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第二章 悪女復活!?
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「どうして? ちゃんと謝ってくれたじゃない。クラウス王子の想い人だし、未来の王妃様よ?」
アウロス王子も同じ人が好きだというのは、リーゼにはまだ早いから伏せておく。だけどどっちに転んだとしても、彼女が妃の最有力候補だ。
「げ、趣味悪りぃ。王子ももうちょっとマシなのと付き合えばいいのに」
「リーゼ! そりゃあ周りはちょっとアレだけど、彼女は違うわ。お願いだから、他の人の前でそんなことを言わないで」
リーゼのはっきりした物言いにクラウス王子が怒らなかったからといって、調子に乗ってはいけない。好きな人をバカにされたら話は別だ。王子は二人ともエルゼに夢中らしいので、誰かに聞き咎められたら最後、報告されて城への出入りが禁止となってしまう。
城との取引には、我が家の生活と隠居後の潤沢な資金がかかっているのだ。せめて契約が済むまでは、おとなしくしてほしい。
「お嬢の方が絶対いいのになー。あいつらを束にしたって、余裕で勝てるのに」
「だーかーらー、そういう発言もダメ。私はそうは思わないし、張り合う気もないの」
「ちぇ。お嬢にその気はなくても、王子はどうかな? 本気を出せばすぐに付き合えそうだけど」
「あのねえ……」
呆れて文句も出ない。王子にだって好みはあるし、可愛いタイプがお好きなら、年の行き過ぎた私は明らかに違う。エルゼに対しても失礼だ。あんなに可憐で優しいのに……
もし仮にそうであっても、命と引き換えにしてまで王子と付き合おうとは思わない。リーゼは、クラウス王子のことを余程気に入ったみたいね? まさか餌付けされてしまったのでは?
「付き合う、で思い出したわ。そうか、エルゼ様の機嫌が悪かったのって私達のせいじゃない? きっと、クラウス王子とお約束があったのよ」
お菓子を食べ過ぎのんびりして、王子を引き留めてしまった。そのため、エルゼと王子との時間を削ってしまったのだろう。なるほど、そりゃあ確かに邪魔だわ。次回から早めに切り上げることにしよう。
「そうかなあ……」
リーゼったら。男女の機微がわからないなんて、まだまだ子供なのね?
五日後、私は再び城を訪れている。
村の女性達が大急ぎで、クラバットか付け袖に織り込む一角獣を作ってくれたから。アウロス王子に確認してもらうため、面会の約束を取り付けた。これで良ければ領地に送り返し、仕上げてもらうこととなる。
「あら、ミレディ様。ごきげんよう」
「ごきげんよう、エルゼ様」
城に着くとまたもやエルゼと顔を合わせた。ここに住んでいるのではないかと思うくらい頻繁だし、私の名前を呼び間違える。けれど、面倒くさいので訂正するのは諦めた。それより、気になるのは周りの人達だ。これから仕事なので、是非絡まないでほしい。
「また貴女!」
「ダメよ、フィリス。ご迷惑をおかけしてはいけないわ」
エルゼが、今度は素早く止めてくれた。
フィリスと呼ばれた令嬢は、私を見て悔しそうな顔をしている。やはりエルゼはいい人だ。本日留守番のリーゼにも、きちんと教えてあげたい。
声が聞こえなくなるくらい遠ざかったところで、侍女のハンナが尋ねてくる。
「お嬢様、もしかしてエルゼ様に敵視されてません?」
「リーゼと似たようなことを言うなんて、ハンナまでどうしちゃったの? 今の言葉を聞いたでしょう? そんなことあり得ないわ」
「そうでしょうか。私心配です~」
心配なのは私の方よ。リーゼに続きハンナまで他人を疑うなんて、どういうこと?
今回もハンナを伴ったのには理由がある。
『アウロス様とお会いするなら私が~。もう文句を言わないので、連れて行って下さい。お嬢様、お願いです~』
そんな彼女の泣き落としに、私は負けた。しかもハンナは、王子争奪戦? だか何だかのくじ引きでも見事当たりを引き当てて、同行する権利を勝ち取ったのだという。うちの女性達が今朝から悔しそうだったのは、そのためね? 王子達の人気は、我が家でも留まるところを知らないようだ。
向こうからやってきた背の高い人物を見て、私は慌てて膝を折る。
「ごきげんよう、クラウス殿下」
「おや? ディア、今日はどうして?」
今日はアウロス王子と約束しているので、クラウス王子と話している時間はない。それに、私の名前はミレディアだ。訂正しようと口を開きかけたところ、遮られてしまう。
「あの、私は……」
「クラウスでいいと言ったはずだ。そうかアウロス、俺に内緒で」
「いえ、今回は私の方からお願いしました」
「君から?」
驚くような顔をするほどのことかしら? 私は手短に、アウロス王子よりレースの品を依頼されていたことを説明した。
「そう来たか……。ディア、それなら帰りに俺の所にも寄ってくれ。執務室にいると思う」
ええ~~、と言いたいのを我慢した。たぶん仕事の依頼だ。村の女性達に「クラウス王子の分は良いのか」とちょうど聞かれていたので、注文を受ければ彼女達も喜ぶだろう。
「かしこまりました」
立ち去る均整の取れた後姿を見て気づく。しまった、名前の訂正を忘れていた。まあいいわ、後できっちり直しましょう。
約束の時間ギリギリに、部屋に到着。なんとアウロス王子は既にいらして、くつろいだ様子でお茶を飲んでいる。私は焦って挨拶した。
「アウロス殿下、申し訳ございません。この度はわざわざお時間を作っていただきながら、遅くなってしまい……」
「ああ、そういうのいいから。ディア、君と僕との仲だろう?」
いえ、全くそんな仲ではないような。そしてまたしても、気軽に『ディア』と呼ばれてしまう。
「とんでもない! 仕事で伺っているのにすみません。それと、私の名前はミレディアです」
「だから何? それを言うなら、僕のこともアウロスと呼んでくれなくちゃ」
「それは……」
「お嬢様!」
滅多に口出ししないはずのハンナが、大きな声を出す。ここは、王子の言う通りにしておけということだろうか? 細かいことを気にするなって? そうね。気にせず話を進めたら、その分早く帰れるし。
私は前髪を上げて、仕事のために気持ちを切り替える。顔を見ないと相手の様子がわからないというのは、言われてみればその通り。商談に腹の探り合いは欠かせない。
ハンナからレースの生地を受け取った私は、アウロス王子に差し出した。
「ではアウロス様、一角獣をご覧下さい」
「へえ、見事なもんだね。丁寧な仕上がりが期待できそうだ」
「同じくレースを使ったクラバットの中央に配置しようと思うのですが、いかがでしょうか?」
「そうだな。中央でなく、片側に寄せた方がいいかもね」
いえ、真剣に見るのはいいけれど、どさくさに紛れて手は握らないでほしかった。手のひらサイズの一角獣は白く、白いテーブルクロスの上だと映えない。そのため手に乗せたのが、失敗だったようだ。
ハンナ、キラキラした目でこちらを見るけど、違うから。王子はエルゼが好きだと、貴女も知っているでしょう?
「あの……直接手に取っていただいた方が見やすいかと」
「まあね。君の手は陶器のように真っ白だから」
誰が手の平の批評をしろと?
お願いだから、真面目に仕事をさせてほしい。
アウロス王子も同じ人が好きだというのは、リーゼにはまだ早いから伏せておく。だけどどっちに転んだとしても、彼女が妃の最有力候補だ。
「げ、趣味悪りぃ。王子ももうちょっとマシなのと付き合えばいいのに」
「リーゼ! そりゃあ周りはちょっとアレだけど、彼女は違うわ。お願いだから、他の人の前でそんなことを言わないで」
リーゼのはっきりした物言いにクラウス王子が怒らなかったからといって、調子に乗ってはいけない。好きな人をバカにされたら話は別だ。王子は二人ともエルゼに夢中らしいので、誰かに聞き咎められたら最後、報告されて城への出入りが禁止となってしまう。
城との取引には、我が家の生活と隠居後の潤沢な資金がかかっているのだ。せめて契約が済むまでは、おとなしくしてほしい。
「お嬢の方が絶対いいのになー。あいつらを束にしたって、余裕で勝てるのに」
「だーかーらー、そういう発言もダメ。私はそうは思わないし、張り合う気もないの」
「ちぇ。お嬢にその気はなくても、王子はどうかな? 本気を出せばすぐに付き合えそうだけど」
「あのねえ……」
呆れて文句も出ない。王子にだって好みはあるし、可愛いタイプがお好きなら、年の行き過ぎた私は明らかに違う。エルゼに対しても失礼だ。あんなに可憐で優しいのに……
もし仮にそうであっても、命と引き換えにしてまで王子と付き合おうとは思わない。リーゼは、クラウス王子のことを余程気に入ったみたいね? まさか餌付けされてしまったのでは?
「付き合う、で思い出したわ。そうか、エルゼ様の機嫌が悪かったのって私達のせいじゃない? きっと、クラウス王子とお約束があったのよ」
お菓子を食べ過ぎのんびりして、王子を引き留めてしまった。そのため、エルゼと王子との時間を削ってしまったのだろう。なるほど、そりゃあ確かに邪魔だわ。次回から早めに切り上げることにしよう。
「そうかなあ……」
リーゼったら。男女の機微がわからないなんて、まだまだ子供なのね?
五日後、私は再び城を訪れている。
村の女性達が大急ぎで、クラバットか付け袖に織り込む一角獣を作ってくれたから。アウロス王子に確認してもらうため、面会の約束を取り付けた。これで良ければ領地に送り返し、仕上げてもらうこととなる。
「あら、ミレディ様。ごきげんよう」
「ごきげんよう、エルゼ様」
城に着くとまたもやエルゼと顔を合わせた。ここに住んでいるのではないかと思うくらい頻繁だし、私の名前を呼び間違える。けれど、面倒くさいので訂正するのは諦めた。それより、気になるのは周りの人達だ。これから仕事なので、是非絡まないでほしい。
「また貴女!」
「ダメよ、フィリス。ご迷惑をおかけしてはいけないわ」
エルゼが、今度は素早く止めてくれた。
フィリスと呼ばれた令嬢は、私を見て悔しそうな顔をしている。やはりエルゼはいい人だ。本日留守番のリーゼにも、きちんと教えてあげたい。
声が聞こえなくなるくらい遠ざかったところで、侍女のハンナが尋ねてくる。
「お嬢様、もしかしてエルゼ様に敵視されてません?」
「リーゼと似たようなことを言うなんて、ハンナまでどうしちゃったの? 今の言葉を聞いたでしょう? そんなことあり得ないわ」
「そうでしょうか。私心配です~」
心配なのは私の方よ。リーゼに続きハンナまで他人を疑うなんて、どういうこと?
今回もハンナを伴ったのには理由がある。
『アウロス様とお会いするなら私が~。もう文句を言わないので、連れて行って下さい。お嬢様、お願いです~』
そんな彼女の泣き落としに、私は負けた。しかもハンナは、王子争奪戦? だか何だかのくじ引きでも見事当たりを引き当てて、同行する権利を勝ち取ったのだという。うちの女性達が今朝から悔しそうだったのは、そのためね? 王子達の人気は、我が家でも留まるところを知らないようだ。
向こうからやってきた背の高い人物を見て、私は慌てて膝を折る。
「ごきげんよう、クラウス殿下」
「おや? ディア、今日はどうして?」
今日はアウロス王子と約束しているので、クラウス王子と話している時間はない。それに、私の名前はミレディアだ。訂正しようと口を開きかけたところ、遮られてしまう。
「あの、私は……」
「クラウスでいいと言ったはずだ。そうかアウロス、俺に内緒で」
「いえ、今回は私の方からお願いしました」
「君から?」
驚くような顔をするほどのことかしら? 私は手短に、アウロス王子よりレースの品を依頼されていたことを説明した。
「そう来たか……。ディア、それなら帰りに俺の所にも寄ってくれ。執務室にいると思う」
ええ~~、と言いたいのを我慢した。たぶん仕事の依頼だ。村の女性達に「クラウス王子の分は良いのか」とちょうど聞かれていたので、注文を受ければ彼女達も喜ぶだろう。
「かしこまりました」
立ち去る均整の取れた後姿を見て気づく。しまった、名前の訂正を忘れていた。まあいいわ、後できっちり直しましょう。
約束の時間ギリギリに、部屋に到着。なんとアウロス王子は既にいらして、くつろいだ様子でお茶を飲んでいる。私は焦って挨拶した。
「アウロス殿下、申し訳ございません。この度はわざわざお時間を作っていただきながら、遅くなってしまい……」
「ああ、そういうのいいから。ディア、君と僕との仲だろう?」
いえ、全くそんな仲ではないような。そしてまたしても、気軽に『ディア』と呼ばれてしまう。
「とんでもない! 仕事で伺っているのにすみません。それと、私の名前はミレディアです」
「だから何? それを言うなら、僕のこともアウロスと呼んでくれなくちゃ」
「それは……」
「お嬢様!」
滅多に口出ししないはずのハンナが、大きな声を出す。ここは、王子の言う通りにしておけということだろうか? 細かいことを気にするなって? そうね。気にせず話を進めたら、その分早く帰れるし。
私は前髪を上げて、仕事のために気持ちを切り替える。顔を見ないと相手の様子がわからないというのは、言われてみればその通り。商談に腹の探り合いは欠かせない。
ハンナからレースの生地を受け取った私は、アウロス王子に差し出した。
「ではアウロス様、一角獣をご覧下さい」
「へえ、見事なもんだね。丁寧な仕上がりが期待できそうだ」
「同じくレースを使ったクラバットの中央に配置しようと思うのですが、いかがでしょうか?」
「そうだな。中央でなく、片側に寄せた方がいいかもね」
いえ、真剣に見るのはいいけれど、どさくさに紛れて手は握らないでほしかった。手のひらサイズの一角獣は白く、白いテーブルクロスの上だと映えない。そのため手に乗せたのが、失敗だったようだ。
ハンナ、キラキラした目でこちらを見るけど、違うから。王子はエルゼが好きだと、貴女も知っているでしょう?
「あの……直接手に取っていただいた方が見やすいかと」
「まあね。君の手は陶器のように真っ白だから」
誰が手の平の批評をしろと?
お願いだから、真面目に仕事をさせてほしい。
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