転生したら、犬だったらよかったのに……9割は人間でした。

真白 悟

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1 冒険者になる

2 冒険者になるためには

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「それで、冒険者にはどうやったらなれるんですか?」

 僕が一番気になるのはそれだ。
 一応、お金はまだ結構あるが、自活の準備をしておかなければ、いずれお金なんてものは尽きてしまう。
 日本にいたころなら、さまざまな手当てがあったのだろうが、この世界にはそれほど優れた制度はない。お金が尽きれば飢え死にを待つか、どこかの教会で炊き出しを待つか二択に一つだ。この街じゃ、犬種にはホームレスになることさえ許されない。
 いずれにせよ、メリーをそんな目に合わせたくはない。

「簡単だ。役所に行き、その旨を伝えれば資格試験を受けさせてくれる」

 イチゴはそう答えた。
 それにしても、底辺職だというのに資格がいるのか……まあ、素性もわからないやつを雇う企業もあまりないもんな。

「すぐになれるものなんですか?」

 2番目に気になる点だ。就職にはあまり時間をかけたくはない。無職の期間が増えると、就職に響くからな。
 しかし、イチゴの表情を見るにかなり厳しそうだ。

「……無理だね。身元の分からないものは、受験を申し込んでから最低でも一週間は待たなければいけないし、その試験に受かるのだって容易じゃない」

 イチゴはそう言ってから、懐からたばこを取り出し、火をつける。そして、「だけど」と続けた。

「私に会えたのが唯一の救いだね。本当は、こんなことやってないんだけど、こんな街で犬種に会えたわけだ。もう少しぐらい援助してもばちは当たらないだろうし、私が身元を保証してやるよ」

 彼女は立ち上がって、背後の棚の中から一枚の紙を取り出し、それを僕に手渡した。

「これは?」

 受け取っては見たものの、それがなんなのか僕には全く見当がつかなかった。
 そんな僕を見て、彼女は呆れた様子で言い放つ。

「私の身分証のコピーさ……見たことぐらいはあるだろう? 役所でそれを渡せば、全てうまくいくはずだ」
「っ! 何から何まで……本当にありがとうございます」

 僕は深々と頭を下げる。
 彼女と会えたのは、まさに運命だ。というより、会えなかったら、僕たち兄妹は野垂れ死にしていた可能性すらある。
 だからこそ、不思議だ。どうして彼女は僕たちによくしてくれるのだろう。
 僕なら他人の身元保証人になるなんて、そんなことは絶対に出来ない。そんなことをして、そいつが何か問題を起こせば、自分も一緒に破滅する可能性があるからだ。
 理由は気になるが、それを聞くのは野暮ってものだろう。
 僕はあえてなにも聞かないことにした。

「いいから、早くいきな……役所は3時までしかやってないから!」

 イチゴは壁にかけられていた時計を指差した。
 時計の針は1時30分を指している。
 時間があまりない、というか、ここが日本なら既に間に合わないのだが、今から行って間に合うのだろうか?

「はい、行ってきます!」

 ともかく、急ぐに越したことはない。僕は緊張しているメリーの手を引いて店を飛び出す。
 そんな僕に対して店の中から、イチゴが叫んぶ。

「手続きが終わったら、早めに帰ってくるんだよ! もう一食ぐらいならサービスしてやるから!」
「ありがとうございます!」

 僕は店の方に向かって深く頭を下げた。それにつられるように、メリーも頭を下げた。

 ――街の大通りをひたすらに南に下って行った先、そこに役所はあるらしい。詳しい場所は聞いていないが、イチゴ曰く、「見ればわかる」らしい。簡単に建物の特徴も教えてもらいはしたけれど、本当に大丈夫だろうか。
 僕は不安を抱きながらも、メリーにそれが伝わらないように、気を引き締めた。
 はじめて街を訪れた時にも感じたことだが、この街はかなり活気にあふれている。
 特に大通りは、商店があちこちに並び、とてもにぎわっている。そのためか、おいしそうなソースの焼ける匂いに、甘いケーキの匂い、香水のようなキツイ匂いが溢れている。それらの匂いが混ざり不快な臭いを生み出しており、犬種にとってはあまり気分のいい場所ではない。

「鼻がよすぎるっていうのも考え物だな……メリーは大丈夫か?」

 僕は我慢できるが、メリーはまだ子供だ。鼻を傷めてしまってはことだ。

「私は大丈夫、それよりケン兄ちゃん。イチゴさんいい人だったね」

 メリーは鼻をつまみながらも、とても上機嫌だ。同種の獣人に会うことが出来たからか、はたまた、イチゴがとてもいい人だったからか、もしくはそのどちらとも。
 ともかく、本当にイチゴには頭が上がらない。
 帰ったらきちんとお礼をしなければな。

「ああ、いい人だった。……ようやく、異世界に来たって実感が湧くほどにな」

 僕はメリーに聞こえないように、限りなく小さな声でつぶやいた。それでも、何かを言ったということはわかったのだろう、彼女は「どうしたの?」と首を傾げた。
 それを誤魔化すかのように、僕は彼女の頭を撫でる。

「別に、何でもないよ」

 異世界転生もの、と言えば、主人公に理解がある人々が多く、寛大な心の持ち主が溢れて、そして過剰に主人公が評価され、頼んでもいないのに誰しもが主人公に協力してくれる……というものだ。
 僕の偏見も若干混じっているが、そんなものだろう。
 今ようやく、僕にもその兆しが見えてきたのだ。これほど喜ばしいことはない。
 本物の犬にはなれなかったんだ。少しぐらい、いい暮らしをしてもバチは当たらないはずだ。
 というか、バチを与える権利など、あの神にあるはずもない。
 今はとてもいい気分だった。この時、声をかけられるその瞬間までは、だ。

「おや、なんだ、なんだ? こんなところに犬種がいるぞ。おかしいな、貧民の人間が大通りを大手を振って歩くなんて、おかしいと思わないか!? 俺様たちの目に入るところを犬が歩いてるなんて!」
「そうですね。犬は街の隅っこでも歩いておくべきです。人々の視界に入らないようにね……」

 突然、目の間にテンプレートのようなチンピラが立ちはだかる。一人目はいかつい表情をしていて、タンクトップを身にまとったライオン種の男だ。口からこぼれている牙と、食い殺さんとするほどに鋭くにらむ目は、獣人のそれではなく、本物の獣にかなり近い。
 一方、もう一人は、それほど獣人らしくはなく、おそらくトラ種なのだろうが、綺麗な真っ黒なスーツを身にまとい、眼鏡をかけている。一見すれば人間だ。不思議なことに、その男は仕方なくライオン種の男に同調している感じで、面倒くさいといった感情が節々から感じ取れる。
 僕たちは、この男たちに絡まれてしまったらしい。
 ちょっと、いいことがあったと思えばすぐにこれだ。

「いきなり差別かよ? 異世界人らしいな……」

 僕の口から大きなため息がこぼれる。
 それを聞き逃さなかったのだろう、最初に声をかけてきた方のライオン種の方が、僕を怒鳴りつける。

「てめぇ! いい度胸じゃねえか……人の顔を見てため息だなんて、ぶち殺し確定だな!!」

 ライオン種の男は拳を大きく振り上げた。
 流石にそれはまずいと思ったのだろう、トラ種の男はその拳を止めた。
 トラ種の行動に、ライオン種は腑に落ちないような顔をする。しかし、その顔もすぐに崩れ去ることになった。

「あなたは、また問題を起こすつもりですか?」

 トラ種の男は大きくため息吐く。そして、眼鏡を左手の人差し指で少し上に上げて、続けて問いかけた。

「これ以上、私は付き合いきれませんし、組もあなたのことを見捨てるでしょうけど……それでもいいんですか?」

 トラ種の男からは、先ほどまでの、やる気のない時からは、想像も出来ないほどに強い殺気が感じられる。
 少し離れたところにいる僕ですら、竦んでしまうほどに恐ろしい殺気だ。それをゼロ距離で感じたライオンは異様なまでに震えて、硬直している。

「す、すまねぇ、組には黙っててくれ。……命拾いしたな犬」

 ライオン種の男は捨て台詞を吐いて去っていく。

「あなたも、分をわきまえなさい……この街では犬種は差別の的なんですよ。私の……いやレーヴェ組を煩わせるんじゃありませんよ。次はありませんからね」

 トラ種の男はご立腹の様子で、僕に八つ当たりして去っていく。
 暴力的なやつと一緒にいるのも大変なんだなぁ……なんて、同情はしてみたけれど、納得はまるで出来ない。
 だって、僕は別に何も悪いことをしてない。怒られた理由もイマイチわからないし、なにより意味不明だ。まあ、何事もなくてよかったとしておこう。
 それにしても、レーヴェ組とは一体何のグループなのだろう。見た感じカタギではなかったが、ヤクザ者なのだろうか……異世界でもあんな奴らがいるんだな、これからは極力関わらないようにしよう。

 そんなことを考えていると、右手に強い圧力がかかった。それで、ようやく僕は我に返る。
 すっかり忘れていたが、メリーも一緒に居たんだった。きっと怖い思いをして、泣いているに違いない。
 僕はメリーの方に顔を向けた。

「兄ちゃん……」

 メリーは涙目だ。僕ですら恐ろしかったんだ、メリーなら泣いてしまっても、不思議ではない。それでも泣かずに耐えたのだから上出来だ。

「泣かなかったのか? 偉いぞ」

 僕はメリーの頭を軽くなでる。
 あのような大男たちに囲まれて不安だったろうに……よく泣かずに耐えたものだ。

「ケン兄ちゃんが一緒だったもん」

 メリーは僕に抱き着いて尻尾を下げる。
 強がっていたらしい。本当はかなり怖かったのだろう。やはり、メリーはイチゴのもとにおいて来るべきだった。歩いているだけで差別されるなんてわかりきっていたことなのに、どうして僕は妹を連れてきてしまったんだろう。
 とにかく、これ以上からまれないように早く役所に向かうとしよう。
 僕は今にも泣きだしそうな妹を両手で抱えて、そのまま足早に役所へと向かった。
 道が舗装されているからか、東京の街を歩きなれていたからか、人通りの多い大通りを素早く通りぬけるのはそれほど難しいことでもなかった。

 人が多いって言っても、東京の都心部ほどじゃないしな。

 ――役所は石造りの建物らしい、この町は建物の多くは木造建築だ。その中で、石造建築は非常に目立っている。
 少し遠めに見ても、すぐにそこが役所だってわかるほどだ。
 建築されてからかなりの年月がたっているのだろう、ところどころ経年劣化によるヒビが目立つ。壁面にはツタが伸びているところもあり、かなり趣がある。
 この街では店は看板を掲げているのだが、役所にはそれがなく、誰かに建物の特徴を聞いていなければ、それが役所かどうかもわからなかっただろう。
 僕は妹をおろし、手をつないで役所に入る。
 内装もかなり古く、やはりところどころヒビが入っている。大きな地震でもあれば一発アウトだろう。
 僕はいそいそとカウンターへと向かう。
 カウンターは6つあった。受付終了時間が近いというのに、いずれにも人は並んでいない。それどころか、建物内に客らしき者は一切いない。
 そんな状況にも関わらず、カウンターにはスーツ姿の役人が一人ずつ配置されている。役人は種族がバラバラで、顔つきもバラバラだ。僕はその中でも、キツネ目でブロンドヘアーのキツネ種であろうお姉さんが座っているカウンターへ向かった。
 理由は簡単だ。一番やさしそうだったので、きっと差別などしないだろうと思ったからだ。まあ、一番美人だったからということもあるし、キツネという動物が好きだったからということもある。
 カウンターの上には、ベルと筆記用具、それに様々な記入用紙が整えられておかれていた。

「今日はどういったご用事ですか?」
 カウンターに近づいた僕に対して、お姉さんが声をかけてくれる。
 ここでも差別があるんじゃないかと思っていたから、意外な対応だ。
 もっとぞんざいに扱われるんじゃないかと内心不安だった。

「えっと、冒険者になりたいんですが……」

 僕は要件を軽く伝える。

「冒険者希望の方ですね……えっと、試験希望の方ですか? それとも身元引受の方でしょうか?」

 お姉さんは、テンプレート的に対応する。
 そんなこと聞かれても初めてなんだから知るわけがない。ともかく、イチゴからもらった身分証のコピーを出してみよう。

「あの、これで――」
「――これはまさか……イザベラ・チリィ・ゴズワード……! 申し訳ございませんでした。すぐに冒険者資格を発行させていただきます!」

 お姉さんはすぐさま、窓口から離れて、奥に座っていたお偉いさんらしき人のところへ向かう。
 イチゴの身分証を出しただけで、お姉さん含む役人全員が大騒ぎだ。
 一体何があったというのだろう。まさか、イチゴが稀代の犯罪者だったとか……なんて、あんないい人がそんなわけないか。だとするなら、反対にお偉いさんだったとか……あるわけないか。
 
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