悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第二章 悪女復活!?

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「それなら、もっとよく見せてもらおうか?」

 黒髪のクラウス王子が、音も立てずに近づいて来た。その足取りはしなやかで、ひょうを思わせる。王子といえば、城でぬくぬく過ごしているイメージがあるけれど、彼は違うみたい。クラウス王子の獲物を狙うような鋭い眼光に、思わず身がすくむ。

「あの……」
「見るだけだ。手荒なことはしない」

 王子は長椅子に座る私の前に立つと、大きな手で私の手を取り、袖が見やすいように持ち上げた。アウロス王子だと平気なのに、クラウス王子が相手だと緊張するのはなぜだろう? 

「丁寧な細工だ。作った人の想いがこもっているんだな」

 クラウス王子がふっと微笑む。そうしてしばらく眺めた後、王子は反対の手をレースに沿って優しくわせていく。長い指で羽のように触れるから、私はくすぐったくて腕がむずむずしてしまう。胸の鼓動も心なしか速いような……って、しっかりしなくちゃ。ただの見本が照れてちゃダメよ!

 王子は私の手を離す直前、甲に親指で大きな円を描く。撫でるように、離れるのがもったいないとでもいうように。そのまま私の指を伝い、名残惜し気に自分の手をゆっくり外す。
 大人の色香漂う触れ方は、くすぐったいけど気持ちいい……って、違うから! 私は焦って立ち上がる。

「あの!」
「何か?」
「その、今のは何ですか?」
「何って?」

 不思議そうに片眉を上げられてしまう。
 まさか日常茶飯事?  エルゼという大事な女性ひとがいながら、私にまでこんなことを?

「触るのは……見るだけだとおっしゃっていましたよね?」
「ごめん、きっと無意識だ」

 言いながら、王子は髪をかき上げた。
 ハンナが赤くなってカタカタしている。気付いていたなら止めてほしい。

「困ります。仕事に来たんですから」

 訂正、クラウス王子は女嫌いなどでは決してない。慣れて飽きてしまっただけよ。
 苦情を言ったにも関わらず、王子は次に私の髪に手を触れる……今度は何なの!?

「で、殿下?」
「これは、土?」
「それは……」

 さっき投げつけられたものよね? 背中に当たっただけかと思っていたのに、髪にも付いていたなんて。

「すみません、無意識でした」

 王子の言葉をわざと引用する。
 地味に徹して土の塊と間違えられたなんて、自慢でも何でもないから。事実を告げて、庭師が叱責されたら可哀想だもの。

「……それならいいが」

 クラウス王子は私の髪を一房手に取ると、そのまま指を滑らせる。そんな手つきにまたもやドキリとしてしまう。この人の仕草って、どうしてこうエロ……大人っぽいの?
 動揺している暇はない。
 私は話を切り出すことにした。

「殿下、それより用件を……」
「そうだな、仕事の話をしよう」

 真顔に戻ったクラウス王子は鋭さが増す。私に触れたことなど忘れたかのように、冷静な表情で淡々と話を進めていく。――あ、いえ。もちろんそれでいいのよ?

「契約書は、おおむね満足できる内容だった。改善点を別に記してある。それからレースについてだが、手巾ハンカチと手袋は用意できるか?」
「手巾と手袋、ですか?」

 手巾はまだしも、王子がレースの手袋を?
 戸惑う様子が表情に出ていたのだろう。私を見たクラウス王子が苦笑する。

「いや、俺の物じゃなくもちろん女性用だ。そうだな、手巾は右すみに一角獣を刺繍ししゅうし、ふちをレースで。手袋は舞踏会用の長手袋を。できるか?」
「総レースの長手袋だと、お値段がかなり……」
「言い値で買い取ろう。できるだけ早くと言いたいところだが、アウロスの後でいい」

 かなりの好条件だ!
 女性用ってことは、とうとうエルゼと? それとも、お母様である王妃様へのプレゼントかしら?

「あの、女性って若いかたですか? 手袋だと寸法を測らなければなりませんが」
「そうだな、若いと言えば若いか。華奢きゃしゃだから……」

 王子がふと、考え込むような顔をする。あごに手を当て私を見つめ、どう言おうかと思案しているみたい。

「君に合わせてくれ」
「私……ですか?」
「ああ」

 エルゼの方が私より小柄だ。
 でも、言われてみれば腕の太さにそこまでの違いはない。そう考えて気が付いた。なるほど、贈るまで秘密にして驚かせようというわけね?

「かしこまりました。図案はいかがいたしましょう?」
「任せる。女性の喜びそうなもので」

 私ならお茶の葉だけど、さすがにそれはねえ? 無難に花にでもしておきましょうか。

「わかりました。早速、村の女性と打ち合わせてみます」

 ついでに愛する人へのプレゼントだと報告しよう。領内にいるクラウス派の女性達の絶叫が、目に浮かぶようだわ。だけどこればっかりは、仕方がない。二十五歳の王子に、今まで相手がいないことの方がおかしかったのだ。

「よろしく頼む」

 クラウス王子の青い瞳が優しく輝く。今ドキッとしてしまったのは、なしで。笑うと途端に若く見えるため、驚いただけだから。



 仕事の話も無事に終わった。私は前髪を下ろし、ハンナと一緒に城の出口に向かって歩いている。王子二人に会ったから、精神的な疲労がピーク。特にクラウス王子には、何度もドキリとさせられて……

「痛っ」
「お嬢様!」

 考え事をしていたせいで、反応が遅れた。何か硬い物が飛んで来て、私の肩に当たったのだ。ここは例の中庭で、目をやると逃げていく背中が見える。
 庭師ではなく、マントを着た……女性?

「どうしましょう! お嬢様、お怪我はございませんでしたか?」
「大丈夫よ、肩だったし問題ないわ」

 本当は結構痛かった。けれど、ハンナに心配をかけるわけにはいかない。騒ぐハンナに気を取られ、再び顔を上げると相手の姿はとっくに消えていた。どのみち今から追いかけても、間に合わないわよね? 私は諦め、飛んで来た物に目を向ける。
 床に落ちていたのは、こぶしの四分の一くらいの大きさの石。これが私の肩に当たったのだろう。

「偶然……ではなさそうね」

 さっきは泥で今度は石。
 続くとこれは偶然ではない。
 残念なことにハンナ以外の目撃者はなく、バレても「たまたまここに落ちていただけ」と言い張れてしまう。

「クラウス王子に恨まれるようなこと、何かしたかしら?」
「違っ! お嬢様、それは違うかと」
「冗談よ。いたずらにしては、ひどいわね」

 目に入ったら泥でも危険で、石はもっと危ない。ハンナに当たったらどうしてくれるのよ!
 投げた相手は、王子に近づく私がよっぽど気に入らなかったようだ。王子達とは仕事の話だけで、私は全く相手にされていないというのに……
 契約まではあと少し。
 何とか乗り切り終わらせたい。
 犯人はやっぱり、あの中に?

「でも、自分達が真っ先に疑われるって、考えればわかりそうなものよね? それなのに、城の中でこんなバカな真似を?」

 何かがおかしい。
 これからは、用心する必要がありそうだ。
 
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