お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第八章 愛も積もれば山となる

狼の本気2

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 厩舎きゅうしゃに到着した私は、まだ残っていた護衛達に声をかけた。

「レオナール、他の皆も聞いてくれ。留守の間にクリスタと客人がさらわれた。出るぞ」
「クリスタ様が?」
「そんな、クリスタ!」

 馬の陰で見えなかったが、レオナールのすぐ側にはジルがいた。乗馬の後、馬にブラシをかけていたらしい。

「ジル、一刻を争う。捜索を手伝ってくれ」
「もちろん。行き先は?」
「皇都だ。クリスタとサーラフ、犯人達もカラザークの衣装を着ている。人目につきやすい。恐らく街を出てはいないだろう」



 ジルや護衛達と共に街へ急ぐ。もし間に合わずにクリスタが傷つけば、私は一生自分を許せそうにない。
 皇都に着いてすぐ、黒髪のかつらを被る。出掛けたままの姿だったため、服の内側に入れておいたことが幸いしたようだ。ジルは逆に結んでいた紐を解き、長い銀髪を背中側に垂らす。レオナールや他の護衛はそのままだが、彼らに変装の必要はない。私達は馬を宿に預け、手分けをすることに。

「別々に探そう。私とレオナールが二手に分かれる。ジルは彼の方へ。発見したら呼び笛で合図してくれ」
「わかった。ランディも気をつけて」

 時々変装して訪れるので、都のことなら店や宿、通りの名前もよく知っている。レオナールも細君がここの出身だから、街の様子に詳しい。騎士を従えているとそれなりに目立つが、皇太子だとバレない限りは比較的自由に動けるだろう。

 クリスタとサーラフは無事なのか? 
 間もなく皇太子妃となるクリスタに、皇国内で手を出すほど相手もバカではないと思う。攫った相手を、カラザーク国第一王子の関係者だと予想しているものの、正確には不明。いずれにせよ、油断はできない。

 残念ながら、近くに警備兵の姿がなかった。私ともう一人の護衛は、犯人の足取りを追うために付近の店や街の人に聞き込みを開始する。大勢の人が行き交う街中での犯行なら、目撃者も多数いるはずだ。まずは露店ろてんの帽子屋で、恰幅かっぷくのいい女性に声をかけた。

「茶色の髪の女性? ああ、知っているよ。外国の感じのいい娘さんだろ? 帽子を勧めたけど、丁寧に断られてしまってねえ」

 マーサから、クリスタはカラザークの民族衣装を着て外出したと聞かされている。茶色の髪も皇国では珍しい。きっと彼女だ!

「どちらの方に行きましたか?」
「ええっと。通りをまっすぐ、あっちに進んで行ったと思うよ。異国の恋人かい? だったら大事にね」
「ありがとう」

 クリスタの出身はカラザークではなくレスタードだが、確かに異国から連れてきた私の大事な人だ。その人の危機に、側にいなかったことが悔やまれる。先を急ごう。
 別の店では、口ひげを生やした店主の男が彼女を覚えていた。

「綺麗な大陸語を話すだろ? クリスタ姫愛用のおうぎを勧めたが、持っていると言われた」
「クリスタ姫?」
「なんだ兄さん、知らないのか? もうすぐ皇太子殿下のお妃になる美女だよ。パレードの時は人手がすごく遠目でしか見られなかったが、あれは絶対に絶世の美女だね」

 クリスタは、綺麗だが愛らしくもある。本人が店主の言葉を聞いたら、真っ赤になりそうだ。パレードではなく、帰国しただけなのだが……
 遠目でしか見ていないのに、クリスタがここの扇を愛用しているという矛盾むじゅん。店主は気づいていないようだが、今は些細ささいなことを追求している場合ではない。クリスタ本人の行方を聞き出そう。

「その娘はどこに?」
「クリスタ姫? もちろん皇宮に……」
「違う。話しかけた娘の方だ。どの辺にいったかわかるか?」
「ああ。それならまだ先だろう。若い女性に人気の店は、モンド地区に固まっているからね」
「わかった。ありがとう」

 情報を頼りに彼女を探す。
 クリスタは声をかけられるたびにお礼や謝罪の言葉を口にしているようで、人通りが多い中、彼女の様子を覚えている者は意外に多い。だが、未だ手がかりは掴めなかった。ジルやレオナールは、クリスタとサーラフを見つけたのだろうか?



 ある仕立屋の前で血痕けっこんを発見した。まさか! 一瞬目の前が暗くなり、背中を嫌な汗が伝う。
 共にいた騎士が聞き込んだところによると、先ほどここで異国の者と兵士との乱闘騒ぎがあったそうだ。異国の衣装を着た男達はバラバラに逃走し、傷ついた兵士は駆けつけた警備の兵と街の者とが手当をするため運んだのだとか。残念ながら、クリスタとサーラフが連れ去られた先を見た者はいない。

 事件のせいで付近は閑散としており、店や露店は空っぽだった。手がかりを探そうにも、人がいないとどうにもできない。二人は、この場からどこに連れ去られたんだ?

 周囲を見回したところ、街路樹の脇に立つ痩せた若い男と目が合った――灰色の服を着て筆の入った筒を持っているから、画家なのか? 私はその男に近づいて、話を聞くことにした。

「人を探している。カラザークの民族衣装を着た、茶色の髪の女性だ。どこに行ったか知らないか?」

 男は途端に震え出し、おびえたように目をらす。

「ぼ、ぼぼ、僕は彼女の後をつけていたわけでは……」

 当たりだ。彼は何を見たのだろう?

「いや、つけてくれた方が助かる。茶色の髪の女性は二人いたと思うが、攫われた方だ」
「さ、攫われた? 具合が悪くて介抱されていたのかと……」
「そんなわけないだろう? この場所で騒ぎがあったはずだ。背の高い男も一緒にいたと思うが、彼の行方ゆくえでもいい」
「お、男に興味はない」

 そんなことは聞いていない! そう言って殴りつけたくなるが、聞き出すためには我慢も必要だ。

「じゃあ、女性の方は?」
「か、可愛いから、見ていた。あっちの路地に入った後、ぐったりして。同じような服を来た人達に、向こうで馬車に乗せられていた」

 思わず舌打ちする。
 街から馬車で移動したなら、行先がわからない。手詰まりか?

「でも、すぐに停まった。グランス地区だと思う」
「何だと!」

 それならここからほんの少し離れた程度だ。そこまで詳しいとは、もしや仲間か?

「どうしてグランス地区だと?」
「ぼ、僕は視力がいい。画家だから、美しい物を見抜く目も確かだ」

 彼の言う通り、目を凝らせば見えない距離では……いや、私には無理だな。世の中には目が利く人間もいるとは聞くが、ここまでだとは思わなかった。けれど今、そんなことはどうでもいい。
 
「感謝する。君は確かに目がいいようだ。近いうちに、皇宮を訪ねるといい」
「こ、皇宮?」
「希望通り美しいものを描かせてあげよう。褒美ほうび付きで」
「は? 褒美? え?」

 訳がわからないという顔の彼を置き、私と護衛は住宅が多く集まるグランス地区に走った。手当たり次第に扉を叩き、出てきた住民に情報を求める。奥の空き家に出入りする男達を見たと、ある老婆が教えてくれた。笛を鳴らす暇も惜しい。急がなくては――
 
【……スタ姫ーっ】

 今のはサーラフの叫び声か?
 私は剣を構え、迷わず扉を蹴り飛ばす。
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