悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第二章 悪女復活!?

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「一角獣はこれでいい。君の肌の美しさには負けるけどね」
「ご冗談を。うちのレースに勝るものはありませんわ」
「そうだね、そういうことにしておこうか」

 商談ってこんなに疲れるものなの? 
 アウロス王子、本日も安定の褒め殺し。
 とはいえ許可が下りたので、要望を伝えて続きを仕上げてもらいましょう。王子にお茶を勧められたけれど、きっぱり断る。この後クラウス王子に会うことになったから、余分な時間は割けないのだ。

 いくら仕事でも、王子達と個人的に親しくするつもりはなかった。万が一にも告白される危険は冒せない。それでなくても私は、公爵令嬢エルゼの取り巻き達に王子の『追っかけ』だと勘違いされている。エルゼがまともで良かったけれど、疑われるような行動は慎むべきだ。
 未来の王妃に不快感を与えれば、我が家は潤うどころかうとまれて、商売がしにくくなってしまう。果ては私の老後に響くから、気を抜くわけにはいかない。
 退室するため腰を浮かすと、アウロス王子に問いかけられた。

「ディア、つれないな。もう帰るの?」
「いえ。帰るというより、この後はクラウス王子との約束がありまして」

 別に隠す必要もないので、正直に答える。途端にアウロス王子がいたずらっぽく微笑んだ。

「へえ、クラウスが。珍しいな」

 確かに、クラウス王子にレースのイメージは浮かばない。華やかなのがアウロス王子だとすれば、彼はもっと堅実な物を好みそうな気がする。けれど、合う合わないと好みは別だ。顧客の満足度を上げてこそ、一流の商売人ってものでしょう?

「それなら仕方がない。だが僕も、引き下るつもりはないから」

 当たり前だ。アウロス王子の方が先約なので、もちろん先に仕上げるつもり。
 私は彼の顔を見て、はっきり告げた。

「ご安心ください。完成次第お持ち致しますので」
「何のこと? ……ああそう、そう切り返すのか。なるほど、面白い」

 自分で頼んだくせに、何のこととは失礼な。目を細め考え込むような表情をしていても、アウロス王子から滲み出る色気は隠せない。おかげでハンナの顔が真っ赤になっている。今夜も彼女は、王子の良さを仲間に熱く語るのだろうか? 

 いけない。変なことを考えず、急いでここを出なくっちゃ。ぐずぐずしていると、帰りがそれだけ遅くなってしまうもの。

「本日はご多忙のところ、会っていただきありがとうございました。後日また伺いますので」
「いつでもどうぞ。ディアのためなら喜んで時間を作るよ。それと、可愛い君もごくろうさま。彼女に振り回されて大変だけど、頑張ってね」
「きゃあっ」

 アウロス王子が魅力的な笑みを向けるから、ハンナが倒れそうだ。退室する間際に、変な挨拶をしないでほしい。私はハンナの腕を掴み、引きずるように部屋を出た。



 移動中の私は前髪を下ろし、うつむきながら城の兵に道を聞く。クラウス王子の執務室は、中庭を臨む回廊の先にあるとのこと。回廊に人影はなく、庭にも庭師らしき人物しか見えなかった。そのため、ハンナが私にうっとりした口調で話しかけてくる。

「はわわ~~。今日のアウロス王子、本当に素敵でしたね!」
「そう? いつもと変わらないように思うけど」
「もう、お嬢様ったら。あれだけの美形に迫られて、どうして平気でいられるのですか?」
「迫られて? いえ、仕事の話しかしていないわよ?」
「そうですか? 傍から見ていてもすごく楽しそうでしたよ、アウロス様」
「あの方の愛想の良さはいつものことでしょ。だいたいハンナは王子にしか目がいか……危ないっ」
「ひゃあっ」

 突然庭の方から泥が飛んで来たため、私はとっさにハンナを引き寄せた。彼女を腕に包み込み、中庭に背を向ける。おかげで直撃は免れたものの、着ていた薄茶のドレスに泥がかかってしまった。まさか私、土のかたまりと間違えられたの?

「だ、大丈夫ですか? お嬢様」
「ええ、少しかかっただけ。茶色を着て来て正解だったわね」

 地味な装いなので、汚れはそんなに目立たない。それでも、城の庭師には注意をしなきゃ。さすがに人を土と間違えるのは、ダメだと思う。

「あら? さっきまであの辺に、庭師がいたはずなのに……」
「庭師? 気付きませんでした。ミレディア様、私のせいでごめんなさい」
「いいえ、貴女が汚れなくて良かったわ。謝りもせず、逃げ出すなんて酷いわね」
「本当です! 王子に言いつけちゃいましょう」
「そこまではしなくていいの。男性にすぐ助けを求めるのも、どうかと思うし……」

 助けを求めたせいで過去のあの人は、私の代わりに敵の矢を背中に受けた。高熱で死の淵を彷徨さまよう彼を、私が付きっ切りで看病したのだ。彼が私を見て嬉しそうに笑う。そして「君が助かって良かった。愛しているんだ」と告げた後、再び眠りに落ちて。
 女兵士だった頃の記憶。あの人は結局、助かったのかしら? 目覚めてもせっかく救った私が亡くなったと知り、がっかりしたことだろう。思い出すと今でも少し胸が痛い――

 私は過去の記憶を、誰にも話したことはなかった。どうせ信じてもらえないだろうし、打ち明けたところでどうにもならない。余計な負担をかけて、苦しませるだけだとわかっているから。

「お嬢様は甘いですね! 悪いことをしたなら、きちんと罰を与えなくっちゃ」
「え、ええ。そのうち考えてみるわ」

『罰』と聞いて一瞬ドキッとしてしまう。
 ハンナは私のことではなく、今のことを言っている。けれど、誰かに恨まれるほどの悪事ならまだしも、小さなミスで罰は要らないし、反省してくれればそれでいい。まあ、そんなところが甘いと言われるのでしょうけれど。



 城内は広く、私とハンナはようやくクラウス王子の執務室にたどり着いた。ノックをすると扉が中から開かれる。室内ではクラウス王子が大きな机の前に座り、ガラスのペンを書類に走らせていた。ドアを開けてくれた秘書官がそのまま待ち構えていて、何だかとても忙しそう。

「あの……お時間が無いなら、日を改めますが」
「いや、もう少しだ。長椅子にかけて待っていてくれ。それともこの後、予定があるのか?」
「いえ、別に」

 予定はないけど早く帰りたい――素直にそう口にしたら、王子はなんと答えるのだろう? 
 手持ち無沙汰で待つ間、「そういえば突然呼び留められたため、アウロス王子用のレースしか用意していなかったわ」と思い出す。だけどあれは個人の依頼。仕上がるまで、本人以外に披露するのはちょっと。

「これをすぐに届けてくれ」
「かしこまりました」

 王子と秘書官の話し声、続いて扉の開く音。私は髪をかき上げ留めながら、はたと気づく。
 そうか、レースといえば! 私は張り切ってドレスの袖を肘までまくり上げた。

「待たせてすまなかっ……いきなり何だ? こんな所で脱ぎ出すとは、どうした?」

 書類の束を脇に置いたクラウス王子が、目を丸くする。

「脱ぐ? あ、いえ。あの、これは……」

 アウロス王子の依頼を受けたお礼にと、私は村の女性達から新しい付け袖を贈られていた。でもそれは、長袖タイプ。目立たないよう裏側に縫い付けたのはいいものの、袖を大きく捲らないとよく見えない。見本がないから代わりにしようとしただけなのに、もしかして、下着と間違えられてしまったの?

「誘われているのかと思ったが、そんなはずはないな」
「もちろんです! ご覧いただけるレースが他にはなくて」
「レース? ああ、そういう話だったか」

 自分で呼び付けたくせに、忘れるなんてひどいと思う。
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