悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第三章 偽の恋人

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 アウロス王子の言葉に、私は目を見開いた。周りを排除するエルゼ。その父親であるデリウス公爵がアウロス派で、クラウス王子を邪魔だと判断したなら……彼が危ない!

「でしたら、アウロス殿下ご自身が権利を放棄されれば良いのでは?」
「継承順位が重んじられるから、そう簡単にはいかないんだ。公爵の権力は絶大だ。僕がダメなら消されて、従弟いとこに回るだろうな」
「そんな!」
「クラウスがいる限り、対抗馬として必ず誰かがかつぎ出されてしまう」
「それなら公爵は、どうしてエルゼ様をクラウス様に勧めようとしないのかしら?」

 言っててつらくなるけれど、それだとみんなが安全だ。

「父親は娘ほどバカじゃない。クラウスがエルゼを毛嫌いしていることを知っている。また、公爵自身もクラウスにはかなわない。だから僕に、狙いを定めたんだろうね?」
「でも、アウロス殿下も同じくらい頭がよろしいのに、ど……ええっ!?」

 気付けば抱き締められていた。
 ちょっと待って、大切な話の途中では?

「僕を認めてくれる、ディアが好きだよ」

 あーはいはい、感激したのね?
 双子はどちらも切れ者で、甲乙つけがたい。クラウス王子が政治的に優れているなら、アウロス王子は社交性に富み、国外からの受けもいいと聞く。内政と外交、どちらが欠けてもこの国は成り立たないはずだもの。
 私が固まっていると、アウロス王子が笑いながら抱擁を解く。

「ごめん、男性が苦手だったんだよね? だけど、そんな君にお願いがあるんだ」

 何だろう、すごく嫌な予感がする。

「ここまで内情を話したから、断られても困るし、賢い君にしか頼めない。エルゼに対抗してくれないか?」
「……はい?」
「といっても、本気じゃなくていいんだ。僕の相手だと思わせることができれば」
「おっしゃる意味がよく……」
「僕が君におぼれていると、周りに見えるように。権利を放棄せず、女性にだらしないと思わせることができれば、王太子に相応ふさわしくないと判断される」

 それはかなり危険では? いえ、貴方ではなく私が。そのまま本当に溺れたらどうしてくれるの! もしくは、城にいる男性が私に目をつけたら?

「すみません。私ではお力になれないかと」

 断言。クラウス王子が心配だけど、私も自分の命は惜しい。男性に好きになられて告白されたら、その日に人生が終了してしまうのだ。

「そうかな? ディアほど綺麗な人を僕は知らない。君なら信用できるし。ああ、もちろんタダとは言わないよ? 君の喜ぶものをあげよう」

 この話、なかったことにしていただければ、一番喜びますが。

「ディア、しかめた顔も可愛いね。ええっと、お茶の苗木はどうだろう? もしくは僕の分の茶畑では?」

 なんと!
 門外不出、特別栽培のあのお茶を?
 茶畑に入ることができれば、緑茶が自分で作れるのでは!? 緑色の葉を摘み、発酵する前にって色留いろどめをしたら、美味しい緑茶が飲める。自分用だしそんなに量は要らないから、まさに夢のよう!

 ――いやいや、ダメダメ。心はかなり動くけど、お茶より自分の命が大事でしょう? 死んでしまったら、縁側でお茶も飲めやしない。

「クラウスは一番好きだと言うけれど、僕はそれほどでもないからね。人も付けるし、今後も好きにして構わない」

 何、その殺し文句。今後もって……これからずっと、緑茶が飲めるの? だけどもちろん、命に勝るものはない。

「せっかくのお申し出ですが、私には荷が重過ぎます」
「顔を隠していいし、変装してもいい。ああ、思いっきり嫌な女を演じてくれた方が、僕が王太子に不適格だと印象付けられるな」

 アウロス王子、人の話聞いてます?

「君に断られたら、僕はどうすればいい? エルゼを押し付けられ、公爵が義父だなんて悪夢だ! クラウスが負けて僕が彼らの傀儡かいらいとなれば、この国も終わるだろう。だけど拒めば、クラウスにも僕にも危険が及ぶ……」

 貴方がエルゼを拒否し続ければ良いのでは? 
 けれど、クラウスと聞いて心が動く。彼はどう思っているのかしら。

「クラウス様は、このことを?」
「へえ? そこは気になるんだ。もちろん知らないよ。言えば、君を巻き込むなと激怒するだろうね?」

 やっぱり。
 彼は私に好意を抱いている。
 そして私も――

 認めたくはないけれど、さっきはっきりわかってしまった。ここにいても思い出すのは、彼と話したことばかり。だけど本気で好きだと告白されたら、私はこの世にいられない。これ以上好きになっても、なられてもいけないのに。

「前にも言ったと思うけど、別に本気で口説こうなんて思ってないよ? 心配しているのがそこならね。まあ、ディアが望むなら応える用意はあるけれど……」

 いや、望んでない。
 お願いだから、それだけはやめて。
 危ない橋は渡りたくない。でも、あの人にはもう一度会える――

「つまり、貴方の恋人のフリをしろということですか?」
「そう。さすがだね、話が早くて助かるよ」
「他に頼める方は?」
「ん? いないよ。だってみんな、僕を好きになってしまうだろう? その先を期待されても困るし。その点ディアなら……」

 呆れた。多くの女性と遊んでいるのに? まあ、自意識過剰という点で私と大差はないけれど。 
 アウロス王子なら、私に本気になることはないだろう。好きだと言われても、今まで全く何ともないのだ。そこだけは安心できるし、近くにいても害はない。

「貴方に相手にされないと知れば、エルゼ様が怒るのでは?」
「ある意味それが狙いかな? 時間を稼ぎたい」
「見切りをつけて、クラウス王子の元に行くかもしれません」
「そうだとしても、兄が寄せ付けないだろう」
「思いっきり嫌な女を演じますが、それでも?」
「いいね、楽しみだ」
「危険な目に遭うのは嫌です。配慮をして下さいますか?」
「当たり前だろう? 君に何かあれば、みんなが危ない」

 私が拒絶した場合、アウロス王子とエルゼがくっつく。邪魔なクラウス王子は排除され、国政はデリウス公爵の思い通りに。アウロス王子が頑張ってくれるかもしれないけれど、妃がエルゼなら……快適な老後はどうなるの?

「家業に響くと困るので、取りなして下さいますか?」
「もちろん。何なら念書を書こうか?」
「ええ、是非お願いします」
「わかった。外交は得意だから、次回国賓を招く時は君の所のワインを使おう」

 それは嬉しいわ。
 悪女と噂されても、隠居すればこっちのもの。出来の悪い妹を持って大変だと、ヨルクに同情が集まるかもしれない。その頃私は縁側でひなたぼっこをしながら、美味しいお茶を飲んでいる。

「一つだけお願いがあります。どうしても守っていただきたいことが」
「いいよ、何?」
「絶対に、私を好きにならないで下さい」

 命がかかっているのだ。こちらも遠慮なくいかせてもらう。驚くかと思えば、アウロス王子は片眉を上げて面白そうな顔をする。

「わかった。そのことも含めて念書を書こう。紙とペンは?」

 すぐに用意した。そこまでするということは、彼の言葉は嘘じゃない。

 あと少しだけ。
 顔を見て、声が聞きたい。
 嫌われても構わないから。
 それでも私はあの人の、クラウス様の近くにいたい――
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