お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第八章 愛も積もれば山となる

お妃は正直幸せ? 10

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「ご結婚おめでとうございます。クリスタ様がお元気そうで、嬉しいわ」
「ス、ステラ様……」

 ゆるく波打つ金髪に、琥珀こはく色の瞳。ステラは以前のような、胸元が大きく開いたセクシーな青いドレスを着ている。ネックレスは大ぶりのルビーで、胸の谷間を強調していた。
 けれど、彼女の父であるガイヤール子爵は、イボンヌの父親のバージェス侯爵と共に不正に荷担かたんしていたはずだ。子爵家の彼女が、なぜここに?

「クリスタ様ったら。そこまで驚かれなくてもよろしいのに。お祝いを申し上げるため、帰国しましたのよ?」
「あ、ありがとうございます」

 相変わらず大人っぽいステラを見ながら、私はなんとか口にした。お妃候補の最終審査以降、彼女に会ったことはない。帰国って? 留学でもしていたということかしら?

「まあ、結婚は私の方が先ですし、いろいろアドバイスできると思いますけれど」
「……え?」

 ステラが結婚?  ランディのことが好きではなかったの? まさか諦めるために、もう?

「あら、ご存じなかったのですね? 主人のフエルワース伯は、あいにく腰痛で寝込んでおりまして。私だけでもと思い、こちらに伺いましたの」

 その名が引っかかる。確かどこかで目にしたような。

「フエルワース伯爵って……あの?」

 私は突然思い出す。
 サーラフとラウラを案内した元カラザークの屋敷。現在の持ち主は高齢の伯爵で、得たばかりの若い奥様に夢中なのだとか。私達が訪ねた時は、その奥様と一緒にちょうど国外へ旅行中だった。
 年の離れた奥様って……ステラなのね!

「皇都の屋敷が、勝手に荒らされていたことでしょう?  でも、大した被害はなかったわ。出席の返事を出したのに、皇太子様ったらわざと黙っていたのかしら? まあいいわ。私も今、それなりに幸せだから」
「それなりって……」
「主人はおじいちゃんだけど、とっても優しいの。地位も財産もあるしね? 愛はなくても関係は良好よ」
「そ、そうなの」

 ステラの割り切った考え方には、驚かされてしまう。本人達が満足しているなら、私がとやかく言うことではない。だけど私は地位や財産より、夫の愛情が欲しいの。
 顔を曇らせる私に、ステラが尋ねた。

「ところで、ジゼル様はお元気?」
「え? ええ、もちろん」

 ジゼルが男の子で、ジルベールだったことをステラは知らない。今まさにランディと談笑している彼がそうだけど、ドレス姿を探しているなら決して見つからないだろう。あの時に比べてジルは背も高く、たくましくなっているのだ。

「そう、良かった。イボンヌ様は無理だとしても、フェリシア様はいらしていたわ。ジゼル様だけが見つからなくて」
「フェ、フェリシア様もここに?」

 何だろう? 今日は祝いの席というより、同窓会のようだ。

「ええ。彼女を見たら、クリスタ様もびっくりするかもしれませんわね」

 扇を口に当ててクスクス笑うステラは、言いたいことだけ言い終えると、さっさと向こうに行ってしまった。それにしても、ステラだけでなくフェリシアまで招待されているなんて驚きだわ。
 招待客の最終確認は、皇妃の担当だった。もしや、わざとでは!?

 この場にいるなら、フェリシアは借金を無事払い終えたということなのかしら?
 好奇心が勝った私は、彼女の姿を探すことにした。目立つ髪の色だから、すぐに見つかるはずよね? 会場を見回しても、なかなかそれらしい人物に出会わない。

 歩き出そうとしたところ、フリルがたくさん付いた黄色いドレスの、ふっくらした女性とぶつかってしまう。同じピンクの髪でも、体重はフェリシアの三倍くらいはありそうだ。

「も、申し訳ありません」
「いいえー、こちらこそぉ。あっ、クリスタ様!」

 声をかけられ仰天ぎょうてんした。ピンクの髪で青い瞳。それにこの、きゅるんとした特徴的な話し方は……。体型が全然違うけど、まさか、フェリシアなの?

「すっごく久しぶりぃ。そうそう、ご結婚おめでとー。とうとうお妃なのね?」

 間違いなく本人のようだ。
 私はびっくりしていることがバレないよう、笑顔を作る。

「ありがとうございます。フェリシア様も変わら……お元気そうで」

 変わらずに、と言おうとして口が止まった。見た目はかなり変わっているから、嘘になってしまう。本人もわかっているようで、苦笑している。

「もうっ、大きくなったって言いたいんでしょ? だけど、借金を返すためには仕方ないしぃ」
「借金返済のため?」
「そうよ。お父様がぁ、靴の代金を肩代わりしてくれたの。だってぇ、皇国を怒らせると怖いでしょぉ? で、私に働いて返しなさいってー」

 お妃候補の期間中、フェリシアはかなりの買い物をしていた。リード国への請求額は相当なものだったと思う。父親であるリード国王は、返済のため娘に仕事を勧めたらしい。
 王女の彼女が、慣れない仕事で痩せ細るならまだわかる。前より大きくなっているのはどうして? ふくよかでももちろん可愛いけれど、急激な変化は身体に悪いのではないかしら?
 フェリシア本人が、その理由を教えてくれた。

「得意なことをかしたらぁ、成功したの~。あのね、私、お菓子の学校で一番偉い人なのよー」
「学校?」

 お菓子の学校……製菓学校?
 一番偉いって……校長ってこと? 
 おかしいわね。いつも食べるだけで、作れなかったはずよ?

「そうよぉ。偉いから、味見するだけでいいしー。先生達も上手な人を集めたからぁ、もうすぐ皇国にだって追いつけるわ。そうなればぁ、大陸のお菓子はうちが一番よ。どーお、すごいでしょ?」

 確かにすごいわ。王女の地位を活かして、味見だけで上り詰めるだなんて。フェリシアらしいと言えばらしいけど、まさか仕事(?)にやり甲斐を見出すとは思わなかった。

「素敵だわ。頑張ってね」
「ありがとぉ。でもね、あのぉ……食事を無駄にしてごめんなさいって、私の代わりに謝っといて下さるぅ?」

 フェリシアが、可愛らしく首を傾げた。中身は以前の彼女のまま、いえ、フェリシアも世間の常識を学び、成長しているらしい。私は伝えておくと約束し、彼女と笑顔で別れた。

 あとはここに、イボンヌがいれば……ただ、彼女は罪を犯したため、自領に軟禁中だと聞かされた。
 でも待って? イボンヌが来られないなら、私が行けばいいのよね?  そして今度こそ苦しまないでと、私で良ければ力になると、伝えましょう。話し合えばきっと、彼女ともわかり合えるはずだわ。



 白地に青の服を着た背の高い男性が、私に目を留めこちらに歩いてくる。遠目にもスタイルの良さがわかり、近づくにつれ胸がドキドキしてしまう。
 そのランディが、切羽詰まった様子で私に囁く。

「妖精さん、いや、クリスタ。もう良いかな? 私もそろそろ限界だ」
「限界って……」

 言い終える間もなく、腕を引っ張られてしまう。三日目の夜だし、招待客も思い思いに過ごしている。今夜は皇国の方が多いから、放っておいても大丈夫だと判断したみたい。
 さすがに疲れて、そろそろ体力の限界ということね? 私に付き添いを頼むなんて、かなりしんどいのかしら?

 限界と言う割には、しっかりした足取りで脇目も振らずに進んでいく。ランディは部屋の前まで辿たどり着くと、私をいきなり抱え上げた。

「な、なな、何を……」
「何って? 本当は最初からこうしたかったんだ。翌日を考え妖精さんを疲れさせてはいけないと、必死に我慢したけどね?」

 一気に色気を放出したランディが、長い足で扉を蹴って開ける。彼は寝室に入ると、私を大きなベッドに下ろした。
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