悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第三章 偽の恋人

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 唇に触れたまま、私は考える。
 これまでの転生で、自分から別れを切り出したことはあっても、相手に告げられた覚えはない。離れていく後姿を見つめ、切ない想いを抱えたことも。
 クラウス王子を好きになり、わかったことがある――私は自分を愛してくれた人達に、こんなにもつらく悲しい思いをさせていたのね?

 口元に手を当てて、嗚咽おえつこらえた。私は泣いてはいけない。多くの男性の心を傷つけてきた私には、自分を憐れむ資格もないのだ。



 陰口や細かい嫌がらせを除けば特にたいしたことはなく、日々は飛ぶように過ぎて行った。アウロス王子の恋人のフリをして、もうすぐ二ヶ月が経とうとしている。
 今日、いつものお茶の席で「内緒だよ」と前置きしたアウロス王子が、私にこんなことを語り始めた。

「クラウスがようやく、デリウス公爵の不正の証拠を掴んだ。脅迫や恐喝、横領などが次々明るみに出ている。まあ、捕まるのは時間の問題かな?」
「クラウス様が証拠を?」
「ディアが気になるのはそこなんだ。まあね、内部のうみを出すのは元々彼の仕事だから」
「そう、ですか……」

 普段から忙しい人だと思っていたけれど、それだと休む暇がないのでは? 無理して身体を壊さないだろうか?

「中心であるデリウス公爵がいなくなれば、僕を推す者は勢いを失くす。クラウスの優位は固いね」

 アウロス王子が楽しそうに口にする。本人が言うならまず間違いない。
 そういえば、この頃城で公爵令嬢エルゼの姿を見かけなくなった。もしかして、そのせいなの? 取り巻き達にも元気がなく、私を見るなり逃げるから、私にとっては良いことだ。

 エルゼは王子を諦めたのかしら? いえ、たとえ諦めなくても公爵が捕まり、クラウス様が王太子になれば、私の役目は終わる。アウロス王子と恋人のフリをする必要もなくなるのだ。私は領地の片隅に引っ込んで、のんびり余生を過ごすつもり。
 ――そうか。大好きなあの人を目にする機会も、あとわずかなのね?

「さようなら」と告げた日以降、クラウス王子は私を避けている。目が合ってもすぐらし、挨拶しても軽くうなずくだけ。アウロス王子の恋人役である私は、人前で自分からクラウス王子に近付いたり、話かけることはできない。だけどやっぱり寂しくて。

 恋しい気持ちが日に日に膨らむ。姿を見るだけで満足だったはずなのに、こっちを向いてほしい、声をかけてと願ってしまう。
 私を嫌いになったのなら、なぜあの日、別れを告げたその唇で貴方は私にキスしたの?



 そんなある日、我が家に発注していたレースが届いた。

「お嬢! また城に行くって? そろそろ終わりでいいんじゃないか?」
「リーゼ。あのね、引き受けたことは最後まで責任を持たなくてはいけないの。それに、クラウス王子に依頼された品が完成したのよ? 是非お持ちしなくては」

 本当は私が彼に会いたいだけ。『今日これから、依頼された一角獣の刺繍入り手巾ハンカチと、総レースの女性用長手袋をお届けに上がります』とさっき連絡を入れた。

「直接会うのも、これで最後だし」
「何で? いつでも遊びに来いって言われたんだろ?」
「いいえ、それはこの仕事を引き受ける前だもの。それに、隠居した後で表に出る気はないから」
「もったいないなあ。ミレディアがその気になれば誰とだって……いや、お妃にだってなれるのに」
「そうですよ~。ミレディア様ならアウロス様とお似合いです。そりゃあ時々派手な恰好で出かけますけど、それだってアウロス様のお好みでしょう? お芝居が本当になれば素敵です~」
「なんでだよ、お嬢の相手はクラウス王子だろ」
「いいえ、絶対にアウロス王子です!」

 最近ハンナとリーゼはよくわからないことでケンカする。誰かと一緒になるなんて、私には過ぎた望みなのに。想う人に想われて、幸せに暮らす。そんな憧れに満ちた光景は、とっくの昔に諦めている。
 私はただ……ただ、何だというのだろう?

 我ながら未練がましいとは思うけど、今日は派手に装わず、控えめなラベンダー色のドレスにした。それでクラウス王子が口をきいてくれるとは限らないし、会ってくれないかもしれない。だけどこれで最後なら、できるだけ綺麗に見せたい。

 ハンナとリーゼに見送られ、外に出る。ところがいつもと様子が違い、護衛が一人きり。常に二人で行動していたはずなのに、いったいどうしたのかしら?

「ねぇ、テオは身体を壊したの? マルクは大丈夫?」

 どうしても今日、というわけではないのだ。無理なら別の日に出直そう。

「はい、私は平気です。でも彼は……いえ、なんでもありません。参りましょう」

 護衛は暗い表情だ。仲良しな印象があるだけに、一人だと妙な感じがする。

「いいのよ、またの機会にしましょう」
「いえ、それは困ります!」
「困る?」
「ええっと、城の兵と約束をしていて……」
「そう。だったら向かわなければね?」

 いつの間に城の兵士と仲良くなったのだろう。マルクったらまさかの浮気? だからテオは出てこないのかしら? 
 一人欠けても兄には黙っておくから心配しないで。気になるけれど、他人の恋愛事情に首を突っ込むのはよそう。アドバイスできる立場ではないし、男性同士の方が何かと複雑なのかもしれない。

 いつものように馬車に乗り、城へ向かう。クラウス王子に会えると信じて。晴れているため日差しが眩しく、私は光を遮るために窓に付いたカーテンを閉めておくことにした。馬車の中は一人なので、幸いにも考えごとをする時間ならたっぷりある。

 ――彼は私を見てどう思う? 仕上げたレースの手巾と手袋は、いったい誰のもの? 拒絶されたらつらいけど、受け取ってもらえなくても構わない。その場合は、私が記念に持っておくことにしよう。使うつもりはないけれど、こっそり彼のイニシャルを入れてみてもいいわね。

 なかなか到着しないので、不思議に思う。カーテンを開け、窓から外を見ると見慣れない景色が続いていた。私は慌てて、御者兼護衛のマルクに声をかける。

「ねえ、道が違うわ。城に向かっているのよね?」

 返事がない。どうしたのかしら?

「マルク、聞こえてる? 行き先が違うわ。お城に向かってちょうだい」
「すみません、お嬢様。あと少しですから」

 遠回りするとは何ごとなの? 嫌な予感もしたけれど、彼は兄が選んだ信頼できる護衛だ。それに走る馬車から飛び降りることは、さすがに出来ない。

 馬車が、見たことのない場所で停まった。
 窓から顔を出すと、前方には森が見える。その手前に、剣を手にした黒ずくめの男達が立ちはだかっていた――きっと盗賊だわ! 動揺したものの、身の安全を図ることの方が大事だ。私は「無理に抵抗しないで」とマルクに伝えようとする。口を開きかけるより先に、彼らの一人が声をかけてきた。

「よくやった。あとはこちらに引き渡してもらおう」
「テオは……テオは無事なのか?」
「ああ。そこに転がっているだろう? まだ命はある」
「テオ!」

 マルクはこちらに目もくれず、男達の指し示す方へ駆け出した。それを見た途端、私は恐ろしい考えに思い至る。いなくなったことにも気付かなかったけれど、テオを人質に取られたマルク自ら私をここに運んで来たらしい。背中を嫌な汗が伝う……彼らの標的は私だ!

 男達は全部で四人。黒いマントに黒い頭巾で、どこの誰かもわからない。いくらマルクが強くても、傷ついたテオを庇いながらでは戦えないだろう。マルクがぐったりしているテオの腕を肩に回し、担ぎ上げた。その瞬間、剣を持った男が彼らに接近する――危ない!
 私は注目を集めるため、わざと大声を出す。

「ねえ! 貴方達の狙いは私でしょう? そんな小者、相手にしなくていいじゃない」
「自分の護衛を小者だと?」
「待て。お前はミレディア=ベルツだな?」

 声が高く細身の男が仲間を押しとどめた。わかりきったことなのに、帽子についたレースで顔を隠しているから、私が本人だと確認したいのだろうか?
 ――だったらマルク、この隙にテオを連れて安全な所に逃げて! 

 私は男達の目を惹きつけるため、返事をせずに自分からゆっくり馬車を降りることにした。できるだけ色っぽく、わざと足を見せながら。地面に降り立った後は髪を指でもてあそび、視線を外させないようにする。

「そうだと言ったら? 大の男が四人もいて、私が怖いの?」
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