お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第八章 愛も積もれば山となる

お妃は正直幸せ? 8

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 参列者の拍手に送られて、大聖堂の外に出た。その途端、今まで経験した中で一番の大歓声が辺りにとどろく。

「ご結婚おめでとうございまーす」
「皇太子殿下、妃殿下、万歳~」
「ご成婚、おめでとう!」

 聖堂前広場に詰めかけた大勢の人が、口々に叫んでいる。数が多くてよく聞き取れないが、たぶんこんな感じだと思う。ランディが笑顔で手を振るので、私も真似まねて手を上げた。

 どよめきがさらに広がる。
 興奮し夢中で叫び、手を振る人々。
 言葉はもう、わからない。
 だけど一つだけ確かなのは、みんなが笑顔だということ。溢れんばかりの歓喜のうずに包まれて、国旗がはためき紙吹雪が頭上を舞う。抜けるような青空の下、皇国の民が私とランディを祝福してくれる!

 民の期待に応えたい……
 決意を込めて隣を見ると、ランディも私に笑いかけてくれた。胸が温かくなり、人々と向き合う勇気がいてくる。
 私は背筋を伸ばし、今度はしっかり手を振り返す。本当は一人一人にお礼を言いたいけれど、それは叶わない。今日の気持ちを忘れずに、いつかきっとこの国にとってなくてはならない存在になるわ。

 ――ヴェルデ皇国の大聖堂で式を挙げ、多くの民に見守られ、私、クリスタ=レスタードはこの日、クリスタ=ヴェルデュールとなった。



 婚儀の後は、皇宮で祝いのうたげが開かれる。近隣諸国の王族や皇国の有力貴族が招待され、盛大なものとなるらしい。その後舞踏会という流れが、三日三晩続くという。招待客を厳選しても一日では終わらないなんて、さすがは大国だ。

『あら? でも、パレードは?』

 数日前の結婚式の打ち合わせ中、不思議に思って私は尋ねた。近くにいたランディが首を傾げる。

『パレードって?』
『ええっと。レスタードから戻る時、貴方が言ったの。――慣れてもらわないと、成婚後はこんなものではないよ? って』
『ああ、あれか。パレードではなく、結婚したら妃になって顔が広く知られるから、行く先々で大騒ぎになるよって意味だけど』
『大騒ぎに? どうして?』
『私の妃は可愛いから、みんなが見たいと思うだろう? だから、覚悟しておかないと』
『そんな、買い被りすぎよ』

 パレードがないと知り、ホッとしたような少し残念だったような。予定が減るのはいいことだけど、皇国の人々とはもう少し触れ合いたかった。それならせめて、視察の時には心を込めて交流しよう。
 でも、ランディには是非視力検査を勧めておきたい。あまり私を褒めすぎると、皇国の民から呆れられてしまうわよ。

 皇宮に戻った私は、ウェディングドレスから白のドレスに急いで着替える。オフショルダーのドレスは、首と肩のラインがバッチリ見え、スカート部分のらせん状のフリルが特徴的だ。袖には白い薔薇の花、胸には可愛いリボンが付いて、これに長手袋を合わせる。
 宴の席に着く直前、ランディが私を見るなり大げさな感想を漏らす。

「こんなに綺麗で可愛い姿をみんなが見るのか。しかも今日で終わらないとは、何の苦行だ? こればかりは、皇太子であることを恨むよ」

 ランディの方が私より余程綺麗なのに、おかしいわ。彼は紺色に黒と金が差し色の上着に白のシャツとクラバット、黒のトラウザーズを合わせていて、絵画のように麗しい。ちなみにこの宴は、私の妃としての初仕事だ。彼に恥をかかせないよう、しっかりしましょう。

 皇帝陛下の挨拶で祝いの宴が始まり、ランディが集まった賓客に礼を述べる。堂々とした立ち姿は惚れ惚れするし、感謝を盛り込んだ内容も素晴らしいものだった。私はこんなに聡明な人の妃になれたのね。

 ところが、私をみなに紹介したランディが、「クリスタも話す?」と突然声をかけてきた。二百名を超す招待客の視線が、私に降り注ぐ。予定にはなかったためびっくりし、一瞬うろたえる。以前の私なら、ここで黙って首を横に振っていただろう。だけど今の私なら――

 目を閉じ深呼吸。楽しいことを思い浮かべよう……母の大きな絵、晴天に恵まれた結婚式、集まった人々の満面の笑み。何より愛する彼が隣にいて、私を信じてくれている。
 私は再び目を開け、ランディに向かって頷く。お妃として、彼の期待に応えたい。
 口を開くと、自分でも意外なほど落ち着いた声が出た。

「多くの方々にお集まりいただき、大変光栄です。また、私達の門出を心より祝福していただき、感謝の念に耐えません。温かいお心のみなさまと共に、大陸の平和のため、皇太子殿下の妃として力を尽くします。どうぞよろしくお導き下さいませ」

 一気に言い終え、膝を折る。
 辺りが水を打ったように静まりかえっていた。おかしいわ。急ごしらえの割には、まともな挨拶ができたと思うのだけど……
 不安になってランディを見上げると、彼は私の手を握ってくれた。形の良い唇が綺麗な弧を描く。

 次の瞬間、大きな拍手が会場を包んだ。頷かれたり、祝いの言葉を述べられたりもして。
 ジルは微笑み、ラウラは一生懸命手を叩いている。側に控えるマーサや女官達は涙ぐみ、しっかり者の姉のクラウディアまでもが、手にした手巾ハンカチで目頭を押さえているようだ。

 そんな! 泣くほど大したものではなかったと思うの。

 だけど、思ったことをきちんと伝えられて嬉しい。皇国に来たおかげで、私は変わった。愛する人や優しいみんなが支えてくれるから、私はこれからも前を向き、成長し続けられるのだ。
 ランディは手を繋いだまま、私の耳元に唇を寄せた。
 
「妖精さんはさすがだね? 外に出なくても、既に大騒ぎだ」

 彼がおかしそうに、片目を閉じる。義理の両親――皇帝ご夫妻も、満足そうな笑みを浮かべていた。



 挨拶が済んだので、これで心置きなくお料理が食べられる! 料理長渾身の作は、口にするのがもったいないほど色鮮やかで美しい。楽しみで事前に尋ねた時には、「母と引き合わせて下さったお礼です。腕によりをかけますね」と、笑っていた。ただでさえ繊細で味わい深いいつもの食事が、さらに数段パワーアップし、かなり豪華だ。

 根菜には彫刻が施され、オードブルも品良く綺麗に盛り付けられている。三種類のソースで鶏肉と牛肉が一度に味わえたかと思えば、キッシュやパイはお代わり自由だという。カラフルな魚介のテリーヌと野菜のゼリー寄せには目を奪われ、デザートの三層からなるムースは、口に入れるとジュワッと溶けていく。
 お妃になったばかりとは思えないほど遠慮なく食べてしまったけれど、せっかく用意されたものだし、いいわよね?

 残念ながら食後の舞踏会で、私は食べ過ぎたことを後悔した。ダンスはそこまで苦手じゃないのに、身体が重くて動かない。結局ごまかすため、必要以上にランディとくっつく羽目に。
 ポッコリお腹が気になるし、みんなの視線がここでもやっぱり、生温かったような気がするの。
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