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第四章 残酷な組織のテーゼ

あなたを護りたい

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「私は弟――タールの瞳に憧れを抱いていました。だからこそ、同様の力を人工的にも出せるのではないか、と考えたのです。師匠に下案を見せたところ、『魔道具は平和的利用に限られる。兵器となり得るものは認めない』と、処分を迫られました。ひどいでしょう?」

「……え? ええ、そうね」

 彼を刺激しないよう、首をたてに振る。

「拒否すると、あっさり破門されました。それなら独自に開発すればいいと、友人と工房を借りたのです。しかし、信頼していたその友人に、全財産を持ち逃げされて……」
「まあ」
「師匠の下を離れた異国人に、金を貸す物好きはおりません。でも家名を出して助けを求めるのは、自分を無能だと吹聴するようなもの。万策尽きた私は、路頭に迷っていたところを、ある人に保護されました」
「それが、『キメラ』の人なのね?」

 ようやく話がわかった。
 アルバーノは隣国への留学中、組織にスカウトされたらしい。

「おや? 組織の名前まで、よくご存じですね。そう、私を助けたのは『キメラ』のセイボリー支部です。『資金を提供するから、魔道具を開発しないか?』と誘われて。能力を見出されたと、私は有頂天になりました」
「そんな! だったら組織は、その眼鏡を量産しているの?」

 もしもそうなら大変だ。
 我が国の兵士も、組織相手に勝ち目はない。
 しかしアルバーノは、首を横に振る。

「まさか。眼鏡の完成は帰国後ですし、こんな大事な装置を人手に渡すはずがありません」

 アルバーノは急に口をつぐみ、私の背後をチラリと見やる。

「……どうやら話しすぎました。重要なのは、王女のあなたが私の帰国を待たず、こんな男に夢中になっていたことです!」

 アルバーノが、クロム様をビシッと指差した。

 もちろん否定はしないけど、彼の注意がクロム様に向いてしまった。
 焦って言葉に詰まったせいで、アルバーノが声を荒らげる。

「どうしてこんな男に!! 王女のあなたがどうして、卑しい身分の男に想いを寄せるのですか!」
「それは……」
「相手がセイボリーの王子なら、まだ諦めもつくというものです。だけどあなたは、この男を選んだ。よりにもよって組織の依頼を受けた私が、もぐり込ませた男を!」

 ――違う。クロム様のことは、出会う前から好きだった。

「信じられません。私の方が、先にあなたを好きだったのに! それでも、諦めようと努力はしました。王女の教師を務めるくらいだからその男は名のある貴族かもしれない、本当にあなたを想っているのかもしれないと、自分に言い聞かせて」

 いいえ。ご自身で孤児だと語っていたから、クロム様は紛れもなく平民だ。
 今は危険なので、アルバーノの話に水は差せない。

「ところが後日、カトリーナ様の安否を尋ねる手紙が、組織から届きました。そこには、この男のことも詳細に記されていたのです。私はその時初めて、組織の闇と自分が潜り込ませた男が暗殺者だと知りました」

 アルバーノは言葉を区切ると、苦々しげに顔をゆがめた。

「――能力を見出された? はっ、まさか。そんなものは幻でした。『キメラ』にとって私は、彼の潜入を手助けするための、都合のいいこまだったのです」 

 私は脇に下ろした両手を、固く握りしめる。

 ――『キメラ』という組織は、いったいどれだけ人の生き方を狂わせてきたのだろう? どれほど人を利用すれば、気が済むの?

 キラキラした乙女ゲームの『バラミラ』に、「組織」という単語は一瞬しか出てこない。

 それは暗殺に失敗したクロム様が、チラッと語る程度。ファンブックにも詳細な記述はなく、はっきり言ってクロム様以外のファンにとっては、どうでもいい情報だった。

 それなのにこの世界では、組織の存在が大きい。クロム様もアルバーノも組織の所属で、彼らにいいように扱われていた。

「私を認めない師匠や組織など、こちらから願い下げです。私には、あなたがいればいい。カトリーナ様を護るため、装置の完成を急ぎました。けがれなき王女を、悪の手に渡すわけにはまいりません!」

 一歩踏み出すアルバーノを、私は慌てて押しとどめた。

「アルバーノ、組織のことはあなたのせいじゃないから、気に病む必要はないわ。ところで、完成を急いだって言っていたけど……。その眼鏡は、できたばかりなのね?」

 そこにヒントがありそうだ。
 彼の口から、弱点を聞き出せないかしら?

「はい。【彗星の瞳】と【陽炎の瞳】。どちらも素晴らしい出来映えでしょう?」
「ええ、ええ、すごいわ。だけど、初めて使った割には慣れているみたい」
「いいえ。使用するのは、今回が初めてではありません」
「初めてじゃない? 事前に誰かで試したの?」

 何気なく口にした私。
 ふと、恐ろしい考えが浮かぶ。

「まさか、行方不明の人達はあなたが……」
「さすがは聡明な王女様! その通り。何ごとにも、テストは必要でしょう?」

 にいっと口角を吊り上げたアルバーノに、私はひるみ後ずさる。
 剣をかかげた彼を見て、私はクロム様の元へ迷わず走った。

「危ないっ」

 ギイィィィン!

 クロム様におおい被さった瞬間、耳元で金属音がした。アルバーノが振り下ろした剣を、クロム様がナイフで防いだみたい。

 だけど息が荒いので、次の攻撃はかわせそうにない。
 それなら私の取るべき行動は、たった一つ。

 愛する人を護ろうと、私はクロム様をかき抱く。

「させないわ」
「カトリーナ様、そこまでこの男のことを……」

 悔しそうな声が真後ろで聞こえた。
 しばらく待っても動きがないため、振り仰ぐ。

 目が合ったと感じた直後、アルバーノが冷笑を浮かべた。

「裏切り者には死を。それが組織のテーゼ――命題です。でもカトリーナ様に免じて、一度だけチャンスをあげましょう。あなたが私のものになるなら、彼を見逃してあげますよ」

 止血に使った布地が、すでに真っ赤に染まっている。
 早く決断しなければ、クロム様は助からない!

 愛する人は、後にも先にもただ一人。
 当然、迷いなんてない。

「そうね。だったら私は、あなたのものにな……」
「…………くな」
「えっ?」

 かすかな声が聞こえた気がして見下ろせば、まぶたを閉じたクロム様が、私のそでを掴んでいた。
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