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3.3虚なる魔法
覚悟
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ムトからは哀愁が漂っている。それはきっと、俺の言葉に考え直しただとか、そんな理想的な理由からではないだろう。ようやく、霧の悪魔がこの世から消え去るといった喜びと、もうイグニスに会えないという悲しみがちょうどいい具合に彼女をそうさせたのだ。
彼女は俺の問いに答えない。そもそも、答えなんてものはもとから決まっていたというだけの話だ。
「もう疲れた。最後に彼に会えてよかった……ずっと魔法をちゃんと教えてあげられなかったことだけが心残りだったから」
「やったら、そう思うんやったら、最後までついてやれ!」
なにもかもをあきらめたような表情でそんなこと言うんじゃねえ。まだ何も始まってすらいないじゃないか。イグニスが……ソルがこっちに来てようやくすべてが始まったじゃないか、どうしてもう終わらせようとするんだ。
「知ってるでしょう。もう私が霧の悪魔を抑えられないってことぐらい……このままじゃ、極悪人を殺して歩く程度じゃすまなくなる……」
「それでも!」
「本当はね、私もう自分が男か女かさえ分からなくなってきてるの悪魔か、人間かそれすらもわからない。夜になると自我を失い……もう1年も持たないかもしれない」
悲痛な叫びが当たりに響く。
こんな真夜中に一体何事かと、あたりの住民が窓から覗いているのが見えた。すぐに痴話喧嘩かと、窓を勢いよく閉めるものもいれば、野次馬根性で見続けているものもいる。
だがしかし、このまま話を聞かれるというのもいささかというよりも、かなりまずいだろう。
「お前にいい物を見せてやる……ついてこい」
俺はムトにそう告げて、手招きする。
ムトは何も聞き返すこともなく、後ろからゆっくりとついてきた。なにはともあれ、まだ俺の言葉を理解して自制できるぐらいの自我は残っているらしい。
ただ、少しだけ情緒不安定といったところか、昼間見たときとはまるで違う。あまりいい傾向だとは言い難いが、どうしてここまで悪魔と相容れぬものがいるのだろう。
ともかく、目的の場所を目指して、俺はひたすら後ろに気を使いながらも足を進める。
「……どこまでいくの」
「もうちょっとや……ゆっくりでええからついてこい」
こんな路地裏まで連れてこられたら誰だって警戒するだろう。だが、それだけ俺が見せたいものが一般人に見せたくないものということだ。
悪魔化なんてものは、通常の人間が見たら魔法を見るよりも何百倍も驚く代物だ。
容易に使える物でもない。
「ここでええか……」
朦朧とした瞳で不安そうに俺を見つめているムトをよそに、俺は準備を始める。
魔力の少ない俺にとって、悪魔を押さえつけるのは非常に困難で、通常であれば憑依させることすら不可能に近いと思っていたが、案外そうでもなかったようだ。
魔力をコントロールするということはさほど難しいことではない。難しいのは、自分の魔力を超えた原子を集めるという作業で、それはもう血のにじむような努力のたまものなどではなく、ただ単に才能を持つものにしか与えられることのないもの。
そして、俺にはその才能はなかった。
才能がない代わりといってはなんだが、ある程度のことは大体できた。
剣術に魔法、学問に政治。それ故に一つの結論に至った。悪魔と人は共存できる。それは長い人生において、最近ようやく気がつくことができた事実だ。
「これも、イグニスのおかげやけどな」
あの時、ベアに襲われて半死だった俺に与えられた選択肢は一つ。悪魔に体をゆだねることだ。悪魔に身をゆだねて初めて知った。あの感覚を俺は生涯忘れないだろう。
悪魔はただ体を乗っ取るだけの厄介者じゃない。
「ちょっとだけ不愉快だ。俺には俺の人生がある」
「……どういうこと?」
俺のちょっとした変化に彼女も驚いているようだ。
まあ、人の雰囲気が突然変わったら、驚くことも無理はないのだが、彼女が言いたいのはそういう話ではない。
悪魔に体を乗っ取られたものは、通常であったら、その悪魔が生前使っていた姿になるのが当然で、今の俺のように自分の姿を保ちながら人格を入れ替えることなど到底できなかったのだ。
「この姿は、あまり心地よくないのだが、膨大なほど力がわく。肉体的には俺の姿よりもはるかに筋肉量が多いからだろ。この姿なら公務ももっと簡単になるかもしれないな……」
「馬鹿いえ、俺の姿のまま仕事になんか行ったら捕まるわ!」
このように、お互いの体を入れ替えたまま使えるのは当然となり――
悪魔を受け入れる覚悟がある一定以上になり、人間と悪魔の力が混ざり合うと、本当の憑依……悪魔化が始まる。
しかし、その姿はおおよそ人間とも悪魔とも呼べない。背中から赤い翼が生え髪は白くなり、魔力と力が悪魔と人間の力を足したものになる。
「これが悪魔化や」
彼女は俺の問いに答えない。そもそも、答えなんてものはもとから決まっていたというだけの話だ。
「もう疲れた。最後に彼に会えてよかった……ずっと魔法をちゃんと教えてあげられなかったことだけが心残りだったから」
「やったら、そう思うんやったら、最後までついてやれ!」
なにもかもをあきらめたような表情でそんなこと言うんじゃねえ。まだ何も始まってすらいないじゃないか。イグニスが……ソルがこっちに来てようやくすべてが始まったじゃないか、どうしてもう終わらせようとするんだ。
「知ってるでしょう。もう私が霧の悪魔を抑えられないってことぐらい……このままじゃ、極悪人を殺して歩く程度じゃすまなくなる……」
「それでも!」
「本当はね、私もう自分が男か女かさえ分からなくなってきてるの悪魔か、人間かそれすらもわからない。夜になると自我を失い……もう1年も持たないかもしれない」
悲痛な叫びが当たりに響く。
こんな真夜中に一体何事かと、あたりの住民が窓から覗いているのが見えた。すぐに痴話喧嘩かと、窓を勢いよく閉めるものもいれば、野次馬根性で見続けているものもいる。
だがしかし、このまま話を聞かれるというのもいささかというよりも、かなりまずいだろう。
「お前にいい物を見せてやる……ついてこい」
俺はムトにそう告げて、手招きする。
ムトは何も聞き返すこともなく、後ろからゆっくりとついてきた。なにはともあれ、まだ俺の言葉を理解して自制できるぐらいの自我は残っているらしい。
ただ、少しだけ情緒不安定といったところか、昼間見たときとはまるで違う。あまりいい傾向だとは言い難いが、どうしてここまで悪魔と相容れぬものがいるのだろう。
ともかく、目的の場所を目指して、俺はひたすら後ろに気を使いながらも足を進める。
「……どこまでいくの」
「もうちょっとや……ゆっくりでええからついてこい」
こんな路地裏まで連れてこられたら誰だって警戒するだろう。だが、それだけ俺が見せたいものが一般人に見せたくないものということだ。
悪魔化なんてものは、通常の人間が見たら魔法を見るよりも何百倍も驚く代物だ。
容易に使える物でもない。
「ここでええか……」
朦朧とした瞳で不安そうに俺を見つめているムトをよそに、俺は準備を始める。
魔力の少ない俺にとって、悪魔を押さえつけるのは非常に困難で、通常であれば憑依させることすら不可能に近いと思っていたが、案外そうでもなかったようだ。
魔力をコントロールするということはさほど難しいことではない。難しいのは、自分の魔力を超えた原子を集めるという作業で、それはもう血のにじむような努力のたまものなどではなく、ただ単に才能を持つものにしか与えられることのないもの。
そして、俺にはその才能はなかった。
才能がない代わりといってはなんだが、ある程度のことは大体できた。
剣術に魔法、学問に政治。それ故に一つの結論に至った。悪魔と人は共存できる。それは長い人生において、最近ようやく気がつくことができた事実だ。
「これも、イグニスのおかげやけどな」
あの時、ベアに襲われて半死だった俺に与えられた選択肢は一つ。悪魔に体をゆだねることだ。悪魔に身をゆだねて初めて知った。あの感覚を俺は生涯忘れないだろう。
悪魔はただ体を乗っ取るだけの厄介者じゃない。
「ちょっとだけ不愉快だ。俺には俺の人生がある」
「……どういうこと?」
俺のちょっとした変化に彼女も驚いているようだ。
まあ、人の雰囲気が突然変わったら、驚くことも無理はないのだが、彼女が言いたいのはそういう話ではない。
悪魔に体を乗っ取られたものは、通常であったら、その悪魔が生前使っていた姿になるのが当然で、今の俺のように自分の姿を保ちながら人格を入れ替えることなど到底できなかったのだ。
「この姿は、あまり心地よくないのだが、膨大なほど力がわく。肉体的には俺の姿よりもはるかに筋肉量が多いからだろ。この姿なら公務ももっと簡単になるかもしれないな……」
「馬鹿いえ、俺の姿のまま仕事になんか行ったら捕まるわ!」
このように、お互いの体を入れ替えたまま使えるのは当然となり――
悪魔を受け入れる覚悟がある一定以上になり、人間と悪魔の力が混ざり合うと、本当の憑依……悪魔化が始まる。
しかし、その姿はおおよそ人間とも悪魔とも呼べない。背中から赤い翼が生え髪は白くなり、魔力と力が悪魔と人間の力を足したものになる。
「これが悪魔化や」
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