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第四章 残酷な組織のテーゼ
お願い、助けて!
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「……行……な。そいつ……言いな、り…………る……な」
「クロム様!」
私は思いあまって、黒髪に頬をすり寄せた。
大怪我を負ってまで、彼は私を案じてくれている!
けれどアルバーノは、不満げに鼻を鳴らす。
「ふん、前言撤回です。やはり邪魔ですね。潔く散ってもらいましょう」
「させないわ!」
推しのためなら本望と、彼を抱きしめ目を閉じた。
覚悟を決めた、まさにその時――。
ドカッ、ドガッ、バキッ。
木の板が割れるような音がして、慌てて目を開く。
音のする方に顔を向けると、木の扉が蹴破られている。
「いた、こっちだ!」
「急げっ」
先頭はハーヴィーで、複数の兵士が後に続く。
驚くことに、ルシウスまでいるようだ。
「チッ」
アルバーノが舌打ちし、素早く身を翻す。
「気をつけて! アルバーノは危険よ!」
「アルバーノ?」
「なんだ? 動きが見えな……くっ」
「ぐわっ」
とっさに警告したものの、間に合わなかった。
あちらこちらで兵士が倒れ、傷を押さえて呻いている。
「アルバーノ、抵抗をやめろ! 兵はみな、そいつを囲め」
「はっ」
「残りは出口を固めろ」
「ははっ」
状況を理解したハーヴィーがすぐさま兵に指示を出し、ルシウスもそれに続く。
だけどアルバーノの人工の瞳には、誰も敵わない。
直接剣を交えたルシウスも、彼の圧倒的な強さに手こずっているようだ。
「カトリーナ、しっかりしろ、カトリーナ!」
「お兄様、私は平気。それよりクロム様が……」
ハーヴィーに支えられる間も、打ち合う剣の音が響く。
キイィィン、ガキイィィン。
キン、キイィィン。
「クッ、ここまでか」
「逃げた、追うぞ!」
バタバタと足音が消えていき、室内にはクロム様と私、そして兄のハーヴィーと護衛一人が残された。
「カトリーナが無事で良かった。お前に何かあれば、私は……」
悲壮感漂う声を出し、兄が私を抱きしめる。
私は安堵し、クロム様に笑いかけた。
ところが彼の身体は力を失くして、そのままずり落ちる。
「クロム様、クロム様!」
最悪の想像が頭を過ぎる。
「このまま亡くなったら……。お兄様、お願い。クロム様を助けて!!」
喚く間も、彼の身体はどんどん冷たくなっていく。
「わかった。白の間に運ぼう」
医師の見立てによると、冷たくなった原因は失血による体温低下。
かなり危険だったらしい。
クロム様は傷も深く出血も多かった。
でも急所や腱は上手く外していたそうで、恐らく後遺症は残らないそうだ。
――さすがはクロム様。人体の構造まで、知り尽くしていらっしゃるのね!
ようやく彼に会えたのは、それから一週間も後のこと。
白の間の扉を開けると、話し声が聞こえた。
「私のカトリーナを、危険な目に遭わせた罪は重い。洗いざらい白状するんだ」
ツタ柄模様の白い壁紙の寝室には、ベッドの上で上半身を起こしたクロム様。すぐ脇の椅子には、ついでに兄がいる。
お見舞いに来た私は、襟元と裾に白いレースが付いたピンクのドレス姿。緩く編んだ髪には、お揃いの生地で作った薔薇の髪飾りを付けている。
裸の肩と胸に包帯を巻いたクロム様。
痛々しくはあるけれど、黒髪や肌の血色はいいみたい。
腹筋は、ぱっくり六つに割れている。
――神様クロム様、今日もありがとうございます。
あまりじろじろ見ていては、変態だと思われてしまうかもしれない。
あ、ちなみに兄は、金糸の入ったえんじ色の上着に黒のトラウザーズを穿いている。
「コホン」
咳払いを一つして、彼らの注意を引きつけた。
「カトリーナ」
「お兄様、ごきげんよう。クロム様、お加減はいかが?」
私はハーヴィーの横に座り、大好きな人を見つめる。
「おかげさまで、だいぶ良くなりました。カトリーナ様もお元気そうで良かった」
「当たり前だ。カトリーナに怪我でもさせようものなら、お前の命はない」
ムッとした様子のハーヴィーだけど、今のはもちろん冗談よね?
「ちょうどいい、カトリーナにも聞かせよう。クロム、全て話してもらうから」
「俺の知る範囲でよろしければ」
「俺? なるほど、それがお前の本性か」
兄は腕を組み、クロム様を睨みつけた。
「じゃあ聞くが、クロム・リンデルというのは本名か?」
「クロムは本名ですが、リンデルは偽名です」
「本当の名前は?」
「クロム、とだけ。平民なので、名字はありません」
「何!?」
ハーヴィーは目を丸くするが、平民の多くに名字はない。
それは、この大陸全体の共通認識だ。
サブキャラの彼は、『バラミラ』のファンブックにも『クロム』とだけ表記されている。だから、平民で間違いない。
答えに納得できない兄が、矢継ぎ早に問う。
「平民なのに、どうして貴族の作法を知っている? 膨大な知識はどこで身につけた? そもそも、お前の出身はどこだ?」
「貴族の作法や知識は、組織で学びました」
「組織?」
「はい。俺はオレガノ帝国で生まれ、孤児となり、ある組織に拾われたのです」
「なんだと!」
声を上げたハーヴィーに、クロム様が『キメラ』という組織の実態を語る。
すでに彼から聞いていた私は、口を挟まない。
「――以上です。俺は元々王女殿下の命を狙う刺客として、ここに派遣されました」
「クロム様!」
私は思いあまって、黒髪に頬をすり寄せた。
大怪我を負ってまで、彼は私を案じてくれている!
けれどアルバーノは、不満げに鼻を鳴らす。
「ふん、前言撤回です。やはり邪魔ですね。潔く散ってもらいましょう」
「させないわ!」
推しのためなら本望と、彼を抱きしめ目を閉じた。
覚悟を決めた、まさにその時――。
ドカッ、ドガッ、バキッ。
木の板が割れるような音がして、慌てて目を開く。
音のする方に顔を向けると、木の扉が蹴破られている。
「いた、こっちだ!」
「急げっ」
先頭はハーヴィーで、複数の兵士が後に続く。
驚くことに、ルシウスまでいるようだ。
「チッ」
アルバーノが舌打ちし、素早く身を翻す。
「気をつけて! アルバーノは危険よ!」
「アルバーノ?」
「なんだ? 動きが見えな……くっ」
「ぐわっ」
とっさに警告したものの、間に合わなかった。
あちらこちらで兵士が倒れ、傷を押さえて呻いている。
「アルバーノ、抵抗をやめろ! 兵はみな、そいつを囲め」
「はっ」
「残りは出口を固めろ」
「ははっ」
状況を理解したハーヴィーがすぐさま兵に指示を出し、ルシウスもそれに続く。
だけどアルバーノの人工の瞳には、誰も敵わない。
直接剣を交えたルシウスも、彼の圧倒的な強さに手こずっているようだ。
「カトリーナ、しっかりしろ、カトリーナ!」
「お兄様、私は平気。それよりクロム様が……」
ハーヴィーに支えられる間も、打ち合う剣の音が響く。
キイィィン、ガキイィィン。
キン、キイィィン。
「クッ、ここまでか」
「逃げた、追うぞ!」
バタバタと足音が消えていき、室内にはクロム様と私、そして兄のハーヴィーと護衛一人が残された。
「カトリーナが無事で良かった。お前に何かあれば、私は……」
悲壮感漂う声を出し、兄が私を抱きしめる。
私は安堵し、クロム様に笑いかけた。
ところが彼の身体は力を失くして、そのままずり落ちる。
「クロム様、クロム様!」
最悪の想像が頭を過ぎる。
「このまま亡くなったら……。お兄様、お願い。クロム様を助けて!!」
喚く間も、彼の身体はどんどん冷たくなっていく。
「わかった。白の間に運ぼう」
医師の見立てによると、冷たくなった原因は失血による体温低下。
かなり危険だったらしい。
クロム様は傷も深く出血も多かった。
でも急所や腱は上手く外していたそうで、恐らく後遺症は残らないそうだ。
――さすがはクロム様。人体の構造まで、知り尽くしていらっしゃるのね!
ようやく彼に会えたのは、それから一週間も後のこと。
白の間の扉を開けると、話し声が聞こえた。
「私のカトリーナを、危険な目に遭わせた罪は重い。洗いざらい白状するんだ」
ツタ柄模様の白い壁紙の寝室には、ベッドの上で上半身を起こしたクロム様。すぐ脇の椅子には、ついでに兄がいる。
お見舞いに来た私は、襟元と裾に白いレースが付いたピンクのドレス姿。緩く編んだ髪には、お揃いの生地で作った薔薇の髪飾りを付けている。
裸の肩と胸に包帯を巻いたクロム様。
痛々しくはあるけれど、黒髪や肌の血色はいいみたい。
腹筋は、ぱっくり六つに割れている。
――神様クロム様、今日もありがとうございます。
あまりじろじろ見ていては、変態だと思われてしまうかもしれない。
あ、ちなみに兄は、金糸の入ったえんじ色の上着に黒のトラウザーズを穿いている。
「コホン」
咳払いを一つして、彼らの注意を引きつけた。
「カトリーナ」
「お兄様、ごきげんよう。クロム様、お加減はいかが?」
私はハーヴィーの横に座り、大好きな人を見つめる。
「おかげさまで、だいぶ良くなりました。カトリーナ様もお元気そうで良かった」
「当たり前だ。カトリーナに怪我でもさせようものなら、お前の命はない」
ムッとした様子のハーヴィーだけど、今のはもちろん冗談よね?
「ちょうどいい、カトリーナにも聞かせよう。クロム、全て話してもらうから」
「俺の知る範囲でよろしければ」
「俺? なるほど、それがお前の本性か」
兄は腕を組み、クロム様を睨みつけた。
「じゃあ聞くが、クロム・リンデルというのは本名か?」
「クロムは本名ですが、リンデルは偽名です」
「本当の名前は?」
「クロム、とだけ。平民なので、名字はありません」
「何!?」
ハーヴィーは目を丸くするが、平民の多くに名字はない。
それは、この大陸全体の共通認識だ。
サブキャラの彼は、『バラミラ』のファンブックにも『クロム』とだけ表記されている。だから、平民で間違いない。
答えに納得できない兄が、矢継ぎ早に問う。
「平民なのに、どうして貴族の作法を知っている? 膨大な知識はどこで身につけた? そもそも、お前の出身はどこだ?」
「貴族の作法や知識は、組織で学びました」
「組織?」
「はい。俺はオレガノ帝国で生まれ、孤児となり、ある組織に拾われたのです」
「なんだと!」
声を上げたハーヴィーに、クロム様が『キメラ』という組織の実態を語る。
すでに彼から聞いていた私は、口を挟まない。
「――以上です。俺は元々王女殿下の命を狙う刺客として、ここに派遣されました」
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