お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第八章 愛も積もれば山となる

お妃は正直幸せ? 9

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 舞踏会は朝まで続くらしい。
 私達にとっては三日連続の宴席や舞踏会でも、特別な招待客以外は一日限りのこと。できるだけ楽しんでもらいたいし、笑顔でもてなすためにも一旦休憩したいような。もしかして、お妃って体力勝負なの?
 挨拶に来る人の波が途切れたところを見計らって、ランディが私に耳打ちする。

「クリスタ、そろそろ抜けようか?」
「ええ」

 私は即座に首肯する。結構しんどいし、少しでも休みたかったから。一日中気が張って、自分で思うよりもずっと疲れていたみたい。これがあと二日続くとなると、体力的にたない気がするわ。
 
 ランディと二人で廊下を歩く。不意に私は気づいてしまう。これっていつもの部屋ではなく、皇太子の私室がある階よね? 夫婦となったから、き、今日から一緒のオフトゥンで!?
 お妃教育には、結婚後の振る舞い方のレッスンもあった。だから新婚の、その……よ、夜のマナーについても一応学んでいる。先生曰く『最後は全て殿方にお任せするように』とのこと。

 私は緊張しながら、皇太子の部屋に足を踏み入れた。
 上品で豪華な造りの室内は、優美でありながら実用性にも優れているみたい。大きな窓には金の刺繍が入った緑色のカーテンが掛けられ、木の床にはクリーム色の絨毯じゅうたんが敷いてある。天井からはシャンデリアが吊り下げられ、机や椅子、本棚などの家具は深みのあるマホガニー製で脇に彫刻がほどこされていた。その奥に寝室があるらしく、天蓋てんがい付きの立派なベッドが見えている。や、やっぱりこの後……こ、ここで?
 
 ランディは振り向くと、私の両肩に手を置いた。おでこに優しくキスをして、にっこり笑う。

「衣装は全て運び込ませているし、続き部屋には女官もいる。後はゆっくりするといい」
「……ゆっくりって?」
「疲れているだろう? 私は会場に戻るが、妖精さんには休息が必要だ。おやすみ、また明日」
「え? ええ」

 そのまま私は残されて、ランディだけが部屋を出て行く。閉まる扉を見ながら私は首を傾げた。

「習ったことと違うけど、いいのかしら? と、とと、特に期待していたわけではないの。でも、結婚して初めての夜だから……」

 誰にともなく言い訳し、大きなベッドに腰を下ろす。ふかふかの上掛けと敷布は、もちろんレスタード製『最高級ロイヤル羽毛オフトゥン』だ。ゴーリオ爺さんの品質保証マークもあるし、中央には金色の狼の紋章がしっかり刺繍されている。
 物語では結婚したら、めでたしめでたし。だけど本番は、きっとここからだ。続けて考え事をしようにも、疲れて頭が回らない。横になり、まぶたを閉じた途端……私は夢の世界へおちていく。



 二日目の夜も何もなし。
 起きた時、大きなベッドには横になった跡があった。べ、べべ、別に手を出されたいってわけではないのよ? だけど、続けておでこにお休みのキスだけでは、さすがにちょっと不安になる。

「愛している」って言ったのは、精神的な意味? まさか既に飽きられた? 
 皇太子であるランディは、午前中は執務で昼間は国賓相手に談話室、夕方からは宴席に参加し、その後大広間で舞踏会に顔を出す。忙しくて心配だし、できればゆっくりしてほしい。
 晴れて結婚したのに、ランディとの距離が遠い気がする。かといって自分から、さ……誘うのは無理だわ。

「どうしよう。二日目にして仮面夫婦? それとももう、十分だとか?」

 結婚式での嬉しそうな様子を見ているから、ランディの愛情を疑ったことはない。冷たいわけではないけれど、人目があるせいか、どこかよそよそしいのだ。舞踏会で私が笑いながら偶然彼の胸に触れた時も、ランディは身を引き、私の手をやんわり外す。なんとなく彼に拒絶されたようで、ショックだった。

 そうこうしているうちに、三日目の朝。
 目覚めると、金色の頭がすぐ近くにあった。正式に夫婦になったから、同じベッドで寝ていても慌てなくていい。けれど、彼を見るだけで胸が高鳴り、ドキドキしてしまう。
 ランディは昨夜も遅くまで男性客と話し込んでいたらしく、ぐっすり眠っている。寝顔も麗しく、金色のまつ毛はピクリとも動かない。彼の腕だけが離れないでとでも言うように、私の腰に巻き付けられている。

「バカね、そんなわけないでしょう?」

 ランディは忙しく、とても疲れているのだ。結婚したからといって、すぐにし……親密になる必要はない。彼はきっと、精神的な結びつきを重視するタイプなのね? だから焦らず、お妃としてゆっくり寝かせてあげましょう。
 部屋は広く、隣に移動すれば音を立てても気づかれないので、私は身体を起こして彼から離れることにした。

「きゃあっ」

 動こうとした途端、ランディの腕に力が込められ、引き戻されてしまう。急に引っ張られたため、私は仰向あおむけにベッドへ倒れ込む。しかもあろうことか、彼の大きな手がちょうど私の胸の上。実はもう、起きている、とか?
 見上げると、彼は瞼を閉じたまま。いくら寝ていて無意識でも、この体勢はかなり恥ずかしい。
 もがいて逃げだそうとしていたら、彼がゆっくり目を開ける。

「朝一番に妖精さんの顔が見られるなんて、最高だな」

 ランディがけだるげな表情で抜群の色気をかもし出すから、私は胸が苦しくて、呼吸困難に。口を大きく開け、空気を取り込む。

「真っ赤な顔してどうしたの? うわっ」

 息を吸った拍子に、大きく動く私の胸。その上に置かれた自分の手に気づいたランディが、慌ててどける。彼は勢いよく起き上がると、金色の髪をかき上げてため息をついた。
 これには私の方がびっくりだ。
 今の反応は何? まさか、私に触れるのも嫌になったの?



 午後に備え、私は念入りに装うことにした。結婚直後に飽きられたと、くよくよしても始まらない。今日もこの後、宴席と舞踏会が設けられている。お妃としての務めは果たそう。

 私は沈む気分を奮い立たせ、香油を入れたお風呂で丁寧に身体を磨く。上がった後はマーサが勧めた明るい薄紅色のドレスをまとう。スクエアカットの襟と袖、裾にもフリルが付いていて、柔らかく流れるようなドレープのスカートが歩くたび上品に揺れる。髪を結い、化粧を施しラベンダーの香水を振れば、仕度は終わり。

「今夜は国内の方が主だと聞いているけれど、おかしくないかしら?」
「もちろんです。皇太子殿下も姫様のあまりの美しさに、お喜びになりますよ」
「そう……だといいわ」

 式を挙げても、何も変わらない私達。鋭い女官が気づかないはずはないのに、彼女達は余計なことを一切詮索せんさくしない。私は思い悩むようにため息をつき、宴席に向かった。
 ところが、宴席後の舞踏会で、私は驚くべき人物に遭遇する。
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