったはずですが? あのお方を中傷するなど許せません。ファラーシャ様こそカラザークの希望の光。あのお方の言う通りにしていれば、間違いないのです】

 どこかうっとりしたような口ぶりだけど、私に言わせれば間違いだらけだ。
 ファラーシャという人は、国王の第一夫人でありながら、部下の男性と懇意こんいになった。それだけでも問題なのに、息子に加担し王座を奪おうと企み、他国での王女誘拐を指示している。
 実行犯は相手を取り違えたどころか、第二王子本人まで攫ってしまった。たとえサーラフに継承権を放棄させたとしても、彼を客人として迎えた皇国が黙ってはいないだろう。希望の光というより、悪夢だ。

【さて、ラウラ様をそろそろこちらに引き渡してもらいましょうか?】

 何人かがその場を動く音がする。
 いよいよマズい状況だ。

【やめろ、ラウラに手を出すな! 妹は何も知らない】
【そうでしたか。でしたら、教えて差し上げないと。お前達、王子を退かせろ】
【くそっ】
【痛い! 貴様、頭突きを……】
【うわっ、暴れるな】
【なっ、そっちを押さえろ!】

 手と足を縛られながらも、サーラフは男達を私に近づけまいと、必死に妨害しているようだ。激しく暴れ回る音に続き、ベッドが揺れる。私が本物のラウラだとしても、こんな時に寝ているはずがない。私はシーツを被ったまま、なんとか起き上がる。

【やめなさい! 言うことを聞けばいいのでしょう?】

 カラック語を話す私に、サーラフが息を呑む。シーツのお化けみたいな状態で、威厳いげんも何もあったものではないけれど。

【妹の方が聞き分けがいいようですね。さ、ラウラ様。どうぞこちらへ】

 手と足を縛られているのに?
 明らかに無理でしょ。

【その前に、兄には手を出さないと約束して下さる?】
【愚かな王女だ。価値のないお前が、生意気に交渉を?】

 声が近づく。バハルと呼ばれた男が、シーツに手をかけた。私は引きがされまいと、ごわごわの布を必死に掴む。

【何だ? こんなものにすがっても無駄だぞ】
【やめろ!】
【きゃあっ】

 抵抗むなしく、シーツが一気に取り払われた。
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