本気の悪役令嬢!

きゃる

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新婚旅行編

海の街

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 身体は疲れていないのに、精神的に疲れているような気がする。海を見に行くつもりが、バカ夫婦っぷりを見せつけにきたようで昨日からとってもいたたまれないのだ。
 対するリュークは公爵家に仕える人達の前だからなのか、堂々としている。「人前ではちょっと……」と注意しても「夫婦なのに今更何を恥ずかしがる?」と、あっさり。結婚していてまだ良かった。これがただの婚約者なんかだったら、恥ずかし過ぎて今すぐ穴を掘って隠れて埋め戻したい。



 異国でのお城滞在を満喫した私たちは、翌朝早めに出発した。優しく接してくれた公爵家の別邸のみんなに、笑顔で別れを告げる。

「早く出れば出るほど、目的地である海の街への到着が早くなるな」

 リュークがそう言ってくれたから、私も嬉しくなってしまった。彼もこの旅行を楽しんでくれているのだと、改めて感じた。
   そういえば、ばあやであるヘレナと話ができなかったな、と気づいたのは出発してからだいぶ経ってから。まさかリューク、私に話をさせないために朝早く出たの?
   幼いリュークの可愛らしい話が聞けると思ったのに、機会を逃してしまった。帰りにも絶対ここに寄ってもらおう。そして今度こそ、ばあやに私のいなかった時のリュークの様子をたっぷり語ってもらうのだ。



 二日後――

 馬車の旅にも慣れたもので、道が悪くても揺れがあまり気にならなくなってきた。過ぎ行く景色がどんどん変わっていくのが楽しい。緑の丘や黄色い花の群生地、農村地帯や山道、果樹園や街道。休憩の度に出会う人もみな親切で、笑顔が溢れているような気がする。
   旅に出てからずっと浮かれっぱなしなので、私がそう見えるだけかもしれない。だけど、隣でリュークが優しく笑ってくれるから、それでもいいのかなって思い始めてきた。
   彼のことは小さな頃から大好きだけど、今でもどんどん好きになる……って、これものろけだったわ。いい加減止めないと、本人にも呆れられてしまうかも。

 途中、十字路で出会った商人が旅のお守りを売りにきた。このお守りを身に着けていると、あらゆる災いが払えるのだとか。なぜこんな場所で商売をしているんだろう? 
 不思議に思ってリュークに尋ねる。彼が言うには、何でも十字路は自由や信仰、霊力を象徴する場所だとか。人はもちろん、魂も行き交う場所だと信じている旅人が多いのだという。
   私の旦那様はカッコいいだけでなく、物知りだ。気を良くした私は、長く黒い革紐に青い綺麗な石がくくりつけられたお守りを、商人の言い値で買い取った。

 二人でお揃いの首飾りをするのは、以前私が用意しマリエッタに渡してもらった『ときめきチョーカー』以来だ。リュークの分は壊れてしまったけれど、あれが彼の命を救ったのだと思えば安い買い物だった。
   今度のお守りはそれに比べれば普通の石だけど。いえ、これはラピスラズリかしら?   魔除けやお守りというより、旅のお土産ができたと思えばいいのかも。何にせよ、二人で同じものを身に着けることができるのは、嬉しい。



 緑や黄色が折り重なるなだらかな丘陵地帯を越えると、いよいよ海が近付いてきたようだ。微かに潮の香りがする。進むにつれてまばらだった建物の数が増え、人も多くなってきた。私達の乗った馬車は、オレンジ色の屋根と白い壁の旧市街を抜け、海岸沿いの道に出た。



「海だわ!」

 思わず興奮して声をあげてしまう。久々に見る海は青々としてすごく広い。

「そうだな、海だ。懐かしい」

 そうだった。リュークは私と違って小さい頃にもここに来ているんだ。
 道を挟んだ片側には海に面したテラスやバルコニーのある旅籠はたごがずらりと立ち並び、反対側には白砂のビーチが広がって長く続いている。乗っているのが馬車ではなく車だったら、海岸線をドライブ――といったところかな?

「すごく綺麗ね! 想像していたよりもずっと素敵!」
「ああ、すごく綺麗だ」

 言いながらリュークは外ではなく私を見ている。そんなに私の反応が気になるのだろうか?   心配しなくても、大丈夫なのに……。たとえ海でなく水たまりだったとしても、貴方と一緒に見たのなら、私はもちろん喜ぶと思う。



 海の街は観光の名所だからか、とても活気づいていた。ちょうど海水浴のシーズンということもあって、旅籠はどこもいっぱい。街中がにぎわっているようだった。
   そんな中、この辺りでも目を引くほどの豪華な旅籠の前で馬車が停まった。白い石造りの建物の柱には細かな彫刻や格子模様のデザインが施され、日よけのための青と白のストライプのひさしが張り出している。
   この建物はどうやら、上手く風を通す仕組みになっているらしい。中に入るとヒンヤリしているから、夏でも涼しく過ごせるのがわかる。床も大理石で調度品も優美。一目で、いわゆる高級ホテルなのだとわかる。

「リューク、わざわざこんな所を選んだの?」

   新婚旅行とはいえ張り切り過ぎだ。途中でお金がなくなったら、どうするつもりなのだろう?

「いや、常宿だ。昔からよく利用している」
「お仕事の時?」
「ああ、仕事でも休暇でも。サービスが行き届いているからな」

   金持ちの暮らしの片鱗へんりんを見た気がした。公爵家がすごいっていうのは知っていたけど、ここまでとは思っていなかった。だってここって我が国だけでなく、色んな国の名士が集まる高級リゾート地でしょ?   
   それなのに、一番いい旅籠を抑えられるって……
   私の父は軍人だから、テントや安宿でも平気で泊まれると言っていた。だから国外ってある程度の不便があって当然だと覚悟をしていたのだ。まさかリュークったら、高級旅館しか泊まったことがないんじゃないでしょうね?   庶民の生活を全く知らないんじゃあ……
   部屋に案内されながら、リュークに聞いてみる。お金持ち過ぎて金銭感覚がマヒしているのかも。

「リューク、野宿って知ってる?   酒場のない質素な宿に泊まったりしたことは?」
「ブランカ、突然どうした?   もちろん知っているし安宿に泊まったことだってある。野宿もしたが、さすがにお前にはまだ無理だろう」
「いえ。旅って、てっきりそういうものだと思って」
「快適に過ごせるのに、不便を買って出る必要がどこにある?   ここは観光地だから整備されているだけであって、近隣には宿がない地域もいっぱいある。いずれそういう場所を訪れるかもしれないから、今のうちに楽しんでおけばいい」
「そうか、そういう考え方もあるのね」

   調子に乗って出過ぎたことを言ってしまった。私が知るのは、自分の屋敷と別荘地までの往復と学園の中だけ。けれどリュークは、一つしか違わないのに、既に色んな経験をしているようだ。
『百聞は一見にしかず』とはよく言ったもので、本格的な旅も話に聞くのと実際に目にするのとでは大違い。国によって言葉や習慣も違うから、この先戸惑うことだってあるだろう。一人で旅立とうとしていた私は、今考えれば無謀だった。リュークが一緒で良かった。彼はいつでも、私の心強い味方だ。

「どうした、ブランカ。はしゃぎ過ぎて疲れたのか?」
「まさか。ただ、貴方ってすごいなって思っただけ」
「お前からそんな言葉を聞けるなんて、夢のようだ。以前ここに来た時の俺は、どうすればお前に頼りにされるかとそればかり考えていたからな」

   リュークの目が懐かしそうに細められる。
 イイ声でさらりとそんなことを言ってくるから、またもや顔が熱くなる。
   結婚したのが信じられないのはこんな時。私がリュークを好きなのは、言わなくてもわかるだろうけれど。リュークは一体、私のどこを好きになったのだろう?   まさか、幼い頃の惰性だって言うんじゃあ……

   幸い部屋には二人きり。
 気になったので、ちょっとだけ聞いてみようかしら?

「ねぇ、リューク」
「何だ」
「貴方は私のどこが好き?」

   私の言葉に、リュークが怪訝な顔をした。何を言い出すんだ、とどうやら驚いている模様。

「あ、無いなら別にいいの」
「数え上げたらきりがないが……」
「できれば教えて欲しいんだけど」

「一緒にいたい」と言われたことはあるけれど、具体的にどこが好きだと言われたことはなかったような気がする。
   リュークは特に考えもせず、スラスラと言葉を並べた。

「たくさんある。可愛いところ、優しいところ、綺麗なところ、真っ直ぐな心と強い意志。気が強いけど涙もろくて、他人を思いやって自分より優先させるところ。頭がいいのに時々抜けてて、鈍いかと思えば鋭い時もある。洞察力に優れていて状況判断が的確で、万人に好かれて慕われる。危なっかしくて守ってあげたいところも好きだ。紫の髪と瞳。赤い唇と白く柔らかでなめらかな肌も……」
「わ~~、ストップ! リューク、恥ずかしいからもういい。お願いだから止めて~!」

 すぐに終わるかと思ったのに。
 ごめんなさい、もう聞くに堪えられません。私はすっかり涙目だ。
 
「何だ、もういいのか。ここからが本番だぞ?   まだ言っていない所がたくさんあるのに」

   本当にごめんなさい。
   もう聞きません。
   貴方がちゃんと私を好きで、見てくれていることはよーくわかったから。
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