悪女は愛より老後を望む

きゃる

文字の大きさ
2 / 58
第一章 地味な私を放っといて

 1

しおりを挟む
「カハッ、ハッハッ……」

 ベッドから飛び起きた私は、浅く荒い息を吐く。朝方は夢見が悪いと言うけれど、どうやら本当のことらしい。心臓が引き絞られたようなあの嫌な感覚まで思い出してしまい、背中にぐっしょり汗をかいている。あれはひとつ前の人生で体験したことだ。

「ミレディア様、どうされましたか?」

 うっかり音を立てたせいか、続き部屋から侍女のハンナの声がする。心配させてしまったみたい。

「何でもないわ。もう少し寝たいから、そのままでね」

 私は自分で新しい寝間着に着替えると、再びベッドに潜り込む。寝たくてもどうせもう眠れないわね。それなら、今までのことを思い出してみましょうか。

 *****

 ここでの私はミレディア=ベルツといい、年は二十歳。伯爵令嬢というご大層な身分でも、以前はただの村人だった。その前は農民で、もっと前は女兵士。料理人やメイド、弱小国の王女だったこともある。そう、私は何度も生まれ変わっているのだ。
 いろんな国や時代へ転生を繰り返すけれど、一度だって老人になるまで過ごしたことがない。それというのも、男性から「好きだ」とか「愛している」と本気の愛を告げられる度に、翌日を迎えることなく心臓が止まってしまうからだ。嬉しくて……ではなく、物理的に。

 こうなった原因は、一番初めの生にあると思う。日本という国に生まれた私は、気が付くと母と二人きりの生活だった。母は美しいけれど弱くて、男の人に依存しないと生きて行けない。

『帰ったら、彼を紹介するわね』
『また違う人?  もうりたって言ってたのに』
『大丈夫。今度の彼は優しいの』

 次々と変わる交際相手を見て私は育った。母が好きになるのは決まってダメ男で、お金にだらしなくひどい時には私や母に平気で暴力を振るう。暴力だけかと思ったら、中学生の私に手を出そうともしてきて……

 家に帰るのが怖くて、私は女友達を頼った。友人のお母さんはすごくいい人で、夏休みだったこともあり、数日泊めてくれることに。その家のお父さんも真面目で穏やか、何より家族を愛している。私はそんな彼女が羨ましかった。

『どうして私はこの家に生まれなかったんだろう? 私とこの子と何が違うの?』

 でも、その子にはお兄さんがいた。彼のひざが食卓の下で偶然私に当たって。何日か過ごすうち、偶然でないことに気が付いた。お風呂の途中で開けられたり、着替えが失くなってしまったり。日を追うごとに怪しい行為が増えてきて、身体を触られるようにもなってきた。
 お世話になっているし、大好きなお兄さんのことを友人には告げられない。

『所詮、男の考えることなんてみんな一緒ね!』

 友人の家を飛び出し自宅に戻ると、母は消えていた。たぶん、あの年下の男と一緒に。毒親に未練はない。相談所を経て十八歳まで施設で過ごした私は、ある考えにり固まっていた。

『絶対に母のようにはならない。私は自分を安売りしないわ。貧乏から脱出するため、男達を利用してやる!』

 男はバカだ。大人しそうな演技をして涙を見せれば、すぐに引っかかってくれる。私はモテる仕草を覚え、肉じゃがとハンバーグの腕をせっせと磨いた。不幸な生い立ちというのも、同情を買う要因に。

『貴方がいい。私は貴方と、温かい家庭を築いていきたいの』
『好きよ。貴方だけ』

 甘い言葉をささやき挙式の手付けと偽れば、面白いくらいにお金を出してくれる。もちろん結婚する気などさらさらなく、全てだまし取った。相手が気づいた時には名前を変えて、私は別の街にいる。

 今思うと私は、形は違えど男性に依存する母と一緒だった。男の人がみな悪いわけではない。私はそんなこともわからずに、心優しい人達をカモにして、酷い真似を繰り返していたのだ。

 *****

「罰が当たったのね。たぶんその中の一人……いえ、全員の恨みを買って生まれ変わっているんだわ。誰とも添い遂げられないのは、そのせいね」

 悪女は一人がお似合いだ。私は誰も愛せないし、愛されてもいけない。
 けれど、私には夢があった。せめて一度でいいから、穏やかな老後を過ごしてみたい。

 若くして何度も生まれ変われるなら、割り切って楽しめばいいと、考えた事もある。でも、最期の瞬間をそう何度も味わいたくないのだ。例えて言うならあれは、海で息も出来ずに溺れかけている人が、タンカーと豪華客船に一度に押し潰されたくらい痛くて苦しいもの。

 待遇面では今回の生が一番当たり。そこまで裕福でもなく、かといって貧乏でもない。両親と兄のいる伯爵家に私は生まれた。後継ぎの心配も要らないし、無理に結婚を押し付けられるようなこともない。
 家族は私に甘く、吹けば飛ぶ……じゃなかったはかなげな姿をしていたことも幸いし、病弱と言い張って引きこもっていられたのだ。

 貴族女性は十八歳までに結婚するのが一般的で、二十歳を過ぎれば眉をひそめられるレベルとなるこの国で、私は来年二十一歳となる。そうなれば完全な行き遅れ。あと一年で、夢の老後にまた一歩近づく。

「問題は、昨日届いた招待状なのよね。だから、あんな夢を見てしまったのかしら?」

 極力、成人男性とは関わらないように生きて来た。それなのに、このリベルト国の双子の王子がそろって二十五歳を迎えるため、城で舞踏会を開催するという。未婚の貴族女性は、全員参加が義務付けられている。親しい人達だけを招いて祝えばいいのに、迷惑なことだ。

 義務というのが問題だった。病弱と偽り片っ端から人前に出る事を断り続けて来た私でも、今回ばかりは逃げられないだろう。

「欠席すると、家族が白い目で見られてしまうかもしれないし」

 快適な老後を送るため、我慢して出席しよう。百戦錬磨……かどうかは知らないけれど、肩書だけでモテる王子達や爵位ある男性が私に目をめるとは限らない。地味に装い壁の花に徹すれば、やり過ごすことができるはず。

 悩むのには理由がある。
 この世界での私――ミレディアは、はっきり言って美人だった。
しおりを挟む
感想 115

あなたにおすすめの小説

【完結】断頭台で処刑された悪役王妃の生き直し

有栖多于佳
恋愛
近代ヨーロッパの、ようなある大陸のある帝国王女の物語。 30才で断頭台にかけられた王妃が、次の瞬間3才の自分に戻った。 1度目の世界では盲目的に母を立派な女帝だと思っていたが、よくよく思い起こせば、兄妹間で格差をつけて、お気に入りの子だけ依怙贔屓する毒親だと気づいた。 だいたい帝国は男子継承と決まっていたのをねじ曲げて強欲にも女帝になり、初恋の父との恋も成就させた結果、継承戦争起こし帝国は二つに割ってしまう。王配になった父は人の良いだけで頼りなく、全く人を見る目のないので軍の幹部に登用した者は役に立たない。 そんな両親と早い段階で決別し今度こそ幸せな人生を過ごすのだと、決意を胸に生き直すマリアンナ。 史実に良く似た出来事もあるかもしれませんが、この物語はフィクションです。 世界史の人物と同名が出てきますが、別人です。 全くのフィクションですので、歴史考察はありません。 *あくまでも異世界ヒューマンドラマであり、恋愛あり、残業ありの娯楽小説です。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

【完結】どうやら時戻りをしました。

まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。 辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。 時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。 ※前半激重です。ご注意下さい Copyright©︎2023-まるねこ

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

処理中です...