乙女ゲームのヒロインですが、推しはサブキャラ暗殺者

きゃる

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第二章 ムーンライト暗殺

暗殺者クロム

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 長い足にすがりつきつつ考える。

 本来ゲームヒロインである私の、ここでの分岐は二つ。

 一、攻略対象の好感度を上げずに、この場でクロム様に暗殺されてゲームオーバー。

 二、全員の好感度を少しずつ上げて、暗殺を回避する。この場合は殺されなくて済むけれど、暗殺者のクロム様は人知れず去って行く。

 そこで自分なりに考えて、第三の道筋を作り出したのだ。

 三、好感度を上げて暗殺されないようにして、なおかつクロム様も逃がさない。

 体力作りや筋トレはそのためで、加えて泣き落としの練習も重ねた。
 今こそ、成果を発揮する時ね!

「クロム様、お願い~~。ナイフ持参で侵入したのは内緒にするから、行かないで~~」

 自慢じゃないけど、ヒロインのカトリーナは顔がいい。澄んだ紫色の瞳に浮かぶ涙を見れば、クロム様だってイチコロよ。

「行くも何も、動けないんだが?」

 あれ? 効かない。
 チッ、泣き落としでもダメか。

 素っ気なくはあるけれど、クロム様は『心優しき暗殺者』。
 ナイフがなくとも彼ほどの手練てだれであれば、こぶしを振るえば簡単に抜け出せる。そうしないのが、きっと彼の優しさだ。

 推しの性格を知るからこその、この作戦。
 彼の出番はここまでだから、命をけても逃さない。

「お願いいいい。どっかに行くって、言わないでええええ」

 推しにしがみついたまま、ひたすら懇願こんがんする。

「……はあ。わかった、わかった。どこにも行かないとちかう。……これでいいか?」
「本当に? これからも、私のそばにいてくれますか?」
「…………………………ああ」

 ――ん? 今、ずいぶん間が空いたような。

 無表情で感情が読めないけれど、推しの言葉は信じたい。
 それが本当のファンだもの。 

「わかりました。それなら私も、今夜のことは誰にも言いません」

 クロム様と交わした言葉は、もったいないのでクラリスにも秘密だ。私の心のアルバムに、永久保存しよう。



「約束しましたからね」

 名残なごり惜しいが、がっちり回した両腕を推しの足からゆっくり外す。
 見上げて微笑んだ、その瞬間――。

 クロム様はきびすを返し、バルコニーに向かって走り出す。

「そんな、話が違う! 行かないで!!!」

 これは何度も見た流れ。
 腕利うでききの刺客は、バルコニーの手すりからひらりと飛び降りると、二度と姿を現さない。

「嫌あああああっ!」

 叫ぶと同時に猛ダッシュ。
 ゲーム通りの展開をとめようと、手すりに乗るクロム様に、なりふり構わずタックルする。

「うわっ……」
「……へ?」

 気づけば身体ごと、手すりの向こうに投げ出されていた。

「うわあぁぁぁ」
「ぐっ……」

 全身に衝撃を受け、目の前がチカチカする。

 ここは城の二階で、前世のワンルームアパートの二階とは造りが違う。天井てんじょうの高さが倍以上あるため、地面までの距離が長い。

 いくら複数の命を持つ私でも、今度ばかりは無傷じゃ済まないだろう。

 散りゆく薔薇の残像と暗闇のせいで、周りがよく見えない。
 花弁の残りはあと五つ。

 ――あれ? 今日は、身体がちっとも痛くない。

 暗さに目が慣れるにつれ、状況が判明した。

 なんと今、クロム様の腕の中。
 尊い推しを、押しつぶしている!

「ご、ごご、ごめんなさい」

 下敷きとなった彼から下りて、素早く土下座。
 クロム様は腹筋の力だけで上半身を起こすと、落ちた前髪をかき上げた。

 ――何これ、サービスシーン? スチル、ぜひスチルにほしいわ! 

 いや、待った。
 浮かれている場合ではない。

 受け身で私をかばったクロム様の、大事なお身体が傷ついていないか心配だ。

「お怪我けがは? 大丈夫ですか?」

 推しの肩をガシッと掴み、徐々に手を下ろす。
 鍛え方が違うのか、胸板は厚く腹筋は硬い。

「おお~」

 感動のあまり、うっかり声が出た。
 幸い骨折などは見当たらず、痛がる素振りもない。

「あら? 大切なお顔に傷が……」

 彼の顔を両手で挟み、慌ててのぞき込む。
 でもそれは、ほおについたただの土。
 ホッとして、力が抜ける。

「良かった……」
「いや、俺から離れてくれ。この体勢では動けない」

 ――うひゃああああ。俺? 今もしかして、俺って言った? 

 貴重な推しの『俺』呼びゲット。
 これだけで、ご飯三杯は軽くいけそうな気がする。

「……おい」

 呼びかけられて、ふと気づく。
 至近距離にクロム様のご尊顔……って、近い、近いわ!

 確認するのに夢中で、無意識のうちに密着していたらしい。
 王女ともあろうものが、推しを押し倒すというはしたない行為をするなんて……幸せ♪

 推しの呆れた視線が気になったので、私は慌てて取りつくろう。

「クロム様。かばってくださって、ありがとうございました。ほら、あなたはやっぱり優しい人でしょう?」

 心からの言葉を口にした。
 月明かりに照らされた赤い瞳が、私をじっと見つめている。

 ――なんて麗しいの!

 圧倒的な美貌に感激し、泣かないように目を閉じた。
 
 ――カッコ良くて優しいなんて、素晴らしすぎますわ!

 間近で大きなため息が聞こえたが、聞こえないフリをしよう。
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