お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第八章 愛も積もれば山となる

お妃は正直幸せ? 4

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 皇都にある大聖堂は豪華で、大陸でも一、二を争う大きさだ。歴史も古く、歴代の皇太子や皇国の高位貴族はここで式を挙げる習わしなのだとか。白い円柱に支えられたアーチ型の壁。聖堂内部は静謐せいひつで、神聖な空気に包まれていた。

 正面には、大きな三枚のステンドグラスが天井高くはめ込まれ、屋内に外の柔らかな光をもたらしている。二百名ほどが収容できる木の座席、その横の二階部分にもステンドグラスがずらりと並び、まばゆい輝きを放っていた。右手奥には立派なパイプオルガンがあり、重厚な響きが期待できそう。当日は聖歌隊が天使の歌声を聞かせてくれるというから、非常に楽しみだ。

 練習だとわかっていても、ランディと腕を組んで中を歩くと、身の引き締まる思いがした。司祭の前に立ち、チラリと隣を見上げれば、アイスブルーの瞳が私を優しく見つめ返している。それだけでドキドキしてしまうので、本番では誓いの言葉を忘れたり噛んだりしないよう、注意しなければならない。
 
「いよいよだね? クリスタを私の妃だと、宣言できる日が待ち遠しいよ」
「ええ、私も。早く貴方と夫婦になりたいわ」
「……落ち着こう。精神的に、という意味だ」

 笑いかけただけなのに、ランディが口元を押さえて小声でぶつぶつ呟く。おかしいわね。私、変なことを言っていないはずよ?

 一方、私に付き添い参列席に座ったラウラも、誓いの言葉を繰り返しているようだ。カラザーク国の婚姻は、王宮内部での簡単な式だと聞く。ここで式を挙げる訳ではないのに、一生懸命なところが可愛らしかった。どうやらラウラは、本気で私達を参考にしようとしているみたい。

 司祭の説明と祝福の言葉を受けた私は、嬉しく誇らしい気持ちでいっぱいになった。あと少し、一ヶ月半後にはここで夫婦と宣言されるのだ。ランディに寄り添う私の腕には、もちろん『皇太子妃のブレスレット』が光っている。
 これを見るたびラウラは謝るが、それでもめてほしいと言ってくれた。

『だって、私のせいでそんなに素敵なブレスレットをしまい込むのは、もったいないもの』

 ランディに聞いたところによると、カラザークもまたリュスベックと同じように、宝石の一大産地なのだとか。他国に輸出しないので、書物には詳しく出ていない。ラウラが宝飾品に詳しいのはそのためで、彼女自身も高価な品をいくつか持っているという。
 レスタードで宝石をほとんど持たず、羽毛オフトゥンが宝物だった私とは大違い。だけど私にとってオフトゥンは、今でも宝石より価値のある大事な品だ。



 そのラウラはカラザークのため、立派なお妃になろうとしているようだ。
 聖堂から戻ったラウラが、「行儀作法や一般教養を学びたい」と言い出した。私はラウラを連れて皇妃に相談しに行く。厳しそうに見えて皇妃はふところが深く、とても優しい。美しい紫色の瞳を愉快そうにきらめかせた皇妃は、ラウラのために優秀な教師を付けてくれると約束してくれた。
 
「用件はそれだけか? わらわはクリスタと話がある。そなたは部屋で待つがいい」
「わかりました。皇妃様、ありがとうございます」
「うむ。ここにいる間、精一杯励むが良かろう」

 丁寧にお辞儀をし、ラウラが先に退室していく。
 私に話って何かしら? わざわざ引き留めるくらいだから、重要なことだろうと身構えていたら、単なる雑談だった。

「クリスタよ。我儘わがまま娘を手なずけるだけでなく、更生させるとは大したものだな」
「こ、更生? 私は少しでも、ラウラの力になれればと……」
「そなたが攫われる原因ともなった者にまで、情けをかけるのか? ああ、わらわもか。あの時は済まなんだ。息子に止められていたのを忘れ、外出を許可してしまった」
「いえ、とんでもございません。そのことは、もういいんです」

 優しく接してくれるランディのおかげで、忌まわしい事件は過去の記憶となりつつある。最も悪いのは犯人達で、皇妃やカラザークの二人に責任はない。私はたまたま巻き込まれただけだし、こうして無事に帰ってくることもできた。だけどあんな思いは二度としたくないし、他の誰にもしてほしくない。

 皇国軍の方達が、自主的に皇都の警備を強化したそうだ。文官達は所有者不在の家や空き家の把握に努め、取り潰しも検討しているという。議会では「子供や女性に手を上げ暴力を振るう者には、重い罰を科すべきだ」という意見も出たと聞くし、「皇国の民が等しく大陸語を話せるよう、教育しましょう」との声も上がっているのだとか。

 その全てにランディが関わったと私は知っている。より良い国になるべく、皇国は少しずつ前に進み出しているようだ。嫌な思いをしたことで、得たものもあった。だから本当に、私は誰も恨んでいない。

「良くはなかろう? だが、そなたのおかげで秘書官達も成すべきことが見えたようじゃ。妃となる前からみなを動かすとは、大したものじゃな? クリスタ、そなたがいれば我が国の未来は明るい」
「ま、まさか。それはラン……皇太子様です!」

 私の答えを聞いた皇妃が、またもや面白そうな顔をする。

「そうじゃった。そなたが真っ先に手なずけたのは、我が息子だったか。これからも、よろしく頼むぞ」

 もうすぐ義母となる皇妃様。
 私は彼女に、とりあえず頭を下げておく。部屋を出て、閉めた扉の前で首を傾げる。私は今、何をよろしく頼まれたのかしら……?

 部屋に戻り、ラウラと合流した私は刺繍ししゅうを教えることにした。毎日練習しているため、ラウラの腕は日々上達し、イニシャルはもう草には見えない。

「サーラフと再会するまで、たくさん練習しておくの。出発する時渡した手巾ハンカチに、不思議そうな顔をされてしまったから。今度は名前の横に、何か刺繍したいわ。そうねえ、我が国の国旗の模様、孔雀くじゃくはどうかしら?」
「孔雀! それは少し……いえ、かなり難しそうね?」
「やっぱり無理? クリスタがそう言うなら、他のものにしようかな」

 一瞬にして落ち込むラウラは、腕を下ろしてうつむき、ため息をついている。その姿はまるで、自信がなかった頃の私のようだ。優秀な姉と比べ、どうせかなわないと始めからあきらめていて。
 けれど私は、前を向くことの大切さを知っている。変わる努力をおこたってはいけないし、自分に限界を作ってはいけない。頑張れば頑張った分だけ成長できるのだ。

「いいえ。難しいけれど、ラウラならきっとできるわ。一緒に図案を考えましょう。サーラフ様に似合うかっこいいものがいいわね?」
「ありがとう! えーっと、それならどうしよう?」

 ラウラがパッと顔を輝かせ、頭をひねって考え始めた。
 その姿を見ながら、私は考える。
 得意なことで、誰かに喜んでもらえて嬉しい。今ここにいる私は、何もできないと諦めていた頃の私ではないのだ。自分にできることから少しずつ、無理せず進めていこう。愛する人が『そのままの私でいい』と言ってくれたから。
 
 ほら、今日もまた、たくさんの良いことが見つかりそうな気がするの。
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