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ベイルモンド砂漠編
さらっと異世界に行く
私の名前は刺史河原昭彦(さしがわらあきひこ)。37歳の冴えないおっさんだ。
飽き性で数年おきに転職し、お金が貯まると世界を旅行するのが趣味だ。当然、結婚は出来ない。でも独り身が気軽で良い。
私は、太平洋横断して日本に帰る旅客船に乗っていた。金銭的な理由で、乗客ではなく乗組員としてだ。
だが、船は沈没してしまった。
理由は分からない。船内で皿を洗っていたら、突然警報が鳴り出し、ライトが消え、甲板に上がろうと扉を開けた瞬間に海水に呑まれた。
暗転した世界。
誰かの声。
『ステータスを開け』
…ステータス?
今度は世界が眩しく輝き出した。
意識が遠のいていく。
…。
暑さで目が覚める。凄い日差しだ。
体中、砂だらけ。いや、私の周囲が全部砂だ。砂漠だ。見渡す限り砂漠だ。
船が難破して、どこかに漂着した?いやいや、砂漠の真ん中だぞ。そんな馬鹿な。
何が起きているのか落ち着いて考えたいが、暑すぎるし、喉も乾いている。
着ている調理服を脱いでアンダーシャツ姿になろうかと思ったが、考え直す。砂漠じゃ長袖の方が良いはずだ。肌を出すと熱傷の心配があるしな。
取り敢えず、近くの砂丘の天辺を目指して歩き出す。砂に足をとられて、歩くだけで体力を消耗する。
10分かけて、やっとこさ砂丘の上に登れた。だが、高い場所から周囲を見渡しても、地平線まで続く砂が見えるだけだ。
困った。
その場で胡坐をかいて一休み。ふと、意識を失う前に聞こえた言葉を思い出した。ステータスを開け、か。学生時代に遊んだテレビゲームを思い出す。
軽い気持ちで呟いてみた。
「オープン、ステータス。」
すると、目の前にワインレッドの文字が浮かぶ。
『名前:さしがわら あきひこ
恩恵:魔力高速回復、自動翻訳、元素魔法適性
技能:空間収納5、人物鑑定1
メモ:収納(ストレージ)を開け 』
なんだこれは。まさしくゲームの世界ではないか。そして、今度は収納を開け。先ほどと同じように呟けばいいのか?
「オープン、ストレージ。」
また目の前に文字が浮かんできた。どうやら、収納物のリストのようだ。
『空の小瓶 ×3
火の魔導書Ⅰ ×1
水の魔導書Ⅰ ×1
土の魔導書Ⅰ ×1
風の魔導書Ⅰ ×1』
試しに、火の魔導書に意識を集中すると、頭の中に魔導書の実物のイメージが浮かぶ。
取り出す!取り出す!念じてみると、手の中にポンと赤い表紙の本が現れた。
本を開くと、全てのページから生き物のように文字が飛び出してきて、私の目の中に入ってくる。
「うおおっ!?」
蚊柱を払うように、無我夢中で手を振り回す。
1分ほど振り回し続けてから、もう何も起きていない事に気づいた。本も無くなっている。ただ、頭の中に火を操るイメージが焼き付いた。
これは火の魔法を覚えたということか。
そっと手を前に翳して、火を念じる。すると、サッカーボールサイズの火球が現れる。詠唱とかはいらないのか。想像するままに、火球は自在に動き、地面に当たると炎を散らして消えた。
凄い。凄いという感情しか浮かばない。
水、土、風の魔導書も同じように空間収納から取り出して、魔法を覚えた。
一番嬉しかったは、水の魔法だ。魔法で生み出した水が私を喉の渇きから解放した。
脱水状態から解放されて、少しは回るようになった頭で考えた結果、土魔法でカマクラもどきを作って中で待機し、日が暮れてから移動を開始することにした。
覚えたてにも関わらず、魔法で土砂を自在に操り固めることも出来ることが、こんな状況だというのに少し楽しい。
土砂の小屋の中、日陰で魔法の仕様を色々と試していたら、夕方になった。出発前にもう一度ステータスを確認してみる。
『名前:さしがわら あきひこ
恩恵:魔力高速回復、自動翻訳、元素魔法適性
技能:空間収納5、人物鑑定1、火魔法1、水魔法1、風魔法1、土魔法1』
メモが消えて、技能に各魔法が追加されている。数字はスキルレベルかな。
土魔法で自分の目の前の砂を固定してから進む。足が砂に沈むことが無くなり、大分歩きやすい。一度に100メートルぐらい固めると魔力が無くなって、お腹が空っぽになったような違和感を感じる。けれど数秒で魔力は回復して違和感は消える。。
夕日に向かって歩き続ける。日が沈んでからは、星明かりを頼りに進む。夜空に見覚えのある星座は無く、ここは地球では無いのだと実感した。
このまま飢え死にするんじゃないかと不安が頭をもたげたが、必死に嫌な考えを頭の隅に押しやった。
眠くなってきたが、頑張って歩く。日中は暑すぎて移動がつらい。今のうちに距離を稼がないと。ちゃんと真っすぐ進めているのかどうかが心配だ。
夜の砂漠の涼しい風が、最初は気持ち良かったが、時間が経つと少し肌寒く感じてきた。色々と試して、風魔法で自分の周囲を無風状態に出来ることに気づいた。これくらいならたいして魔力を消費しないようで、土魔法と併用できる。
魔力高速回復とやらのおかげだろう。
歩けども歩けども砂ばかり。精神的にもかなりしんどくなり、うっすらと背後の地平線が明るくなってきた頃、前方に倒れた人間を見つけた。
人影に向かって走り出す。あれが生きているのか死んでいるのかは分からないが、少なくともここは人の居る世界だってことだ。
倒れている人は、褐色肌、20歳代の男。中東系の顔つき。ターバンに、ゆったりとした麻の服、いかにも砂漠の民といった格好だ。口元に手を当てると、息はしている。男の周囲には、彼の荷物であろう革袋が5つ転がっている。
軽く男の肩を揺すると、はっと目を覚ました。
「ここは死者の国かっ!?俺は死んだのかっ!」
「落ち着いて。君は生きてるよ。」
明らかに日本語じゃない言葉だが、自動翻訳とやらのお陰か理解出来し、こちらの言葉も通じるようだ。男は私の顔と服装をジロジロと観察して言った。
「何者だ?いや、それよりも。水を持っていないか?喉が渇いて渇いて…。」
空間収納から、昨日水を入れておいた小瓶を取り出し、男に手渡す。空間収納の存在を大っぴらにしていいのかどうか迷ったので、あたかも懐から取り出したように見せかけた。男は半ば奪い取るように小瓶を掴むとラッパ飲みで飲み干した。
「ぷはあ。いや、助かった。ありがとう。」
互いに自己紹介をする。男は、名をシャドリーというらしい。行商人で、ラクダ3頭を引き連れて町へ向かっていた。だが一昨日の夜、寝ている間に縄で繋いでいたラクダが逃げ出してしまったらしい。
「縄が千切れたんだと思う。テントに置いておいた大事な商品以外は全部持っていかれちまった。」
残った商品を諦めきれなかったシャドリーはテントは捨て、商品の入った5つの革袋を引き摺って歩いた。だが、1人でずっと持ち運べる量でもなく、疲労してここで倒れてしまったようだ。
「無茶をするね。命の方が大事だろうに。」
「俺は今回の行商に賭けてるんだ。全財産はたいて取引した品だよ。無くしたら、俺の商売も信用も永遠に失われる。あんたこそ、碌な荷も持たずに、よく砂漠を歩けるな。」
そう言われて、私は肩を竦める。
「遭難者なんだ。どうして自分が此処に居るのかも分からん。」
「ふーん。ま、そんな恰好は見たことが無いし、ここらの者じゃなさそうだな。」
シャドリーはふうと一息ついて立ち上がる。水の礼として、使い込んだ茶色いマントを渡された。これを羽織れということらしい。
「気合い入れて歩けば、今日中にアルサーヤの町に辿り着くはずだ。行く宛が無いなら一緒に来るかい?」
同行するなら荷物運びを手伝ってくれると助かる、と言われて私は頷いた。
2つの革袋を持ち上げようとして思った。これを運びながら、更に1日歩けるのか、と。
結論。無理だ。空間収納のスキルを隠すのは諦めて、2つの革袋をスキルで収納した。シャドリーが持とうとしていた分も、続いて収納する。
「『ストレージ』持ちか!羨ましい。」
私はどう反応していいか分からず、肩を竦めた。
二人で町に向けて歩き出す。もう能力を隠す気の無い私は、躊躇無く進行方向の砂を魔法で固めていく。
「これは土魔法?あんた魔法使いなのか。こんな使い方をして、魔力は大丈夫なのか。」
「昨晩ずっと使っていたが問題無かった。」
「俺は魔法について詳しくないが、それが異常だってことは分かるぞ…。」
シャドリーは呆れたように首を振った。どうやら私の魔力高速回復はかなり優秀な恩恵のようだ。
手ぶらの男二人が砂漠を進む。シャドリーに言わせると、砂丘どうしの位置関係を覚えていれば道に迷うことはないらしい。私には、どの砂丘も同じに見えるが…。
町まで後半日も掛からない距離まで気だぞ、とシャドリーが私に話しかけた瞬間、進行方向斜め右辺りの砂の下から、3m以上の体格を持ったサソリが現れた。尾先の毒針が黒く鈍く光る。
「畜生!シャガスコーピオンだ!なんだってこんなところに!!」
シャドリーが青い顔で叫ぶ。
「アキヒコ、逃げるぞ!あれは人間も喰うんだ。」
サソリは静かにゆっくりとこちらに向きを変え、沢山の足を素早く動かして接近してくる。あの速さでは、逃げてもあっという間に追いつかれるだろう。だったら、魔法を試すしかない。
火を念じる。私の眼の前に火球が出現する。だが、これじゃあ足りない。
火を念じる。サソリを覆いつくすほどの量の火を。私の周囲の空中に百を超える火球が現れる。私の意思で、それらは一斉にサソリに襲い掛かった。
全身を炎に覆われ動きを止めるサソリ。だが、炎が消えると、サソリは再び平然と向かってきた。
「シャガスコーピオンは溶岩で泳ぐと言われるほど熱に強い!火の魔法は効かない!」
荷物を収納している私を置いて逃げる訳にはいかないシャドリーが、その場で足踏みしながら言った。
魔法のスキルが低いせいか、あるいは魔法そのものが大したことないのか、兎も角、今はあれに勝てないようだ。なら、別の手だ。
再び、火を念じる。先ほどと同じように沢山の火球が宙に浮かぶ。それらをサソリに向かって飛ばす。
「だから、それじゃ倒せないって!」
「いや、倒すのが目的じゃない。」
大量の火球がサソリの周囲を飛び回る。しかし、サソリに直接ぶつかることはない。炎の壁に覆われたサソリは、その場で停止して動くことが出来ない。
「昔、知り合いに教わったんだ。炎に囲まれたサソリは、その場で動かなくなるってね。デカくても習性は変わらないらしい。今のうちに移動しよう。」
さあ歩こう、と私が促すと、シャドリーはサソリの方を警戒しつつ歩き出した。
「あれはいつまで保つんだ?」
「うーん、初めてやったことだから分からないよ。でも、火が消えたら、また同じことをすればいい。」
「あんた、どれだけ魔力があるんだ…。それに、凄い魔力量を持っているのに、使うのは初級魔法?ちぐはぐだな。」
魔力回復速度に任せて火球を連発したが、炎の壁という魔法なら一発で同じ事が出来て消費魔力も少ないらしい。火魔法のスキルレベルが上がれば、私にもそういう魔法が使えるだろうか。
それからサソリが追ってくることは無く、日が沈む前に私たちの進む先にアルサーヤの町が姿を現した。
飽き性で数年おきに転職し、お金が貯まると世界を旅行するのが趣味だ。当然、結婚は出来ない。でも独り身が気軽で良い。
私は、太平洋横断して日本に帰る旅客船に乗っていた。金銭的な理由で、乗客ではなく乗組員としてだ。
だが、船は沈没してしまった。
理由は分からない。船内で皿を洗っていたら、突然警報が鳴り出し、ライトが消え、甲板に上がろうと扉を開けた瞬間に海水に呑まれた。
暗転した世界。
誰かの声。
『ステータスを開け』
…ステータス?
今度は世界が眩しく輝き出した。
意識が遠のいていく。
…。
暑さで目が覚める。凄い日差しだ。
体中、砂だらけ。いや、私の周囲が全部砂だ。砂漠だ。見渡す限り砂漠だ。
船が難破して、どこかに漂着した?いやいや、砂漠の真ん中だぞ。そんな馬鹿な。
何が起きているのか落ち着いて考えたいが、暑すぎるし、喉も乾いている。
着ている調理服を脱いでアンダーシャツ姿になろうかと思ったが、考え直す。砂漠じゃ長袖の方が良いはずだ。肌を出すと熱傷の心配があるしな。
取り敢えず、近くの砂丘の天辺を目指して歩き出す。砂に足をとられて、歩くだけで体力を消耗する。
10分かけて、やっとこさ砂丘の上に登れた。だが、高い場所から周囲を見渡しても、地平線まで続く砂が見えるだけだ。
困った。
その場で胡坐をかいて一休み。ふと、意識を失う前に聞こえた言葉を思い出した。ステータスを開け、か。学生時代に遊んだテレビゲームを思い出す。
軽い気持ちで呟いてみた。
「オープン、ステータス。」
すると、目の前にワインレッドの文字が浮かぶ。
『名前:さしがわら あきひこ
恩恵:魔力高速回復、自動翻訳、元素魔法適性
技能:空間収納5、人物鑑定1
メモ:収納(ストレージ)を開け 』
なんだこれは。まさしくゲームの世界ではないか。そして、今度は収納を開け。先ほどと同じように呟けばいいのか?
「オープン、ストレージ。」
また目の前に文字が浮かんできた。どうやら、収納物のリストのようだ。
『空の小瓶 ×3
火の魔導書Ⅰ ×1
水の魔導書Ⅰ ×1
土の魔導書Ⅰ ×1
風の魔導書Ⅰ ×1』
試しに、火の魔導書に意識を集中すると、頭の中に魔導書の実物のイメージが浮かぶ。
取り出す!取り出す!念じてみると、手の中にポンと赤い表紙の本が現れた。
本を開くと、全てのページから生き物のように文字が飛び出してきて、私の目の中に入ってくる。
「うおおっ!?」
蚊柱を払うように、無我夢中で手を振り回す。
1分ほど振り回し続けてから、もう何も起きていない事に気づいた。本も無くなっている。ただ、頭の中に火を操るイメージが焼き付いた。
これは火の魔法を覚えたということか。
そっと手を前に翳して、火を念じる。すると、サッカーボールサイズの火球が現れる。詠唱とかはいらないのか。想像するままに、火球は自在に動き、地面に当たると炎を散らして消えた。
凄い。凄いという感情しか浮かばない。
水、土、風の魔導書も同じように空間収納から取り出して、魔法を覚えた。
一番嬉しかったは、水の魔法だ。魔法で生み出した水が私を喉の渇きから解放した。
脱水状態から解放されて、少しは回るようになった頭で考えた結果、土魔法でカマクラもどきを作って中で待機し、日が暮れてから移動を開始することにした。
覚えたてにも関わらず、魔法で土砂を自在に操り固めることも出来ることが、こんな状況だというのに少し楽しい。
土砂の小屋の中、日陰で魔法の仕様を色々と試していたら、夕方になった。出発前にもう一度ステータスを確認してみる。
『名前:さしがわら あきひこ
恩恵:魔力高速回復、自動翻訳、元素魔法適性
技能:空間収納5、人物鑑定1、火魔法1、水魔法1、風魔法1、土魔法1』
メモが消えて、技能に各魔法が追加されている。数字はスキルレベルかな。
土魔法で自分の目の前の砂を固定してから進む。足が砂に沈むことが無くなり、大分歩きやすい。一度に100メートルぐらい固めると魔力が無くなって、お腹が空っぽになったような違和感を感じる。けれど数秒で魔力は回復して違和感は消える。。
夕日に向かって歩き続ける。日が沈んでからは、星明かりを頼りに進む。夜空に見覚えのある星座は無く、ここは地球では無いのだと実感した。
このまま飢え死にするんじゃないかと不安が頭をもたげたが、必死に嫌な考えを頭の隅に押しやった。
眠くなってきたが、頑張って歩く。日中は暑すぎて移動がつらい。今のうちに距離を稼がないと。ちゃんと真っすぐ進めているのかどうかが心配だ。
夜の砂漠の涼しい風が、最初は気持ち良かったが、時間が経つと少し肌寒く感じてきた。色々と試して、風魔法で自分の周囲を無風状態に出来ることに気づいた。これくらいならたいして魔力を消費しないようで、土魔法と併用できる。
魔力高速回復とやらのおかげだろう。
歩けども歩けども砂ばかり。精神的にもかなりしんどくなり、うっすらと背後の地平線が明るくなってきた頃、前方に倒れた人間を見つけた。
人影に向かって走り出す。あれが生きているのか死んでいるのかは分からないが、少なくともここは人の居る世界だってことだ。
倒れている人は、褐色肌、20歳代の男。中東系の顔つき。ターバンに、ゆったりとした麻の服、いかにも砂漠の民といった格好だ。口元に手を当てると、息はしている。男の周囲には、彼の荷物であろう革袋が5つ転がっている。
軽く男の肩を揺すると、はっと目を覚ました。
「ここは死者の国かっ!?俺は死んだのかっ!」
「落ち着いて。君は生きてるよ。」
明らかに日本語じゃない言葉だが、自動翻訳とやらのお陰か理解出来し、こちらの言葉も通じるようだ。男は私の顔と服装をジロジロと観察して言った。
「何者だ?いや、それよりも。水を持っていないか?喉が渇いて渇いて…。」
空間収納から、昨日水を入れておいた小瓶を取り出し、男に手渡す。空間収納の存在を大っぴらにしていいのかどうか迷ったので、あたかも懐から取り出したように見せかけた。男は半ば奪い取るように小瓶を掴むとラッパ飲みで飲み干した。
「ぷはあ。いや、助かった。ありがとう。」
互いに自己紹介をする。男は、名をシャドリーというらしい。行商人で、ラクダ3頭を引き連れて町へ向かっていた。だが一昨日の夜、寝ている間に縄で繋いでいたラクダが逃げ出してしまったらしい。
「縄が千切れたんだと思う。テントに置いておいた大事な商品以外は全部持っていかれちまった。」
残った商品を諦めきれなかったシャドリーはテントは捨て、商品の入った5つの革袋を引き摺って歩いた。だが、1人でずっと持ち運べる量でもなく、疲労してここで倒れてしまったようだ。
「無茶をするね。命の方が大事だろうに。」
「俺は今回の行商に賭けてるんだ。全財産はたいて取引した品だよ。無くしたら、俺の商売も信用も永遠に失われる。あんたこそ、碌な荷も持たずに、よく砂漠を歩けるな。」
そう言われて、私は肩を竦める。
「遭難者なんだ。どうして自分が此処に居るのかも分からん。」
「ふーん。ま、そんな恰好は見たことが無いし、ここらの者じゃなさそうだな。」
シャドリーはふうと一息ついて立ち上がる。水の礼として、使い込んだ茶色いマントを渡された。これを羽織れということらしい。
「気合い入れて歩けば、今日中にアルサーヤの町に辿り着くはずだ。行く宛が無いなら一緒に来るかい?」
同行するなら荷物運びを手伝ってくれると助かる、と言われて私は頷いた。
2つの革袋を持ち上げようとして思った。これを運びながら、更に1日歩けるのか、と。
結論。無理だ。空間収納のスキルを隠すのは諦めて、2つの革袋をスキルで収納した。シャドリーが持とうとしていた分も、続いて収納する。
「『ストレージ』持ちか!羨ましい。」
私はどう反応していいか分からず、肩を竦めた。
二人で町に向けて歩き出す。もう能力を隠す気の無い私は、躊躇無く進行方向の砂を魔法で固めていく。
「これは土魔法?あんた魔法使いなのか。こんな使い方をして、魔力は大丈夫なのか。」
「昨晩ずっと使っていたが問題無かった。」
「俺は魔法について詳しくないが、それが異常だってことは分かるぞ…。」
シャドリーは呆れたように首を振った。どうやら私の魔力高速回復はかなり優秀な恩恵のようだ。
手ぶらの男二人が砂漠を進む。シャドリーに言わせると、砂丘どうしの位置関係を覚えていれば道に迷うことはないらしい。私には、どの砂丘も同じに見えるが…。
町まで後半日も掛からない距離まで気だぞ、とシャドリーが私に話しかけた瞬間、進行方向斜め右辺りの砂の下から、3m以上の体格を持ったサソリが現れた。尾先の毒針が黒く鈍く光る。
「畜生!シャガスコーピオンだ!なんだってこんなところに!!」
シャドリーが青い顔で叫ぶ。
「アキヒコ、逃げるぞ!あれは人間も喰うんだ。」
サソリは静かにゆっくりとこちらに向きを変え、沢山の足を素早く動かして接近してくる。あの速さでは、逃げてもあっという間に追いつかれるだろう。だったら、魔法を試すしかない。
火を念じる。私の眼の前に火球が出現する。だが、これじゃあ足りない。
火を念じる。サソリを覆いつくすほどの量の火を。私の周囲の空中に百を超える火球が現れる。私の意思で、それらは一斉にサソリに襲い掛かった。
全身を炎に覆われ動きを止めるサソリ。だが、炎が消えると、サソリは再び平然と向かってきた。
「シャガスコーピオンは溶岩で泳ぐと言われるほど熱に強い!火の魔法は効かない!」
荷物を収納している私を置いて逃げる訳にはいかないシャドリーが、その場で足踏みしながら言った。
魔法のスキルが低いせいか、あるいは魔法そのものが大したことないのか、兎も角、今はあれに勝てないようだ。なら、別の手だ。
再び、火を念じる。先ほどと同じように沢山の火球が宙に浮かぶ。それらをサソリに向かって飛ばす。
「だから、それじゃ倒せないって!」
「いや、倒すのが目的じゃない。」
大量の火球がサソリの周囲を飛び回る。しかし、サソリに直接ぶつかることはない。炎の壁に覆われたサソリは、その場で停止して動くことが出来ない。
「昔、知り合いに教わったんだ。炎に囲まれたサソリは、その場で動かなくなるってね。デカくても習性は変わらないらしい。今のうちに移動しよう。」
さあ歩こう、と私が促すと、シャドリーはサソリの方を警戒しつつ歩き出した。
「あれはいつまで保つんだ?」
「うーん、初めてやったことだから分からないよ。でも、火が消えたら、また同じことをすればいい。」
「あんた、どれだけ魔力があるんだ…。それに、凄い魔力量を持っているのに、使うのは初級魔法?ちぐはぐだな。」
魔力回復速度に任せて火球を連発したが、炎の壁という魔法なら一発で同じ事が出来て消費魔力も少ないらしい。火魔法のスキルレベルが上がれば、私にもそういう魔法が使えるだろうか。
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